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4-04 その冒険者ギルド、訳ありにつき ~ボケた上司の言うことは、聞き流すには重すぎる~

「お前の席、ねえから……(困惑)」


魔王討伐から十年。元勇者パーティの盾持ち、ヘレナはギルド部長として平穏な日々を送っていた。

そこに、ヘレナのかつての上司、クラウスが現れる。

だがどうにも彼の様子がおかしい。話が通じない。

ま、まさか……私を忘れてる!? 困った、どうしよう!

うーんとりあえず色々話を聞いてみて……ちょっと待て。今なんて言った?

「だからぁ! あなたの席はもうないのよ!!」


 苛立ちが限界を超える。怒鳴りたい衝動を必死にこらえ、手に持った書類を握り潰した。

 応接間の横を通り過ぎた部下が私の様子をちらりと見て、そそくさと去っていった。

 私は正面を睨みつける。


「ねぇ、何度言えばわかるの!?」


「……ギルドマスターはどこだ」


「もう長いこといないわよ! 第一、あなたはもう私の上司じゃないでしょう!?」


「貴様なんぞ知らん。仕事が残ってんだ、さっさと案内しろ」


 彼はふいに髭を撫でた。昔、難しい交渉の最中にいつもやっていた癖だ。だが、今やその手元は覚束ない。



 ★


 五時間ほど前。


 いつものように、冒険者ギルドはほどほどに賑わっていた。カウンター周辺では冒険者が騒がしく、新人たちはクレーム対応に追われている。

 その様子を微笑ましく眺めながら、私、ヘレナは山積みになった書類を順調にさばいていた。


「平和だ……」


 そう呟くと、すぐ近くで書類の振り分けをしていた女秘書が信じられないものを見るように顔をしかめた。


「どこがですか? てんてこ舞いじゃないですか」


「そうねぇ」


 苦笑しながら報告の一覧に目を走らせる。


「てんてこ舞いで済んでるところね」


 が、誰それが死んだ、村が地図から消えた、といった悲惨な報告は一つもない。重い内容が普通だった昔に比べれば平穏そのものだ。

 よくわからない、と首を傾げる秘書。


「わかんなくていいのよ。当時の報告なんて見るのも嫌」


「……元々勇者パーティにいた部長が言うと重みが違いますね」


「しがない盾持ちだったけどね」


 秘書は、そこでふと思いついたように尋ねてきた。


「そういえば、何で今働いてるんです? 魔王討伐の報奨金とか無かったんですか?」


「あるわよ。ただ……なんというか……生活が満たされると無気力になるというか」


「嫌味ですか? 嫌味ですよね?」


「バレた?」


「チッ……」


「冗談冗談。でも無気力になるのは本当。一時期は毎日すごい量の酒瓶空けてたし」


 私のいた”勇者パーティー”が魔王を討伐してから10年。仲間の多くはそれぞれの道を見つけた。新たに旅に出たり、家庭を持ったり。


 私はとりあえず、金でできることをひたすら試した。欲しい物を買い漁り、高級な暮らしもしてみた。だが、それが日常になれば飽きる。

 次第にやりたいことがなくなり、無気力が積み重なった。



 ある日。


『こらぁ! テメェ何ほっつき歩いてやがる! 仕事しろ!』


『ッてえなぁ! 何すんのよ!』


 いきなり私を後ろからどついたのは、ギルドの制服に身を包み、髭を蓄えた男。クラウスという。

 当時、ギルドの運営部長に上がったばかりだった。

 仕事面では頼りになるが、何せガサツな男なのだ。


『パーティ解散してからダラダラしやがって。久しぶりに見りゃ死んだ魚みたいな目してんじゃねえか。依頼受けろよ、元勇者パーティ様よぉ』


『うっさいわね……私は引退したの。他の冒険者の仕事奪うつもりもない。ただでさえ今不況でしょ、冒険者業って。私たちのせいで』


『まあ、魔王が死んで魔物の数も減ったからな』


『そういうこと。もう私は必要ない』


『つまり暇なんだな。こっちは仕事溜まってんだ、ギルドの運営でも手伝え』


『ちょ、ちょっと! 襟掴むな! 伸びるでしょ!』


 やいやい文句を言いながらも、実際暇を持て余していた私は、言われるがままギルドの使い走りを渋々こなすようになった。いつの間にか用心棒から事務処理もやり、交渉ごとまで担当させられて……


『もう俺は年だ。お前、代わりやれ』


『はぁ!?』


 そんなこんなで2年前、私はギルド部長に押し上げられた。自堕落だった私に新たな人生を与えてくれたのがクラウス。一方で、面倒ごとを押し付けて去っていったのもクラウス。

 彼は今、何をしているのだろう。



「ちょっとちょっと! 止まってください! 関係者以外立ち入り禁止です! ……えっ、関係者?」


 唐突に受付が騒がしくなり、物思いに沈みかけた私は現実に戻る。

 慌てた様子で受付嬢が駆け寄ってきた。


「ヘレナ部長、お客様です」


「客? そんな予定入ってた?」


「いえ、それが」


 困惑気味に口ごもる受付嬢の後ろから、白髪混じりの痩せた男が顔を覗かせた。


「おい、そこで何してる。そこに座る許可を出した覚えはない」


 見た目とは裏腹に野太い声だ。だが服装がちぐはぐで、かなり乱れている。頬はこけ、目が落ちくぼんでいた。かつては精悍だった面影があるが……

 いや待て、今なんと言った? 「そこに座る許可を出した覚えはない」?

