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4-25 プリティ・ベイビー

繁栄にきらめく特権都市、その高い防壁の外にあるものは。

異次元災害で破壊された旧都市の廃墟。

有害な工業施設、都市からあふれる廃棄物の処理施設。

都市からの零落者・追放者が住まう貧民街、生粋の住民たちの粗末な集落。


ケイはそんなエクストラ骸区に生まれ落ちた。

十歳で異次元クリーチャーの汚染者となって見捨てられたが、汚染による副作用で得た特殊能力で動物のように生き延びる。

やがてはまっとうな人間性を取り戻して、大切な人の復讐のために戦い抜き、やり遂げる。

 ケイは虫かごを肩に歩いていく。

 廃棄物からプラスチックの空き箱と紐を探して自分でつくったものだ。

 ケイは新品を知らない。リアルマネーの硬貨も知らない。

 生まれも育ちもエクストラ骸区(がいく)だ。

 特権都市から追放された母親に産み落とされて、死なないだけの衣食住と、けっこうな暴言やちょっとした暴力を与えられながら、十年間すくすく育ってきた。

 父親は知らない。よその家のそれは、よく女や子供を怒鳴ったり殴ったりしてるので、うちには居なくてとてもよかったとケイは思っている。


 今日もケイは家から、母親から遠く離れ、廃墟街区(エリア)に一人で来た。

 周囲は五十年以上放りっぱなしの廃ビルだ。灰色の巨人のようにたたずんで、光をさえぎっている。

 むき出しの地面は、一年中ぐちゃぐちゃとして嫌な臭いがただよい、舗装された部分もじっとりと湿り、土との隙間にたくさんの日陰の虫を飼っていた。


 舗装の割れ目に板きれをあてがい、剥がしとる。棲家をあばかれた虫たちが一斉に活気づき、すごい速さで逃げはじめる。


 ケイの狙いは、紅いはさみとエビみたいな下半身を持ち、ノコギリ状の歯で他の虫をかみくだく大型の肉食のやつだ。

 こいつは土のなかをドリルミサイルのように移動することができる。たとえもぐりこんだばかりの穴をいくら掘っても、敵のスピードにはとうてい追いつけない。


 捕獲する唯一のチャンスは、舗装面と土のすきまに出てきて、ほかの虫を食べている食事どきだ。

 しかも逃げ足が速いから、のそのそと舗装を剥ぎ取っていると、その震動で逃げられてしまう。

 一気に剥がしとり、かつすばやく捕らえる。これがコツだった。


 ケイはあらかじめ舗装面を剥ぎとっておき、また地面にかぶせておく。

 狩りやすい場所をたくさんつくっておいて、雨のあがった二日後など、絶好の日を見計らって捕りにくるのだ。


 次の舗装は、三角にくだけた小さなものだ。

 手でつかんですばやくはね返す。

 ほこりのような微細な虫が四方にぱっと飛び散る。


 生っ白い腹をなみうたせ、砂つぶのなかをくねっているのは毒ミミズだ。

 プラスチックの鎧をまとったような姿の、足のたくさんあるわりにトロい丸い虫は、マルムシ。


 しょうゆのように黒光りする姿でしなやかに疾走し、逃げてゆくのはビロロ虫。

 尻尾のはさみを押さえると、逃げようとする上半身にひっぱられてチーズみたいな白い中身がビロローンと伸びる。指を離すと、ビロビロしたまんまでヨタヨタ逃げていく。


 肝心の獲物の姿はなし。もともと場所としては、居ればラッキーというくらいだ。


 崖のようにそびえた地割れを、さらに器用によじ登ってゆく。生粋の骸区生まれでも、こんなところまで登るのはケイぐらいだ。

 同じ集落のほかの子は、親に怒られるので近づかない。だが、かの真紅の妖虫は、親たちが行くなとドヤす場所ほどいい色で、大きく、つやつやと格好よく、ほかの虫をバリバリ食べる元気のいいやつがたくさんいるのである。


 そんな虫を手に入れられるのは、だからケイだけだった。ケイが捕らえてきた虫を、ケイが持ったことのないおもちゃとか、一度も食べたことのないアメとかグミとかビスケットなんかと替えてくれる。

 ケイは優秀な狩人であり、同じ場所に行っても、ケイほど立派な虫を捕らえてこられるものはいなかったのだ。


 やがて手製の虫カゴは、三部屋が埋まった。はさみや甲羅がプラスチックをひっかき、カリカリガサゴソ音をたてている。


 大きさは中ぐらい、普通の子なら大漁、ケイには不漁である。頼まれている数よりも少ないし、何より、うんと大きいやつが欲しいと特別注文した子がいるのだ。

 ジャンクでつくった自慢の模型をいくつも持っていて、好きなのと替えてくれるという。


 ケイはアルミの馬車が欲しかった。大きな優雅な車輪を持つ馬車、白く塗った木彫り細工の馬もついた二頭立ての馬車だ。


 ケイはどんどん奥へ歩いた。

 いつも遠くから見ていただけの場所、来るのは初めての場所だった。

 道路が手のひらぐらいの幅で横に割れ、地面が隆起して階段のように持ちあがっている。

 目を凝らし、舗装面と土の間にできた、三、四センチばかりの隙間を見た。


 暗いばかりだった狭い空間に、やがて虫たちの気配が見えてくる。

 外からのわずかな光に黒光りする背、砂つぶのなかをうねるわき腹、多足を持つものたちの、砂を踏み分ける足音。そして。

 カリカリと、硬い甲羅を舗装面の天井にこすりつけ、きゅうくつそうに動きながら、パリパリと殻を噛み砕く気配。


 ケイはごくりと息を呑んだ。大きい。今までで一番大きいやつでも十五センチぐらいだったが、こいつは二十五、三十センチはあるんじゃなかろうか。こいつがこんなに大きくなるなんて知らなかった。


