第1話 スキル『おっさん』
「しまった! 寝坊した! ……ん?」
いつもよりも寝すぎたと思って跳び起きてみると、前の前には木々が生い茂った景色が広がっていた。
俺は寝ぼけているのだろうと思って、目を擦ってからじぃっとまた目の前に広がる景色に目を向ける。
しかし、目をいくら擦っても、頬を抓ってみても景色が変わることはなかった。
「なんで俺、こんな森の中にいるんだ?」
俺は腕を組んで昨日寝るまでの劇ごとを思い出すことにした。
いつも通り勤怠上は定時上がりのはずなのに、サービス残業をして十一時過ぎに安いアパートに帰宅した俺は、コンビニで買った弁当と少しのツマミで酒を飲みながらアニメを観ていた。
朝は始業前に会社に行って、朝からサービス残業を二時間ほどしなくてはならない。だから、アニメを観ながら度数の高い酒を一気に飲んで、そのまま寝てしまうというのが習慣になっていた。
四十歳という大台が近づいてきているのに、こんな生活をしていて大丈夫なのか。妻も子供もいないまま孤独死をしてしまうんじゃないか。そんなことを考えてしまう日もあるが、生きていくためには仕方がないことだと割り切っていた。
というか、日本の社会人なんて、俺みたいなのがゴロゴロいるだろう。
昨日もいつも通り、異世界を自由に旅するようなアニメを観ながら酒を飲んで寝たはずだった。そして、そのまま敷きっぱなしにしている布団に倒れ込むように寝たはずだ。
「それなのに、何をどうしたらこんな異世界アニメみたいな展開になるんだ……ん? 異世界アニメ?」
俺はそこまで考えたところで、ふと寝る前まで観ていたアニメを思い出した。
俺が観ていたのは中年の男が異世界で自由気ままに生活をする異世界アニメ。会社に縛られている俺と対極の生活をしているアニメの世界に強いあこがれを抱いていた。
そして、そのアニメの冒頭も今の俺と同じ感じだった気がする。
ということは、もしかして俺も異世界に飛ばされたパターンなのか?
普通なら今の現状を受け入れることができないでパニックになるのかもしれない。俺だって、多少はパニックになっている。
しかし、今はそんな動揺を上回るほどの喜びが心の底から湧き出ていた。
「ブラック企業から解放されたぁ!!」
俺は空に向かって力強いガッツポーズをしていた。
何度も辞めようと思っていながら、引き留めと激励の右ストレートに耐えながら仕事をしてきたが、やっと辞めることができる!
飛ぶしかないかと思っていたが、まさか異世界に飛ばされるとはな!
俺は一気に精神的に軽くなって、雑草が生い茂っている地面に横になった。
こんなに気持ちが楽なるなら、もっと早く辞めておけばよかったな。まぁ、辞めたら生活できなくなるわけだし、仕方がなかったんだけど……
「まてよ。これからの生活はどうなるんだ?」
俺は再びバッと起き上がり、身の回りを確認する。
布団もなければ、財布も枕元にあったスマホもない。服装は就社したときと同じスーツ姿のまま。
日本から持ってこれたのは、このスーツだけということか……これ、俺生きていけるのか?
「いやいや、何を慌ててるんだ俺は。異世界ものの定番と言えばチートスキルだろ」
俺は自分を鼓舞するようにそんな独り言を漏らす。
そうだ。異世界に転生して初めにやることと言えば、『ステータス』の確認だ。
このときに、実はすごいスキルを持っていたと判明して、異世界を楽に生きていくっていうパターンなんだから。
「ええっと、確か色んなアニメではこんな感じでステータスを確認してたよな。『ステータス』。うおっ、本当に出てきた」
俺が『ステータス』と唱えると、何もない所に小さなパソコンの画面のようなものが立ち上がった。
そこには体力や魔力などが色々とか書かれていたが、どれも数値が低かった。
いや、まぁ四十近いおっさんが体力がないことくらいは知ってるけど、そこら辺は少し調整してくれてもいいんじゃないか?
俺はそんな不満を抱きながら、視線をスキルと書かれた箇所に移した。
すると、そこには次のように書かれていた。
『ユニークスキル:『おっさん』』
「は? な、なんだこのスキルは」
俺はそこに書かれたスキルを見て、間の抜けた声を漏らした。
おっさんが異世界に行くアニメとかは知ってるけど、『おっさん』なんてスキルアニメでもラノベでも見たことないぞ。
見間違いかと思って何度も見返して見たが、どれだけ見直しても何かの間違いということはないようだった。
スキル名が『おっさん』ってことだよな? え、このスキルって何ができるの?
どれだけ考えても分かるはずがなく、代わりに今が浮かれている場合ではないということだけが分かった。
つまり、俺は低いステータス値と、使い方不明のスキル『おっさん』で異世界を旅しなくてはならないってことか?
これ、魔物に出会ったら即死するのでは?
「ガルルッ」
俺が異世界での生活に不安を抱いていると、近くで何かが唸る声が聞こえてきた。ちらっと視線をそちらに向けると、茂みの中から一体の狼のような獣がでてきた。
「いやいや、これはマズくないか?」
俺は近づいてくる狼のような魔物を前に、少しずつ後退る。しかし、魔物は俺を逃がす気はないらしく、確実に距離を詰めてくる。
このままだと異世界に来たばかりなのに、魔物に食われて殺される。さすがに、そんな死に方はしたくない。
な、なんとかスキル『おっさん』を使って、この魔物を倒せないのか?
必死にそんなことを考えていると、ふと前にニュースで聞いた空手家のおっさんが野生のクマを追っ払ったという話を思い出した。確か、鼻を殴ったとか言う話だった気がする。
もしかしたら、『おっさん』というスキルを持っているなら、俺にもその芸当ができたりしてーー
「ガルルルルッ!!」
「ちょっと、タンマーー」
すると、まだ考えがまとまっていない俺のもとに、いきなり魔物が突っ込んできた。
俺はこのまま食われるくらいならと思い、空手家のおっさんになったつもりで魔物の鼻を殴ろうとした。
その瞬間、頭の中で何かがカチッとハマるような感覚があった。
『おっさんスキル発動:おっさん空手家』
脳内に直接聞こえるような声が聞こえたと思った次の瞬間、体が勝手に動いて鋭い拳が繰り出され、魔物の鼻を殴りつけた。
「キャンッ!!」
そして、魔物は空中で数回転しながら、体をそのまま近くにあった木に打ち付けて、動かなくなってしまった。
俺はあまりにも一瞬だった出来事にぽかんとしてしまう。
「か、体が勝手に動いたぞ。空手どころか、喧嘩だってまともにしたことがないのに」
ていうか、今スキル『おっさん』が発動したのか?
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