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思い出の始まった場所

「ひゅー、雰囲気あるぅ」



やって来たのは、俺の母校の中学校。


あの頃から何ら変わらない校門だったが、やはり夜という時間が手伝うと、少しオカルトな雰囲気だ。



「……本当にあるのか? ここに」



些か疑問はあるが、あの手紙に書かれていた内容が真実なら、俺は彼女に申し訳ないことをしていたんだな。



「さて……あの頃のままなら、よっと」



ふぅ……まさか、こんなことしてるなんてあいつに知られたら、どうなってたかな。


俺は少し勢いをつけて跳躍し、校門を飛び越えた。


俺が卒業してから10年以上経っているというのに、ここの防犯に強化の余地はないのかよ。



「らくしょー」



先にコンビニへよって懐中電灯と、替えの電池二組は入手しておいたから、それを灯りにして、俺は記憶を辿りながら慎重に歩いていく。


しかし着いたところで、校舎の正門はさすがに空いていなかった。


迂回して裏に廻る。



「……確か、この辺だよな」



手紙に記されていたものを探す。



「……ん?」



地面に灯りを照らしていると、一部だけ雑草の生えていない、怪しい箇所を発見した。


近づいて再確認。……やはり、ここだけおかしい。


それになんだか、最近土を掘り返されたような跡がある。



「……あ」



手で少し掘ると、そこには小さな筒が。ふたを開けてみると、紙切れがあった。


開いて確認すると。



“歴史を見てきた太き支え”


“裏を破るには届け物”



そう、書いてあった。



「裏……届け物……。あ、そうだ」



下の文で思い出した。


実はあの手紙には、小さな鍵が入っていた。


俺は、キーホルダーからその鍵を見つけ出すと、裏口を見つけて、その鍵穴にそれをあてがった。


ゆっくり回すと、鍵が開いた。



「……マジで開くのかよ」



一瞬拍子抜けになるも、気を取り直して校内へ侵入。


“歴史を見てきた太き支え”

……これはおそらく、この学校の大黒柱だろう。

確か、正門入ってすぐの所にあるはずだ。


相変わらず曖昧で頼りになりにくい記憶ではあるが、何とか大黒柱へたどり着けた。



「ここに、何が……」



周りを調べ、次に支柱自体を。


正門をちょうど真正面に向かえる位置に、それはあった。



“砦を落とすには、横から奇襲”


“思い出の始まった場所”



彫刻刀でつけられた傷。

それは確かに、そう綴っていた。



「砦……思い出……」



正直な話、彼女との出会いの場所をあまり覚えていない。


必死こいて思い出しているとーー冷たい風が、頬を撫でた。


“離れた裏門以外、どこも空いていないというのに”。



「っ!?」



一瞬目眩が起きる。すぐに治ったが、今度は悪寒がする。


そして、誰かの視線を感じた。



「誰かいるのか!」



すかさず声を出してみるも、それは遠くに霧散し、辺りに誰の気配も感じない。



「……気の、せい?」



そうは思ったが、それではあまりにもつじつまが合わない。


あそこまでリアルなことが起きているんだからな。



「……ん?」



もやもやするが、立ち止まっていても仕方はない。


とりあえず進もうと廊下を照らすと、何かが光った。



「これは……」



拾って確認すると、それは汚れたバッチ。中心に大きくCと書かれ、尚且つその中には小さく1と書いてある。


裏を見れば、細かな文字で“鍵は砦の中”と記されている。



「C……1…………あ」



思い出した。

俺は、記憶を辿りながら、俺とあいつの思い出に、初めて刻まれた場所を目指した。


戸を引くも、それはびくともしなかった。もう一度挑戦しても、空虚な鍵音を響かせるだけ。


俺は一歩下がり、上を見上げた。



「いまじゃこんな扱いになってるのか」



吊るされている板には、何も書かれていない。

もともと教室が作られていた場所は、いまではそこにあるだけの部屋となってしまっていた。


元の1-C。

そう、俺とあいつの友情はここから始まったんだ。



「鍵がかかってるもんな……ん?」



中を調べたいが鍵が無く、八方塞がりかと思っていたが、先程拾ったバッチをいま一度確認してみた。



“鍵は砦の中”



