魔王誕生
皆様、少々お時間よろしいでしょうか?
もちろん皆様が大変お忙しいことは存じておりますので、ほんの数分だけでよいのです。
私の話に、耳を傾けてはくださいませんか。
実は昨今、私達の周りにうろちょろとコバエらしきモノたちが飛び交いまして。
私達はまず自分達自身に問題があるのかと、身を顧みて害虫駆除よりも先に身辺整理を行いました。
それによって少々おいたが過ぎるペット達にしつけを施し、迷惑をかけた方々には謝罪なりを行い誠意を表したつもりなのです。
そして、私達の生態、実態を分っていただこうと努力いたしました。
それでも湧いてくる害虫達には、これはもう排除しようかと動くよりほかない。そう思ってしまうのは、自然なことではないでしょうか。
私達の誠意を、努力を、何も分かっては下さらないのですよ?
それなのに、私達を悪だのなんだのと一方的に非難しては、私達を害そうと攻撃を仕掛けてくるのです。
もちろん、私達にとっては彼らの攻撃など羽虫のようになんら痛くもかゆくもないのですけれど……。
それでも、です。
それでも謂れのない誹謗中傷に、変わることのない状況に、私達は少しばかり疲れてしまったのです。
いつになれば終わるのかわからない、この辱め。
いつになれば終わるのかわからない、この茶番劇。
それ故に、私は、私達は、決意いたしました。
今ここに、宣言させていただきます。
第38代ヴィッセンシャフト王国国王、アティ・ソサイ・リック・ヴィッセンシャフトは今より国名を改名し、ヴィッセンシャフト王国を魔国と定め、これより国王を魔王と称す、と。
魔王、誕生でっす!!
「ひゃーはっはっはっ!! 言ってやったわ、言ってやったわ、言ってやったっ!!」
「そうですね」
「そうよ、言ってやったわ!! 言ってやったのよ!!」
全世界へと放送ジャックならぬ放送発信。
生まれたての赤ちゃんからだいの大人さんにまで、等しく聞こえるようにぱっぱと魔法を施行し、宣誓を行い。テンションマックス、アドレナリン大放出と声高にはしゃいでいたら、鉄板鉄壁リーエ様。
「うっさいです、国王様」
「!!」
この記念すべき日にもいつものさめっぷりは健在でしたっ!
けれどしかーし!! 新生王国魔国の王様、魔王様は負けずに、はしゃいでやるのであります!!
そしてここに、心底煩わしそうに顔を歪めたリーエ様に向け、記念すべき魔王様の最初の命令を告げてやろうではありませんかっ!!
きりりといげんたっぷりに眉を吊り上げ、厳格さを装うためにポケットから白い付け髭を出し装着、反対のポケットから手鏡を取り出し微調整。
いつもの幼さ全開なおこちゃま顔から一変、白いお髭できりっとしたお顔が出来上がる。
ついでに付けたてほやほやカイゼルさんの形に添ってくるりと指を巻き付け離し、お髭が跳ね戻るのをご確認。
よし、準備はぱーぺき。
うさんくそそうなリーエ様の視線なんて、嫌そうな顔なんて、いつもの事だ!! へこたれるな新生魔王!!
心の中での自分に対する激励も完了し、アティの中にいる小さなアティ達がこれから兵士を戦場に送り出すべく、一糸乱れぬ敬礼を本体に向けてくる。
みんな、行ってくるのです。
小さなアティ達に向け、本体もまたぴしりと角度をきめてリーエ様に挑み行く。
心の中では額に当てていた手のひらを、人差し指一本だけ残し他はすべて折り曲げた状態でただまっすぐとリーエ様に向け、魔国の王たる魔王様は満を持して口を開いた。
「魔王様とお呼びなさい!!」
「…………」
斯くしてこのおめでたい日である今日も今日とて、魔王であるはずの私の、臣下であるはずのリーエ様に、
何言ってんだよ、あんた。冗談はその頭だけにしろよ。
といったそれはもの凄く、冷たい視線を送られるのであります。
さすが、今日先ほどをもって誕生した魔王よりも先駆けて、みんなから魔王の中の魔王と恐れられるリーエ様であります。
…………おかしくね?
魔王ちゃん、魔王ちゃんと国民は他国に先立って私をそう呼称してくれるのはありがたいけれど様づけはしてくれないのに、リーエにはそれはそれは宰相でえっらい人だけど、王様にとっては一臣下であるリーエには、みんながみんな様づけをして。
それこそ城下町に店を出してるおっさんなんかは王様たる私には気軽に。そっれはもう気軽すぎるくらい気軽に、
『よぉ、魔王ちゃん。リーエ様のお使いかい? ほら、仕方ねぇからおまけしてやんよ』
ってため口をきいてくるのに、
偶に私の帰りが遅くなってリーエが迎えに来た時なんかはかしこまったりなんかして。リーエにとってはそれはもうかっるーくでもおっさんを労えば、
『ととと、とんでもございませんです!! よろろ、しければ拙宅のではございますが、こっこここ、こちらおぉ納めくださいませ!!』
なんて。敬語も敬語、むしろおかしくなってる敬語になるほどかしこまったりしている。
そりゃ王様と国民が仲良くしているのはいいことだけれど、私にだってちょっとは崇めてくれたっていいじゃないか。
……まーあ、リーエに様づけしたくなる気持ちは私がよーぉく、わかるけどーおー。
…………。
もはや認めるしかない事実に、思考を逸らしてぶすぶすといじけるべく背中を向けようとすれば、珍しいことに私に応えてくれようとしてくれるの!? リーエ様!!
リーエ様がお声をかけてくださった。
「陛下」
その清らかなると城中で噂されているリーエ様のお声が!!
なにを、何を言ってくれるのリーエ!?
「人に指をさしてはならぬとあれほどお教えいたしましたよね?」
あんたもう虫ですかレベルの視線と無表情ながらも嫌そうなリーエ様の態度に、魔王様は泣いてしまいます。
ぐすぐす。