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プロローグ 始まり……

 初めてのオリジナル作品となります。

いろいろおかしなところがあると思いますのでどうかご容赦ください。


※注意

 本作品にはいじめに関する描写、教育的な自己解釈、アンシイケメン描写があります。苦手な方はブラウザバックを……

「起立! 礼!」


「「「さようなら!」」」


 こどもたちの元気な声が響く。


「佐藤先生さよならっ!」


「おう、気を付けて帰れよ?」


 何人かの生徒が挨拶してくる。今日は土曜日で午前授業だけだ。サッカーボールとランドセルを抱えて楽しそうに飛び出していく。なんでもこれから近くの広場で友達とサッカーをやるそうだ。その笑顔には嘗てあった曇りなど欠片もない、こどもらしいきれいな笑顔だった。


 ゆとり教育による児童の学力の低下が騒がれ、ゆとり教育時代は終わった。もともとゆとり教育の目的は「こどもたちの個性の可能性を追求し、学力的圧迫を減らす」とかそんな感じのものだったはずだ。だから学力が低くなってしまったのも頷ける。しかしゆとり教育全盛期の俺から言わせてもらえれば、ゆとりの頃だろうが昔の学力つめこみ教育の頃だろうができないやつはできないし、できるやつはできる。何でもゆとり教育の所為にするのはどうかと思う。「個性の可能性の追求」なんか日本の“普通”を追求する教育じゃ到底不可能だってこと、前からわかっていなかったのだろうか?


 嘗てそんなことを考えていた俺もいまでは立派……かどうかはともかく、教育者だ。幸いにしてこどもたちから嫌われるようなことはなく、仕事も順調にやらせてもらっている。ゆとり教育が終わったいま、ゆとり教育のことを考えても仕方ない……が、俺自身は本来のゆとり教育が目指した個性を伸ばすことを心掛けて生徒たちに接している。


「あ、佐藤先生お帰りですか?」


「ええ。今日はこのまま帰りです。先生は今日当番でしたっけ?」


「いえ、なんでもうちのクラスの子が喧嘩で怪我したらしくて……。今日は親御さんと二者面談です。あの子たちにもまだ事情がきけてないですし……」


「それは……大変そうですね。何か手伝えることがあったら言ってください。よければ生徒たちから事情を聞くは僕が担当しますけど……」


「いや、そんなこと頼めませんよ……って本当はいいたいんですけどできればお願いします。うぅ、わたしも親御さんとあの子たちの両方をフォローできるくらいになりたいです。今度いろいろ教えてもらってもいいですか?」


「僕でよければ。先輩としては頼ってもらえるのは嬉しいですからね。喧嘩した子は何ていう子ですか?」


「わたしのクラスの佐藤勇人くんと青木結衣ちゃんです……」


「女の子を怪我させたんですか!? 大変じゃないですか……」


「いえ……怪我したのは勇人君の方でして……」







 生徒指導室。その名の通り生徒を指導するための部屋である。生徒指導の先生と言えば竹刀片手にジャージ姿の厳しい先生と相場が決まっている。うちの小学校も体育の教師で剣道をならっていたいかつい先生だ。もっとも、本来生徒たちから遠ざけられるそこは利用されることがほぼなかったりする。その生徒指導の先生が子供の頃に生徒指導の先生に厳しくされ、とても嫌いだったらしく、こどもが大好きな先生はこどもに嫌われたくないらしい。そんな先生が生徒指導の先生だけあって小学校全体の雰囲気もゆとりだった頃と似たゆるい雰囲気になっている。今回のように親が呼び出されるような大事になる場合はさすがに利用されるが……。


「で? なんで喧嘩になんかなったんだ?」


「先生! 佐藤君が悪口いったんです!」


「俺そんなこと言ってねーし! 青木の勘違いだろ!!」


「なんか文句あんの?」


「ひっ!!」


 青木がすごむとかわいそうに縮こまる佐藤。男として女の子にすごまれてびびるとは情けない限りだが、聞いたところによると佐藤に掴みかかった青木になすすべなくボコボコにされたらしい。きっとボコボコにされた時の恐怖がよみがえったんだろう。幸い怪我も青あざぐらいだったため病院に行く必要もなくいまもこうして話すことができているのだが……。


「とりあえず落ち着け。一人一人話を聞くから。じゃあまず佐藤から。お前は青木を怒られるようなことをしたのか?」


「はぁ? そ、そんなこと言ってねーし! ちょっと文句言っただけだし!」


「文句? 文句っていったい何の?」


「先生! こいつ先生の悪口言ったんです!」


 二人とも興奮していて言っていることがよくわからない。二人の喧嘩に目撃者はおらず、気が付くと佐藤がボコボコになっていたらしい。よってこの二人から話を聞くしかないのだが、これでは佐藤が何か悪口言って青木を怒らせたということしかわからない。二人が一緒にいるとまた喧嘩しそうなので一度一人を生徒指導室から出して順番に話を聞くことにしようか。