 しかも食っているのは、あれはやつら同様の土のなかの肉食昆虫、双璧をなす実力者と認められながらも、色が汚くて見た目も不細工なので、誰も欲しがらないハイキバ虫だ。


 ハイキバ虫のツメはするどく牙はかたい。必死の反撃、かきむしりひっかく攻撃にも、やつは全然ひるんでいるようすもない。

 ハイキバ虫のツメは、皮のソックスを巻いた上から突き刺さることがあるというのに。


 ケイが見ている前で、大きな妖虫は、ハイキバ虫をきれいに食べてしまった。

 バリバリバリバリバリバリバリバリ……細い竹ヒゴのような脚もかたいツメも残さず、作業のようにはじから順に、食べてしまった。


 それからやつは、両方のはさみをしゃぶり、ゆっくりと大きな体を回して――ケイのほうを見た。


 何の光もない黒い粒状の眼。


 ――ケイは悲鳴をあげて岩だなをはなれた。亀裂に背を向け、足元の不確かさにも構わずに走って降りた。斜にかけた虫カゴが腰のあたりで跳ねまわった。


「ギィ……」「ギィ……」奇怪な音に、ぞくっとして虫カゴを見ると、プラスチックのフタをはさみで持ちあげ、首を出し、先刻捕らえた三匹の虫が、てんでに鳴いているのだった。


 ケイはふたたび奇声をあげ、震える両手を無我夢中で動かし、どうにか肩紐をはずし、投げ捨てた。虫カゴを置き去りにひた走る。


「ギィ……」「ギィ……」ふたたびの怪音。腰のあたりから聞こえる。

 理由を想像し、胃袋がぎゅっとよじれた。それでも見ずにはいられない。


 虫が一匹、シャツにツメをたててしがみついていた。涙を流し、わめき、叫び、払い落とそうとしたが、しっかりと布地を掴んで放さない。

 つかみとろうと手を伸ばしたら、はさみで指を傷つけられた。泣きわめきながら何度も何度もはらいおとす。なぐりつける。

 虫は裏返しになってぶらぶらぶらさがった。ちぎれた脚とはさみをばたつかせている。

 ケイは絶叫し、シャツを引きちぎった。雑巾のような布地は簡単に裂けた。布切れごと敵を放りだし、ケイはさらに駆け降りた。


 立っては進めぬ斜面まで来た。半ズボンの尻と靴の裏と手のひらですべり落ちた。途中で重力につかまって前まわりに落ちた。


 肘を擦った。肩を打った。爪がはがれた。頬を切った。おのれの膝で胸を打った。襟首から砂が入った。

 大きな手でくしゃくしゃに丸められたように、ケイは下まで転げ落ちた。動けなかった。


 背中を打った痛みで、声をあげて泣きそうになった。涙がもりあがり、にじんだ。起きあがろうとすると、肩が強烈に痛んだ。


 たてた膝から腿にかけてなまぬるく伝い落ちるのに目を向ける。真っ赤に擦りむけて土つぶが入りこんだ傷口が見えた。滲み出した血が膝から四方に滴り落ちていた。


「お母さん、お母さん!」


 ケイは泣き出した。自分の叫びと、風の音だけが響く。やがては風に乗って、小さな物音が運ばれてきた。


 ギィ……ギィ……

 カリカリカリ……

 かさ……カサカサ……


 胃のよじれと息苦しさとで声が出なくなった。喉をひきつらせ、ときにしゃっくりあげながら――ついに確かめたい衝動に耐えきれず、首を動かして、まわりを見た。


 虫たちの群れが次第に包囲をせばめ、近づいてくる。


 十センチ、二十センチ、十五センチ、二十五センチ、三十センチ、四十センチ、五十センチ、六十センチ、七十センチ、八十センチ、その合間を進む無数の五センチ以下、そして。

 そのむこうに。

 人と変わらぬ大きさのものが一体。


 ギィ……ギィ……

 カサかさカサ……

 カリ……カリカリ……


 投げだされたケイの手に脚に、無数のツメが、歯が食いこむ。やがて視界は虫の体に閉ざされる。


  ◆◆◆◆◆


 雨上がりの二日後、ケイが虫捕りに出かけた日の朝、手先が器用なリュージくんの父親は、息子が自分のベッドの下でこっそり飼っていた真紅の生き物を見つけた。


 彼は子供たちにペットを禁じていた。彼はかなり実入りのいい、エクストラ生物研究所の職を得ている口だったから、金がないということではない。


 だが彼は仕事場で、ここエクストラ骸区の生き物たちがいかに産業廃棄物に汚染され、異次元クリーチャーに寄生・侵食されているかを目の当たりにしてきた。


 うかつに飼おうものなら、否、何の気なしに手でも触れようものならば、後に待っているのは災厄のみである。


 野良猫、野良犬、まして虫のたぐいはもってのほかだ。クリーチャーの幼生体は、虫に似ていることが多いのだ。


 ケイが立派な虫だと思って集めていたのは新参の異次元クリーチャーであった。

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