4-22 噂の姫騎士が人間イヤイヤ泣き虫さんだと、飼い猫のオレだけが知っている
とある王国の第三王女・ルカ姫は、姫君の身でありながら、20歳という若さで王室騎士団の団長というスゴイヒト。
時には花を慈しみ、時には屈強な男の兵士を圧倒。その強さと美貌は他国にまで広がっている。
けれど彼女には、飼い猫のオレアリウスしか知らない秘密があった────
それは実は姫様が、人間イヤイヤ泣き虫さんだということ!
毎日自室に籠っては、オレアリウスの首筋をすーすーしながら、その日怖かったことを思い出して泣きじゃくる日々。
そんな臆病な姫様が直面するのは、隣国の王様との駆け引き、魔物との戦い、そして縁談────!?
愛する姫様を陰から護るため、飼い猫オレアリウスは今日も奔走する!
「ま、参った!」
「ではここまでにしましょう、よい試合でした」
城の演習場にて、我らがルカ姫と隣国兵士の一騎討ち。決着にかかった時間は、あまり長くはなかった。
周りの見物客たちの間に緊張が走り、沈黙が場を包み込む。
そしてそれを破るように、試合を観戦していた隣国国王が立派なヒゲを揺らしながら、声を上げた。
「大の男をあそこまで圧倒するとは。流石ルカ姫、噂に違わぬ強さと美貌の持ち主だ!」
そう、このお方こそ我が国の第三王女・ルカ姫!
しかも20歳という若さで、王室騎士団の団長というスゴイヒトなのだ。
そして彼女は、黒猫のオレアリウス──つまりこのオレの飼い主でもある。
こうして姫の凛々しい姿を眺めるのは、オレの好きな時間だ。
「改めてこんにちは、ルカ姫。幼少期以来ですな」
「お久しうございます、陛下。衆目の下で部下を辱しめるような御無礼を、お許しください」
「いいえ。挨拶前に模擬戦を、と頼んだのはこちらです。大国は兵の層が厚いですな!」
部下が負けたのに御機嫌に笑うヒゲ陛下。
しかし姫は、その様子に冷たい視線を送った。
「陛下、探りを入れるのも程々に。最近国境付近に魔物が根城を作って、民家を襲っていると聞きました。
そちらの国では討伐に手が回らなくなり、国交のある我々に、応援を要請しにいらっしゃったのでしょう?」
「ほう」
ヒゲ陛下は口元の笑みを崩すことはなかったけれど、その眼だけは、決して油断ならない暗さを帯びていた。
「そして先程の会議で、国王が我々王室騎士団を派遣することを決めたそうですね。陛下からすれば、小娘率いる数十人だけでは不安でしょう。
つまり、先程の模擬戦は私の技量を図るものだった、違いますか?」
「なる程、隠し事はできませんな」
「この国を侮るなかれと言う、忠告だと思っていただければ」
両者の間に、静電気みたいな空気が流れる。一触即発ってやつだ。
「何にせよ、我々にも騎士としての矜持があることを、お忘れ無きよう」
「肝に銘じておきましょう。それと姫様、例の件は、御父上からお話は行きましたかな?」
「えぇ。また正式な場で、お答え致します」
そう、この凛々しきお方こそ、オレの誇り高き飼い主・ルカ姫!
時には花を慈しみ、時には他国の王をも圧倒する!
誰が呼んだか「姫騎士」という異名と、それに恥じない美しさ!
万歳姫様! この国の宝、ルカ姫!
と、みんな思っているんだろうなぁ────
※
その日の夕方、オレが部屋へ戻ると、先に帰っていた姫が抱きついてきた。
「オレ~えぇ! オレアリウスぅ~!」
「むぐっ」
「今日も怖かったよぉ! 王様も騎士の人も、みんな怖かったよぉ! しばらくギュッてさせてぇ……」
姫は泣きながら、ベッドに倒れてオレの首元をすーすーした。
姫曰く、オレの首は香ばしい日向の香りがして、クセになるらしい。
「いい加減苦しい!」
「わぁ、ごめんだよぉ! えっ、嫌いになった? 嫌いにならないでぇ……」
「ならない、いちいち聞くな!」
そう、この人間イヤイヤ泣き虫さんこそ、オレの前ではダメダメな飼い主・ルカ姫!
時には来客に怖がり、時には家族に泣く!
オレが考えた「泣き虫姫」というあだ名と、それに恥じない涙の量!
しっかり姫様! 負けるな、ルカ姫!
