パズルな彼女と最後のピース
ジグソーパズルから一枚の紙に戻った写真を母に手渡す。僕と美結の家族、総勢六人の映った写真だ。
「お疲れさま。あんた本当に解くの早いわね」
写真と引き替えにご飯を受け取る。腕時計で計った時間は三分四十秒。ピースの数は百六十五。早い、とは僕も思う。でも――
「美結の方が早いよ」
母の目が寂しそうに細くなる。
「あの子は天才だったのよ」
「天才と一緒にいるんだから少しぐらい早くなるよ」
母の視線が窓のそのまた奥に向いた。その先には美結の家がある。
「そろそろ一年ね」
「うん」
何となく湿っぽくなりそうな空気を感じてダイニングキッチンから逃げ出す。明日で美結がみんなの前から消えてちょうど一年になる。
僕にとっては少し違うけど。
平面のものがジグソーパズルになるようになって、すでに三年が経った。理由も原因も不明だけど、数はそれほど多くないためか大きなパニックは起こっていないらしい。
一番影響が出たのは図書館や本屋だ。本は平面が重なったものと判断されるようで、集まった本がパズルになる。ただでさえ何百ページとあるのにそれが混ざり合う。復元にはパズル師でも一週間以上かかるという。
この珍妙な『パズル化』に対抗する手段が一つだけある。解くことだ。正しい配置になったパズルは元の平面に戻る。それを仕事にしているのがパズル師。美術館などの貴重な平面を持つ施設にはお抱えのパズル師がいるほどだ。
僕の自室は掃除も換気もしていないせいか、心なしかほこりっぽい。
部屋の電気は点けず、眠気を感じながら押入れに潜り込む。中に置いてある懐中電灯を掴み、内側から戸を閉める。猫型ロボットに憧れていたりはしない。
「おかえり、りおちゃん」「ただいま」
暗闇に声が響く。脳に直接流れ込んでくるような、そんな響きの声だ。
りおちゃんというのは美結だけが使う僕の呼び名で、僕の名前が陸男だから間を抜いてりおちゃんなのだそうだ。僕は女の子みたいで嫌だと言うのだけど、かわいくていいじゃないなんて聞いてくれない。
それで、美結しか使わない呼び名をここで聞くってのがどういうことかっていうと、そう、僕が美結を監禁していたのです。なーんて。
懐中電灯から伸びた光の筋が美結を照らす。
元の姿を取り戻しつつある、けれどところどころ抜けたピースのある、パズル姿の美結を。
一年前、美結は僕の隣でローラー車にひかれた。あまりにも呆気なく、悲鳴すら聞こえなかった。呆然としているうちにローラー車は走り去り、後には僕とぺしゃんこになった美結が残された。死んだはずの美結は頭の端からパズルになった。僕はパズルの美結を必死になってかき集め、カバンに詰め込んだ。
やっぱり監禁してるのかもしれない……。
「今日で完成しそう?」
「うん、ピースが揃ってたらね」
美結をここまで復元するのに一年もかかってしまった。
普通に完成させるだけなら半年もあれば出来ていたような気がするのだけど、実のところ美結を完成させるか悩んでいる。
完成したときにどうなるのか分からないから。
『パズル化』は完成すれば元の姿に戻る。けど、元の姿というのはどの状態を指すのだろう。人に戻れたならいいけど、もしかしたらぺしゃんこのままで完成と同時に美結が死んでしまうことだってありえる。
「ねえ、美結はこわくない?」
そんな不安を直接本人に投げかける。
「怖くないわ。元に戻ったらやっと学校にいけるじゃない。それでね、立派なパズル師になるの。『叫び』や『ひまわり』に触ってやるの」
怖くないはずなんてないのに、美結の言葉は希望に満ちている。
美結と過ごした押入れの中の一年を思い出す。うまく行くにしても、悪いことになるにしたって、美結の隣にいれるのはこれが最後かもしれない。
考え事をしているうちに、美結に残る空白は胸の一欠けだけになっていた。
「ついに最後なのね」
「うん」
僕は最後のピースを懐中電灯を操って探す。天井や壁に光を向ける。
「そんなとこにないよ」
冗談だと思ったのだろう。小さく美結が笑う。
「みつからないの?」
「うん」
僕は、足の下に小さな異物感を感じながら最後のピースを探し続ける。