猫耳と猫尻尾姿を可愛がられる百合
「滝川、よく頑張ったなぁ」
「あ、ありがとうございますっ」
先生がそう言ってにこやかにテスト用紙を出してきたので、私はお礼を言ってにやけそうになるのを抑えながら受け取った。そして席に戻りながら点数欄を見て、愕然とする。
ぎゅっと唇をかみしめて、感情を抑える。まだ駄目だ。こんなところで感情をだしてはいけない。
テスト用紙を折って見えないようにして、私は足早に席に戻った。
そうして私は我慢して午前授業を乗り切り、幼馴染の玲子と一緒に帰宅する。
「……」
「……。じゃ、また来週」
分岐に到着したところで、しばし沈黙してからそう言って私に軽く片手をあげて、玲子はあっさりと私に背中を向けた。
「……」
とっさにその腕をつかむ。玲子は振り向いて私を呆れたような顔を向けてくる。
「何? ぶさいくな顔して」
「……」
ひどすぎる。言うに事欠いて、よくもまあそんな、可愛い幼馴染にそんなことが言えるものだ。私は睨みつけるけど、胸の奥で感情が高ぶりすぎて言葉が出ない。
そんなのいつものことで全部わかっているだろうに、玲子は振り向きながら冷たく私の手を振り払って私を正面から見てから、ため息をついた。
「はぁ、何か言いたいことあるなら口で言いなさいって。何回も言ってるでしょ。もう私たち、中学生になったんだから」
「…………意地悪っ! 馬鹿! 嫌い!」
「あー、はいはい。わかったわかった。意地悪だったね。でも言っとくけど善意で言ってるんだからね。ほら、行くよ」
「ん……」
あまりに意地悪が過ぎるのに、善意などと言うふざけたことを言う玲子だけど、最終的にはそう言って私の手をとって私の家に向かって歩き始めた。
家に到着して私は自分の部屋に直行しようとするのに、玲子は私の手を引いて強引にうがい手洗いをさせる。今そんな精神状態じゃないってわかってるだろうに。
「そんな顔してもダメ。汚いでしょ」
「汚くないっ」
「はいはい。珠江ちゃんはどこもかしこも綺麗だもんね」
それからようやく自室にはいれたので、私は鞄を放り投げて床に手をついた。
「うあああああっ! もうやだああぁ!」
そう心をさらけ出すようにして声をあげると、自然と目から涙がこぼれおちる。心の中で渦巻いていた激情があふれる力となって、私はどんどんと床を叩きながら自分の体がどんどん小さくなっていくのを自覚する。
「あー、はいはい。おいで」
「うにゃああああ」
私は小さな子猫になってしまった姿のまま、ベッドにもたれるように座った玲子の膝の上に飛び込んだ。
「よーしよし、テストの点が思ってたのと違ったんだね。頑張ってたのにね。辛いね。悲しいね。嫌だったね」
私は猫又の血をつよく引いている。大昔に妖怪と人類は和解し、様々な混血が生まれた。そして現代ではもはや妖怪の血を一滴もひいていない人はいないだろうと言われている。
どんな妖怪の力がでてしまうかは個人によるけれど、うちは母方に猫又ばかりの家系なので仕方ない。仕方ないけど、この、落ち着くまでは感情がたかぶると勝手に猫になってしまう体質だけはやめてほしかった。
そんなわけで私は猫にならないよう、学校でずっと我慢していたのだ。なのでようやく家に帰れた私は、我慢した分蓄積した気持ちをこうして玲子の膝の上で吐き出すのだ。
「よーしよし、可愛い可愛い」
「うー。うー、うにゃぁ……はぁ」
一通り泣くと疲れて気持ちも落ち着いてくる。もちろん、玲子の優しい手つきと声もその一因だ。
私は感情が激しい方で、幼稚園の頃からしょっちゅう子猫になってしまっていた。そんな私をいつも抱き上げて人の姿に戻れるまで守ってなだめてくれるのが玲子だ。
感謝はしている。だけどそれはそれとして、なんで今日は一回自分の家に帰るふりして意地悪したのか、落ち着いたらまた腹がたってくる。
まだ猫から戻れないので、仰向けになって喉を撫でられごろごろしつつ、尻尾でぽすぽす玲子の太ももを叩く。
「んー? 不満そうだね。うりうり」
「んにゃん。れーこ、さっき意地悪した。謝って」
「さっきって、いやだから、あれ善意だからね? 黙って睨みつけるだけで自分の気持ちを分かってもらおうとか、私以外に通じないからね?」
「玲子以外には、しないし」
「ほんとかー? ていうか、そもそも他の人と全然付き合わないじゃん。内弁慶すぎ」
「うるさい」