 それはそうだろう、こいつはギルドの人間じゃ……


 と、そこではっと気付く。


「まさか……クラウス?」



 ★



 そして今。

 私はすっかり変わってしまったクラウスと向き合い続けた、のだが。


 はっきり言う。あまりにもめちゃくちゃだった。


「話にならないな」


「それはこっちのセリフ!」


「ギルドマスターはどこにいる?」


「ずっと空席! あんた自身が昇進を嫌がって『いなくてもいい』って規則にしたんでしょうが! これでもう5回目よ!」


「そうか。俺はまだ仕事が残っている」


「ッだからぁ……!」


 話がまるで通じない。

 私の名前を何度も忘れたり、唐突に怒ったかと思えば呆けたり、まったく別のことを言い出したり。それに、何を言っても最後は『仕事が残っている』の一点張りだ。理由も『お前は知らなくていい』の繰り返し。

 仕事人間だった彼に身元引受人はいない。長時間ここに居座られても困るし、いっそ叩き出してやろうか。


(本当に、どうしてこうなっちゃったの)


 昔の姿を知っているだけにショックだった。

 支離滅裂な言動、脈絡のない苛立ち、そして記憶の欠落。認めたくはないが、さすがにこれだけ相手をすればわかる。


 クラウスはボケてしまった。


 だが、どうしても腑に落ちない。なぜ私のことにはあまり触れず、ギルドマスターと仕事のことばかりに触れるのだろう。ギルマスは前職が失踪して以降ずっと空席だ。それも相当長い期間。それこそ私が本格的に就職してすぐくらいから。

 ボケたのだから理屈が通らないのは当たり前、と言われたらそれまでなのだが。それでも、あれだけ私を振り回したのに覚えていないのは……少し、寂しい。


 と、そこでふと閃く。


(私のことを覚えていないのなら、かつてのギルマスを騙れば……?)


 話が通じないなら、いっそ会いたがっているギルマスに変装してみようか。上手いこと帰ってくれるかもしれない。


「やるだけやってみるか」


 私はクラウスを秘書に任せ、ギルドから飛び出した。




「……どうしたんですかその恰好。戦いに行くんですか?」


 秘書が目を丸くしているが、構っている暇はない。ギルマスは甲冑姿で通していたのだ、大丈夫だろう。


 最後のギルドマスターは「鉄人」と呼ばれた女騎士だった。実際に顔を知っている人はほとんどいない。肖像画ですらフルフェイスの甲冑だ。唯一の特徴は後ろから流れる金髪のポニーテールのみ。

 私は今、家の中から掘り出してきた装備に身を包み、金髪のウィッグを被っている。もはや変装ですらないが、扮するのが簡単なのはありがたい。


 私はクラウスの前にゆったりと座り直す。心持ち胸を張って堂々と。


「待たせたな、クラウス」


 彼は私を見るなり目を大きく見開いた。


「マスター……?」


 少し、失望した。かつてのクラウスなら見抜けないはずがない。

 だが少しだけ、彼の目に光が戻った。彼は口元をわななかせ、膝から崩れ落ちた。


「も、申し訳ありません!」


 さっきのボケ老人とはまるで違う、理性のある行動だった。唐突すぎる変化に私は開いた口が塞がらない。


 (なに、この変わりよう)


 フルフェイスで助かった。動揺が顔に出ていたかもしれない。

 彼は急き立てられたように言う。


「……例の報告書の処理に失敗しました。唐突に思い出したのです」


(報告書……?)


「どの報告書のことだ」


「勇者パーティのものです。私に『ヘレナを守れ』とおっしゃったではありませんか」


(私を守る? 盾持ちの私を?)


「……続けろ」


「王宮書物殿へ奉納されるはずだった報告書と、我が家の金庫にある報告書をすり替える手筈でしたが、それを……紛失しました」


 そう言うが早いか、クラウスは地面に勢いよく頭をすりつけた。


「誠に申し訳ありません……なにとぞ、お力添えを……!」


 何か、危険な予感がする。この先を聞くべきではない。そういう予感だ。

 だが私は今、このギルドの実質トップ。しかも“勇者パーティ”という言葉が出てきた以上、聞き流すわけにはいかない。


(何なの? 知らないところで一体何があったの? 王宮なんて私とほとんど関係ないじゃない)


 とにかく情報がいる。特に王宮が絡むのなら話は厄介だ。少し揺さぶってみるか。


 「……ふむ。だが君のミスだ。もし私が手を貸さなかったら?」


 クラウスの肩がビクッと震える。拳を握りしめ、顔を伏せたまま震えている。


「どう、責任を取る?」


 一線を越えた、と私の直感が告げる。

 クラウスが顔を上げた。今まで見た中で一番、苦しそうに顔を歪めていた。悲痛だった。


 私は固唾を呑んで待つ。


「……この私が、この手で、責任をもって」


 その言葉が、私をどん底に突き落とすとも知らずに。



「彼女を――ヘレナを、殺します」





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