タイパ重視のなろう系タイトルと引き換えに失われつつあるものとは何か?
元々読む専だった筆者が執筆にチャレンジする中で、読み手と書き手両者の目線から「現代のなろう系タイトル・あらすじの長文化」について、言語化を試みた一文です。
内容に関しては賛否あるかと思いますが、ご一読いただけたら嬉しい限りです。
※この作品はカクヨムでも同時投稿しております
3月30日 エッセイ(短編・日間)9位
3月30日 エッセイ(全て・日間)10位
4月1日 エッセイ(全て・週間)54位
4月4日 エッセイ(短編・週間)46位
※本稿は、読む専から書くことにもチャレンジし始めた一個人の意見です。
決して、特定の個人や団体、分野を批判・否定する意図は含んでおりません。
上記をご理解いただいた上で、続きをお読みください。
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さて、早速だが、皆さんは昨今のなろう作品の傾向をどう思うだろうか?
もはや飽きるほど語られたかもしれないが、今のなろうは「あらすじのようなタイトル」「本編のようなあらすじ」と揶揄されることもあるくらいには、本編以外の長文化が進んでいる。
元々読書が好きな身としては、謎を残したタイトルに興味を引かれ、本を開いて最初に目に入るあらすじで面白そうだと感じ、流れるように本文を読み始める、という順序が理想的だと思うわけだ。
(ラノベなら、表紙の絵に惹かれてとかもあるだろう)
しかし、最近のなろうで見かけるタイトルでは、そういった体験は少ないように思う。
例えば、最近のタイトルは「主題〜副題〜」の2部構成になっており、主題で話の全体像+副題で主人公のセリフというケースがよく見受けられる。
どうしてこのような傾向になるのか。
これまた既に話尽くされているだろうが、簡単に言えばなろうの仕組みが関係していると考えられる。
なろうはYouTubeのように、おすすめ作品として無名の作品が誰かの画面に突如現れることはまずない。
(強いて言うなら新作ページ辺りか)
ではどうしたら読まれるか、それはランキングに乗ることだ。
本屋でじっくり本を選ぶならまだしも、ひたすら画面をスクロールして情報の取捨選択を行う現代において、どうすれば目に留まるのか。
…必要なものはやはり分かりやすさなのだろう。
タイトルを見るだけでどんな話かわかる。
これによるメリットは明白だ。
まず、読者の体力消費が少ない。
そして、自分の好みかどうかの判別が早い。
何より、作者が本文を要約してくれているようなものなのだ。
タイパ重視と呼ばれる今の世代にはまさにうってつけだろう。
要は、現代人の感覚×なろうにおける生存戦略の結果で、このタイトル及びあらすじの長文化に繋がっていると推測することができる。
…とはいえ、一人の読み手・書き手として、この風潮はそのまま受け入れてもよいのだろうか?
例えばこのようなケースを目にしたことが、皆一度はあるはずだ。
【書籍化】「タイトル」(旧題:○○)という並び。
そう、なんと書籍化したらタイトルが変わることがあるのだ。
そして、この場合必ずと言っていいほどタイトルは短くなる。
これが指すことは何か。
一言で言えば、なろうと商業作品では求められるものが違うということだろう。
なろうで読まれたいから、その先の書籍化を目指したいから、そういう理由で書く場合、そもそも読まれないと土俵に立てない。
その一方で、書籍化してしまえばもうタイトルに振り回されることなく、読者が中身を開いた上で買うか買わないかを判断してくれる。
そうなれば、次の主戦場は謎を残したタイトルを受け止めるだけの余力を持った読者となり、冒頭の私が話したような読書体験につながっていくのではないか。
もちろん、最近ではなろうと商業作品の垣根も曖昧になりつつあるというか、作品の質の差が少しずつ縮まってるように思う時はある。
とはいえ、ネットで流し読みする時はまだしも、ちゃんとお金を払って本を買う時は、自然と謎を残すタイトルが多い=私の好みであることは、私の部屋の本棚を見て改めてわかったことの一つだ。
なんなら本に限らずアニメでもそう。
最初こそ今期の作品や前期の作品を見るのだが、途中から10年前の作品を見ているなんてこともしばしば。
昔が良かったなどと懐古厨になりたいわけではないし、今の風潮が受け入れられないみたいな頭の硬い頑固な性格になりたいわけでもない。
単に個人の趣味嗜好を述べても良いならば、やはり私は思考の余白があり、読後に心地の良い余韻の残るような、そんな読書体験が好きだと、ただそれだけの事なのである。
その理由付け、というほどでもないが、実際の私の作品を例に挙げさせて欲しい。
私が過去に投稿した短編のひとつに「今日もまた初めての嘘を繰り返す」というものがある。
処女作のため中身の出来はさておき、今回注目して欲しいのはタイトル部分。
短編ゆえに、タイトルに込めるべき意味が少ないという点もあるのだが、比較的スッキリとまとめたつもりである。
これを流行りのスタイルにしたらどうなるか試してみよう。
一例としては「バレてないと思って隠れてバイトしてたヒロイン、実は恋人にバレてることに気づかない〜嘘はバレなきゃ嘘じゃないなら、気づかれた時が初めての嘘だよね?〜」といったところか。
これを見て、面白そうかつまらなそうか、読みたいか読みたくないか、そこの感じ方は人それぞれでいい。
私が言いたいのは、このタイトルだった場合、本作の魅力は半減以下になるということだ。
元のタイトルは、初めての嘘=1度しか成立しないはずのことを、繰り返すという締め方にすることで、一見すると矛盾していそうな違和感をあえて残したかったという意図がある。
しかし、流行りのタイトルになるとあら不思議。
その謎が無くなるどころか、意図が全て透けて見えるのだ。
(もちろん世の中には長くても謎を残せる人が一定数いる可能性は否定しないが)
こうして自分の作品でタイトルを並べてみて思うのは、やはり自分に流行りのタイトルは合わないなぁ、というところなわけだ。
それに何より、最初から物語の核をあけすけにしてしまうのは勿体ないと感じてしまうところもある。
本来、話の進行に沿って得られるはずの体験や発見、解釈の余地といったものが、読む前から消費されているようなものだ。
情報を先に出すということは、自分の手で自分の作品の魅力を半減させてしまう、そんな見方もできてしまわないだろうか。
(もちろん、読まれなければ中身の魅力も伝わらないという意見があるのもまた事実で、これはきっと鶏と卵の関係に近いのかもしれないが…)
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長々と自分語りに付き合わせてしまいましたが、もしここまで呼んでくださった方がいれば、一人の駆け出し活動者としては嬉しい限りです。
気が向いた方がおられたら、意見・感想などで私にない視点をいただけたら幸いです。
(中身の無い、ただ否定したいだけの暴論ではなく、建設的なご意見をいただけたら嬉しいです)
では、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
私の考えが、この先長いあなたの読書ライフに良き影響を与えんことを願っております。
お読みいただき、ありがとうございます。
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