玲子以外に友達はいないけど、別に、話せないとかじゃないし。玲子がいるから困らないからであって、別に玲子以外にこんな態度とるわけじゃないし、作ろうと思ったら他に友達だってつくれるもん。
「で? 結局何点だったの?」
「英語が……九十八だった」
「……今日は四教科戻ってきたけど、他は?」
「他は百点」
「……ねえ、放り投げていい?」
「にゃっ!? なんでなんで絶対やめて!」
背中の手が上からぎゅっと押さえつけてきたので、私はスカートに軽く爪をたてて抵抗する。
「はぁー。ったくこの猫娘は」
するとため息とともに背中をなでられたので力を抜く。本気のトーンだったのでびっくりした。そうだよね。そんなことするわけないよね。
「あんた、中間の時、英語で七十とったってへこんでたでしょうが。それで九十八になって何が不満なわけ?」
「頑張って、絶対百点だって思ってたのに。こんな、こんなケアレスミスで……っ」
小学校ではほぼ百点しかとったことなかった。それを中学に入って初めて、中間テストで七十点と言う見たことない点数をとってしまった。
それが悔しくてたまらなくて、今度こそはって、百点とれるように頑張った。百二十点とれるくらい頑張って、これで百点取れなきゃ嘘だって思って、英語が返ってくるまでは完璧だったのに。なのに、肝心の英語で、綴りミスで九十八点。悔しい。悔しくて落ち着いたはずの呼吸が荒れて、また涙で視界がにじむ。
「あー、はいはい。悔しかったねー」
そんな私を玲子は慰めつつ撫でてから、私のぐずりに合わせてゆっくりとリズムをつけて軽く叩くようにあやし始める。
そのどこか安心するリズムに心の中の大波が少しずつゆるくなり、玲子の手が調整するように私の全身を撫でていく。
「んっ」
そして私のしゃくり声がなくなって呼吸が安定したのを察してか、玲子の手は私の尻尾の付け根のあたりをとんとんと優しく叩きだす。
くすぐったいような心地よさで、ついついお尻を玲子の手に押し付けるようにしてしまう。頭を撫でてもらおうと押し付けるみたいで、子供っぽくてちょっと恥ずかしい動きではあるのだけど、気持ちよくてついしてしまう。
「んふ~」
背筋をのばしてふるふるしてその気持ちよさを堪能してから、私は全身の力を抜いてごろんと転がって尻尾ですりすりと玲子の手を撫でる。
そうして心の中で煮詰まっていた大きな感情がおさまってようやく脱力してリラックスしたのを察した玲子は、私を抱き上げてベッドの上に優しく寝かせてくれる。
投げていい? とか言いながら、ベッドの上にもいつも優しくおいてくれるところ、玲子の好きポイント。
なんだかんだ意地悪なこと言うくせに、私に触れる手はいつだって優しい。知ってた。
言い訳になるけど、だから私もついつい玲子には甘えてしまう。言わなくてもわかってくれるって。イライラしてていっぱいいっぱいなのもわかって許してくれるって、甘えてしまう。
終わって見ると、言われてみればちょっと、いやかなり、子供っぽかったかなって反省しなくはないんだけど。私ももう中学生なのに。
そのまましばらくベッドの上でごろごろしていると、体がすーっと伸びる感覚と共に人の姿に戻る。
やっとだ。ちょっとずつ大人になって猫になる頻度も長くなってきたと思っていたけど、今回はちょっと長かった。
こうして玲子に優しくされるのは好きだし、猫にならない期間が長くなると寂しい気持ちになることもあるけど、でもやっぱり、いちいち猫になるのは面倒だなぁと思う。
世の中には妖怪の性質が出ない人だっているのに。大人になったら猫の大きさは自由自在なのに、できるようになるまでは必ず子猫なのもひどすぎるよね。
他の妖怪も感情が高ぶると力の制御が難しくなるのはよくあるけど、だいたい恐かったり強かったり威圧するやつだ。なんで猫又は子猫? どう考えても理不尽すぎる。
あと猫又が正式名称なのだけど、猫又になるの女が多いからって世間的に猫娘が種族名だと思われているのも不満だ。猫の妖怪は猫又でいいでしょ。おばあちゃんになっても変わらないんだから娘にするな。
と、今まで何回か脳内で言ってきた文句をまた考えてしまう。
「はぁー」
「なにため息ついてんの? てか着替えないの?」
「もー、お母さんみたいなこと言わないで。玲子が制服なのに着替えるのおかしいでしょ」
「おかしくはないでしょ。ほら手伝ってあげるから」
