あがく泥濘、届かぬ願い 〜神の試練と見せかけた嘲笑〜
人里に降りた健太は、冒険者ギルドで嘲笑され、子供にも侮辱される。雑用係としての日々もままならず、努力しても報われない現実に絶望した。そして神の残酷な「試練」は健太を蝕んでいく。
数週間後、健太は人里へ降りる決意をした。そこでなら、自分も何か役割を見つけられるかもしれない。意を決して訪れたのは、この都市「エルドリア」の冒険者ギルドの受付だった。ギルドは、魔物討伐や依頼の遂行を通じて、自身の力量を高めていく場だ。冒険者はランク付けされ、そのランクが高ければ高いほど、社会的な地位や得られる報酬も高くなる。彼はここで、Eランクからでもいい、少しずつでもいいから、成り上がりたいと願っていた。せめて、前世のような平凡な生活が送れるようになりたい。
「あの、冒険者になりたいんですが…」
緊張しながらそう告げた健太に、受付の女性はにこやかに答えた。
「はい、どうぞこちらの用紙に記入を…って、ええと…お客様、お身体は大丈夫ですか? 少し顔色が優れませんが…」
健太は自らのステータスが最弱であるため、常に体が弱々しく見えてしまうことを知っていた。その言葉に、胸の奥で小さな痛みが走る。まるで、ガラス細工のように壊れやすい自分を突きつけられているようだった。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
「いえ、大丈夫です。あの、ステータス、見てもらえませんか?」
差し出されたステータスプレートを見た受付嬢の顔から、みるみるうちに笑顔が消えていく。やがて、彼女はあろうことか、笑いをこらえきれないといった様子で、隣にいた屈強な冒険者にプレートを見せた。それはまるで、珍しい見世物を披露するかのような、侮辱的な態度だった。
「見てくださいよ、ジェイクさん!この人、筋力も魔力も全部Eですよ!しかも、スキルが『デバフ:最弱化』だって!こんなの初めて見ましたよ!」
ジェイクと呼ばれた男は、健太のプレートを一瞥すると、下卑た笑いを上げた。その大声が、ギルドの広間に響き渡る。
「おいおい、なんだそりゃ。最弱化って、自分を最弱にする呪いか? こいつ、冒険者どころか、歩く荷物にもならねぇじゃねえか! こんなやつがギルドに来るなんて、冗談にもならねぇな!」
ギルド内にいた他の冒険者たちも、その話を聞きつけては次々に健太のステータスプレートを覗き込み、嘲笑の嵐に包まれた。人間だけでなく、休憩していたドワーフの戦士が「へっ、こんなひょろい奴、俺様の金槌以下だぜ!鍛え方がなってねえ!」と鼻で笑い、獣人の斥候が「こいつの臭いは、獲物より弱い獲物だ…まるで生まれたての仔鹿のようだ…」と不気味に囁く声が聞こえる。健太の心は、彼らの嘲笑によってズタズタに引き裂かれていった。自尊心は粉々に砕かれ、希望は絶望へと転じた。
「おい、坊主、剣なんか持てるのか? 折れちまうんじゃねぇか?」
「魔力Eで魔法使いだと? ハハッ、魔法を唱える前に倒れるんじゃねぇか? それとも、自分の魔力を削って敵を弱らせるのか?馬鹿げている!」
「エルフならともかく、人間でここまで弱いなんて、逆に才能だな!ハハハ!」
ひどく屈辱的だった。健太は顔を上げることができなかった。だが、健太は耐えた。何かできることはないか、と必死に食い下がった。彼は、まだわずかに残っていた理性の糸にしがみついていた。
「あの、それでも、何か…荷物持ちとか、雑用とか…」
しかし、ギルドの登録は拒否された。健太は、その場にいた冒険者たちの「笑いもの」にされただけだった。彼らはまるで、健太の存在が、彼らの「強さ」を際立たせるための引き立て役であるかのように、嬉々として彼を侮辱した。それどころか、後日、通りを歩いていると、ギルドで見かけた子供たちが健太を取り囲んだ。彼らは健太がギルドで嘲笑されているのを耳にし、それを真似ていたのだ。
「あ!あれだ!Eランクの田中!」
「弱虫田中だ!俺の方が強いぞ!ほら、これ持ってみろよ、重いぞ!」
「見て見て、俺、田中より強いぞ!剣振れるもん!」
子供たちは健太をからかい、中には小石を投げつけてくる者までいた。健太は逃げた。悔しくて、情けなくて、ただひたすらに走り続けた。前世では、少なくとも社会の中で自分の居場所はあった。会社では「そこそこ」の評価を受け、友人もいた。しかし、この世界では、子供以下の存在として扱われる。自分自身を何とかしようと努力した結果が、これだった。
結局、健太は街で「雑用係」として日銭を稼ぐしかなかった。それも、力仕事はできず、危険な場所へは行かせてもらえない。清掃や使い走り、時には冒険者たちの重い荷物を運ぶ手伝い。だが、荷物を少しでも引きずれば、「おい、田中!ちゃんとやれ!そんなんじゃ、犬にも劣るぞ!」と容赦ない罵声が飛ぶ。水汲みに行けば、重さに転びそうになり、「本当に役立たずだな!前世でどんだけ怠けてたんだ!?」と嘲笑される。彼は、この世界で生きていくための最低限の存在価値すら、見出せずにいた。日々の食料も、わずかなパンと腐りかけた果物で、栄養失調寸前だった。彼の体は常に栄養と休息を求め、慢性的な倦怠感と飢餓感に苛まれていた。
彼は、自分を認めようとすればするほど、突き放される現実に直面し続けた。どんなに努力しても、彼のステータスはEのままで、未来が見えなかった。女性に話しかけようとしても、彼の弱々しい姿と汚れた身なりに、誰もが嫌悪感を露わにする。「俺は、この世界で、一生惨めなままで終わるのか…」
夜、一人冷たい部屋で、健太は虚ろな瞳で天井を見つめていた。彼の心は、絶望の淵に沈んでいた。