4-18 『拝啓、勇者様。この手紙を読んでいるということは──』
勇者一行が魔王を倒すが、かつての勇者一行であり姫のマーガレットが呪われてしまう。
勇者ジークはマーガレットからお願いされ、最後まで付いていくことを決める。
これは、死にゆく一ヶ月間の物語。
勇者一行に誰一人の犠牲もなく、魔王が討伐された。
その知らせが国を駆け巡った時、陽に当たる者達は歓声に沸いた。
平坦な道を四人組が歩いている。その姿は魔王を倒した後とは思えないほど和気あいあいとしていた。
「にしても、最後までマーガレットは最後まで合流できなかったねー。私に全部押し付けやがって……あー、思い出したらムカムカしてきた! 帰ったら一言言ってやるんだから!」
僧侶のセラが悪態をつく。
そしてふと思い出したのか、俺も疑問に感じていたことを話題に出した。
「けど、魔王倒した時の、最後のアレって何だったんだろうね?」
「そうねぇ、アタシから見ても桁外れな魔力集めてどんな魔法を撃とうとしてたのかしら。結局魔力は霧散しちゃったけど……セラちゃん、完成してたら防げた?」
魔女のリゼットがその時のことを思い出すかのように瞼を伏せる。
「後先考えず防壁張って、バルドさんが全力で盾になってくれたら全滅は防げると思う、あくまで予想だけど。あれだけの魔力……たぶん、魔王自身の生命も削ってたのかも」
「オイオイそこで我の盾頼りか?! まあもし本当にそうなってたら全力で守ったがな! はっはっは!」
笑い事じゃねぇ、なんて俺は思いながら豪快に笑うバルドを睨む。
一行に付いてくる前は騎士団長だっただけあり、防御も攻撃も超一流な彼なら大丈夫だったのかもしれない。そんな予感が身を包む。
しかし
魔王が最後に「貴様には、絶望をくれてやる」とまで言ったあの技が不発だったとは、考えられなかった。
なんとなく、嫌な予感。当たらないことを祈るばかりだった。
『今ここに、永き闇を断ち切り、魔王を討ち果たした者が──』
旅路は終わり、国の中央に聳え立つ城の最奥。玉座の間にてこの国の王から言葉を贈られる。
周囲には王だけではなく貴族までもが勢揃いしていた。特に興味はない。
『民とともに生き、剣を磨き、魔を穿ち、世界に希望の陽を──』
横に並んだセラの顔を覗くと、普段はムードメーカーな彼女でも公式の場では恭しく頭を下げている。
「ロクに支援もしない国なんて滅べコンニャロー!!」とか魔物に叫んでたりしてたのに。
『勇者ジークよ。国を挙げての感謝と共に、今こそ称えよう──』
こうして、俺たちは名実ともに「勇者」となったのだ。
魔王討伐から2日。
バルドは、騎士団の団長としての責務に戻った。世界を救うのにも飽き足らず、まだ誰かの役に立とうとしている。彼は誇り高き騎士だった。
リゼットは、経営している魔道具屋が繁盛しているようだ。やはり世界を救った英雄のネームバリューは大きいようで。
かく言う俺は──
「これで、五体、目!!」
ザンッ!と猪型の魔物へと剣が振り下ろされ、息絶える。
魔王が討伐されようとも魔の気に晒されて変化した魔物はまだ残っている。
その討伐に赴いていた。
斬って、素材を採集し、心臓に生成された魔石を引き抜く。
魔石を換金し、新しく借りた宿、ではなく国の中心へと足を向ける。
かつての旅の仲間、そして国王の娘でもあるマーガレットから「部屋まで来て」と使用人を通して連絡があったのだ。
普段なら変装して街まで降りてくるような彼女が、だ。
直感、第六感、なんとなく。そんな曖昧なレベルで、それでも確実に「不安」が押し寄せながら向かうのだった。
扉をノックする。
良いですよ、と聞こえひとまずホッとする。
そして勝手知ったる部屋に忍び込んだ。
「久しぶり、ですね」
腰まで美しく伸びる金髪、上品に仕立てられたドレスを着て。ソファに座る彼女は、まるで丹精込めて作られた人形のように美しかった。
静かに机の上で揺れる蝋燭の灯りを頼りに、そのままソファの空いているところへとてきとうに座る。
「最後まで一緒に連れて行ってくれなかったこと、いまだに納得していませんからね?」
「はは、さっそく手痛いとこ突くなぁ」
頬を膨らませていかにも「怒ってますよ」と主張するマーガレット。
