4-20 守屋 貞は逃げ出したい!〜前世の宿敵に事故キスされちゃいました〜
守屋貞、高校1年生。共学になったばかりの元・女子校で、男子はわずか二人。そんな奇妙な環境で貞は、放課後の女子トイレで生徒会長・四谷六助から「結婚を前提に結婚してください!」と謎プロポーズされる超非常事態に巻き込まれる。逃げ出す途中で六助とキスしてしまった貞の脳内に突如現れたのは、自称“犯罪界のナポレオン”。え、なにこれ転生?憑依?まさかのシャーロック!?恋か?事件か?前世(?)の記憶と青春が大衝突する、ツッコミ全開・正体不明ラブコメ開幕!
突然だが、私。守屋 貞、今大ピンチです。
「結婚を前提に結婚してください!!」
「日本語がおかしい!!!!」
放課後、女子トイレの個室。普通の学校ならまあまあ花子さんなどの怖い話は定番だろうか。たまにそれでノックしてきて気まずいことあるし。
そんなドアがノックされてる。バンバンとそれはもうバンバンと。ホラー映画のごとくノックされてる。ノックのお相手はこの学校の生徒会長だ。終わった。
「開けて開けて開けて!!!!」
「無理無理無理無理!!!!」
母に勧められて選んだ女子校がまさか2年前に共学に変わっていたことも、結局男子自体も入学しずらいのか2人しか居ない、というか2名は居たというのも全部全部予想外だったが何よりも予想外なのはこのホラー展開だ。
誰が想像できるだろうか。入学して2ヶ月、案の定友達はできなかった。なのにそんなひとりぼっちの放課後にたまたま廊下の反対側から歩いてきた生徒会長と目が会った瞬間、結婚してくれと叫んで追いかけ回してくるなんて。
最悪だ、最低だ。というかガチ泣きだ。
「無理です!ほんとに無理!」
「無理じゃない!とりあえず1回開けよう!」
「ほんとに無理だって!女子トイレに入ってくんなよォ!」
あまりに怖くて漏らしそう。というかなんでこんなに大騒ぎしてるのに誰も来ないの!?
「そこまでにしなよ六助。ほんとに怖いし彼女泣いてるじゃん」
「そ、そこまでか!?」
「というかなんで色々すっ飛ばして結婚なの。あるでしょ、もっとこう」
この学校のもう1人の男子こと副会長の声が聞こえた途端、ドアから会長が離れた。ここで戦力投入は怖すぎて絶対チビった。
「守屋さん、だよね。1年2組の、ごめんね。このバカが先走ってさ」
「バカ?!おまっ、オレをバカって呼んだか?!?お前が!?オレを!?」
「世間一般では初対面の女の子を泣くまで追い詰めるやつをバカかもしくは救いようのない犯罪者予備軍って言うんだよ。自覚して」
バシっ!と痛そうな音ともに会長の声にも冷静さが宿った。
「本当にごめんね、驚いたと思うし怖がらせたと思うから帰って大丈夫だよ。このバカのことは忘れていいからね。動けないように抑えてるから出てきても大丈夫だよ」
優しそうな声にようやく、扉を開ける勇気がもてた。ドアを開けるとできる限り離れてくれたのか副会長が会長を押さえつけて笑いかけてくれる。クラスの女子にも人気の色白な細面の笑顔に頬が熱くなって慌てて横をすり抜けて逃げる。
「あっちょっ、守屋 貞!!靴紐が──」
「こらっ、六助!!」
会長の声にびっくりして足早に玄関に向かう。階段をおりようとした時、ガクンっと身体が揺れる。
「あ、靴ひ……」
「守屋!!」
誰かの叫ぶ声とガツン、と何かジェットコースターの安全バーのようなものがお腹にめりこむ痛みとそのまま世界がグルングルン回る感覚に声も出なかった。
多分一瞬か2、3秒のはずなのに長い時間を感じた。グルングルン回る世界とバチ、と後頭部が床に落ちる痛みで我に返る。嘘だろ、なんでこんなベタな事が。一瞬早く、会長が口元を押さえて乙女のように体を離した。
「靴紐が解けてたから咄嗟に追い掛けたんだが、痛むところはないか?無かったか?無いなら送っていこうかと思うんだが大丈夫か?」
「い、痛くないです」
口の中に広がる鈍い鉄の味に多分前歯で唇を切ったジンジンとした痛みが1拍遅れてやってくる。
だけどそれよりも、そんなことよりも頭と胸に飛来するこの既視感はなんだ?耳の奥で聞こえるこの滝の音は?この会長の顔を見ると謎の親しみと殺意を感じるこの感覚は一体誰のものなんだ?
