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私を悪妻にしたのは、あなたです

作者: こじまき
掲載日:2026/07/01

夫が浮気をした。


「どうして」と聞いたら、「君が悪い」と返ってきた。


意味がわからない。


私はずっと夫を支えてきた。


貴族学園で出会った彼を。


見た目も言動も控えめだったけれど、小論文を読めば知性と情熱を秘めているのがわかる人。


けれど子爵家の三男で、爵位を継ぐ見込みもコネで出世できる見込みもない人。


「彼の才能と情熱を、腐らせたくない」と思った。だから私は、彼にプロポーズした。


《モーリス様、私と婚約していただけませんか》

《宰相閣下のご令嬢であるグレース様が、どうして私なんかと…》

《あなたはこの学園で一番優秀で、一番国政への熱意がある方ですわ。そこが好きなのです。私ではお嫌でしょうか?》

《い、嫌だなんて…!》


私たちは食堂で一緒にご飯を食べ、中庭で勉強の話をするところから始めて、デートするようになり、どちらからともなく手をつなぎ、キスしようとして鼻をぶつけて笑い合って、結婚した。


結婚後、私は宰相の娘としてもてる財力と人脈をすべて使い、彼を留学させ、社交の場に連れて行き、彼の才能を売り込み、外交官から宰相になるルートに乗せた。


最初は私たちの結婚に反対していた父も、彼の才能を認めた。そして十分な実績を積んだ彼は父から宰相の座を譲られ、国王陛下を支えている。


私は彼が望んでいた人生を叶えたのに、何がどう悪いの?


「わからないのか?グレースが私を馬鹿にしているからだよ」


理由を聞いても、まだ意味がわからない。


できるだけ夫より前には出ないようにしてきたつもりだ。それに人に夫のことを聞かれれば、嫌味や惚気にならない程度に褒めてきた。


「いつ私があなたを馬鹿にしたとおっしゃるのですか」

「ずっとだ。心の底では『自分と結婚しなければ、この夫は出世できなかっただろう』と思ってきたはずだ」


私は額に手をやった。


「そんなことを、今まで、たったの一言でも、私が口に出したことがございましたか?」

「言わなくてもわかるんだ。実際、世間の評価もそうなのだから。宰相になってもう随分経つのに、実績だって挙げているのに、いつまで経っても何をしたって『妻のおかげ』と言われて」

