第17話 命の火と死招く水
「ダンテ! しっかりしろダンテ!!」
「……ミ」
だがダンテはぐったりとしたまま起き上がろうとしない。
「そうだ手当を! 誰か回復魔法を!」
屋敷に居た頃、俺が怪我をした時は回復魔法を使える使用人が治してくれたんだ。
「ガウ……」
だが魔物達は皆申し訳なさそうに目を背ける。
「使えないのか……」
考えてみれば当然だ。俺が埋めて生まれた魔物は皆元の魔物か道具の能力しか持っていない。
回復魔法を使える魔物を埋めた事は無いんだから。
「何か薬でも……そうだポーション!」
確かこの世界にも回復魔法が使えない時の為にポーションがあった筈。
しまった、町に行った時に買っておけば、いや待てよ!
「ククミス、ポーションを!!」
俺よりも知識の深いククミスならこういう時の為にポーションを買っている筈!
「え? あっ!!」
だがククミスは俺に言われて初めてポーションの存在を思い出したらしく顔を青ざめさせる。
もしかして、町に行ったときに買わなかったのか?
「す、すみません。いつも何かあった時は医者の魔法で治療して貰っていたので、ポーションの事を忘れていました……」
「っ! いや、済まない。忘れていたのは俺も同じだ」
なんてこった、ククミスも俺と同じミスをしていたなんて。
いや、普段使う事も無かったなら忘れていて当然だ。ククミスを責める事なんて出来るわけがない。
くそっ、こんな状況になったんだから真っ先に薬を確保しておかなきゃいけなかったってのに!
俺達は魔法を使えないってのに何でそんな当然の危機感を持たなかったんだ!
今になって自分がいかに魔物達に頼りきっていたのかを思い知らされる。
「……ミゥッ」
ダンテが苦しそうな声を上げる。
「ダンテ、しっかりしろ!」
「ワウ!」
「ジャキィ!」
「ダンテちゃん!」
だが、俺達の声も虚しく、ダンテは冷たくなっていった。
「そんな……ダンテ」
正直この状況が受け止められない。
聖域に捨てられて初めて出来た仲間が、いつも俺に食料を与えてくれたお前が、居なくなる?
「そうだ! 町に行って回復魔法をかけて貰えば!」
そうだよ、俺達が使えなくても町には回復魔法を使える人間が居るんだ!
「フォルス様、そんな事をしてもダンテちゃんが殺されるだけです。この子は魔物なんですよ……」
「っ!」
そうだった。この世界じゃ魔物は必ず人間を襲う存在。
ダンテ達の方が特別なんだった。
ああ、万策が尽きた、
それを自覚した俺は、何故か自分が生贄としてここに捨てられた事を知った時よりも打ちのめされている事に気付く。
「……弔おう」
それしか言えなかった。
俺は小さな穴を掘ると、その中にダンテの亡骸を入れる。
もしかしたらダンテも他の魔物の様に新しい姿で生まれるかもしれないと小さな希望を抱く。
でも一度種を植えて生まれたダンテがまた生まれる保証はない。
それどころか仮に新たに生まれ変わったとしても、それはもうダンテではない別の魔物なのだから。
「……ワウ」
「ジャキィ」
魔物達がそれぞれに肉や果実、宝石の欠片などを副葬品の様にダンテの墓に入れていく。
「そっか、お前達もダンテの死を悲しんでくれているんだな」
「ダンテちゃん、私からも」
と、ククミスが身に付けていたドレスの装飾品を墓に入れる。
「それじゃあ、ありがとなダンテ」
俺はそっと土をかけてダンテの亡骸を埋め、冥福を祈る。
『…………』
短いような、長いような黙祷を終え、目を開けた俺は皆に向き直って告げる。
「ダンテの敵を討とう」
『……』
魔物達は無言で頷く。