「ねぇ酷いこと考えてなぃ……?」
「泣くなよ。そうだ、ヒゲ陛下相手には、上手くやってたじゃないか」
「見てたの? うん、睨み効かせておいた──ごわがっだぁ!」
そんな感じでまた、思い出し泣き。
毎晩だいたいこんな感じで、怖がる姫の相手をするのが、オレの日課みたいになっていた。
ちなみにオレが喋ってるのは、実はオレが魔物猫だから。
つい最近、正体を姫にカミングアウトしたんだ。
「なぁ、姫はオレが突然喋りだして、ビックリしなかったわけ? 討伐しようとかは?」
「しなかったよぉ。オレーから正直に言ってくれたのも、お喋り出来たのも嬉しかった……!」
「ふ~ん」
「それにぃ、私は飼い猫を討伐なんてしないよぉ」
そう言ってオレを撫でながら、にへへぇと笑う姫。
この1割でも他人に自分をさらけ出せれば、もうちょっと楽に生きられるだろうに。
聞く限りこの性格はどうも、昔の事がトラウマになってるせいらしい。人質にとられたり、暗殺されそうになったり。
飼い猫にしか心を開けなくなるのも納得だ。
「あっそ。オレも泣き虫姫は、襲ったりせんよ」
「意地悪ぅ……」
そういいつつ、オレもこうやって姫に撫でられているのは嫌いじゃない。我ながら爛れた関係だ。
「そう言えば今度、私に縁談があるんだってぇ」
「姉上が結婚したから、ようやく姫にも話が来たのか! 相手は?」
「リス王子だよ、昼間の王様の長男。でも会ったことないし、怖いから断るぅ……」
そしてまた泣きながら、オレの首に顔を埋める。まぁそう言うと思ったよ。
昼間に言ってたのは、その事だったのか。
「姫に縁談、か」
※
姫様に縁談と聞いて、何だかオレの方が重く考えてしまった。頭を冷やそうとオレは、夕食前に庭で散歩する。
今回は縁談を断っても、いつかはその日が来るだろう。オレ以外の誰かが、姫の一番になる日が。
そして姫が本当に人を信じられるようになった時、オレは姫の相談役から、ただの喋る飼い猫になるんだ。
それはとっても喜ばしいことだけれど、痛む心のささくれにも気付いている。
こんなに痛いならせめてその相手は、姫を愛してくれる人じゃないと、オレは────
「ん?」
ふと見ると、目の前を先ほどのヒゲ陛下御一行が歩いていた。
多分、今夜は部下と城の客人用離れに泊まるんだ。
するとヒゲ陛下は2人になると言って、昼間姫に負かされた兵士だけを残し他の臣下を下がらせた。
密談だなんて、何だかきな臭いぞ────オレはこっそり聞き耳を立てる。
「リスよ~、ダメそうだな」
「父上、一発ぶん殴らせてください」
「やめろ」
固められた拳を、ヒゲ陛下が慌てて諌める。
いや、あいつ兵士じゃなくて王子だったのか!
確かに部下だとは言ってなかったが!
じゃ、こいつが姫の縁談相手か。覇気無さすぎ、不合格。
「父上、縁談を取り付けてくれた事は感謝しております! それも父上の権謀術数と、利があれば馬糞の付いた靴でも舐める、狡猾さの賜物でしょう!」
「誉めてるのだよな?」
「ただ! あのようなやり口では姫が警戒して気持ちが遠退いてしまうでしょうが! 私の縁談を父上から壊してどうするのですか!」
王子は怒鳴り、その後もガミガミと説教を続けた。
最初は堂々と聞いていたヒゲ陛下も、その剣幕に段々縮こまってゆく。
「ごめぇん……」
「私に謝っても、姫の信頼は戻ってきませんよ」
そう言って親子で路肩に座り込み項垂れた。
他国の城で、よくこんな辛気臭い雰囲気を出せるよな。
「ところで息子よ、なぜあの姫に拘る? 確かにあの女は身分もあり毅然としていて、賢く強い。そしてお前の母の次くらいには、美人だ」
「充分ではありませんか?」
「余剰だ」
ピシャリと、ヒゲ陛下は言った。
「大国と関わるならば、様々な思惑に巻き込まれる。妻が賢ければお前は馬鹿だと噂され、強ければ軟弱者と後ろ指をさされる。それに美人の相手は、苦労するぞぅ?」
「体験談ですか?」
「かもな。だが、お前が初めて言うワガママだ。当然協力する。だから理由だけでも教えてはくれぬか?」
はぁと溜め息をついて、王子は頭を掻く。
「僅かな時間話しただけの、ただの幼稚な一目惚れです。向こうは私を、覚えていない様子でしたが」
「舞踏会の時か。そういえば連れて来たな」
「父上。たった、たったそれだけで、私は彼女に心を奪われてしまったのですよ」
もう夜の帳が城を覆い、明るい月だけが辺りを照らしていた。王子は焦がれるように、天を仰ぐ。
「だが彼女の本性は、お前の思うような人間では無いかもしれんぞ?」
「それも含めて、愛しましょう」
それを聞いて、ヒゲ陛下も溜め息混じりに頭を掻く。この親子、結構似てるな。
「恋はヒトを盲目にさせるとはよく言う。我が息子ながら魂消たぞ」
「母上に鼻の下伸ばす、父上程では」
「血は争えなかったか──ん?」
2人がオレに気付く。ただ今のオレは、城に住み着く猫ちゃんだ。
これ見よがしに、にゃ~んと鳴いてみる。
しかしその瞬間、王子がオレに飛び付いてきた!
「猫ちゃんかわいい!」
「にゃん!?」
しまった捕まった! この素早さ、昼間は本気だしてなかったのか!?
オレはじたばたするが、うまく逃げれない。
「こらリス!」
「はっ」
ヒゲ陛下が怒鳴り、その隙をついてオレは王子の腕から逃げ出す。ヤロウめ殺されるかと思った!
「我が王家の嫡男ともあろう者が、そのようなふざけた行動は慎め!」
「も、申し訳ございません……!」
「見ておけ! 道辺の猫をかあ~いがるとは、こうやる──あ」
オレはそれを聞いて、即撤退。流石にあのヒゲでくすぐられるのは耐えられない。
そして逃げた先に、姫様がたまたま歩いていた。
「ここにいたのですね、オレアリウス。夕食にしますよ」
おっと、部屋外だから姫騎士モード。オレも合わせてにゃ~んと華麗に鳴く。
するとそれに気づいた王子が、こちらへ歩いてきた。
「ルカ姫……」
「昼間の、兵士殿でしょうか?」
はてさて。これから姫様、どうなることやら────