第10話 異世界食堂は町中華風
それから、俺はノエルに連れられて街にある飲食店に向かった。
ノエルが店の扉を開けると、まだ時間が早いのに数人の男たちが料理を食べながら酒を飲んでいた。
いいな、この下町ならではの雰囲気嫌いじゃない。
すると、ノエルに気づいた下町の料理人のような店主がこちらに片手を上げた。
「ノエルじゃねーか! いつものでいいのか?」
「いいや、今日はおっさんに色々奢ってもらえるから違うのにしようかな!」
ノエルの言葉をきた店主はノエルの後ろにいる俺を見て眉をひそめる。
「おっさん? いや、その人俺よりも若い人だろ」
「それでも、おっさんはおっさんなんだよ! 空いてる所に座るからなー!」
「お、おうよ」
ノエルは何でもないようにそう言って、近くにあった二人掛けの席に適当に腰かけた。俺も店主に小さく頭を下げてから、ノエルが待つ席に向かおうとしたのだが、足元が妙にぬるっとしていることに気がついた。
「これは……いや、まさか」
「おっさん! こっちこっち!」
「あ、ああ」
それから、俺はノエルに手を振られてノエルが待っている席に腰かけた。さすがに、異世界であれが食べられることはないだろう。
「なぁ、おっさん! 本当に何頼んでもいいのか?」
俺がそんなことを考えていると、ノエルがウキウキとした様子でそんなことを聞いてきた。
俺は無邪気なノエルの姿を見て微笑ましく思いながら口を開く。
「ああ。あくまで今日の報酬の額を超えない程度に頼むぞ」
「分かってるって! この店の物全種類頼んでも、あんな額いかないっての! 何にしようかなー」
ノエルはそう言ってから、机の上にあったメニュー表に目を落した。
俺もノエルに倣うようにメニュー表に目を落すと、そこにはペラペラになって所々見えなくなっているメニューがあった。
ぬるっとする床に、ペラペラになっていて読めないメニュー表。
これは、やはり……
「ノエル。さっきノエルが店主と話してたいつも食べてるメニューってなんだ?」
「にくいただけど」
「もしかして、肉炒めのことか?」
「うん。肉とニンニクの芽を炒めたやつ。ご飯に合うから美味いんだよ」
俺はノエルの言葉を聞いて、ガッツポーズをして立ち上がる。
「異世界版、町中華じゃないか!」
最近、めっきり見ることが少なくなった町中華。それっぽいのはたまに見るんだが、学生の頃に食べていたような雑な味付けの町中華はしばらく食べれていない。
それに、毎日朝から夜まで働いていたせいで、まともに外食なんか行けていなかった。そんな久しぶりの外食が学生事態によく食べていたような町中華屋になるとは!
「お、おっさん? どうしたんだよ、急に」
「すまない。少しテンションが上がり過ぎてるみたいだ。すみません! 注文お願いします!」
「え⁉ まだうち決めてないんだけど! あっ、ちょっと」
ノエルが慌てたように再びメニューに目を落すが、俺はそのメニューをひょいっと取り上げる
「ノエル。ノエルは結構飯食べれる方か?」
「まぁ、冒険者やってるし、それなりには食べる方だと思うけど」
「よっし、それならちょっと俺のわがままに付き合ってくれ。ずっとしたかったことがあるんだ」
「したかったこと?」
ノエルが不満そうな顔で首を傾げていると、さっきノエルと挨拶をしていた店主が俺たちのテーブルにやってきた。
「よう、初めて見る顔だな」
「はい。今日この街に来まして! あの、さっそく注文いいですか?」
「おうよ。何食べるんだ」
俺はスキル『おっさん』を使って、おっさん翻訳家の力でメニューに目を通す。上手く翻訳されているようで、知らないはずの料理名も自分が知っている言葉に変換してくれる。
俺はそのメニューを見ながら、思わず口元を緩めてしまった。