彼女は結界術においてはこの国の誰よりも群を抜いてトップだった。だからこそ一向に付いてきてもらったが──次第に国へ魔物が押し寄せるようになった。
原因は不明。だがしかし、彼女が戻るだけの理由になったのは確かだった。
体を寄せて頭を撫でると、ふにゃりと表情を柔らかくして頭を預けてくる。
「一行から外れて国に帰ってくれば結界の張り直しに強化に、雑務まで溜まってたんですよ。一言くらい良いでしょう?」
円らな瞳がこちらへと向けられる。そこには期待と喜びが満ちていた。
「旅は、どうでしたか?」
「……苦難はあったけどさ、何とか皆無事に帰ってこれた。それだけで十分だよ」
彼女は優しく微笑んでいる。いつもと変わらない、なのに違う気がする。
「……喉、渇きましたね。久しぶりに貴方の入れたお茶が飲みたいです」
「いつもは自分で入れるのに珍しいな。分かった、ちょっと待っててくれ」
彼女から離れ、魔道具の保温器からポットへとお湯を注ぐ。
ちょうどよく茶葉を入れ、蒸らし……ティーカップへと注ぎ始める。
背後から、少しだけ緊張した息遣い。
「それと、一つお伝えしなければならない事が」
「ああ、何だ?」
あまりにも普通に。さっきまでの思い出を語るときとも、戦闘中の切羽詰まった声でもなく、ただの日常会話のように彼女が告げる。
「私はもう長くありません」
「──え?」
脳が言葉を飲み込むことを拒む。長くない? 何かの日程か? それとも距離のことだろうか。
俺の内心のことを知ってか知らずか──いや勘付いているだろう彼女が、改めて「私の命のことですよ」と念押ししてくる。
「実は、結界術の補助がなければ歩くことさえままならないんですよ。現に先日の式でも使っていましたから。魔法を熟知したお二人にはお見通しだったようですが……」
ドレスがたくし上げられるのを雰囲気で感じた。俺はまだ目を向けない。お茶を入れなきゃいけないから。
彼女はただただ淡々と。いっそ怖いくらいに普通に話している。
「流石魔王と言いますか……最後に呪いを残していったようです。それも私一人を対象にして」
「だが、結界で守ったん、だろ?」
用心深い彼女のことだ。自分へと保険もかけているはず。
「ええ、念の為常に結界を張っておいて助かりました。それが破られる前に全力で防ぎましたが、それでもなお《《コレ》》です」
茶を淹れ終わった。終わってしまった。
意を決して振り返ると、彼女の脚に巻かれた包帯を外している最中。
──顕になった肌を、脚を見て絶句する。
あぁこれは酷い、なんてまるで彼女のものではないように逃避しながら直視する。
赤黒く変色し、爛れ、原型を留めていない肌を。内側まで侵食しているならば、立つだけでも一瞬で自重によりミンチとなるだろう。
戦う者としての経験が「よくこれで持ち堪えられているな」と感心する。
これでも魔法を多少使う身として、現状を把握したなら分かることだってある。それが最悪の知らせだっただけのこと。
遠目に見ても呪いが進行している。
そんな状態にも関わらず、あいも変わらず鈴のように透き通った声で説明が続く。
ただただ聴き入ることしかできない。
「このまま行けば一週間もすれば四肢が、最後には体の芯までこうなります」
互いに示し合わせたかのように目を伏せる。俺は悲痛によって、彼女は意志を固めるため。
「持って、一ヶ月といったところでしょうか。マトモに動けるのはあと半月……そこで、お願いがあるのです」
もしその願いが彼女の口から出れば、もう後戻りはできない。
聞きたくない、と反射的に感じた。
けれど……聞かなければ一生後悔する、とも。
部屋で揺らぐ蝋燭のか細い炎ではその表情は伺えなかったが、こちらを向いているのが分かる。
マーガレットは律儀なまでに俺の反応を待っていた。
もし本当に命の灯火が消えようとしているなら一分一秒さえ惜しいはずなのに。
耳を塞ぎたい衝動を押さえつけ、突然渇きを訴え始めた喉も無視する。
そして、意を決し「言ってくれ」と返した。
彼女は微笑み、告げる。
希望を断ち切る無情なまでの言葉を。
「どうか死ぬまでの間、一時だけで良いのです。後悔を残さないために。ともに過ごしていただけませんか?」
──これは彼女の最期までを綴った、ハッピーエンドとならなかった魔王討伐の後日談だ。