「もーおー、玲子がベッドに寝かせたくせにー」
なんてアンニュイになることも許されず、強引に引っ張って立たされて着替えさせられた。私よりちょっと大きいからって、こういうとこ、どんどん強引になってる気がする。
猫又の親族を見るにあんまり身長は期待できないので、むーと不満に思わないでもない。
「はいはい、いつまでもだらだらしないの。もうすぐ夏休みなんだし、気持ち切り替える」
「うー。わかってるもん。二学期のテストこそ、オール百点とってやるんだから」
「いや、まあ、うん。頑張って」
「なにそのやる気ない応援。夏休みの宿題手伝わないよ」
「それは反則でしょ」
なにも反則ではない。別に玲子は頭が悪いわけじゃないけど、夏休みの宿題は読書感想文とか日記とかの文章を書くのが苦手なのでいつも手伝ってあげているのだ。あ、でも中学だと日記はないのかな? 今のとこもらってないや。
そんなくだらない会話をしながら、私は前向きに目標を立てつつ、それはそれとしてまずは目の前の夏休みを楽しんでいこう。
と、いつの間にか勝手に玲子がつけていたクーラーのおかげで快適な自室でごろごろしながらリラックスするのだった。
〇
「玲子! 大変! いますぐ着て!」
と幼馴染の珠江から呼び出された。夏休みであり、お昼を過ぎた今は一番暑い時間帯。
夏休みに入ってからも頻繁に行ってはいるけど、あえてこんな時間には行きたくない。正直めんどくさい。と思いつつも電話で急かされたので、いやいや出動する。
門扉を開けたところで、玄関扉からかちゃっと音がしてからどたばた走り去る音がした。
「? 何がしたいの?」
異常行動に思わず独り言を言いながら家に入り、鍵を閉めておく。お邪魔しますとこれまた独り言になってしまいつつも声をかけながら靴を脱いで、もはや自分専用のスリッパに履き替える。
ばたんと音がして、二階の珠江の部屋に入ったのだろう音がする。呼びつけておいてこの態度、と呆れつつも、鍵を事前に開けておくと言うのはしなくなったのでよしとする。
「珠江ー、どうしたの?」
「……うん」
なので怒ることもなく珠江の部屋に入ったのだけど、なにやら珠江はクーラーのきいた部屋の中で薄手の掛け布団であるタオルケットにくるまって丸まっている。こちらは汗をかきながらやってきたというのに。
「ほら、なにしてんの。顔くらい見せなって」
反応が鈍いのも合わせていらっとしたので、強引にタオルケットをぐいっと引っ剥がした。そしてベッドの壁際に向かって投げだして、半分以上見えるようになった珠江に向かって手をのばして、途中で手がとまった。
「……どしたの?」
「わかんないけどー。なんか、さっきなってたぁ……うう。恥ずかしいよぉ」
「恥ずかしがる状態なのかわかんないんだけど、まあ、可愛いよ?」
珠江の頭の上にはぴょこんと猫の耳が飛び出し、珠江の太ももには尻尾が巻き付くように存在している。まるで漫画のような中途半端な猫耳娘状態。普段、種族を猫娘と言われるとその場では受け流しつつ、後から猫又なのにと私の膝の上でいやいやしていた珠江だけど、今の姿は猫又よりも猫娘がふさわしいと私も思ってしまう。
「嬉しくなー……いぃ」
ちょっとは嬉しかったらしい。珠江はタオルケットを手繰り寄せて、不満そうに唇を尖らせた顔を下半分隠してから睨みつけてきた。隠した下の口元はもうとがっていないだろう。わかりやすい。めんどくさいと可愛いが絶妙に同居している。
ベッドの脇に腰かけて、珠江の頭を撫でてみる。普段の子猫と違って大きな猫耳がぴくぴく動く触り心地がいい。ふさふさふわふわ。
「にぃー。勝手に触んないで」
「またそんな心にもないことを」
珠江は素直に撫でられて軽く頭を動かし口元をゆるめて一声ないてから、慌てたように唇を突き出して抗議してきた。なんて素直じゃない、いやわかりやすいと言う意味では素直すぎるくらいだけど。
本人もどうしてこんな状態なのかわからないらしいけど、いつも通り私になんとかしてほしくて呼んだんだろうに。
「そんな風になるなんて、どんな嫌なことがあったの?」
「別に……なんにもない。漫画読んでたらなった」
「えぇ? ああ、私が貸したやつね。面白かった?」
「うーん、まあまあ。続きないの?」
「それが最新刊だよ」
「えー」
