第21話 ノエルの過去
それから、俺はハイリザードの料理に必要な調味料と、ノエルが飲むであろうジュースなどを買って、ノエルの家に向かった。
ノエルの家は他の民家と比べて、街の端にあった。
「お邪魔しまーす」
「おう! 上がってくれ!」
俺がそんな挨拶をして家に入ると、ノエルは元気よくそう言って俺を家に招き入れてくれた。
ノエルに勧められるままダイニングテーブルに腰かけて、俺は家の中をぐるりと見渡す。
八畳ほどのキッチン付きの部屋と、それとは別に部屋が二つある平屋。内装はシンプルながら最低限のものはあり、きちんと片づけられている。
俺たち以外の物音がしないシンっとした様子から、ノエル以外にこの家に人がいないことが伝わってくる。
……本当に一人で生活してるんだな。
俺がそんなことを考えていると、ノエルが床下から酒瓶を何本か取り出していた。
「おっさん! 父さんが買い溜めていた酒があるから飲んでくれ! うちまだ年齢的にお酒飲めないから、処分に困ってたんだよ」
「え? い、いやー、今日は酒はいらないかもしれん」
「酒がいらない? おっさんが?」
ノエルは酒瓶を抱えながら首を傾げて眉をひそめる。それから、ノエルは小さなため息を吐いてから俺の正面に座った。
「おっさん。もしかして、うちに気を遣ってんのか?」
「いや、そういうわけではないんだけどな」
俺はそう言いながら内心を言い当てられて、誤魔化すように頬を掻いた。
すると、ノエルは眉を下げて口を開く。
「父さんが死んだのは三か月も前のことだし、母さんはうちが産まれてすぐに死んでる。今さら、引きずってたりなんかしないっての」
「いや、三か月前って最近のことじゃないか。えっと、色々と生活とか大丈夫なのか?」
「大丈夫だって、もう慣れたからさ……いや、大丈夫じゃないこともあるにはあるんだけど」
ノエルは言いにくそうに頭を軽く掻いてから俺をちらっと見た。俺はノエルをまっすぐ見てから口元を緩める。
「話してくれるなら聞かせて欲しいな。頼りないおっさんだから、できることは限られるかもしれないが」
「……おっさんが頼りにならなかったら、他の大人たちはどうなるんだよ」
ノエルは小声で何かを呟いてから俺に釣られるように笑うと、席期ばらいをして続けた。
「前にさ、なんでうちがパーティを組まないのかって聞いたことあったよな?」
「ああ。子どもが一人で依頼をしてたら気になるだろ」
俺がそう言うと、ノエルは俯きながら言いづらそうに口を開く。
「うちさ、父さんが死んでからパーティを組めなくなっちゃったんだ」
「パーティを組めなくなった? どういうことだ?」
それから、ノエルはぽつぽつとこれまでのことをいろいろと教えてくれた。
ノエルはお父さんが死ぬまでは、お父さんに連れられて二人で依頼をこなしていたらしい。
ノエルのお父さんはA級の冒険者で、街でも有名な冒険者だったとか。ノエルもお父さんの強さを知っており、どんな魔物にも負けないと思っていたみたいだ。
しかし、ある日ノエルのお父さんは魔物に殺されてしまった。
負けるはずがないと思っていた大事な人があっさりと殺されてしまった。あんなに強い人が殺されてしまうとなると、他の人だとどうなってしまうのか。仲間になっても簡単に死んでしまうのではないか?
そんなふうに考えてしまい、ノエルは他の冒険者たちとパーティを組むことができなくなってしまったらしい。
そんなノエルの心の内を聞いて、俺は胸が痛くなってきた。しかし、それと同時に疑問に思うこともあった。
「あれ? でも、今日俺とパーティ組まなかったか? 昨日だって、二人で薬草採取に言ったし」
「初めてだよ。父さんが死んでから、パーティを組んでも大丈夫だと思った人に会ったのは。おっさんはなんかさ、大丈夫なんだよ。おっさん、強過ぎて簡単に死ぬタマじゃなさそうだしな……それに、雰囲気が父さんに似てる気がするし」
ノエルはそう言って笑ってから、懐かしむように目を細めて俺を見る。
「だからさ、こんな話の後に言うのもあれだけど、おっさんが嫌じゃなければこれからもうちとパーティを組んで欲しい」
それから、ノエルは控えめにちらっと俺の顔を覗き見る。
多分、俺がここでこの誘いを断ったら、ノエルは誰かとパーティ組むことができず、お父さんの跡を追うことになる気がする。
森が危険な状態になりつつある中、こんな子を放置することなんかできるはずがない。
俺はそう考えてから、おどけるような口調で口を開く。
「そんなのこっちからお願いしたいくらいだよ。俺はG級だぞ、C級の先輩冒険者からの誘いを断るはずがないだろ」
俺がそう答えると、ノエルは目を微かに潤ませて笑った。
もしかしたら、借りた冒険者ギルドの入会費を中々受け取らなかったのも、お父さんの形見の剣を俺に貸してくれているのも意味があったのかもしれない。
そんなことを考えてしまうと、益々この子のことを守っていかないとなと思うのだった。




