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4-21 和国の恋バナと魔法少女

和国のとある名も無き喫茶店は神蛇賢一の行きつけであった。


「"華を纏う少女"の噂、聞いたことあるでしょうか」


 "魔法少女"に助けられ、彼は彼女に一目惚れをした。

 リミーと名乗る、珈琲よりも緑茶が似合う"魔法少女"に。


 "お話好きの桐竜菓古"と呼ばれる名物マスターの女性は、それはそれは恋バナが大好きで、彼の話を夢中で聞いていた。


「青薔薇の香りに隠れた一輪の怜悧な瞳。

 俺を背に、ひったくり犯を捕まえ、色っぽく微笑むあの人を少女だとは」


 あまりにも少女らしくない姿。

 しかし彼は気にも止めずに、純粋に彼女を追い求め悶々と気持ちを唸らせて。


 からかいの声がマスターから飛ぶ中、雨が止んでいた。


 魔法少女は、今日も元気に活動中!

 静かな木の香りと仄かに鳴る雨の音に、魔法少女の景色を想起した。

 緩く微笑む女性は、カウンターに着いた俺を目を配る。

 和国の象徴の如き黒髪を、ささやかに揺らし首を傾げるとまるで少女のよう。


 彼女の期待に、今日は応える自信がある。


「俺、面白い話があるのですよ。マスター菓古」

「あらまハードル上げまくり。賢一くん、大丈夫なの?

 そうねえ、つまらないに珈琲一つ賭けましょ」


 人呼んで""お話好きの桐竜菓古""。

 穏やかそうな顔をして、とにかく""お話""に辛口。

 優しげな目線から急に素っ気ない態度へ変貌する彼女に、トラウマを抉られたものは数しれず。


 勝手に珈琲を賭け、料金を客に支払わせる所業も大問題。

 これで子持ちというのだから、世の中は変だ。

 

 しかし、一癖も二癖もあるマスターでも弱点はある。

 思わず甘い顔をしたくなる好みのフレーバーを今日は持ち合わせているのだ。


「心配いりません。

 恋の話、お好きでしょう?

 オススメで一杯、お願いしますね」


 返す笑みは深く、優しく、皮肉げに。

 心に宿る儚い気持ちを、ゆったりと浮かび上がらせて。

 瞳を見つめ、そっとキラキラした愛を送り込む。


 何事も無かったかのように、マスターは問う。


「ええ、とびきり苦い珈琲で良いのよね?」


 ◇◆◇


「""華を纏う少女""の噂、聞いたことあるでしょうか」


 香り高い黒で唇を湿らせ、胸に広がる甘味を押し込める。

 感情だけで話したくはなくて、脳から滑り落ちる言葉を借りた。


 今でも高鳴る鼓動の輪郭を、しっかりと浮かび上がらせるために。

 

「もちろん。

 魔法の如く助けに現れ、美しき華と共に去る。

 気高き乙女、賢明なる紳士の理想。それがこの地に現れた。

 ステキね、あなたは彼女らと恋物語を紡ぐつもりなのね」


 童話の如き存在。俗名""魔法少女""とも呼ばれる美しき彼女たち。

 物語のように明確な敵はおらず、怪物も存在せず。

 ただただ、人の助けを行うのみ。見返りを求めるものもいない。


 超常現象の塊のような彼女らはUMAの如く扱われるも、関わった者は皆質量のある存在だと確信しているらしい。俺自身もそうだ。


 あの人は、人間と変わりない。

 妖怪でも何でもない、俺たちとなんら変わりない。

 

「察しがよろしくて助かります。

 しかし""相手は少女よ?""とも思われていそうなお顔ですね」


 そう、極めて人間らしいということは、極めて少女らしいこと。

 イコールで繋がれたら、あっという間にイヤな現実が顔を見せてくる。

 こんなに、純粋に想っていても。


 ため息代わりに珈琲を喉へ潜らせ、苦味を味わう。

 顰めた眉は舌からか鼓動からか。

 どちらにしても、鼻腔は何も擽られていない。


「あら、私は是非応援したいのよ?