「落ち着いたか?」


「はい……。あの、先生。このことお父さんとかに話すんですか?」


「う~ん、まあ一応喧嘩しちゃったんだしな。話さないわけにはいかないんだよな……」


 最初に話を聞くのは佐藤からだ。こういう事情が分からない場合は被害者から聞くことにしている。加害者側の生徒は自己保身にはしることが多いからだ。今回に限ってはそこまで複雑なことではないようだが……。


「どうしても、ですか?」


「確かに親御さんに話されるのは嫌だろうけどこればっかりは先生もどうしようもない。力になれなくてごめんな? 怪我したのはお前の方だからそんなに怒られることもないと思うんだけどそんなにいやか?」


「……ゃく……んです」


「ん?」


「逆なんです。俺は身体が大きくていつもいつもお母さんに身体が大きいならみんなの盾になれっていわれてきました。それなのに、それなのに……女の子に負けたと知れたら……うわぁぁあああ!!」


「まあ、いまは女の子の方が早く成長する時期なんだし、仕方ない……んじゃないか」


 言っちゃあなんだか男は男らしくなんて少し前時代的考え方だ。男として女を護れるように育ってほしいというのはわかるが……喧嘩に負けて怪我してさらに怒られるとは佐藤がかわいそうになってきた。い、いまはとりあえず事情を聞かなきゃね!


「事情が分かったらお母さんもわかってくれるかもしれないからさ、とりあえず何があったか教えてもらってもいいか?」


「……わかった」


「喧嘩になったのは業間休みの時だったんだろ?」


「そう。ドッチボールをやって、俺と智が片づけた時に青木が来て……」


「佐藤と青木だけじゃなかったのか?」


「うん。智は青木が来た時逃げた。青木が来たときにはもう青木がキレてたから……」


 ドッジボールの片づけでキレた? んな馬鹿な。ちょっとキレた理由がわからなすぎる。


「智ってお前のクラスの田中か?」


「そう、田中智」


「わかった、田中からはあとで話を聞くとして、だ。佐藤はさっき文句言っただけって言ったよな? なんの文句言ったんだ?」


「……ごめんなさい」


 なんかいきなり謝られたんだが……追いつめているわけじゃないのにな、教師と話してると追いつめられる気分になるんだよな、こどもって。まあ佐藤の場合怖いというお母さんを幻視して謝っているのかもしれないが……。


「先生は怒らないからな、話してみろ」


「う……ん。実は……」






 訂正しよう。佐藤が誤ったのは追いつめられた気分になったからでもお母さんを幻視した所為でもなかった。佐藤が謝ったのは普通に俺に対してだった。


「つまり、田中と好きな先生のこと話してて、田中が俺のこと褒めたから悔しくなって俺のこと悪く言ってしまった……と」


「うぅ……ごめんなさい……」


「ああ、怒ってないから」


 でもなんでそれで青木が怒ったんだ? 佐藤が俺を貶した理由は分かる。自分でいうのもアレだが俺はなかなか生徒たちから人気があるみたいだからな。きっと好きな担任の先生の名前が挙がらなくて悔しかったんだろう。俺はそう言うことはなかったが、小学校の頃の先生が初恋だという人はけっこういる。佐藤が恋しているかはわからないが、ついムキになって言い返したとかそんなもんだろう。


 しかし、それで青木が何で怒ったんだ? なんか入れ違いがあるのかもしれないな。


「とりあえず事情はわかった。先生も怒ってないからな、とりあえずここで待っててもらえるか? 青木からも事情を聞かないといけないからさ。話がおわったらちゃんと仲直りしろよ?」


「先生。俺、先生のこと嫌いじゃない。ごめんなさい!」


「おう。わかった。先生は佐藤に嫌われてなくて嬉しいぞ?」


 とりあえず佐藤は一安心だな。問題は青木……だな。











「先生遅い!」


「ああ、悪い……。青木からも話を聞きたいんだがいいか?」


「あんなやつに話きくひつよーないじゃん。あんな先生の悪口いうやつにさぁ」


 どうやら彼女が怒った理由は俺の悪口のようだ。しかしなんでだ? 青木は一昨年担当したクラスにいたがおとなしく本を読んでいるような女の子だったぞ? いったいいつから男の子を怪我させるほどたくましくなったんだ……。


「佐藤からも聞いたが俺の悪口に怒ってくれたんだな、ありがとう。だけど暴力はよくないぞ? っていうかなんでそこまで怒ったんだ?」


「だって先生の悪口いったんだよ? そりゃ怒るよ」


「いや、でもそこまでしなくても……」


「知ってる? 先生って人気者なんだよ」


「それは嬉しいな」


「む~。先生わかってない! みんなが先生のこと好きなんだよ?」


「だから先生はとっても嬉しいぞ?」


「だからそーじゃないの! 先生に助けられた子って多いから……だから、ええっと……代わりにやってあげたの!」


 これは俺がわからないだけなんだろうか? 尻すぼみになる声を聴きながら思う。いまいち要領がつかめないなぁ……って。


「う~ん、じゃあとりあえず、先生のために怒ってくれたことは嬉しく思うが、ちゃんと佐藤に謝れよ?」


「先生がそういうなら……」









「殴ったりしてごめんなさい」


「うん、俺も先生の悪口言ってごめんなさい」


 いまいちよくわからないが仲直りができたようだ。あとは二人の親御さんへの説明と謝罪……だけど……俺は違うクラスの担任だしな。さすがにそこまで突っ込むのは無理か。事情を説明して、あとはこの子たちの先生に預けるしかないな……。一度親御さんのところへ送ったが、佐藤は大丈夫だろうか?


