勇者登場
リーエ様の冷たいお言葉に、まぁいつもの事よねなんて、アドレナリンがだいぶ落ち着いて通常運行の私はさとる。
目の端ににじんだ涙をぐいとぬぐい、国主としてのお役目に戻ろうか。
「それで、反応は?」
「国内で申しましては、『ついに言ってやったな!! よっ、魔王様!!』」
「うむうむ」
「国外に至りましては、『…………(何言ってんだこいつ)』でございます」
リーエのリーエ様たる所以一、愛想のかけらもないその棒読み再現っぷりは、逆に再現するほうが難しいといわれるほどの物である。
そんなリーエの淡々とした報告に国王らしく頷き先を進めると、これまた愛想のなさがありありと分かる報告の仕方なのだがしかし、それが逆にマッチしている内容ではあった。
そしてそれに、私は衝撃を受ける。
「な、なんて冷たい人達」
ともすれば、よよよと言って椅子の肘掛けに縋り付きたくなる衝動が私を貫いたけれどそこはぐっとこらえて、椅子の肘掛け部分をぐっと握りしめることで落ち着くことにした。
なんていっても、魔王様になったんだからね! えっへん。
少しばかり調子に乗っていると、人の心を読む力を持っているに違いないリーエ様が、不機嫌な顔でがんをお飛ばしくださった。
……のーで、大人しく可憐な女の子ですとアピールするために、両手を膝におきぴしりと背筋をまっすぐにして座りなおす。
多少ばかりびびりつつ、これでいいでしょうかと玉座の性質上、地面の高さ的には上にいるはずの私がリーエに上目づかいで問いかければ、じっと向けられていた冷たい眼差しはふっと私から外れ。
思わずへにゃりと姿勢が緩む。
あーぁ、私っていったいなんなんだろう……。
リーエの塩対応はいつもの事といえど、ふとした瞬間。
どこかのある国で、高確率で発症するといわれる中二病患者が陥るような状態を発動してしまう。
……いけない、いけない。
これではのちのち痛い思いをしてしまうと頭を振り、邪念を追い払い。そう、それで。
一体何の話をしていたんだと我に返ったところで、氷よりも冷たいリーエ様の視線に貫かれた。
「はい、すみません! では国外を代表して彼らにご意見をいただきましょう!!」
ぴしりと背中を伸ばしなおして、発言権を得るためぴんと手を上へと伸ばし、積極的に意見を述べれば分かりましたとリーエ様は頷いてくださったので。今回この件の関係者となってしまった彼らに意見を求める事にする。
「ではでは、ばばーん! 我こそは魔王様であるぞと登場した場合、普通 ”きゃー!!” とか ”いやー!!” とか逃げ回るんじゃありませんでしょうか? そこんところちょっとどういう訳かご教授いただきたいのですが」
臨場感たっぷりとリーエよりもよりリアル感を追及、声色を変え挑んでから私の言う彼ら、宣誓時に害虫と称しましたその58回目遠征の構成員。
または、全世界へと向け宣誓を流した時からこの部屋にいて、驚いたようにぴしりと固まって動いていなかった勇者様ご一行。
あるいは、この世界で女神と呼ばれ崇められている存在から選ばれた、記念すべき第一回勇者様ご一行。
である彼ら、へと視線を向け。
さて誰にしようかと視線を彷徨わせてから、まぁとりあえず勇者パーティーというからにはリーダーで有るだろうしと、勇者様にご意見を求める事にいたしましょう。
「では、ご意見をお願いいたします。まずは勇者様から」
「えぇっ!? 俺ぇ!?」
突然のご指名といわんばかりにぱちくりぱちくり瞳を瞬かせ、慌てたように周りにいる仲間達を見渡し助けを求めるかのような様子を見せる勇者様に、私の方が慌てたくなった。
無駄な時間と無駄な労力を嫌うリーエ様がいる前でうだうだしようものなら、それはとんでもなく痛くて重い精神攻撃を食らわされ。
それはそれは素人なんてすぐさま死んでしまいたくなるような威力を持ち、我々は全面降伏を余儀なくされるものが繰り出される事になるからだ。
勇者様が失敗してしまうと、勇者様を選んだ者。
つまり私にもそのぜひともご遠慮したい矛先が、向かってくるだろうから。
あぁ、早く。
刻々と時間が過ぎるのに、発言が一向になく進展しないこの状況にリーエ様がおキレになる前にお早く!
心の中で冷や汗だらだらと祈っていると、どうやら間一髪間に合ったようでリーエ様の果てしなく凶悪顔に近くなっていたお顔は、常設無表情に戻られた。
あぁ、危なかった。
…………。
あれ、やっぱりリーエが魔王になればいいんじゃないかなぁ?
自分自身の存在意義を再び見失いかけると、仲間であるはずの皆様から視線を逸らされるまくり、何やら諦めがついたかのような勇者様が声を出すところだった。
危ない危ない。
ほんの一瞬のこととはいえ、勇者よりも自分の身が危うくなるところでした。
意識を飛ばすならリーエのいないところで、の鉄則をこの短時間に何度も犯すところだったわ。
本体アティよ、めっ! でしょ! と小さなアティが指をさして怒っているのが分かります。
小さなアティよ、人に指をさしてはいけないんだよ。
動揺のために出てきた小さなアティ達を、たびたびリーエ様に言われるお言葉で(つーか、さっき言われたばかりじゃね? というご指摘はアティ様の都合により受付ません。あしからずっ!)窘めながら、心の中で流していた冷や汗を心の中で拭い去り、静かに勇者様の言葉に耳を傾ける。
「えっと、正直俺達にとってはここは昔から魔国であって、その、王様は魔王だって事だったから」
はい、そうなのですね。だからなんなのでしょうか?
えっと、も。その、も。正直はらはら対象でしかないのでさくさく進めていただきたい。
ほらほらと心の中で勇者様を促せば、性懲りもなくちらちらと定まらない視線を、あっちへふらふらこっちへふらふら。
お前諦めついてなかったのかよと思ってしまうほど、ちらりちらりと私を窺うように見てくる彼に、危うさを感じているのは私だけではないはずで。
心なしこの広間で控える衛兵達もはらはらしているように感じられた。
ぶっちゃけ様子を窺うのは私ではなくリーエ様だと思うので、こいつ……ごほん。この人大丈夫だろうかと色々心配になってくる。
この沈黙の中でも刻々と再びリーエを取り巻く空気が重苦しくなっている事に、気付いていないのだろうか?
新生王国魔国内では誰もがリーエ様の感情に過敏になるというのに、まったく気づく様子のない勇者に不安になる。
「正直、俺たちにとっては今更感が半端ないんです」
はっ! それともまさか、このスルースキルこそが勇者の勇者たる力なのだろうか?
推定の元、視線を勇者様の横にずらし若干なにやら気付いていそうな勇者のお仲間その一、その二の様子を垣間見ている最中、半分流し気味だった勇者様の言葉が微かに頭に引っかかり、やっと入ってきたそれを呆然と繰り返す。
「いまさら……かん」
視線を勇者様にもどしつつ、力なく呟けば。そこで今日一の勇者らしい力のこもった強い頷きで返されてしまった。
…………!!
そこでその力強さを表すとは……。
「……なんとゆーことでしょー」
…………いけないいけない。商標登録に引っかかりそうな言葉を口から出してしまった。
それほどに私は只今混乱中なのでありました。