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4-05 人口調整官軛ササラはラーメンが食べたい

増えすぎた人口と資源の枯渇。異常気象による海抜の上昇。それに伴う居住地域の減少と食料危機。

乾坤一擲の宇宙移民は紛争の増加により頓挫。

人類は解決策を見出せないまま、遺伝子組み換え作物の濫用や人権の制限、そういった乱暴な手段により糊口を凌いでいた。

ある年、アジア連合の行政区、旧日本地域では、特別法が可決された。

人口調整法。それは、価値のない人々を間引きする法案である。


福岡管区ハカタ市の人口調整官である(くびき)ササラは、そんな法律に従う公務員である。

人口調整とデスクワークに勤しむある日、彼女はとある業務を割り振られた。

それは、元人口調整官であり、『調整官殺し』と呼ばれるササラの姉ククルを対象とする業務であった。

この世界を維持したいササラ。この世界を破壊したいククル。彼女の姉妹喧嘩は次第にハカタ市を巻き込んだ紛争へと変化していき……。


※暴力表現、残酷な描写等あります。

 朝、人々がそれぞれの目的地へと向かうターミナル、ハカタ駅。あふれんばかりの人の流れは、ある一点を避けて動き、混雑に拍車をかけていた。

 その空白の中心にて。

 軍服めいた装いの若い女が、中年男性の首を片腕でつかみあげていた。


「この制服を見て逃げ出そうとしたのはダメですよー。国民統制番号(マイナンバー)を照会しますね」

 女はのんびりとした、されど業務的な声色で男の個人情報にアクセスする。

 吊りあげられた男は抵抗しようと暴れるが、小柄なはずの彼女の体は少しも揺らがない。

「貢献度、血統値(けっとうち)、資産指数。どれもアウト。調整対象となりますがよろしいですか?」

「や、やめ……!」

「『人口調整官は円滑な地方自治の為に、人口調整法に定める業務を公正かつ誠実に努めなければならない。また、市民はその遂行を妨げてはならない』って知ってます?」

 男の懇願(こんがん)するような声に対し、彼女は冷徹に言い放つ。


「ハカタ市所属、人口調整官(くびき)ササラが臨時業務を遂行します」

 その宣言とともに男の首が不穏な音を立てた。


「やりすぎちゃったなー」

 首が半分ほど千切れ動かなくなった男をササラは床に落とす。返り血で汚れた髪や服を慌てて拭うが、染みが広がるばかりであった。

「あー……市民の皆さんも業務を頑張ってください」

 怯えたように見ている人々に誤魔化すように告げ、彼女はハカタ市庁舎へと足を向けた。


**


 ハカタ市庁舎人口調整課。執務室。

 選別課とも揶揄(やゆ)される場所にササラは呼び出されていた。

 彼女の上司、調整課課長の伊計(いけい)は自分の部下を眼鏡越しに睨みつける。


「呼び出された理由は分かってるか?」

「出勤前に業務して遅刻したこと、とか?」

 汚れた制服のまま立っているササラは愛想笑いを浮かべる。


「臨時業務はお前の書類仕事と俺の決裁が増えるだけだ。かまわん。駅で堂々と調整したことも、調整官の示威行為ってことにすりゃあいい。遅刻はてめえのマイナスだ。知ったことじゃない」

「じゃあいいじゃないですか」

 ぷう、と頬を膨らませるササラ。

「あほか。お前がその姿で歩き回って、そのまま就業開始したことが問題なんだよ!」

「ダメなんですか!?」

 驚く彼女の黒い髪は乾いた血で固まっており、制服もまだら模様。スプラッタ映画の殺人鬼じみていた。

「ダメに決まってんだろ」

「手は洗いましたしぃ! 外回りに出たらどーせ汚れるじゃないですかあ!」

「おう。俺らの業務は?」

「安楽……。尊厳死を受け入れない市民を速やかに調整し、都市の定数を維持すること、です」

「正解だ」

「私の恰好と何の関係が?」

 ササラは首を傾げた。


「先も言ったが、駅の件は言い訳できる。だがな」

 彼は諭すように言葉を続ける。

「血まみれを隠しもせずに堂々と出勤だ。別の課の奴らから苦情来てんだよ。SNSでも話題になってんだぞ」

「有名人?」

「ちげーよ、バカ」

 伊計は電子端末を操作し、彼女に画像付きの投稿を見せる。


『速報! ハカタ人口『選別』課のねじ切りちゃん、血まみれで出勤す!!』

 赤黒い姿でオフィス街を歩くササラの画像だった。周囲の市民が距離を取っていることもあり、ポートレートのように彼女の姿が浮かび上がり、際立っている。


「おお。いい写真。あと私、()()()じゃなくて()()()なんですけど」

「ねじ切りササラがお前のSNSでの俗称な」

 ササラが素手で人口調整を行うことは界隈では有名になりつつあった。

「他の先輩方みたいに武器使えなくてぇ……」

 そして不器用でもあった。


「でも! 『かわいい』と『こわい』で半々ですし、セーフでは?」

 コメントを集計したAIの要約表示を指差すササラ。

「お前、見てくれはいいからな……。だが、ダメだ」

「ええー?」

 伊計は説教を続ける。

「『こわい』ってのはストレスだ。不要なストレスは効率の低下を生む。それは貢献度の減少に繋がる。結果、調整対象が増える。庁舎内の連中だって対象外じゃない。わかってんだろ?」