 でもね、法律ってものがあるし、揶揄する人間もいるでしょうから心配で。

 若者とは言っても、成人済みだもの、あなた」


 そう、俺自身は学生の身とはいえ、酒は飲めるぐらい。

 世間では年下の少女に手を出すなど言語道断とでも言う人間が増えてくる年頃。


 まあ、俺には関係ないけれど。


 目を瞑り、瞼の裏に写るかの姿をもう一度凝視した。


「それこそ心配いりません。

 恐らく彼女は年上。少なくとも来年には成人を迎える年頃ですから。

 青薔薇の香りに隠れた一輪の怜悧な瞳。

 俺を背に、ひったくり犯を捕まえ、色っぽく微笑むあの人を少女だとは」


 透き通る蒼の星を目に宿らせ、夜闇よりも鮮やかな紺を青薔薇の簪でまとめた、正しく""大和撫子""を体現したあの佇まいは成熟した大人のもの。

 誰よりも美しく。いや、美しいという言葉すら劣るかもしれない。


 未完成の完成体、成長し続ける完璧な女性とでも言えばいいのだろうか。


 数瞬の思考の間、マスターはいつの間にかメモ用紙のようなものを広げていた。

 もしかして伝票か? まあいい。

 未だに冷めない珈琲を飲むと、なぜだか茹だった頭が冷えた気がした。


 感情に飲まれては、彼女への気持ちが曖昧なままになってしまう。


「あら凄い現実的、一目惚れなのね。

 で、お名前とかは聞いたの?」


 マスターはペンを手に取り、筆を走らせる傍らで俺は今度こそゆっくりと、その名を紡いだ。

 

「""リミー""と静かに一言だけ。

 とてもクールな女性で、背もマスター菓古ほど高い方です。

 ああ、せめてお茶にでも誘うべきでした」


 薔薇の匂いが、今でも漂うようで堪らない。

 切ないとでも表現すれば簡単なモノだろうが、言葉にすることさえ無粋なような。


「外国の方なの? 紅茶をお出しすべきかしら」


 夢想の中、マスターの話をぼんやりと聞く。

 いや、彼女には紅茶よりも珈琲。珈琲よりも緑茶ではないだろうか。

 ティーカップを優雅に摘むよりも、丁寧に湯呑みを持ち上げる方が似合う。


 俺の思考は、寝言のように口から漏れ出ていく。


「気が早いですよ。

 まずはもう一度会いになってからでないと。

 恋人どころか友人、知り合いですらなれません」


 恋とは言っても、淡すぎて本当に恋かどうかも分からない。

 せめてもう一度会ってみたい。

 この感情が恋かどうか、教えてほしい。


 脳裏過ぎるのは菓古さんなら、同じ女性として分かるのだろうかという考え。

 ふと目線を合わせると、いつもの調子で会話が振られていた。


「今日はお洒落さんだから、もうデートの約束したのかと思ったのよ」


 忘れかけていた話の内容を掘り返して、マスターの話を噛み砕く。


 うん、あの人とデートか。

 いやまあ、彼女と出会いたいのは、同じだけれど。


 どうやら、普段はラフな格好で来ていたから、分かりやすかったらしい。

 俺はお洒落なんて知らないし、妹に選んでもらって正解だった。


「まあ、いつ彼女に会うかも分からないので、常に身嗜みは完璧でないと」

「あら珍しい。ケンちゃん、おませさんね?」


 まるで俺の母親かのように話すマスターは、揶揄う様な顔で見つめてきている。

 確かに客に対しては、いつもお世話するような態度ではあるが、これは舐められてるような。


 そうとなっては、刺激されたプライドが許さない。

 恋だの愛だの、話している場合ではない。


 平静を装い、感情が伝わらぬよう珈琲に口をつけて目を伏せる。


「いつから、あなたの子になったのでしょう。

 俺は神蛇賢一で、桐竜賢一には一生なれません。

 第一、マスター菓古には既に子がいますよね」


 目元を見ると妙に感情が刺激される。

 慈愛に満ちたような、子犬を見るかのような。


「なら、長男のケンちゃんね。今度子どもの面倒みてくれない?」

「嫌ですね。俺、年下には雷と同等に嫌われるんですから。

 もしやるなら、ウチの妹のショッピングに付き合ってください」

「あら、妹さんいたの。じゃあ長女ってこと?」


 本気でからかっているだけだ。

 歳を取ると年下の若者全員が可愛く見えて仕方ないだとか、母親も言っていた記憶がある。

 マスターは、その底意地が悪いバージョンとでも思えばいいのだろう。


「いいんですか?」

「ええ、お買い物大好きなの。買い付けついででも時間作れるし」


 窓の先で、雨はいつの間にやら止んでいた。

 魔法少女の気配も消えて、何やら店の騒がしさが耳につく。


 面白い。じゃあ俺も意趣返しではないが、それらしいことをしよう。


「では今度、都合のいい日にお願いします。

 そのためなら、いくらでも桐竜菓古のお腹から生まれたことなっても構いません。

 頑張ってくださいね、母様」


 たっぶりと感情を込めた口先で、約束を取りつけた。


「ママがいいのだけど?」

「はいママ、ウチの結安をお願いしますね」

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