「『肉炒め』と『餃子』、『唐揚げ』と『ポークライス』と『野菜のあんかけ炒め』、あとは『焼きめし』と……」
「お、おっさん、さすがに頼み過ぎじゃないか?」
俺がメニューを見ながら注文をすると、ノエルは引き気味で俺を制そうとした。しかし、そんなノエルに対して俺は笑みを浮かべていた。
「町中華で値段を気にしないで食べたいものを好きなだけ食べる。ずっとやりたかったんだ。この機会にやってしまおうと思ってな。ノエルは他に頼みたいものあるか?」
俺が見ていたメニューをノエルに渡そうとすると、ノエルはふるふると首を横に振った。
「いや、そんだけあるなら十分だって」
「そっか。それじゃあ、後はビールとこの子にはジュースを」
「はいよ。すぐに作るから待っていてくれ」
それから、注文を聞き終えた店主が調理場に戻ってから、ノエルが呆れるような目で俺を見てきた。
「おっさん、随分と嬉しそうだけど、そんなにやりたいことだったのかよ」
「ああ。学生時代にできなかったことでなんだよな」
学生時代は金銭的にできなくて、社会人になってからはそんなことを考えていたことさえ忘れてしまった。それだけ精神的な余裕がなくなっていたのだろう。
せっかくブラック企業から逃れることができたのだから、その祝杯を兼ねて今日は中華三昧にしてしまおう。
「おっさん学生だったのか? 学校に通ってたのかよ」
「まぁな。といっても、大したところじゃないぞ」
それから、ノエルと少しの雑談をして食べ物と酒が運ばれてくるまで待っていると、香ばしい良い香りが漂ってきた。
鼻をひくひくっとさせて振り向くと、続々と俺たちのテーブルに料理が運ばれてきた。机一杯に広げられた昔の町中華を彷彿とさせるメニューを前に、俺は感度の声を漏らす。
「それじゃあ、いただくことにしよう! いただきます!」
俺は手を合わせてから、湯気を出している肉炒めを口に運ぶ。その瞬間、ビビッと刺さるような衝撃を受けた。
「うまっ! うまいぞ、これ!」
荒々しい塩と醤油ベースの繊細さの欠片もない濃い味付け。体を動かして汗をかいた人の胃袋を握り潰すようなワイルドでジャンキーな感じの味をしている。
そして、その濃い味を一気に酒で流し込みたい欲求に耐えられなくなり、俺はビールを一気に流し込んだ。
口の中で始める炭酸のような感覚と、発泡酒のような薄いビールのようなお酒。それなのに、鼻に抜ける香はちゃんとビール臭さがある。
「あああぁぁっ! 最高に美味い!!」
「いや、美味いのは知ってるけど、そんなに感動するほどか? ここって、安くて美味いから来る店って感じのとこだぞ」
「だからいいんだって。この昔を彷彿とさせる安さと味が脳を馬鹿にしてくれる」
「脳を馬鹿にって……おっさんそんな調子だと、高ランクの魔物の肉なんか食べたら、美味くて死んじまうぞ」
ノエルはふざけて馬鹿にするように笑み浮かべた。
俺はそう言われて、さっき食べた肉炒めをちらっと見る。
「そういえば、これも魔物の肉なんだろ? 何の肉なんだ?」
「ああ。その肉はボアーっていう魔物の肉だ。そのポークライスも多分肉使ってる。おっさんなら素手で倒せるくらい弱い魔物だぜ」
「弱いのにこんなに美味いのか。これは、一刻も早く高ランクの魔物を狩りにいかないとだな」
弱い魔物でも十分美味いのに、これ以上なのか……最高のつまみになりそうだ。
それから、俺はノエルと共に机一杯に並んだ町中華を堪能して、お酒を何杯もおかわりしたのだった。
久しぶりの外食は、初めて会った少年との町中華だった。
ん? 少年でいいんだよな?
なぜか分からないが、一瞬だけそんなことを考えてしまうのだった。
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