会沢さん
雨。実に今日らしいといえば今日らしい。
暗澹としているのは現在の天候だけでなく、自分の気分もそうだった、
すぐに都電が来た。俺は列の先頭だったのですぐに都電に乗り込み、回数券を使う。
列車内にとてもめっちゃ可愛い人がいた。オーラが出てるもん、オーラが。は~、眼福眼福。うつむいているので顔はよく見えないが可愛いに違いない。俺のセンサーもそう言っている。
バチッ。
あ、目が合ってしまった。
そう、目を合わせることに成功しただとか、お顔を拝めただとかではなく、合ってしまった。
前言撤回可愛いとかあり得ない!
こいつはそういうのとは縁遠いただの毒舌ちゃんだ。
俺はさっさと目をそらして出口近くを陣取って、外を向く。が、失敗だった。毒舌ちゃんに背中を向ける形になってしまった。何かいやだ。気付くな、憶えてるな、無理か。
ああ、もう。さっさと目的の駅についてほしい。毒舌ちゃんに背中を向けたままなんて耐えられない。うう、視線で射殺されるよう……。
弱い男っぷり全開で毒舌ちゃんのことを思い出していた。
「ねえ、好きな人とかいんの?」
そんなことを聞いてくるわりに、すごく不機嫌そうな会沢さん。
それにつまらなさそうだし顔怖いしお前なんて死ねばいいのにみたいな闇のオーラ出てるしなによりお前だよとかこの状況で言えるわけねえだろバカ。
「いるんだよねー?」
一つ下の女子が適当なことを言う。マジで頼むから火に油を注ぐようなことを言わんといてください。
すると、会沢さんは、
「うっわ!キッモ!」
もう本気でへこんだ。キッモ!の見本と言ってもいいほどパーフェクトな声量、表情、タイミング、シチュエーション。俺の胸中なんて知らずに追撃してくる。
「もうホントにキモイんだけど!」
キモイは気持ちいいの略だろ?とサラリと流す当時の俺の理科担当教師の台詞をそのときは思い出すことは出来なかった。さらなる追撃。
「ねえ、気持ち悪い」
よくその場で泣かなかったと思う。まあ、当時の俺は恋愛感情をよく知らなかったし、そのことがうまく(?)作用していたのかもしれない。
どうでもいいことに人生初、女の子からキモイって言われた瞬間でもあった。
俺、何か悪いことしたのかな。
とまあ、そんな悲しい思い出に浸りながら今俺は過去に恋していたかもしれない毒舌ちゃんに背中を向けているわけだ。
気付いたら毒舌ちゃんは俺の隣りに立っていた。ってええ!?
でも、俺の少し前、そして、お互いちょっと離れている。手を伸ばせば届く距離。
俺は視界に毒舌ちゃんをできるだけ入れないようにしているくせに、視界の端でチラつく毒舌ちゃんから目を離す事が出来なかった。
ウェーブのかかったミディアムくらいの茶色い髪、俺の好みをピンポイントで狙い撃ちするかのようなパーカー、痩せた毒舌ちゃんに似合いすぎといっても過言じゃない七分ズボン、過不足なく主張すること忘れないヒール、名前とか分からないけど肩にかけるタイプの小さいバッグ。
いかん、可愛い。
いーや認めない可愛くない!
さっきから隣りの毒舌ちゃんがモジモジしてるように見えることとかどう考えても都電を降りるのに邪魔な位置に立つことで俺を止めようとしているように思えることとかはやはり所詮俺の思い込みだろうからさっさと駅に着いてくださいお願いします。
そうこうしているうちに駅に着いた。着いてしまえば、ああなんだ短かった、と思うものだ。
ただ、何故俺は今の今まで会沢さんのことを忘れていたんだろう。
傘をさす。
歩き出す。
踏切を渡る際に少し立ち止まって、出発して段々と小さくなっていく都電を見る。
自意識過剰だとして。それなら会沢さんに声をかければよかったのに。
会沢さん。
会沢さん、ね。
違うな。
俺は、言い放つ。多分聞こえてないだろうし、見てすらいないだろうけど。
「じゃあな、毒舌ちゃん」
なにこれ悲しい。書いててここまで悲しいのは初めてでした。
読んでくれた人、ありがとうございます。初めましての方、初めまして。
十奏風です。
このハンドルネームを厨二病とか言う輩もいましたが、「つなかな」という素敵な略称をくれた親友もいたので仕方なく目を瞑るとしましょう。
今回はIAのキミのことが好きでゴメンナサイを聴きながら書きました。
キッモ!
いや、それはもう勘弁してください。
それと「ニート」という本と「玉の輿同盟」という本を読んだ後に書きました。しかもこの本同時に買ったんですよ。自分が女だったらなんて思われてたか。
小説家になろうのアカウントがなくても感想書けますのでよかったらお願いします。毒舌ちゃんによって荒れた心がみるみるうちに回復すること間違いありません。