「どうしてあなたを妬む人の声に惑わされるのですか。本当にあなたを馬鹿にしていたら、父の反対を押し切ってまで結婚しませんでしたわ」

「ほら、そうやって義父上の反対を持ち出して、『自分があなたを育てた』と聞こえよがしに」

「違っ…!そういう意味では…!」


「もうやめよう」と夫は立ち上がった。


「とにかく、私が浮気したのは、グレースが私を愛していないからだ」


ショックで、悲しくて、腹立たしくて、何か言ってやりたいのに、言葉が出てこない。


ベッドの上で、一人で考える。


馬鹿になんてしていないのに、馬鹿にしたことにされて。愛しているのに、愛していないことにされて。


馬鹿にしていたら、愛していなかったから、ここまでするはずない。そう説明したくても、夫は聞くつもりもなくて。


「…どうしてあんなに頑ななの?」


少し冷静になってきた頭で考える。


人が攻撃的になるのは、自分を守ろうとするときだ。


彼が守ろうとしているのは自分。


なぜ守るのか。


浮気した自分が悪いとわかっているからだ。


自分が悪いけれど、それをそのまま認めて離婚する勇気はないからだ。


だから私のせいにして私を攻撃して、私に我慢させようとしているのだ。


自分を正当化して、罪の意識から逃れる意図もあるだろう。


「はっ…なんて小さい男」


「誤解を解きたい」という気持ちが、すうっと引いていく。


「そうね。今の私は、あなたを馬鹿にしているわ」



夫の浮気は、前宰相である父の知るところになった。


「グレース、離婚しろ。恩を忘れて他に女をつくるような男は、捨ててしまえ。調べがついただけでもあいつには三人の愛人がいる。かなりの額を女につぎこんでいるようだ」


百歩譲って「妻以外に愛を求める必要があった」という夫の主張を認めるとして、三人も愛人は必要ない。


彼の言葉は、やはり言い訳に過ぎなかった。


私はくっと口角を上げる。


「離婚はいたしませんわ」

「なぜだ」


離婚程度で終わらせるつもりはないからだ。


「裏切りには、死を」


もうすぐ彼が心血を注いできた法案が成立する。


父の代では成立させられなかったもので、彼は父を超えるために躍起になって取り組み、ようやく「義父を超える」という夢が叶うところまで来ているのだ。


「夢を叶えた瞬間に、首を落としてやりますわ」

「我が娘ながら、過激だな」

「お父様にはご迷惑をおかけすることになると思いますが」

「好きにやれ。子どももいないことだしな」


私は彼の弱みを探り始めた。


狙うのは、やはり金だ。


複数の愛人と子どもがいて、十分な生活ができるだけの金を渡しているとなれば、かなりの額になる。


彼が得ている大臣職の年収は高額だし、魔石鉱山で潤う侯爵家にも金はあるが、これらの金に疑わしい動きはない。父と私が目を光らせているから、いかがわしい用途に使いようがないのだ。


となると、金の出所は…


「国費に手をつけている…か」

「調べてみる価値はあるかと」


父が低い声で指示をすると、子飼いの魔導士たちが動き、ほどなく証拠が見つかった。


夫は外交官時代から、架空の請求書を作成して、外国での滞在費を水増しで請求していたのだ。


外国の王族への贈り物を自らの懐に入れ、代わりに安物を渡していた痕跡も見つかった。


「十分だな」



上機嫌の国王陛下が、玉座から立ち上がって夫に拍手を送る。法案の成立を祝っているのだ。


「モーリス、本当によくやってくれた」

「微力ながら、国のために尽くした結果です」

「謙遜するな。君は歴代最高の宰相だ。皆、そう思うだろう?」


玉座の間が拍手に包まれる。


彼の人生の頂。


彼と私が、待ち望んでいた瞬間。


「グレースも、これまで通り賢夫人としてモーリスを支えてやってくれ」

「…」

「グレース?」


私は顔を上げた。


「陛下、恐れながら、ここで皆様にお見せしたいものがございます」

「何かな?」

「夫が公金を横領していた証拠です」


夫が青くなり、私が差し出そうとした証拠を叩き落とす。


今の今まで拍手を浴びて大きく息を吸っていた姿は、どこにもない。


「どういうことだ、グレース!」

「あなたを葬るのよ、モーリス」


私は国王陛下に向き直る。


「私と父が見つけたのです。家族とは言え、悪事を見過ごすことはできません。証拠を隠滅されるのを恐れ、あえてこのような場で直接陛下にお持ちした次第です」

「…勇気を称えよう。グレースの忠義は、確かに受け取ったぞ」



夫は捕らえられ、処刑されることになった。


立場を悪用して何年にもわたって私的流用を繰り返し、贈答品をすり替えるなど国と国との信頼関係を傷つける行動を起こした罪は重い。


陛下が夫の処刑を決めた最大の理由が「国王陛下が異国の未亡人に贈るはずだった宝石をくすねた」だったには呆れたが、私も父も助命は嘆願しなかった。


処刑の前日、牢につながれた彼に、処刑のときに着る服を届けに行く。最高級の礼服に、毛皮のコートを。


「君が連座しないのが残念だよ」

「連座してもいいと思っていたのですけれど」


私と父は家族の悪事を自ら調査して報告したことと、父のこれまでの功績によって、許された。父の子飼いの貴族たちが要職についているから、父を処分してしまえば国王陛下の立場が悪くなることも大きい。


「グレースのせいだ」

「…そうですね」

「夫を処刑台に送るような悪妻を持ったせいで」

「ええ」


明日死ぬ人間の言葉なのだから、否定はしないでやろう。


けれども、言っておきたいことはある。


「私が最初から悪妻だったとお思い?」


初めてのデートも、キスも、全部あなただった。


あなたを愛していた。


――だから許せない。


「私を悪妻にしたのは、あなたよ」


たった一筋、涙が頬を伝った。

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― 新着の感想 ―
愛人三人は草。妻が愛してくれてないとかほんとに関係ねーじゃねーか。これ単に嫁に飽きたとかそんなのを正当化しようとしただけだよね? さらに愛人に貢ぐために公金に手を付けるとか私人としても公人としても擁護…
クソいソンダイン男だな。死ぬ間際まで他責とかもうね。アボガド。
恩を忘れて調子に乗って無名を引き立ててくれたとか、糟糠の妻を捨ててってのは男性によくある話 少子化ってそんな男性を見かぎりはじめたって事かなと最近思ってる
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