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4-08 忌み姫と婚約事情

僅か3か月の間に両親、自称義母義妹を立て続けに亡くしたアリアナについたあだ名は「忌み姫」

しかし、そんな彼女に今度は婚約破棄という不名誉な事態が!

次から次へと襲い掛かる不幸にアリアナの溜め息は尽きないのであった。

 父が死んだ。


 3ヶ月前母が病死したわずか数日後に連れ込んだ、義母と名乗る平民と物見遊山に出かけた先で、馬車ごと川に落ちたらしい。


 義妹が死んだ。

 元々父は入り婿だ。愛人を正式に妻としてこの侯爵家に迎え入れる事はできないのに、我が者顔でやって来た母娘おやこ一端いっぱしの貴族気取りで好き勝手に振舞っていた。

 しかし、父とその愛人が事故死し、義妹に彼女達はそもそも侯爵家に籍が入っていない事、このままの待遇でこの家にいられない事、その上で今後の身の振り方を考えるように諭したら、その夜のうちに金目の物を持って家出し、呆気なく物取りに襲われたと明朝連絡が入った。

 朝食の席で聞きたい話ではなかったが、籍はなくとも縁はあったものとして、使用人のための霊園に埋葬したのが3日前。


 アイシュバイ侯爵家の正当なる嫡女、アリアナ・ルイ・アイシュバイはわずか3ヶ月で一人ぼっちとなってしまったのだった。


 そして葬儀 ―― 父のものだけだが ―― や相続の手続き諸々で休学していた学園へ復学した時には、噂が噂を呼んで、アリアナには「忌み姫」というあだ名がついてしまっていた。

 といっても、わずか3ヶ月の間の不幸続きに同情の声の方が遥かに大きく、また表立っては口にしないものの、慮外者達が期せずして排除されて良かった、という声もあったのだ。

 アリアナ自身は父ともあまり交流はなかったし、その愛人母娘にも何を思うでもなかったのだが。

 それよりも、服喪のリボンを着けているとはいえ、復学できた事に感謝していた。

 それもこれも、ずっと面倒を見てくれていた老執事達のおかげだ。

 だが、そうはいっても不幸続きの高位貴族、しかも後継は成人間近の嫡女のみとあれば、そこら中から後見人だ、こっちが後継だ、財産管理は任せろ等々、金目当ての有象無象が次から次へと湧いてくる。呆れた事に、アリアナには幼い頃からの婚約者がいるというのに、気がつけば釣書が山脈を成していた。

 そんな環境にもかかわらず早々に復学できたのは、老執事が教えてくれた国選後見人制度のおかげである。

 実父の恥知らずな行いは国王の耳にも届いていたらしく、制度を利用すべく申請した嘆願書は即日といっても構わない程の速さで受理され、1週間後には優秀な後見人があれよあれよという間に有象無象の御家乗っ取り犯(未遂)を切り捨てていった。

 釣書だけは減らなかったが。


 そうしてようやく後顧の憂いなく復学したその日の放課後、最近は全く顔を見せなかった婚約者が女性を伴ってアリアナの前に立ち塞がってこう宣言したのである。

「忌み姫などと二つ名を付けられるような不吉な女、誰が結婚なんてするものか! お前との婚約は破棄してやる!」

 シーン。

 よりによって放課後、皆が馬車寄せへ向かって歩いている、そのど真ん中で宣言したものだから、場の皆が足を止めて唖然と言い放った方を見やった。

 しかしそこにいるのは、ありえない宣言をしたくせに妙に自信たっぷりに仁王立ちしている男子生徒(と、何故かその右腕にしがみついている女子生徒)だ。

 えええ~ ……。

と、周囲から声にならない声が上がる。

 宣言内容からして、一方的に難癖をつけているのは明白だ。

 しかし、好奇心・嫌悪感・軽蔑・同情、様々な感情を乗せた周囲の視線を平然と受け止めていたのはアリアナも同じだった。

 アリアナは、1つ息を吐くと、何の感情も見せない目で眼前の2人をまっすぐに見やり、

「―― 私アリアナとして、そしてアイシュバイ侯爵家当主として、貴方との婚約を破棄いたします。貴家への使いはこの後速やかに送りますので、御当主と連名にて諸書類にサインをお願い致します。書類はそのまま使者にお渡し下さい。なお、これは一方的な契約破棄でありますので、貴家への資金援助は即時停止、違約金のお支払いを3日以内に実施願います。それでは」