「学校で鍵のある砦なんて、ひとつしかないよな」



俺は、旧1-Cを後にして、階段を駆け上がっていった。


“横から奇襲”。

柱に刻まれていたヒントを頼りに、俺は部屋の横になりそうな場所を探してみたが、果たしてわからない。



「んー……奇襲といえば、予想外なところからの攻撃だよな」



普通に考えて、ここーー職員室という場所は、生徒は許可無く立ち入りは禁止だ。


だというのにあの書き置きは、まるで許可をもらわなくても入れる場所があると言いたげだ。


しかし、校舎の中での予想外な場所なんてあるわけないしなぁ。



「……外か?」



まさかの校舎の外という選択肢。

半信半疑で、俺は階段を下り、裏口から出る。


この学校の職員室は二階にあり、確かに外から二階の高さまで行くのはさほど難しいことではない。


裏庭の背の高い樹から、上に飛び乗れるからだ。


そうして登り、何となくの勘で職員室を探してみる。

登った場所からある程度進んだところにある窓の中を覗いてみると、そこは運良く職員室だった。



「奇襲とは言え、こんなところが開くのかねぇ」



窓の冊子に手を掛けて、軽く揺らしてみた。



「うぉ、なんだこの軟弱防犯は」



それだけしかやっていないというのに、ここの窓は簡単に錠が外れ、開いた。


裏口の鍵といい、この窓の耐久の弱さといい。

彼女のくれる手がかりはどれも確実で、尚且つこんなことを知っていた彼女がなんだか恐ろしい。


それに、あれから10年も経っているのに変わっていないこの学校の防犯設備が心配だ。


余談はともかく、俺は職員室に侵入した。

懐中電灯で辺りを照らし、入り口付近にいくつも吊るされている鍵たちを発見した。



「見回り用?」



隅の方にあったのは、そう書かれている鍵の束。

字のごとく、おそらく最後の見回りをする教師が手にするものだろう。


ということは……。



「これで、ほとんどの教室を開けることができるってか」



なるほど、こりゃいい。……って、これじゃ俺泥棒を越えちまってるな。



「……つか、んなもんここにかけとくなよな……」



ここのいまの教師たちの責任感が疑わしい。果てしなく。


俺は見回り用を借りて、窓を閉じてから職員室を出た。



『……ふふ』



後ろで誰かが、さえずるような声で笑っていたなんて、気付きもしなかった。


いま一度、旧1-Cへ。

鍵を差して戸を開け、入る。



「うわっぷ……ホコリっぽ……」



空気を、手で割くように扇ぎ、室内を見回す。



「……あれから、使われなくなったのか」



遠い記憶にあるここと、ほとんど変わり様がない部屋。


机が黒板の方へまとめられている以外、本当にあの頃のままだ。



「確か……」



ここで彼女と初めて会話したんだ。


それはいまから12年前の、春までさかのぼるーー。






ーーーーーー


ーーーー


ーー



おれは、忘れ物をしていた。

明日出さなくてはならない課題を、思いっきり自分の机に入れたままなんだ。


完全下校時刻間近の校舎に飛び込み、教室の戸を開けた。



「ふぅ……ま、間に合ったか。……ん?」



誰もいない教室。……のはずなんだが。



「んー……どうして……?」



女子が一人、席で頭を抱えていた。


関わったら面倒そう。

そう思ったおれは、そろりそろりと自分の席に寄り、課題を入手した。



「え……?」


「……え?」



その時に紙の音が鳴り、少女はおれに気付いた。


おれたちは、まるでここだけ時が止まったかのように硬直し、しばらく見つめあっていた。



「……」


「……」


「こ、こんちは」


「こ、こんちは」


「も、もうすぐ完全下校の時間だな」


「も、もうすぐ完全下校の時間だね」


「お、おまえ、何してるの?」


「き、君こそ、何をしてるの?」


「や、お、おれは、忘れ物を取りに」


「わ、わたしは、居残り課題をやらされてるの」


「……」


「……」



いざ口を開いてみれば……なにこの会話? なにこの空気?


おれは心なしか顔が熱い。あの子は夕陽のせいか顔が赤い。……お互い様?



