最弱からの成り上がり、そして狂信者たちの誕生
絶望の淵で、健太は吟遊詩人の歌声に涙し、秘められた『魅了:無垢の瞳』に覚醒する。彼の無力さは、狂信的なまでの献身を引き出し、ガストン、リリア、リアムという「最強」の仲間たちを次々と生み出していく。
その時、ふと、窓の外から美しい歌声が聞こえてきた。それは、吟遊詩人の、哀愁を帯びた、しかし力強い歌声だった。健太は、吸い寄せられるように窓を開けた。その歌声は、健太の乾ききった心に、一滴の雫のように染み渡った。彼は、これまで感じたことのない、安堵と同時に、深い悲しみに満ちた感情に包まれた。
その瞬間、健太の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。その涙は、彼の長年の苦しみと絶望、そして、まだ諦めきれないかすかな希望が混じり合ったものだった。その時、彼のステータスプレートが、眩い光を放った。
「これ…は…」
健太は、自分の瞳に、まるで星屑を閉じ込めたかのような、まばゆい輝きが宿っていることに気が付いた。そして、その輝きは、彼の瞳を見た人々を、無意識のうちに引き寄せ、彼への「保護欲」を掻き立てることを、すぐに理解した。
健太は、自身の「最弱」であることを武器にした。もう、自力で成り上がるなどという甘い考えは捨てた。この世界は、弱者を嘲笑し、踏み潰す場所だ。ならば、その弱さを逆手に取ってやる。常に危険な状況に身をさらし、助けを求めることで『魅了:無垢の瞳』を発動させる。その度に、彼を救おうとする者たちは、信じられないほどの覚醒を遂げた。彼の瞳は、もはや無垢ではなく、飢えた獣のような光を宿し始めていた。
最初に健太に傾倒したのは、彼の命を救った屈強な傭兵団の元団長、ガストンだった。ガストンは、かつては恐れられた猛者だったが、心に傷を負い、酒浸りの日々を送っていた。彼は信仰していた「戦の神ヴァルゴ」の教えにも疑問を抱き、人生に倦んでいた。ヴァルゴは「強き者は弱き者を導き、戦いを通じて高みを目指せ」と説く神だが、ガストンは多くの仲間を失った戦いでその教えの空虚さを悟り、自暴自棄になっていたのだ。ある日、泥酔して人気のない路地で倒れていたガストンの目の前で、健太が餓えた野犬の群れに襲われ、まさに絶体絶命の時に偶然にも、健太の『魅了:無垢の瞳』が発動した。ガストンの心に、これまで忘れていた「守るべきもの」という、純粋な感情が灯った。それは、かつて彼が失った「正義」にも似た、あるいはもっと根源的な「生の輝き」だった。ガストンは、まるで憑かれたように野犬を蹴散らし、健太を抱きかかえた。その力は全盛期を遥かに凌駕しており、彼の身体能力が一時的に覚醒したことを示していた。健太を救い出したガストンは、その場で彼の忠実な護衛となり、彼を守るためならどんな困難にも立ち向かうと誓った。健太は、ガストンが彼を守るたびに、その筋力や耐久力が目に見えて向上していることに気づいた。ガストンは、健太を守ることが、自らの「戦の神」への信仰とは異なる、新たな存在意義であるかのように狂信的な目をしていた。彼の口癖は「健太様の安寧こそが、俺の、いや、我々の全てだ!」に変わり、彼の持つ大剣は、彼自身の意思とは裏腹に、健太の危機に反応して神聖な輝きを放つようになった。
次に現れたのは、世間から異端者扱いされ、迫害されていた天才魔術師の少女、リリアだった。リリアは生まれつき莫大な魔力を持つがゆえに制御が利かず、周囲を巻き込む事故を起こしてしまうため、常に孤独だった。彼女は「叡智の神アルテア」に愛されすぎたがゆえに、その力が暴走すると言われ、神殿からも疎まれていた。故郷の村を魔力暴走で壊滅させてしまい、自身を忌み嫌うようになったリリアは、森の奥で自死を考えていた。その場所に、魔力暴走を起こして倒れていた健太が偶然流れ着いたのだ。健太の弱くか細い姿に、リリアは今まで感じたことのない「守りたい」という衝動に駆られた。彼女が健太のために魔力を集中させると、その魔力は驚くほど完全に制御され、普段の何倍もの威力を発揮するようになった。健太はリリアの献身的な看病を受けながら、彼女の魔力制御が健太の存在によって安定すること、そして彼女の魔力自体も飛躍的に増大していることに気が付いた。リリアは、健太こそが自身の暴走を抑え、力を引き出す唯一の存在だと確信した。彼女もまた、健太を守ることを生きがいに、彼の旅に同行するようになる。リリアは健太のために、禁忌とされた古代魔法の研究にまで手を染めるようになった。彼女の魔法は、健太が危険に陥るたびに、想像を絶する威力を発揮する。リリアにとって、健太は彼女の暴走する力を抑え、かつ無限に引き出してくれる、唯一無二の存在だった。
