第36話 おっさん料理人、鍋を作る
俺がノエルの家で晩餐の準備を始めようとすると、ノエルが目をキラキラとさせながら俺を見上げてきた。
「おっさん、おっさん! 今日は何作るんだ?」
俺はそんな期待に籠った目を受けて、ふふんっと得意げに笑う。
「今日は日本酒が来るわけだからな。日本酒にあう鍋を作る」
「おお! 鍋!!」
俺がそういうと、ノエルはガッツポーズをして喜んでいた。
あれ? 鍋って子供も好きだっけ?
「ノエル鍋好きなのか? あんまり子供が喜ぶイメージないんだが」
「うーん、普通の鍋はそんなにだな。でも、おっさんが作るなら絶対にうまいだろ!」
ノエルは俺の作る料理の味に信頼しきっているのか、屈託のない笑みを向けてきた。
信頼が厚すぎる気がするが、俺にはその信頼に答えることができるスキルがある。
「任せてくれ。俺にはスキル『おっさん』の力があるからな」
俺はノエルにそう言ってから、スキル『おっさん』を発動させて、さっそく料理の準備を始めた。
今回、鍋を作るということもあり、米を炊くことにした。やはり、鍋のシメと言えば雑炊だろう。
幸いなことに、ノエルの家に土鍋があったのでそれを使わせてもらうことにした。
土鍋なんか使ったことがないはずなのに、おっさん料理人のスキルを使うことで、手慣れた手つきで土鍋の用意をすることができた。
そうして、ご飯が炊けるのを待っている間に鍋に準備に取り掛かる。
鍋に乾燥している海藻でだしを取って、そこに切ったほうれん草のような野菜を入れる。あとは、日本酒が到着すれば、すぐにできるのだが……
そんなふうに考えてちらっと扉を見ると、ちょうど良く血ビラを叩く音が聞こえてきた。
「お、タイミングいいな」
「うちが出てくるよ」
ノエルはそう言って扉に小走りで向かって行くと、ドアを開けてグラムを迎え入れた。
「どうも、ノエルさんに博さん。これ、約束していたお酒です」
「おおっ、ありがとうございます!」
グラムはそう言って、ノエルに一升瓶のお酒を手渡した。
勝手に七百二十ミリかと思っていたが、まさか一升瓶だったとは。
俺は思いもしなかったサプライズに自然と口角が上がってしまった。それから、俺は『あっ』と小さく声を漏らしてから笑みを深める。
「せっかくなら、少し飲んでいきませんか? そろそろツマミもできるので」
「え? いいんですか?」
「もちろんです。一升瓶を持ってきてくれたのに、このまま帰すわけにもいかないでしょ。ノエル、グラムさんも一緒で構わないか?」
ノエルをちらっと見ると、ノエルは一升瓶を抱えながらニコッと笑った。
「うちは構わないぜ。むしろ食っていって欲しいくらいだ。おっさんの料理が美味いってことを知ってもらいたいしな」
「博さん、料理も美味いのか……そういうことでしたら、ぜひご一緒させてください」
グラムは真剣な顔で鍋をじっと見てから、頷いてそう言った。
それから、グラムさんを席に座らせたノエルから酒を受け取って、蓋を外して軽く匂いを嗅ぐ。
……これは、中々上物の酒の香りがする。
俺は生唾を呑み込んでから、少量の酒をそのまま鍋に注ぎ入れた。そこに少量の薬味を入れて肉と野菜に火が通ったら完成だ。後は、醤油と酢とみりんで味を調えたつけ汁に、柑橘をサッと絞れば出来上がり。
「常夜鍋の完成だ」
日本酒にあう鍋と言えば、これだろ。
それから、俺は完成した鍋を二人のもとに運ぶのだった。




