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4-07 午前0時の暗殺姫

 王太子ユリウスを殺した——はずだった。

 かつて自分の家族を「粛清」した敵。その命を王宮舞踏会の夜に奪った刹那、12時を告げる鐘が鳴り響き、すべてが巻き戻る。再び同じ夜、同じ音楽、同じ顔触れ、そして再び生きている王太子。

「12時を迎えると、この舞踏会は再び繰り返される。終わらない夜から抜け出すためには、私を殺し続けるしかない」

 そう告げるユリウスと一時的な共闘を余儀なくされた侯爵令嬢レティシア。何度殺しても抜け出せない時の檻の中で謎を解くうちに、二人は少しずつ隠された過去の真相と、真に壊すべきものへと近づいてゆく。

 殺意と真実の狭間で揺れる、ループ×復讐のダークファンタジー。

 舞踏会の会場は、まるで豪奢な牢獄のようだった。


 白亜の壁には蔦のように金彩が走り、高い天井にはぼんやりとオレンジ色の光を放つガラスのシャンデリアが並ぶ。鏡のように磨き抜かれた床の上に人々の影が揺れ、軽やかなワルツの音楽と貴族たちの談笑する声がさざなみのように辺りに響いている。


 優美な表層の裏では、それぞれが策を巡らせているのだろう。仮面のように貼り付けた笑顔の影で皆、虚栄を張ることにばかり躍起になっていることが傍から見ていても明らかなほどだ。


 ——道化にしても、もっと上手く演じなくてはね。


 人波の中を潜り抜けながら、レティシアは一人ドレスの裾を翻していた。歩を進めるごとに黄金の髪がたゆたい、シャンデリアの光を反射してきらきらと輝く。裾を絞った濃紺のドレスには金糸の刺繍が施され、星座を宿した夜空のように目に映った。


「レディ、お相手を願えますかな」

「申し訳ございません、少し気分が悪いもので……」


 優雅な微笑みの中にわずかな困惑の色を混ぜ、レティシアはするりと男の手から身を躱した。「裏切者」の娘として死んだはずの自分のことなど、もう誰も覚えていないのだろう。


 女神の彫刻を象るように滑らかな曲線を描く大階段の踊り場に足を掛け、レティシアは場内を振り返った。立ち並ぶ参会客たちに鋭い視線を投げかけ、そして一人の男性を前にして彼女の動きが留まった。


 眩いほどの白い軍服に身を包んだ長身の青年。シャンパングラスを片手に、自身を取り巻く貴族たちと言葉を交わしているようだ。相槌を打つ度にうなじの辺りで一つに結わえた長い青銀の髪がさらりと揺れる。整った色白の顔立ちにはにこやかな笑みが浮かんでいるが、その横顔はどこか冷めたような色を帯びていた。


 ——王太子、ユリウス・コルヴィナス。


 この舞踏会の主役であり、今夜レティシアが殺すべき相手。


 踊り場の正面に据えられた大時計に、レティシアは目をやる。艶やかなマホガニーの振り子時計は、長針が足を運ぶごとにこちりと音を立てながら正確に時を刻んでゆく。


 まもなく12時。


 一向にその場を動こうとしなかったユリウスがようやく、人気のないバルコニーへと移動するのが視界の端に映った。


  ——今だ。


 階段を一段飛ばしに駆け下り、ドレスの裾を引き上げる。


「お嬢さん——」

「失礼」


 声を掛けてきた軽薄そうな青年を軽くあしらい、レティシアは踊るような足取りで人混みを掻き分けていった。


 あと少し。


 ドレスの裾を払い、太ももに結わえていた短剣を手に握る。王太子の脇をすり抜けるような振りをして短剣を振りかざしたその瞬間。


 傾いた三日月のような黄金の瞳と視線が合った。


「またか」


 形の良い唇の端に薄い笑みを浮かべて、ユリウスはそう呟いた。全てを見通しているかのような、その不気味なまでの冷静さがレティシアの心を乱す。


 それでも、幾度となく繰り返し思い描いた短剣の軌道は正確な弧を辿り、ユリウスの心臓へと突き刺さった。ずぶり、と肉に刃が沈み込む鈍い手応えがレティシアの掌にも伝わる。

 

 ボーン、ボーン、ボーン……。

 