「あの、佐藤先生?」


「ああ、すみません。事情は…………ってことらしいんですがいまいち青木のいうことはわからないんですけど……」


「大丈夫です。先生ってやっぱり先生なんですね」


 青木のいまいち要領のえない説明についてはどうやらわかったようだ。何故かこっちをみて微妙な顔をされたが……。


「佐藤先生のおかげで事情もわかりましたし、親御さんへの説明もできそうです。わざわざ引き留めてしまってすみません」


「いえいえ、もう大丈夫ですか?」


「はい。ありがとうございました」


 あとは彼女に任せるしかないだろう。何があったかは月曜日に聞くとして、家に帰って小テストの採点でもするかなぁ。











「ただいまー」


「お帰りなさい。そしてお疲れ様。今日は土曜日なのに遅かったのね」


 未だローンの残る家の扉を開けた先には愛すべき妻が待っていた。結婚して七年だがいまでもこうして出迎えてくれる姿には感謝している。こどもなどがいればもっと急いで帰ってくるのだが、どちらも働いている身だ。妻の仕事が落ち着いてからそういうのを考えたいと思ってる。


「ああ、いろいろあってさ。それはあとで話すよ。それより……」


「ああ、ごはんならもうすぐできるわ。先にお風呂にする? まあまだ沸かしてないんだけどね。なんならわたしでもいいわよ?」


「それじゃ飯遅くなるだろ? 風呂は俺が沸かすから飯の支度頼む」


「う~ん、つれないわねー、もう。じゃあごはん、お風呂、わたしってことね?」


「仕事がうまくいかなかったのか?」


「あ、分かる?」


 結婚してから何度もこのやりとりはした。妻がこどもを欲しないのも仕事ではなくこのやり取りをしたいからではないのかと思うが妻ならこどもの前でも気にせずしそうだ。


「こーゆー時はいつもそうだろ?」


「そうだっけ?」








「うぅん! ふぅん……」


 妻が寝返りをうつ。何やらうなされているようだが、コトのあとはいつものことなので風邪をひかないようにめくれた布団をかけ直してやる。


「俺は幸せだな……」


 時々俺はこんなに幸せでいいのか、と思う。愛する妻がいて、仕事は充実して、生徒たちもいい子で……もういいことばかりだ。いやなこともないわけではないが、この幸せに比べたらなんのその。気がかりと言えるのが、昼間の青木のことを妻に話したら先生に話した時のように微妙な顔をされたことだ。そのあと甘えるように抱き付いてきたが……。


 妻を気にかけて自分が風邪をひくのもアホらしいので、妻がはねのけた掛け布団をもう一度妻にかけ、潜り込んだ俺はいまの幸せをかみしめながらまどろみの中に意識を沈めていったのだった。












「――――――め! ―――はじめ!」


「うんん~。昨日遅かったんだからまだ寝させて……」


「あんだけ言ったのに昨日夜更かししたの!? いいからはやく起きなさい!」


 無理やり剥される掛け布団を必死に引き止めながら疑問を抱く。妻はいつも俺よりも遅く起きていたはず。なんでこんな早く起きてるんだ? もしかしてもう昼間とかか!?


(はじめ)! いいの!? 遅刻しちゃうわよ!?」


 遅刻……? 今日は日曜日なんだから学校ないぞ? 疑問も束の間、俺は次の瞬間完全に覚醒することとなる。


「創! 今日は月曜日なんだから起きなさい! お母さんもう怒るわよ!?」


 お母さん……だと!? 待て待て、母さんは俺が大学に入った頃に事故で……。


「母……さん?」


「そうよ、あんたの母親。いい加減起きた?」


 死んだ母親が生きている!? っていうかなんで俺服着てるんだ!? わけのわからないことばかりだ。俺が寝てるのも奮発して買った寝心地のいいベッドじゃなくてせんべい布団だし、部屋もあの寝室じゃない!?


「母さん鏡ある!?」


「何言って……」


「鏡!!」


「はぁ、ちょっと待ってなさい。……反抗期かしら?」


 何やらぼそっと聞こえたがそんなことはどうでもいい。重要なのは母さんのもってきた鏡に映っていた姿だ。その姿はちょっとふくよかな、ちょうど昨日話を聞いた佐藤と青木と同じくらいの少年が映っていた。


「……はぁ!?」


「あんたが太っているのはいまに越したことじゃないでしょ? そんなことやってると本当に遅刻しちゃうわよ?」


 なんで小学生の頃に戻ってんだ俺!!?




 ご感想、ご質問、誤字脱字など待ってます。

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