「アイツは必ずまた来る。あんな執念深い奴が追い払われたくらいで諦める訳がない。寧ろ面子を潰された怒りで必ず俺達に復讐しに来る」
去り際の蛇の魔物の眼差しを思い出す。
こちらを見る奴の眼は、必ず復讐してやるとそう言っていた気がする。
「今夜か、明日か、数か月後か、いつか分からないが、必ず来る! だから、対策を練るぞ!」
◆
夜、曇天は月の光を遮り、カグツチ達が焚いた小さな灯りだけが頼りの暗闇の中。
奴は現れた。
「シャアア……」
「やっぱり来たか」
蛇の魔物の傷は完全には癒えていない。
けれど明らかに前回の逃亡時よりも傷が塞がっている。
「自動回復効果でも持ってんのか? 何でもありだなこの世界のボスは」
だからこその最速リベンジか。
「まさかその日の晩に来るとはな。速すぎだろ」
正直言うと準備は万端とはいえない。
だが文句を言っても始まらない。やれるだけの事はやった。
「あとはぶっ倒すだけだ!」
「シャアアア!」
初手鉄砲水攻撃が来る。
狙いは胞子のトラップ対策と防壁の破壊だろう。
「けどこっちも対策は練ってあるんだよ!」
魔物達は不規則に立てられた柱の陰に隠れて鉄砲水をやり過ごす。
そう、防壁じゃなくて柱だ。
「こいつはそう簡単に倒れないぜ!」
何しろ芯の部分はここに生えていた木だ。
それに泥と石を混ぜてからカグツチ達の火で炙る事で泥を乾燥させた。
こうする事で魔物達が隠れる事の出来るスペースを確保した訳だ。
勿論そのままだと鉄砲水で洗い流されちまうから、ムラサメがカットした板でカバーする事で保護してある。
「ジャキィ!」
「ヴォウ!!」
柱の陰からムラサメとゲイルが飛び出し蛇の魔物に襲い掛かる。
「シャアッ!」
蛇の魔物の巨大な尻尾の振り回しで追い払われるが、そこに上空からカグツチとルピの強化火炎放射が放たれる。
「ボウッ!」
「ジャラ!」
「シャアアッ!!」
水が苦手な二匹には十分に足場を確保した柱の上から攻撃をさせる。
「よし、今だ!」
俺も別の柱の上から皆に指示を出しつつ丸めた袋を蛇の魔物の顔面に投げる。
するとボフンという音と共に蛇の魔物の顔が粉に包まれる。
「シャアア!?」
「ホウシのデバフ胞子の詰め合わせだ!」
トラップは鉄砲水で洗い流されるからな。こうして袋に詰めておいたんだよ!
「ジェル!」
「ゴト!」
「ジュジュ!」
蛇の魔物がフラついた所でイスタとラルの力で強化されたフィトンの木の根が突き刺さる。
「シャアアッ!!」
蛇の魔物が鉄砲水を読んでデバフ胞子を洗い流す。
「はい無駄な努力ご苦労さん!」
すかさず蛇の魔物の顔面に胞子玉のお代わりをぶつけてやる。
「シャアッ!?」
これには蛇の魔物もたまらずのたうち回る。
「パレッ!!」
「シュル!!」
そこにモメンとスレッドが布と糸を広げて蛇の魔物の体をグルグル巻きにする。
しかもただ拘束するだけじゃない。周囲の柱に巻き付けて力づくで抜け出すことを出来なくする。
「ツンツン!!」
そこにとどめとアラシが針を突き刺して柱から布が抜けないように固定する。
「いまだ、一斉攻撃!!」
「ジャキッ!」
「ワウ!」
魔物達が一斉に蛇の魔物に襲い掛かる。
「……シャア!」
蛇の魔物は全てをリセットするべく鉄砲水で全てを洗い流そうとするが、柱はびくともせず、針で固定された布と糸の拘束も外れない。
それどころか布が濡れて重くなった事で更に拘束が強固になる。
「ボウッ!」
「ジャラ!」
「カグツチ、ルピ、布を焼かないように注意しろよ!」
カグツチ達は布で拘束されていない場所を器用に狙って攻撃を当ててゆく。
「こっちも胞子玉のお代わりだ!」
ホウシが頑張ってくれたからな。
胞子玉の在庫はたっぷりだぜ!