「アレくらいでストレスで病む市民は不要じゃないですか? むしろ、奮起するほうが理想的な市民だと思いませんかっ」

 彼女が屁理屈をこねるも、そういった意見があることも彼は知っていた。ふむ、と伊計は(うなず)き、ササラに対する致命的な苦言を(てい)することを決めた。


「お前さあ。着替えるのめんどくさかったか、時間がなかっただけだろ」

「ばれたあ!?」

「時間外で業務やるんだったら、もう少し時間に余裕を持て」

「対象を見逃すよりはマシじゃないですかっ」

 彼女は作戦を変更し、仕事に対する熱心さをアピールしようとする。

「遂行によるプラスと遅刻によるマイナス。だが、臨時業務は必須事項じゃあない。苦情やら含めたら微妙にプラスか。費用対効果は悪そうだぞ、ササラ」

 お見通しだぞ、と言わんばかりに伊計は彼女の逃げ道を封鎖する。


「そーいえば、さっきの写真投稿した人ってセーフなんですか?」

 ササラは伊計の視線から目を逸らし話題を変える。

「……セーフだ。どうやらボーダーが分かってるらしい」

 ブラックボックス扱いなんだがな、と伊計はぼやいた。


 貢献度。ハカタ市に役立つ市民であるか。

 血統値。血縁に市民として相応しくない人物がいるかどうか。

 資産指数。資産と負債の状態が健全であるか。

 

 これらはハカタ市民にとって大事な数字であり、公の閲覧は不可能になっている。この三つを複合的に判断し、人口調整対象が選別されている。


「思想や言論は統制されてないですからねぇ」

 血まみれ画像を自身の端末に転送しながらササラは呟く。

「我々はそれを推し進める側だってことは忘れるなよ」

「はーい。じゃ、着がえてお昼ご飯食べてきます」

 話が終わったと見るや、彼女は伊計から距離を取る。


「ダメだ。食料管理課の馬鹿がやらかしたから、各課から書類貰ってこい」

「ノー! 今日こそ赤いタレのラーメン食べに行くんですぅ!」

 時間外業務反対! と両腕でバツ印を示すササラ。

「誰かさんが遅刻しなきゃな」

「ううう。今日の帰りに絶対ラーメン食べるもん……。で、何をやらかしたんです?」

「国産米の着服だ。親に米を食わせたかったらしい」

「調整対象では?」

 どこか緩んでいた空気が急に張り詰める。

「尊厳死済み、だ。だから書類だけでいいと言った」

「――逃げなかったんですね」

 ササラの言葉はどこか寂しげだった。

「親の血統値を下げたくなかったらしい」

「模範的市民、ですね」

「真に模範的な市民はやらかさないことだ」

 伊計は断言した。

 目の前にいる部下のやらかしが、驚異的な実績で相殺(そうさい)されていることへの皮肉でもあった。


「行ってきまーす」

 今度こそ話は終わり! と言わんばかりにササラは退室しようとする。

「おう、午後から外回りな」

「そんなー……」


**


 夕刻。ササラは数件の人口調整を終え、廃墟が立ち並ぶエリアに足を運んでいた。

 ハカタ市とテンジン市の境界、一般市民は近づかない地域。

 キャナルタウン・ハカタ。

 かつての博多区時代はホテル併設の複合商業施設であった。しかし、今となっては旧日本地域の施策に従わない元市民の住処となっている。


 そんな場所に制服姿の人口調整官がやってくればどうなるか。


「静かですねえ」

 ササラは停止したエスカレーターを階段代わりに登る。

 色褪せた内装、朽ちた噴水。ガラス窓には修繕したツギハギが見て取れた。

 住民は警戒し、息を潜める。

 元市民である彼らはハカタ市の人口に含まれていない。存在しないものは調整対象ではない。が、その意味を彼らは知っている。

「出てきてもいんですよ。私、あまり貢献度にならないのやりたくないですし」

 ササラが呼びかけるも反応はない。住民へのコンタクトを諦め、進む。


 四階。かつて映画館が存在した場所で立ち止まる。

 薄汚れたモニターが古い映画を流している。破れたソファに肩肘をついて見ているのはササラのよく知る人物だった。


「やっほー。お姉ちゃん。ラーメン食べに行かない?」

行かん(いかないよ)。あんた、タレ二十倍とかにして味わからんくするやん(わからなくするでしょ)

 姉と呼ばれた女は振り向かずに答える。

「ニンニク入れまくる人に言われたくないでーす!」

変わらんね(変わらないわね)なんしにきたと(何しに来たの)?」

「説得。私の貢献度と資産でどうにかならないかなーって」

 会話するには少しばかり遠い距離で二人はやり取りをする。

ならん(ならない)。うちの扱い知っとるとやろ(知ってるでしょ)?」

 彼女は家庭崩壊をテーマにした旧アメリカの映画を停止し、立ち上がる。

「元市民『調整官殺し』の(くびき)ククル。優先処分対象、だね」

「そーいうこと。で、どうすると(どうするの)?」

「……」

 ククルの問いに逡巡(しゅんじゅん)するササラ。


「相変わらず身内には甘かね(甘いわね)

 ククルは鼻で笑うと、近くに転がっていた瓦礫を拾い上げた。

「え?」

「先任の調整官だったものとして、その甘さは是正してやるけん(やるから)……ね!」

 困惑するササラへ、ククルは持ちあげた瓦礫を投げつける!


「お姉ちゃん!」

「調整官としてちゃんとせんね(ちゃんとしなさい)!」


 身を屈め、回避したササラ。対し、ククルはダッシュで距離を詰め、蹴り上げる――!

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