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高校生×社会人

作者: 桜庭碧葉

お題:高校生×社会人

 人工の光が自然の光を消す中、私は彼氏と手を繋ぐこともなく歩いて、手を振った。

「それじゃあ、またね。」

 私の言葉に、ぎこちない笑みを浮かべた年下の彼氏に別れを告げ、帰路。

 夜道に女一人は危ないと解っているが、まだ高校生の彼氏に「送って」など言えない。でもせめて「駅までは見送るよ」なんて言って貰いたいけれど、それを言える程若くもない。とはいえ、私はまだ二十代。ようやく大人になって数年しか経っていない、まだまだ子どもの女である。それでも、彼氏から見れば大人なのだろう。そこを必要とされているのだから、私は彼氏の前では大人であり続けなければならない。いや、法律的にももう大人なのだからもっとしっかりするべき。

 などと考えていると、家から最寄りの駅に着く。いつもなら車だが、今日は駅前のイルミネーションを見るということで、電車だったのだ。学生の頃は何度も使った電車だけれど、妙に気疲れした。

 普段通りに家に帰る。玄関の扉を開けると、実家に居た頃の癖が抜けずに「ただいまぁー。」と声が出た。誰も居ないと言うのに。

 玄関で靴を脱いで真っ先に向かったのは、台所。冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、飲む。はー、これが疲れた体には染みる。

 そういえば、いつからだろう。疲れた体に染みるのが、お菓子からお酒にすり替わってしまったのは。確か、お酒が飲める年齢になって少し経ってからだろうか。でも、最初は苦くて飲めなかった。なのに、少しずつ、気付けばお酒が疲労回復薬になっていた。

 未成年の彼氏は、まだお酒の味を知らない、はずだ。もしかしたら知っているかもしれない。でも、そんなことどうでもよかった。

「……さびしいなあ。」

 ぽつりと浮き出た言葉は、反響することさえ無く、刹那の内に消えていく。ただ、私の心の中にぽっかりと――あるいは、ずっしりと――穴をあけた。



「それじゃあ、またね。」

 自然の光よりもずっと強くて、目が眩んでしまう光の中、手を振る彼女にぎこちなく笑んで手を振った。

 田中今日子(たなかきょうこ)。それが、僕の恋人の名前。名前はその本人を表すというけれど、確かにその通りだと思う。出会った頃、仕事をバリバリとこなし、その合間に僕へのメールを返して、数少ない休日を僕と会うために使ってくれた今日子さんの名前は、何処かきっちりと、凛とした佇まいだった。けれど、今は穴だらけな気がする。

 僕が今日子さんと出会ったのは、ただの偶然だった。街中で、ハンカチを落とした今日子さんに、「ハンカチ落としましたよ」と声を掛けたのがきっかけ。それで、感謝の言葉を言いながら微笑を浮かべる今日子さんに、恋に落ちてしまったのだ。それから半ば強引にメルアドを交換してもらって、食事の約束をし、そこで電話番号を貰い、紆余曲折を経て、晴れて僕は今日子さんの恋人となった。

 までは、良い。でも、僕と付き合い始めてから、今日子さんは変わってしまった。

 今日子さんは、それまで、学業に打ち込み、仕事に打ち込みといった具合に恋愛に全く触れてこなかったのである。そして、僕も初めての彼女ということでどう接すればいいのか解らず、たくさん迷惑をかけてしまった。それが原因なのか、他に原因があるのかはわからないけれど、今日子さんは疲れた表情をすることが多くなった。

 付き合い始めは疲れた表情なんて一切見せず、完璧に僕の不器用なエスコートを補助してくれていた。だが、最近の今日子さんは何かとミスが多い。仕事でもそのようだった。

 ――僕のせいなのだろうか。

 罪悪感に駆られ、今日子さんの前で上手く笑えない。それも今日子さんがストレスをためている理由だと知りながら、僕はどうすることもできなかった。

「今日も、ダメだったな。」

 独り言は雑踏に紛れ、潰れた。

 本当は、ちゃんと今日子さんの気持ちが知りたかった。お話ししたかった。でも、日に日に疲れた表情を増していく今日子さんを見るに堪えられなくなってきている。

「次こそは、ちゃんと、向き合おう。」

 たとえそれが僕と今日子さんの関係の終わりであっても、今日子さんが元気になるなら、それでいい。

 しばらくイルミネーションを見ながら、コンビニで買ったコーヒーを飲んで考えていた。でも、結局、話し合うしかどうすることもできない。けれど、もしも、今日子さんの悩みが僕に受け止めきれないものだったらどうしようか。出来うる限りのことは、したいけど。

 空になった缶は、先程まで温かいコーヒーが入っていたというのに、妙に冷たく、何処か重かった。



 お風呂に入って、メイクを落とした顔は、とても疲れた表情をしていた。

 最近、悪夢に魘されて、余り眠れていない。その悪夢の内容は、彼氏の(いさむ)が私から離れていくもの。何も言わない時もあれば、別れの言葉がある時もあるし、泣きそうな笑顔が印象的だった時もある。といった具合に様々だが、遠ざかっていくのは同じこと。

 どうしてあんな夢を見るのだろう。

 ソファに沈みながらぼんやり考える。そして、また、

「さびしいなあ。」

 声が洩れた。一人で考えなくてはならないことが寂しいのだろう。と、自己完結しようとしたところで、ふと気付く。

「私、勇がいなくて、寂しい?」

 でも、それならば、どうして勇と一緒に居る時でさえ疲れが抜けないのだろう。

 答えらしい答えを見つけられないまま、そのまま夢の世界へ引きずり込まれた。



 ああ、また此処か。

 最初に思ったのはそれだった。真っ白な空間に、私が立っているのが解って、目の前には勇が居た。

「今日子さん、さようなら。」

 泣きそうな笑顔で勇が言った。それに何を言えばいいのか解らず、私はこの夢の中で、いつも、何も出来なかった。

 踵を返し、立ち去る勇。後ろ髪が引っ張られていますと言っている様な、後ろ姿だった。

後ろ髪が引っ張られているなら、どうして去ってしまうの?