まぁその所為でホウシはヘトヘトになってククミスと離れた場所に避難してるんだが、十分すぎるくらい仕事をしてくれたからしっかり休んでてほしい。
「シャアアッ!!」
蛇の魔物は何度も鉄砲水を呼ぶが拘束がほどける様子はない。
柱を保護している木の板が外れて中の土石が流れていかないか心配だったが、蛇の魔物を拘束する為に巻いた布が功を奏したのか外れる様子はない。
寧ろ蛇の魔物が引きちぎろうと引っ張る事で逆にしっかり固定される皮肉となっていた。
「いけるぞ!」
蛇の魔物の動きは完全に封じた。
鉄砲水を無力化された敵に残ってる能力は高い回復力くらいだけど、この戦いでそれが役に立つことは無いだろう。
「ダンテの敵を取らせてもらうぞ!」
魔物達が蛇の魔物に止めを刺さんと一斉に飛び掛かる。
その時だった。
ビキビキビキッ!!
大きな軋む音と共に周囲の柱が動き出したんだ。
「は?」
ボコボコボコッ!!
「はぁぁぁぁぁっ!?」
信じられないことに、蛇の魔物は自分を拘束していた柱を無理やりに引っこ抜いたんだ。
「なんだそりゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
蛇の魔物が身を大きく振り回すと、体に巻き付いていた布が動き、その先端に巻き付いていた柱が振り回される。
「うわぁぁぁぁっ!!」
必死で柱にしがみつくが、今にも吹き飛ばされそうだ。
「ギャン!!」
「ボゥッ!!」
魔物達が無数の柱を叩きつけられて吹き飛ばされる。
柱にしがみついていたカグツチ達も遠心力に耐えられず吹き飛ばされる。
「俺ももう……」
腕の力が限界になり俺も吹き飛ばされる。
「しまっ……」
「ガドッ!!」
地面に叩きつけられる瞬間の俺の体をフェンが受け止めゴロゴロと転がる。
「た、助かったよ」
「ガ、ガド……」
だがガドはぐったりとして動かない。
見れば血を流しておりおそらくはさっきの柱の振り回しの直撃を受けたのだろう。
「クゥン……」
「ボゥ……」
周囲を見れば魔物達は皆倒れ伏している。
「まさかこんな力を持っていたんて……」
でもだったら何で最初からやらなかったんだ? 魔物のくせに舐めプしてたっていうのかよ……
「シュルルル……」
蛇の魔物が近づいてくる。
その体の表面は異様にビキビキと隆起していて、鱗がまるで岩を張り付けたみたいな光景になっていた。
「こいつ、こんな姿だったか?」
そして蛇の魔物は度重なる鉄砲水で全身がびしょびしょに濡れていて、まるで体から水を吹き出しているかのようだ。
「……もしかしてコイツ、大量の水の中を浴びるとパワーアップするのか?」
コイツが泉に陣取っていたのは、単に居心地の良い縄張りというだけじゃなく、シンプルに自分が一番力を発揮できる環境だったからなんじゃ。
さっきまでのやけくそのような鉄砲水の乱射は、全身を水に浸す為?
そう考えると蛇の魔物の全身に巻き付いたずぶ濡れのモメンの布が実は拘束具ではなく強化服だったのではと思えてくる。
「いや、コイツの賢さを考えれば、拘束された時点でそれを思いついたとしてもおかしくない……!」
「シャァァ」
ニヤリと、蛇の魔物の眼が嗤った気がした。
なかなか頑張ったな。だが無意味な抵抗だった、とでも言いたげに。
蛇に睨まれた蛙。この状況はまさにそれだった。
立ち上がり逃げ出すべきだ。
だが、わずかでも動いた瞬間、蛇の魔物は全身の筋肉を振るわせて一瞬で俺を飲み込むだろう。
チェックアウト、王手、詰み、勝つ手が見つからない。
蛇の魔物が鎌首をもたげる。
クパッと口を開け、ゆらりと俺を飲み込むべく動いたその時、
「ーーーーーッ!」
ドッッッッッ!!
突然蛇の魔物の巨体が吹き飛んだ。
「えっ!?」
何だ!? 何が起こった!?
蛇の魔物の巨体が数メートルは吹き飛ばされる。
魔物達の誰かがやったのか!?
「だけど誰だ!? 一体誰があんな力を!?」
「……」
何かが俺の前に立つ。
雲の隙間から覗いた月明かりが、蛇の魔物を吹き飛ばした存在を浮かび上がらせる。
「……お前は」
それは白く丸い綿毛のような体。
何より特徴的なのは頭に実る銀色の果実。
「お前……は!?」
「ミッッッ!!」
それは死んだはずの、ダンテの姿だった。