ぐずる珠江の背中に手を添えるようにして揺らして、その体の下に足を入れていく。あ、お腹蹴っちゃった。
「ぐえぇ。なにすんの」
「何って言われても。さすがに今の体格でいつもみたいに膝に乗せてもだいぶ手足がこぼれるから、ベッドの上でしようかと」
普段はベッドの横に座って膝の上にのせているけど、それだと手足が床に放り出される形になるからリラックスしきれないかと思ったのだ。珠江は文句を言いながらごろりと体を転がしてベッドの縁に避けた。
「足伸ばして。上乗るから」
「はいはい」
言われるまま足をのばすとごろごろと珠江が戻ってくる。珠江のお腹が私の上に乗っていて、ぐでっとうつ伏せで私に背中を向けた姿勢だ。ずっしりした重み。確かに、あぐらとか正座だとお互いにしんどそうだ。
と思ってから気づく。さっきまでタオルケットに紛れていたけれど、珠江はいつものショートパンツを脱いでいて下半身が下着一枚になっていた。
「なんで脱いでるの?」
「見てわかんない? 尻尾があるんだから」
「なるほど」
お尻をやや突き出すように浮かして尻尾をくねくねさせてアピールされてよく見ると、尻尾は下着にまで干渉する位置から生えていて、それを避けようと下着は尻尾で下にずらされていて、お尻の割れ目がわずかに見えている。珠江の尻尾はよく動くので部屋着とは言え着ていると違和感を覚えるのだろう。
理由はわかったけど、さすがに平然としすぎな気がする。下着姿くらい見慣れているとはいえ、ベッドの上でこっちが服を着ている上にお尻を向けてのっかって平然としていられる格好ではないと思う。
と思うけれど、突っ込んでも仕方がない。珠江なのだから。
気を取り直していつものように珠江をなだめてあげよう。にしても子猫の時はなんとも可愛い姿勢だけど、今は怠惰な印象が強くなってしまうなぁと思いながら背中を撫でる。
いつもみたいに癇癪を起しているのではないので、なんと声をかけようかと悩みつつも口を開く。
「よーしよし、いい子だね」
「ん……」
いつもの毛並みではない、人間の背中を撫でるのは、なんだか妙な心地だ。人間としてみれば小柄で軽い珠江だけど、子猫の時に比べるとしっかりとした重さがある。完全な猫に変身している時はどういう理屈か服も消えているけれど、当然今は着ているので、シャツの手触りとそれ越しに感じる下着の存在。
「……」
「……ねぇ、なんで黙ってるの? ちゃんとやってよ」
「え、ああ、うん。いやでも、いつもはほら、もっとこう、慰めるって感じだけど、今日はなんでこうなったのかわかんないし」
ついつい黙ってしまった私に、珠江が耳をぴくっとさせながら振り向いて文句を言ってしまった。反射的に頷いて、頭を撫でながらまたうつ伏せにさせながら言い訳のように口が勝手に動いてしまう。
「うーん、それはそうかもだけど……いつもみたいに、ちゃんとして」
「わがまま……はいはい。珠江はいい子だよ。いつも頑張ってるね」
「ん」
尻尾をぶんぶんふってぶつけて不満を伝えてくるので、頭を撫でながら声をかける。
それに満足そうに尻尾は落ち着き、耳から力を抜いたようにぺたりと伏せられた。その猫耳を撫でると、子猫の時とは違って大きな猫耳の柔らかさ、温かさがはっきり感じられる。
髪の毛と髪質が違うようで違和感のない手触り。なめらかな髪に、短くふわふわの耳。ずっと触っていたい心地よい触り心地だ。
「かわいい……」
「んふー? にゃふふ、もっとー」
「あ、うん。素直で可愛いね。お耳もふにゃふにゃで、可愛いね」
思わず口から出てしまった、可愛い。と言う言葉。子猫の時にはさんざん言ってきたけど、今の姿は八割人間なので、なんだか変な感じだ。
耳ばかり撫でてもまた怒られるだろう。髪をとかすよう全体を撫でて首筋や顎先も撫でてから、肩や背中もまた撫でる。余計なことは考えず、珠江をいつものように可愛がるよう意識する。
「珠江は可愛いね。可愛い可愛い」
そう言いながら手をお尻にもっていく。尻尾の流れに逆らわず、いつものように撫でる。いつもより太い尻尾を軽く握って撫でたり、腰からお尻にかけて撫でていく。
「可愛いよ……可愛い……」
私は何をしているのか。という普段なら絶対に思い浮かばない疑問が浮かんでくる。やる前は何もおかしいと感じていなかったけれど、八割人間の珠江のちょっと出てるお尻を撫でるとか、これは、ちょっとえっちなことをしているのでは?