 時計が12時の鐘を鳴らすのが聞こえた。思わず詰めていた息を吐き出したレティシアの視界が白に覆われる。ぐにゃりと、何かが歪むような奇妙な感覚に襲われた。


 次に目を開けた時、レティシアは参列客の人垣から離れ、ホールの壁際に一人佇んでいた。


「王太子殿下のご入場!」


 侍従の呼ばわる声に慌てて顔を上げる。視界に映ったのは、笑みを浮かべながら高座に据えられた椅子へと腰掛けるユリウスの姿だった。


 ——ありえない。だって、確かに殺したはずなのに。


 ユリウスの体を刺し貫いた時の感触は今も両の掌に残っている。しかし、手に握ったままの短剣にも、濃紺のドレスにも、血の染み一滴も付いていなかった。周りの人間は皆、今までに目にした動きをそっくりなぞるように立ち居振る舞っている。


 先ほど聞こえた鐘の音は7回。レティシアの考えが正しければ、舞踏会が始まった瞬間に時が遡っている。


「その様子を見るに、私と同じようだな」


 知らず思考に浸ってしまっていたためだろう。背後から声を掛けられたことに気がつくのが一瞬遅れた。


「……殿下」


 蛇のように目を細め、こちらを見下ろすユリウス・コルヴィナスがそこに立っていた。


「……これは、どういうこと?」

「さあ」


 肩を軽くすくめながら、ユリウスが答えた。その人を食ったような態度がレティシアをますます苛立たせる。


「私に分かるのは二つだけ。12時を迎えると、この舞踏会はまた頭から繰り返される。まるで、絡繰り時計の人形たちが永遠にワルツを踊り続けるように」


 歌うようにしてそう言って、ユリウスは続けた。


「そしてもう一つ。終わらない舞踏会から抜け出すためには、私を殺し続けるしかない。君には簡単なことだろう、レティシア・クローネ侯爵令嬢?」


 その言葉に、レティシアはぎくりと身を強張らせた。


 ——この男、そこまで掴んでいたのか。


 舞踏会の招待状は現在の養家で使っている偽名宛てに届いていた。ユリウスはレティシアの過去を調べ上げた上で、彼女をこの場に呼び寄せたのだろう。


 五年前、あの「粛清」の夜に、レティシアは全てを奪われた。


 王立騎士団を率いる軍人だった父が国王への謀反を疑われのだ。単なる誤解なのだから、国王陛下もすぐに分かって下さるに違いないと笑っていた父の言葉を嘲笑うように、侯爵家に突如として押し寄せてきた兵士たちによって屋敷の中は瞬く間に血の海へと姿を変えた。父を謀反人と告発し、夜襲を命じたのは当時まだ年若い王太子だったとレティシアが知ったのは、全てが終わった後だった。


 父と母を殺され、帰るべき家も失った自分がそれでも一人生き残ったのはきっと、復讐を果たすためなのだろう。


 スカートの陰で拳をぎゅっと握り締め、レティシアは口を開いた。


「仮にそれが真実だとして、どうして私がそんな茶番に付き合わなくてはいけないの」

「この場で私が死んでも、12時を迎えれば再び元に戻る。それでも痛いものは痛くてね、私もいい加減終わりにさせたいんだよ。君だって、いつまでもこんな不毛なことを繰り返すつもりはないだろう」

「待って、あなたはいつから『この日』を続けているの?」


 ユリウスはレティシアがやって来る以前からこの舞踏会を繰り返し、殺され続けてきたかのような口ぶりだった。


「一ヶ月前といったところかな。私はどうも人の恨みを買いやすい質のようでね、今までも刺客には困らなかったんだが、私と同じように繰り返しに気がついたのは、君が初めてだ」


 運命なのかもね、と笑うユリウスをレティシアは睨みつける。


「あなたを殺し続ければ、本当に全て終わるの?」

「ああ……だが、恐らく、それだけでは足りない。この繰り返しにはきっかけがあり、そして必ず終わりがある。その出口を共に探さないか? ……もしかすると、君が知りたい真実とやらも、その先にあるのかもしれないね」


 最後に付け加えられたその言葉に、レティシアは唇を噛んだ。


 ユリウスを殺しても、けっして分からない真実。父は本当に国王を裏切ったのか、もしもそうでないのなら、あの日父を嵌めたのは本当にユリウスだったのか。


 それを見定めるためには、この男と行動を共にする他ないのだろう。


 そんなレティシアの心のうちを読んだかのように、ユリウスは満足げに薄い笑みを浮かべた。


「さあ、レティシア・クローネ。一時休戦といこう。そし共に、永遠に続く時の檻から脱しよう」


 まるでワルツを申し込むかのような優雅さで手を差し出し、ユリウスは腰を折った。

 レティシアはユリウスから視線を逸らさないままに、自身の手を重ねる。その冷え切った指先をぐいと引き寄せて、ユリウスは彼女の耳元で囁いた。

 

「その殺意が鈍らないうちに」

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