「えーと……」


「えーと……」



彼女はシャーペンを置いて、セミショートの黒髪をくるくるといじり出す。


おれは頭を掻きながら視線を逸らす。


周りから見れば、初々しいような微笑ましいような。そんなよくわからない光景だ。



「「あ、あの……」」



なぜ同時に同じ言葉を。



「な、なんだよ?」


「そ、そっちこそなに?」


「い、いや、おまえから言えば?」


「い、いや、君からどうぞ」


「……」


「……」



気まずい。ってかマジ、この空気なんだ?


わけのわからない空気だからこそ、なんだか発言するのが恥ずかしい。


また、彼女は髪をいじり、おれは視線を逸らす。それが何度か続いた。


それを見かねたのか、完全下校を促す音楽と、チャイムが教室に鳴り響いた。



「やばっ」


「え、うそ、早ぁ!?」



おれと彼女は完全に慌てていた。


とはいえおれは、ぺら一枚しか荷物がないため、即出入り口へ向かった。



「お先ぃッ」


「あ、ちょっと、ズルい! 待って!」


「やだ」


「けちんぼ!」



そう言われる筋合いはないが、情けは無用の大混戦。


これが流れてまもなく、校舎の正門はしまってしまう。そうすると遠回りをしなくてはいけないことは、常識だ。


面倒くさがりなおれは、最悪の事態は避けたかった。


一目散に走り去っていった。



「もぉ!」



しかし彼女は、適当にカバンに用具を突っ込んでついてきた。


開いているカバンから、ガチャガチャと音が聞こえる。



「おまえ、コケたら終わりだな」


「そうなったら君のせいにしてやる」


「意味わかんね!?」



着々と進んでいき、あと少しで正門。


ーーそんなとき。



「きゃっ!?」



うしろで短い悲鳴が聞こえたと思ったら、何かが床に打ち付けられる音と、小物の数々がばらまかれるような騒々しい音がした。


気になって振り向くと、……彼女が豪快にコケていた。それも大胆に、こちらを正面にした大股開きで。



「いったぁーい……」


「…………あ」



あっけにとられていた。すると、近くで重い扉がしまる音と、カギが何かにかかる音がした。


振り返るとーーーー正門が固く閉ざされていた。



「さ、最悪ぅ……」


「……あ、白」



少女の声に気付きもう一度振り向く。


さっきからではあるが、スカートの中がもろに見えている。清純美少女の、なんてラッキーショットだろうか。



「……はっ、み、見るな!」


「もう遅いケド」



彼女は俊敏な動きで足を閉ざした。



「うぅ……コケた挙げ句にパンツ見られたぁ。もうヤダ……」


「……防ぐの、何も穿いてなかったんだな」


「し、仕方ないでしょ! そんなこと、普段あるわけないんだから!」


「まあ……そうだな」



たったいま、おれの目の前であったけど。



「うぅぅぅ……」



彼女の顔が真っ赤だ。完熟トマト並みに真っ赤だ。


ちょっと……かわいいかも。



「……手伝ってよ」


「はい?」



少しの間唸っていた彼女は、途端にそう言い出した。

意図が掴めなかったおれは、思わず聞き返す。



「こうなったのも君のせい! だから、手伝って」


「おれのせいかよ。ってか、何を?」


「決まってるでしょ! 女の子の恥ずかしいトコ見たんだから、責任として片付け手伝って! ってか片付けて!」


「はぁ?」



つーか、その語弊のある言い方止めて。おれの評価が下がる。


……とは言え、確かにおれは、名も知らない少女……さっき少し触れたけど、けっこうな美少女のスカートの中を見た。ってか凝視した。脳内レコーダーに焼き付けた。


おれにとっては若干(嘘)ラッキーなことも、彼女にとっては、一種の貞操を侵害したも同然なんだろう。


責任として……仕方ないか。



「……わかったよ。仕方ねぇ」


「え? あ……ありがとう」



答えたのはいいが、少女は一瞬キョトンとなっていた。



「なんで驚いてるの?」


「あ、いや……。ダメ元だったから、いまのお願い」


「ダメ元? どうして?」


「その……君って、そういうの即座に断りそうだったから」


「……は?」


「た、たとえば……。『やだね、そんな面倒なの。だいたいパンツ見られたくらいでなに言ってんの? 減るもんじゃないんだし。俺得どーも、じゃねー』……みたいな」