それに珠江は確かに可愛いけど、何より子猫の姿が世界一可愛いからあの癇癪も全然気にならなかったのに。なに、この、他に言葉がないから可愛いばかりを言っているせいか、自分で自分を洗脳しているような気になって、ほぼいつもの珠江なのに、いつもよりずっとずっと可愛い気がしてくる。
「んっ」
いけないことをしている気がしてきたので、早めに終わらせようと私はいつもの締めにはいる。尻尾の付け根をとんとんと、いつものように撫でるような叩くような動きで刺激をあたえる。そうすると甘えたような、子猫の時のような高い声がでてドキッとしてしまった。
子猫の時と同じような声になっただけなのに、さっきまで普段の珠江の声だったせいか、なんだかこれも、えっちな声に聞こえてしまう。
「にゃぅ、珠江、もっちょっと、強くして」
「そ、そう?」
「んっ、そ。ん~」
子猫の時より大きな体だからか、もう少し強くしてほしいらしい。それはいいのだけど、手に押し付けられるお尻と言うか、もしかしてこれって、ものすごくえっちなことをしているのでは? 今までも?
「んふ~」
言われるまましていると、ぴくっと珠江は反応してすぐにぷるぷると軽く全身を揺らして脱力した。そしてごろりと器用に私の膝の上で姿勢を変え、私のお腹に頭をくっつけるように身をまるめた。そして私の手をとって頭に導いてくる。
「……可愛いよ、珠江」
脱力した満足そうなその笑顔、頭を撫でると実に嬉しそうにしていて、私が撫でている間ずっとこんな風な顔をしていたのかと思うと、なんだか、言葉にできない複雑な気持ちが胸にうずまいてしまう。
でも、よくわからないけど、その、すごく、可愛いとは思う。世界で一番可愛いのは子猫の珠江だと思っていたけど、もしかして子猫じゃなくても、普段から珠江って世界一可愛いのかもしれない。
「にゃあ……にゃふふ。れーこ、いっつもありがと。だいすき」
「っ……どういたしまして」
そうして油断していたからだろう。珠江は私の目を見て、にんまり微笑んでそのまま私に全身で抱き着くようにして言ったその言葉に、心臓がどきっと高鳴った。
大好きだって、何度も言われてきた言葉だ。内弁慶の珠江は私に我儘ばかり言うけど、その分たくさん甘えてくる。だから可愛がって私も甘やかしてきた。
でも中学生になるのだし、そろそろ他にも友達を作った方がいいと思って、社交性を身に着けてもらいたいと思っていた。だけど、それって、もしかしていつか私から珠江を離してしまう行為なのでは?
