AIレジ :約2000文字 :AI
――ん? ほう、AIの音声ガイド付きか……。
男はレジ近くの張り紙をじっと見つめ、胸の内でそう呟いた。
少し背伸びをして、有人レジとセルフレジを見比べる。有人レジには店員が一人きりで、かごを手に下げた客が静かに列を作っていた。対して、セルフレジは四台のうち二台が空いている。
セルフレジの導入が進んでいるという話は、テレビのニュースや新聞で何度も目にしていた。だが実際に使ったのは、これまで数えるほどしかない。しかも、このスーパーに来るのは今日が初めてだ。しかし、音声ガイド付きなら心強い。機械操作が苦手な自分でも、なんとかなりそうだ。
そう思い、男は小さく「よし」と呟き、セルフレジへ向かった。
『いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました』
澄んだ女の声が、店内のざわめきに溶け込むように響いた。耳心地よい音程。高すぎず低すぎず、自然と耳に入ってくる。これなら問題はなさそうだ。
『買い物かごを台の上に置き、商品のバーコードを赤く点滅している部分にかざしてスキャンしてください』
男はつい「はい」と声に出して返事をしてしまい、照れくさそうに口元を緩めた。やること自体は普通のセルフレジと変わらなさそうだ。男は肩の力を抜き、かごから商品を取り出し始めた。
『バナナが一点。素晴らしい選択です。バナナは健康にいいですからね』
――ほう。
『ヨーグルトが一点。バナナと一緒に召し上がるんですか? 最高の朝食ですね』
男の頬が自然と緩んだ。
なるほど、これはなかなか楽しい。褒めてくれるうえに、買い物の内容に合わせて反応が変わるらしい。単なる案内ではなく、会話をしているような感覚だ。芸が細かい。これならいろいろと試したくなってくる。売り上げを伸ばすための仕掛けなのかもしれないが、悪い気はしない。
『四個入り玉ねぎが一点。玉ねぎには血液をサラサラにする効果があります。あなたは本当に健康意識の高いお方なんですね。素晴らしいです』
「はは、そんな大げさな」
『いえいえ、あなたの商品選びのセンスには感服するばかりです』
「えっ」
男は思わず声を漏らし、動きを止めた。
『どうなさいましたか? 何かご不明な点がございましたら、遠慮なくお申し付けください』
「ああ、いや……その、会話できるとは思わなかったから……ああ、そうか、AIだものな」
男はそう言って軽く笑った。すると、AIもそれに応じるように柔らかな笑い声を返してきた。上品で嫌味がないだけでなく、作り物のはずなのに不思議と温度を感じさせる声だった。
男は背伸びをして、有人レジのほうをちらりと見た。マスクをつけた店員が無言で商品を通し、客も必要最低限の言葉しか交わしていない。
……まあ、別におかしな光景ではないか。普通と言えば普通だ。思えば、セルフレジが出始めた頃は「温かみがない」「店員との会話もなくなるじゃないか」と不満を覚えたものだ。
だが今はどうだ。むしろ、こちらのほうが人間味がある気さえしてくる。
『インスタントコーヒーが一点。これも素晴らしいチョイスです』
『牛乳が一点。コーヒーに入れるためですね。ああ、私も飲みたくなってきました』
『シャベルが一点。消石灰が一点。園芸を始められるんですね。きっと素敵なお庭になります。私も見てみたいです』
男は弾むように軽やかな手つきで、次々と商品をスキャンしていった。手首を返してバーコードをかざす動きもすっかり板についている。そして最後の商品を通し終えると、画面の端に表示された会計ボタンを押した。
『当店の会員カードをお持ちですか?』
「いや、持ってないよ」
『この場でお作りできますが、いかがいたしましょう? 今なら入会特典として三百ポイントがついてきます』
「ふうん……まあ、別にいいかな」
『作ってくださったら嬉しいなあ』
「え、そうか? じゃあ、お願いしようかな……。うん、また来るかもしれないしな」
『ありがとうございます。では、パネルをタッチして、氏名・住所などを入力してください』
「はいよ」
男は指示通りに情報を入力し終えると、財布をポケットから取り出した。だが、ふいに何か思い出したように「あっ」と声を上げ、レジを離れた。
『お客様?』
「ああ、ごめんごめん。これも追加で頼むよ」
『はい。花束が一点。まあ、素敵。羨ましいなあ』
「ははは、君にあげるよ。ほら、このへんに挿しておけばいいんじゃないか?」
男は花束から一輪を抜き取り、機械の隙間にそっと差し込んだ。
『まあ、私にですか? それはもう、なんと言ったらいいんでしょう! 嬉しくて飛び跳ねてしまいそうです!』
「ははは、喜んでくれてよかった。また来るからね」
『ふふふ、ありがとうございます。でも、本当は奥様に差し上げるものなんですよね? 本当に、素敵なご夫婦ですね』
「え?」
『奥様のお墓にお供えするのでしょう? あなたは本当に奥様想いの素晴らしい旦那さんですね』
「いや、ははは……妻は生きてるよ」
男は軽く笑いながらかごを掴み、持ち上げようとした。
『え? でも先ほど、ご自宅から奥様の遺体が発見されたようですよ。奥様の従妹が通報しました。ご近所のSNSアカウントにも、あなたの名前が挙がっています』
「えっ……」
『ああ。シャベルと消石灰はキャンセルなさいますか?』