「え? あ? え? ええ!?」

 まるで前もって台本でも用意していたかのようにすらすらと畳み掛けられて理解が追いつかないのか、間抜けな声を出すだけで固まっている元婚約者達の横をさっさと通り過ぎるアリアナ。

 一拍遅れて我に返った元婚約者(と、その連れ)は、慌てて振り返りながら、また大声を上げた。

「いやいやいやいや、おかしいだろ!? そこは泣いて縋ってくるところだろ!?」

「そうよそうよ! この婚約がなくなったら困るのはそっちでしょ!」

「そうだぞ! 不幸続きで評判の悪いそっちに新しく婚約を結ぼうなんて家はないぞ!? せいぜい成金の後妻が関の山だ! 今なら泣いて縋れば考え直してやってもいいんだぞ!?」

 婚約を破棄したいのかしたくないのか、理解に苦しむ言い分をぎゃんぎゃんとわめく彼らを完全に意識の外に追いやったアリアナは、懲りもせず自宅に積み上がっているであろう釣書を思いやって深いため息をついたのであった。


 一方、周囲からの奇異の目にようやく気づいた2人は、慌てて人目のない校舎横へと移動した。

「ちょっと信じらんない、なんなのあの人! 婚約破棄だって言ってんのになんであんなに涼しい顔してんの!?」

「そうだろ!? そうだろ!? 判るだろ!? いつもあんな感じで俺の話なんか全く聞いちゃいないんだ!」

「ヴィス様かわいそー。でもどうするのー? このままじゃせっかくの私達の計画が台無しじゃなーい」

「ったく本当に可愛げのない女だ。泣いて縋ってくりゃ結婚した後も言う事をきかせられると思ったのに」

「そうよぉ。そうしたら私もずっとヴィス様と一緒に幸せになれるのに!」

「しかし、いいのかい? メリーナ、一生俺の愛人だなんて。君にはもっと華やかな地位がふさわしいのに」

 メリーナは、彼女の両手を取ってそう囁くヴィスの胸にそっと寄り添いながら、俯きつつ悲しそうに答えた。

「いいの。私は所詮平民だもの。きっとお貴族様の夫人になったとしてもきっとヴィス様の迷惑になるわ。そんな事になるくらいなら、日陰の身だとしてもずっと一緒にいられる方が幸せよ」

「ああ、メリーナ! なんていじらしいんだ!」

 ひしっ、と効果音でも聞こえてきそうな勢いで抱き合う2人は、すっかり自分達に酔っていて、そんなやりとりが頭上の人物に全部聞かれている事に全く気づいていなかった。

 換気のために開かれた2階教室の窓辺で、突然眼下で始まった三文芝居を冷めた目で見下ろしていた男子生徒は、そっと窓を閉めると「やれやれ」と息を吐いた。

「あの愚かな男と同じ真似を彼女がさせるわけがないだろうに」

 そう小さく呟いた彼の言葉に反応した側近に何でもない、と首を振り、

「1世代に1組は出る、という名物がいたのだよ」

「ああ、例の。ザイン殿下、好奇心から首を突っ込まないで下さいよ?」

 生真面目が服を着たような黒髪の青年の言葉に、ザインは肩を竦めた。

「それはつまらないね。もっとも、僕が何もしなくても勝手に自滅しそうな感じだけどね」

「それはそれは」

 黒髪の青年も口元を緩め、要調査だな、と内心算段を付けるのだった。

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