私はそんなつもりではなくて、私と親友とした上でずっと一緒にいられるわけじゃないし、いやでも……
「……ん? どしたー?」
「別に。それより、猫もひっこんだんだし、降りてくれる?」
「えー、つめたい。玲子はいっつもそう。猫の私しか可愛がってくれないんだから」
ぶつぶつ文句を言いながら、珠江が私の膝から降りる。猫の時に散々可愛がっているのだから、人の時まで甘やかすのは度が過ぎているだろう。そう思いながら、私は淡々と珠江のショートパンツを拾い上げる。ベッドの端っこに放置されていた。
「ほら、いい加減はく。足上げて」
「はーい」
はかせてから私は珠江に背中を向ける形でベッドの足元の方に腰かけ、ベッドに手をついて珠江を振り向いた状態でぽんとお腹を叩く。
「はい。おしまい。にしても、少女漫画を読むと猫耳尻尾になるなんて、どういうことなんだろ。最後まで読み終わってだから、別に少女漫画は関係ないのかな?」
「知らなーい」
「自分のことなのにいい加減過ぎない?」
「そんなこと言われても、猫にだってなりたくてなってないもん。ねー、せっかく来たんだし、なにして遊ぶ?」
呆れる私に、珠江は足をあげて反動で勢いよく起き上がって、無邪気に顔を寄せてにこにこと笑顔を向けてきた。
その猫の要素のない笑顔に、何故か私はどきっとしてしまって、すぐに言葉が出なかった。でも、こんなのきっと錯覚だ。珠江に可愛い可愛いと言っていたから、なんだか変な感じがしているだけだ。
だって、他でもない珠江にそんな気はないんだから。私達はただの親友で、ずっとこのまま同じように一緒に過ごしていくんだ。
〇
「はい、珠江の負け。はい、お茶とお菓子用意して」
「ぐ、ぐぬぬ……」
「あれれ? こんなことで猫になっちゃうの?」
「なんないし、ばーか!」
テレビにつなげっぱなしだったゲーム機でレースをして、見事三連敗してしまった私は、玲子に馬鹿にされた腹いせに思いっきりドアを開閉した。乱暴すぎー、と小さくドア越しに文句が聞こえたのを無視して、私は台所に向かった。
喉が渇いたから持ってきて、と言っただけなのに、変に勝負にされてお菓子まで用意することになってしまった。私の家とはいえ、玲子だって昔からしょっちゅう来ているからどこに何があって何を食べても自由なのに。
悔しい。もちろん、このくらいで猫になることなんてありえないけど。私だって、そこまで子供じゃない。
台所にきてまずはお菓子をひっぱりだす。冷凍チーズケーキがある。ちょっとめんどくさいけど、食べたいので包丁でカットして、お皿に出す。冷蔵庫の麦茶をだしかけてから、その奥のコーヒーボトルを手に取る。玲子は洋菓子の時はコーヒーが好きなので用意してあげることにする。半分は牛乳で、私のは八割くらい牛乳にする。手づかみでもいいけど、まあ、玲子はそう言うのに文句を言うのでフォークをつける。
なんだか本格的になってしまった。
「……はぁ」
今日の私は、ちょっと変だ。玲子から借りた漫画を読んでいた。別に少女漫画がはじめてなわけじゃない。だけど今日は、読み終わってから、恋人って楽しそうだなぁ。私も恋人ができたらこんな感じなのかなぁって何気なく思って、そうなったら、私の恋人って誰かなって考えたら、自然と浮かんだのは玲子だった。
玲子しか親しい人っていないし、私にとって友達って言ったら玲子だし、親友って言ったら玲子だし、一番大事な人って言ったら玲子だから当たり前だ。
でも、玲子って、私にとって恋人とかそう言うのなのかな? 私って玲子のこと、恋愛的な意味でも好きなのかな? そう考えたらなんだかむずむずして落ち着かなくて、結論がでないままうんうん考えていたら、いつのまにか猫耳と猫尻尾だけ映えた中途半端な姿になってしまった。
困ったときのいつもの癖で玲子を呼んだはいいものの、なんだかこのカッコを見せるのも恥ずかしくて、どうしようって不安だったけど玲子はいつも通りで、いや、いつも以上に私に可愛い可愛いっていって可愛がってくれて、うー。
「にゃー」
困った。よくわかんないけど、もしかして玲子って私のこと好きなのかもしれない。だっていつもの子猫の時より可愛い可愛いって言ってたし、うーん。困った。別に私は、そんなに玲子と恋人になりたいってわけじゃないんだけど。
まあ、えっと……嫌ではないし、まあ、いっか。
よくわかんないし、これ以上考えたらまた耳と尻尾が出そうなむずむず感があったのでやめた。
この後、私と玲子はいつも通りなような、ちょっと違う夏休みを過ごすのだった。
おしまい。