 いっそ本当に髪を引っ張ってやりたい。そう思った時、夢の中の私が動いた。

「待って。」

 手を伸ばすことも無く、ただ一言。でも、もう勇は聞こえないところへ行ってしまったらしい。その足が止まる事はなかった。

「まって、いかないで。」

 走れ、自分。追いかけろ、勇を。

 手が伸びた。そのまま手が落ちて、私の体は崩れ落ちた。



 ハッと目が覚める。此処はどこだろう。ぼんやりした視界が次第にはっきりしていく中で、自分の家のリビングだと気付いた。

 携帯が着信を知らせる音を鳴らしている。ええと、携帯は何処へやったかな。

 音のする方へ行けば、昨日使った鞄の中にそのまま入っていた。今日も休みだからいいけれど、仕事だったら忘れて行ってしまったかもしれない。

 着信は、勇からだった。

「もしもし。」

 寝起き特有の掠れた声が出た。

『あれ、もしかして今日子さん、寝起きですか?』

 鋭い。この子は、この年頃に珍しく一人称が僕で、ちょっと頼りなさげに見えるけれど、何処までも鋭い子なのだ。

「うん、あ、えっと。ええ、さっきまで寝ていたわ。」

 一瞬、大人の話し方を忘れてしまった様な錯覚に陥った。子どもみたいな話し方は、勇の前では認められない。私が、認めたくないのだ。

『……。』

 思うところがあるのか、沈黙が返ってきた。それに焦ってしまうけれど、それを表に出さない様に、外を眺めて気を紛らわす。雨だった。雨は、憂鬱。

「あのね。」

 また、子どもみたいな話し方。でも、止まらなかった。

「さびしい。」

 言ってしまった。隠し通して来た、本心を。

『そっか、寂しかったんですね。』

 納得したと言わんばかりの声色だった。一体、何に納得したのだろう。

『今すぐ今日子さんの家に行きますので。』

「え?」

 聞き返した瞬間には、もう電話は切れていた。携帯を耳から離し、茫然と携帯を見つめた。

「今からくる、って言ったよね。」

 取りあえず着替えなければならない。部屋の掃除も少ししよう。

 ふと携帯に視線を落とすと、今日が月曜日だということを主張していた。もし来るとしたら、学校はどうする気なの、勇。



 昨日の今日子さんの疲れ具合が酷かったから、電話をかけた。僕が家を出る前だから、少し早かっただろうか。しかし、数コールで出てくれたのに安堵し、寝起きの声だということに気付いて、失敗したと思った。起こしてしまっただろうか。

『うん、あ、えっと。ええ、さっきまで寝ていたわ。』

 一瞬子どもの様な話し方をした今日子さんに、ようやく僕に心を許してくれたかと期待した。けれど、言い直した辺り、やはりまだ許されていないのだろうか。

「……。」

 そんな事を考えていたら、無言を返してしまった。いけない。何か言わなければと口を開こうとして、

『あのね。』

 幼い声がした。一瞬、自分は誰に電話を掛けたのか忘れてしまう程。

『さびしい。』

 サビシイ。その言葉の意味を、すぐには理解することが出来なかった。でも、すとんと心に落ちてきたそれは、僕を納得させるのに十分だった。

「そっか、寂しかったんですね。」

 疲れた表情をしていたのは、きっと、その寂しさからだろう。唐突に心に今日子さんへの愛しさが溢れて来た。寂しい、だって。こんな僕を欲してくれる今日子さんが、何よりも愛しい。

「今すぐ今日子さんの家に行きますので。」

 早く逢いたい。その一心で、一言告げると電話を切り、家を飛び出した。



 部屋の片づけが終わった時、丁度のタイミングでインターホンが鳴った。扉の覗き穴で確認すると、やはり勇だった。その顔は、何処か浮足立った笑顔で。自然体の、笑顔だった。

 何と言って上げてあげればいいのか解らず、無言で扉を開けた。

「今日子さん!」

 入るなり私に抱き着いて、愛しい愛しいと体で表現する様に、強く抱き締められた。

 ああ、そういえば、こうして触れ合ったのはいつぶりだろう。

 寂しいという感情が、愛しいという感情に変わるのは、そう遅いものではなかった。

 しばらくそうしていた後、どちらからでも無く、キスをした。優しい、柔らかい。

「無理に大人ぶらなくても良いんですよ。」

 鋭い人だと思う。私が見通して欲しい事まで気付いてくれる。

「ありがとう。」

 緩く笑んだ。

書いたのは一か月ほど前なのですが、投稿。

とても久しぶりに一次創作小説を書かせていただきました。

お題をくださった友人に感謝を。

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