他にも、神殿の腐敗を憂い、信仰を失いかけていた元聖騎士、リアム。彼は、かつて「慈愛の女神エリス」に最も愛された聖騎士と謳われながら、神殿の腐敗と、弱者を救えない自身の無力さに絶望していた。エリスは弱者を救い、慈悲を施すことを教える神だが、現実の神殿は権力と富にまみれ、民を苦しめていた。そんな彼が、魔物の群れに囲まれ、今にも死にそうな健太と出会った。健太の純粋な弱さ、そして神に弄ばれたという彼の痛みに触れることで、リアムは再び「弱き者を守る」という騎士の誓いを思い出した。しかし、それはもはや神の教えではなく、健太への絶対的な忠誠へと変質していた。健太を守るためならば、かつて自分が信仰していた神すらも敵に回すことを厭わない、狂信的なまでに献身的な騎士へと変貌していく。リアムは、健太こそが真の救済者であると盲信し、神殿の聖騎士たちを相手にも躊躇なく剣を振るうようになった。彼の聖なる剣技は、健太の危機に反応して、防御の魔法陣を打ち破り、攻撃的な聖なる刃へと変質する。
健太は、自身の『デバフ:最弱化』スキルを決して他者に明かさなかった。時折、彼を守る仲間たちが敵と戦う際に、隠れて『最弱化』を発動させ、敵の力を弱体化させる。それはあたかも、仲間たちの力が増大しているかのように見せかけるための、緻密な計算だった。例えば、凶暴なオークの群れに襲われた際、健太は無意識を装ってオークの群れの中心に倒れ込み、彼らに『最弱化』をかける。すると、まるでガストンたちの攻撃が信じられないほど強力になったかのように、オークたちはあっけなく倒されていく。仲間たちは「健太様をお守りする力が、我々を強くしているのだ!」と歓喜し、その献身をさらに深めていく。健太のわずかな嘆きや苦痛の表情は、彼らの戦意をさらに燃え上がらせる「聖火」となった。
健太は、彼らの献身を「利用」することに、何の躊躇も抱かなくなっていた。彼は笑顔で彼らの手を握り、感謝の言葉を述べ、時には弱々しく涙を見せる。そのたびに、ガストンたちは健太のためなら死ねると誓い、リリアは健太のために更なる高位の魔法を習得し、リアムは健太の道を阻む者を、たとえそれが神の使徒であろうと容赦なく切り伏せる。彼らは健太のために、文字通り「世界最強」へと成り上がっていった。
彼らの瞳には、健太への絶対的な忠誠と、彼を守るためならばあらゆる犠牲を厭わない、狂気にも似た光が宿っていた。彼らにとって、健太こそが世界の全てであり、彼を守ることが至上の喜びであり、生きる意味そのものだった。健太自身は、泥水を啜り、獣の残飯を漁り、絶望の中で生き延びてきた前世からの記憶が、彼の心を冷徹な復讐者へと変貌させていた。彼は、自分の手は汚さず、しかし着実に神へと続く道を切り拓いていく。その道は、健太のために自らの命を捧げる、数えきれないほどの献身(犠牲)によって彩られていた。彼の視線の奥には、常に神への憎しみと、冷酷なまでの計算が見え隠れしていた。
健太は、自分が神によって仕組まれた「ゲーム」の駒に過ぎないと知っている。だからこそ、彼はその「ゲーム」を逆手に取り、神自身を破滅させるという、究極の復讐を成し遂げようとしていた。彼らの旅は、神の領域へと向かう、歪んだ聖戦の様相を呈していた。
スキル:
『デバフ:最弱化』
効果:対象のあらゆる能力(筋力、耐久、俊敏、魔力、幸運など)を、その種の最下限まで引き下げる。
備考:このスキルは、術者の魔力を常に吸い尽くし、自身の能力も同時に最下限まで引き下げる。持続は非常に短く、使用には膨大な魔力を要する。
『魅了:無垢の瞳』 効果:対象に対し、自身の極度の弱さ、無力さ、そして純粋さを無意識のうちに伝播させ、強烈な「保護欲」と「献身」を呼び起こす。効果は対象の精神状態と術者の生命の危機に瀕する度合いで増幅される。 備考:術者がこのスキルを意図的に使用することはできない。また、このスキルは術者が最も苦しい状況にある時に最も強力に発動する。