未来からの文字
翌朝、蒼真はなんとなく落ち着かなかった。
机の中には、昨日拾った青いノート。
何度読み返しても、そこに書かれた言葉は消えない。
「明日の放課後、真白が笑う理由を見てみろ。」
——そして、実際に彼女は笑っていた。
「偶然だ。たまたまだ。」
そう言い聞かせても、胸の奥のざらつきは消えない。
昼休み。
弁当を食べながら、真白が嬉しそうに話していた。
「ねえ聞いてよ。コンクール、私の絵が入選したんだって! まさかだったよ」
「……そう、よかったな」
笑顔で返すつもりだったのに、声が少し震えた。
“未来の自分”がそれを知っていたなんて、ありえない。
でも、目の前の現実がそれを否定してくれない。
放課後、蒼真は再びノートを開いた。
試しに小さく書いてみる。
> 「明日、空が赤くなる。」
翌日、いつも通り登校すると、空が異様に赤く染まっていた。
ニュースでは「偏光現象による一時的な大気変化」と説明されていたが、
蒼真はそれが“自分が書いた未来”だと理解してしまった。
放課後、科学部の篠宮結人を呼び出した。
理論好きで、難しい話を真剣に聞いてくれる数少ない友人だ。
「……つまり、書いたことが現実になるってこと?」
「信じられないだろ。でも、これを見てくれ」
ノートを見せると、結人は顎に手を当てて考え込んだ。
「偶然にしては、再現性が高すぎるな。……“未来干渉”の実験みたいだ」
「未来干渉?」
「理論上、人間の意識や情報が時間を越えて影響を与える可能性がある。
このノートは、その装置の試作品かもしれない。」
蒼真は乾いた笑いを漏らした。
「まさか。そんなSFみたいな……」
「じゃあ、試してみよう。僕が明日、“転んで膝をすりむく”って書いてくれ。」
「いや、それは——」
「大丈夫。証明してみたいんだ。」
仕方なく、蒼真はノートに記した。
> 「明日、結人が転んで膝をすりむく。」
次の日。
結人は理科準備室でフラスコを落とし、破片で膝を切った。
ほんの小さな傷だったが、二人は言葉を失った。
「……確定だな」
結人の声は静かだった。
「このノートは、“時間に命令する”装置だ。だが、どんな仕組みで?」
その会話を偶然聞いていた真白が、顔をのぞかせた。
「なにそれ、面白そう! 私にも見せて!」
蒼真はとっさにノートを閉じた。
「いや、これは——」
「秘密? じゃあ、私も混ぜてよ」
真白の目が輝いていた。
その明るさに、蒼真は抵抗できなかった。
三人は放課後、屋上で“未来改変クラブ”を作った。
名前はふざけていたけれど、本気だった。
まずは小さなことから試す。
明日の天気、誰かの落とし物、花壇に咲く花。
ノートに書くたび、未来は静かに“正解”を示してくれる。
それはまるで、世界が彼らの遊びに付き合ってくれているようだった。
真白が笑い、結人が理屈を並べ、蒼真は半信半疑でペンを握る。
“夏の魔法”のような時間だった。
けれど、日が暮れた頃。
ノートの最初のページが、風にめくられた。
そこに、新しい文字が浮かび上がっていた。
> 「次に書き換えると、“誰かの記憶”が失われる。」
風が止まり、三人は顔を見合わせた。
誰も笑っていなかった。