「おまえの中の、おれの印象はいったいどうなってんだ!?」


「え……不良で、……ちょっとエッチ」


「いてこますぞ、こら」


「なんで関西弁!?」


「知らん」



かろうじて面倒とは言ったかもしれないけど、これはヒドイ。


つかこいつ、不良って言ったくせして例えが不良になってねぇ。



「あのな、おれにだって罪の意識はあるよ。悪いと思ってる」


「え……」


「……まあ、不良って言われるのはしょうがねぇけど。おれ、不真面目だから」


「……」



なぜだ。なぜ彼女は目をパチクリさせてやがるんだ。



「……こほん。だから、悪いと思ってるから手伝う。いや、片付ける」



おれは自主的に動き、彼女のうしろで無惨にも散らばっている文房具や本たちを手に取り、片付けていく。


彼女の私物は、なんだかんだ女の子らしい品揃えだった。



「……くすっ」


「なに笑ってんの?」


「優しいんだね、君」


「当たり前だ」


「自分で言わないでよ」



そう言ってからかう彼女をあしらいながら、おれは片付けをすべて終わらせた。



「ほら」


「ありがとう」



お礼を言った彼女は笑んだ。それは、とても無垢なものだった。



「ったく、誰かさんのおかげで遠回りだよ」


「わたしが転んだのは君のせいだよ」


「だからなんでだ」



小さな口論をしつつ回り道へ。


完全下校時刻を過ぎても残ってしまった生徒に残された最後の出口は、少し離れた場所にある裏口。二人でそっちへ向う。


裏口を出ると、茜色に染まった空に出迎えられた。



「んんーっ……ふぅ」


「あー疲れた」



面倒くさがりには苦痛の遠回りだった。



「その……ごめんね、遅くさせちゃって」


「なんだよ、急に。コケたのはおれのせいなんだろ」


「冗談なんだけど、それ」


「知ってる」


「じゃあ、どうして……」


「辛気くさいのは好きじゃねーんだ」



そう言い切って、おれは歩き出した。彼女も、ついてくる。



「ねぇ」


「ん?」


「名前、教えて?」


「名前? どうして?」


「聞きたいの。だって、クラス同じのはずなのにわかんないから」


「あぁ……そういえば」



同じ教室にさっきまでいたのに、気がつかなかった。


でも確かに、おれもこいつの名前を知らないのは事実だ。



出雲(イズモ) 麻昼(マヒル)。麻に昼で麻昼」


「朝に昼?」


「麻だよ麻。植物の」


「あ、そっちね」


「おまえは?」


「わたしは入間 沙夜。さんずいの少ないに、夜で沙夜」


「へぇ……ん? ……朝・昼・夜」


「……あ、ホントだ」



くだらない冗談だ。二人で少し見つめ合い、吹き出してしまった。



「く、くっだらねぇ」


「く、くっだらない」



自然と歩みを止め、笑いが引くのを待った。



「出雲くん……か」


「麻昼でいいよ」


「じゃあ、麻昼。わたしも、沙夜って呼んで?」


「おう、沙夜だな」


「な、なんか変な感じ」


「おれはそうでも」


「女の子慣れしてるのね」


「誤解を招く、その言いぐさはやめてくれ」


「ふふ、ごめんね」



相変わらずの、無垢な笑み。

どこか、引き込まれそうになってしまう。



「麻昼って、女の子みたいな名前ね」


「否定はしない」


「名前、好き?」


「まあ、嫌いじゃない」



親が授けてくれた名前を嫌うのは、最低な気がする。それに、麻昼って響きは好きだ。



「そういうおまえは?」


「沙夜って名前? 好きだよ?」


「そうか」



それが当たり前なんだよな。



「帰り、どっち?」



気付けば、校門を過ぎていた。


小首をかしげて問う沙夜に、おれは帰りの方角を指差した。



「あ……そっか。じゃあ、ここまでだね」


「向こうなんだな、帰り」


「うん」


「んじゃあ、また明日か」


「そうだね……また明日。じゃあねっ」



その無垢な、満面の笑みで沙夜は手を振った。


おれが応えると、彼女は駆け足で帰っていったーーーー。



ーーーーーー


ーーーー


ーー

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