「し、失礼します!」
混乱のまま、会長を突き飛ばして玄関に向かって走る。アドレナリンがドバドバ出ているのか痛みは感じられず、慌ててバスに飛び乗って家に逃げ帰った。
「ただいま!!」
「貞、帰りが遅くて心配したわ」
「ごめんなさい!今日ちょっと体調悪くてあとは部屋で勉強して寝るね!」
挨拶もそぞろに自室に駆け込む。ベットに飛び込む違うと何十分も経ってるのにまだ唇がじんじんと痛んだ。ファーストキスをしてしまったのもショックだが今日初対面のはずの生徒会長とキスしてしまったが何よりもショックでたまらなかった。
いや違う。そんなことがショックなんじゃない。私が、いやワタシが、男と口付けをしてしまったことに衝撃を受けているのだ。しかもあんな若造に。こんな屈辱、長く生きていて初めてだ。殺してやる、絶対に手下共を使ってあのクソガキをバラバラに引き裂いてテムズ川に流して捨ててやる。
「……え?」
ここまで考えて我に返った。何だこの口調。まるで自分が自分じゃなくなったような感覚。慌ててバックから手鏡を出して顔を見る。階段落ちた時にちょっと乱れたままだったが念入りに手入れしてるつやつやのハーフアップのツインテール、目の下のほくろが我ながらチャームポイントだと思っている、いつもの自分が写った。のに、違う。そう感じてしまう。女の子の部屋の匂い、飾ってあるぬいぐるみ。飲んでいた甘いミルクティのペットボトル。全部に違和感がある。特にペットボトル。お前は紅茶に対して酷い侮辱だ。やめろ!
本当の私は、こんな小娘ではなく、ありとあらゆる人間から恐れられ犯罪界のナポレオンと呼ばれて恐れられていた男だぞ。
なんだその小っ恥ずかしいあだ名は。私の中の知らない人が怒り狂う声に思わず突っ込んでしまう。
頭の中に2人いる。私と、知らないおじさん。でも、コレも私なんだって意味のわからない理解をしてしまう。
これが昔お父さんの書斎にあった本に書いてあったわからせってヤツ!?なんてアホなことを考えていると唐突に頭の中に雷がピシャーンと落ちた。
「ライヘンバッハの滝だ」
既視感の理由がわかった。でも全く知らない単語だ。慌ててスマホで調べる。スイスの幅が600フィートもある滝らしい。なんだそれ知らないぞ。心臓が嫌な痛みとともにバクバクと鳴る。
スイス、ライヘンバッハの滝。昼間の生徒会長の体温と体温。気持ち悪いこと思い出すな馬鹿な小娘め!
「紙、紙とペン!」
生徒会長の名前を友人に慌てて問いかける。暇な時間だったのか直ぐに返してくれた。
──四谷六助。よつや、ろくすけ。
「し、や……ろく?シャーロック?」
バチバチ!!!!とものすごい音が頭の中に鳴り響く。嘘だろ。思い出してしまった。なんてことだ!
慌ててトイレに駆け込んで吐く。おえーっ。
うそだろう。嘘だと言ってくれ。
「わたし、もしかして……モリアーティ?」
昼間の光景を思い出して吐き気が込み上げたがそれよりも何よりも最悪なことに気付いてしまった。前世を思い出した途端、気付いた最悪の事実。理由の説明などいらない。この直感だけで十分だ。
「なんてことだ。あいつ、あいつはシャーロック・ホームズじゃないか!」
あいつどれほど年が離れてると思ってるんだ?!しかも結婚を前提にと言いながら淑女用のトイレまで追いかけてきて…そもそもロンドンで男同士なんてそんな、そんなことが許されて………そこまで考えてとりあえずもう1度吐いておいた。