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4-15 過書の後悔、地を呪え

迷宮。じわりじわりと浸食して、いつのころからか『ある』ようになってしまったもの。地中よりはい出て、人類の生存圏を徐々にむしばんで、後退を余儀なくさせるもの。中には迷宮の遺物を駆使して渡りあおうとする猛者も現れるものの、人類全体がそうはなれず、選択と集中の名のもとに、撤退策と防衛策がちりばめられ、重要度順に生存域から外されることとなった。

小笠原迷宮においても同じこと。


ただし、一点のみ違いがあった。


それを知りつつ、残った少年と少女がいたのである。

少年は、武器すら持たずにたった一つの遺物の本を携えて。

少女は、ありとあらゆる武器を奪い取りながらたたずんで。


ふたりとも、獰猛なまでのたったひとつの願いを胸に秘めて。

『過書の後悔、地を呪え』


これは、少年が記した、小笠原迷宮の討伐録である。

 小笠原迷宮第5層。黒岩の間。

 地下に潜れば潜るほど日の光は遠く、当たり前のように気温は低下する。


「GYAAA‼」


 岩巨人の装甲にも似た磨かれた黒い床材は、厳かさとともに咆哮の反響を伝える。

 双頭の恐竜種の咆哮。対象は、長髪の女騎士。

 

 軽装とはいいがたい彼女でも、咆哮の勢いだけで、吹き飛ばされかける。

 が、すぐさま左手の手甲を突き出し、高らかに告げた。


咆哮返し(ハウル・リジェクト)‼」

 

 手甲は黄色く光ると、()()を弾き飛ばした。

 装備性能頼みの強引な対応に、竜もたじろぐ。

 

「GYAA‼ GYAA‼」


 何が起きているのか、と言わんばかりの咆哮の連打。

 二足歩行のシルエットに小さな腕、それから二つの頭で器用にバランスをとりながら、彼女に向かって音の塊で殴り続ける。

 緩急も強弱もあって、単純にかわし続けることも、耐え続けることも難しい。

 けれど、彼女の装甲の加護『咆哮返し +3』はものともしない。

 真正面から跳ね返すのではなく、斜めにそらすことで周囲の雑魚モンスターを振り払いながら接近を試みていく。


 ただ、ソロ探索に慣れた彼女のその行いは、今は裏目だった。

 なぜなら、()の目の前の『隠形のマント』すら振り払ってしまったから。

 瞬間、双頭竜と目があってしまう。


「っ‼ しまった‼」 


 彼女の唇は焦りに歪む。こちらを見るな、君は君のために戦え、と伝えたいが、僕の口は動かない。そんな暇など到底ない。

 ――まだ、書き続けなければならないのだ。

 話している暇などないのだ。僕のこの文が――書き続けることで作動する『書跡狂』の呪い(バフ)が、切れてしまえば。

 いくらレベル2最上位クラスの彼女といえど、レベル()以上推奨の迷宮5層など、生きていけないのだから。


 竜の双頭ともこちらを向く。

 彼女がキッと顔を澄ませる。歯を食いしばっているのが見える。

 

再投影(リキャスト)『強奪《ロビング》』ッ‼」


 左足に触れ、彼女の魔法が起動する。レベル2の段階ではひとつしか与えられない祝福。

 その効果のほどは、確認するまでもない。書き記す必要もない。今まで僕が装備していた『風走り +4』の左足装備が彼女のもとに奪われていることなど、説明も不要だ。


 その途端、彼女の突進が、あたりまえのように早くなる。

 僕を守ろうとしているのだろう。書き続けている以上、僕は僕の身を守れないのだから。

 彼女が滑り込むように僕と双頭竜の間に入り、唱える。


咆哮返し(ハウル・リジェクト)‼」


 彼女の左手の加護が起動する。先ほども繰り返したその動きは、手慣れていて一種の芸術のようだった。

 今度は咆哮を双頭竜の方へとはじき返す。

 先ほどまでのはじき返し方から正面への反射はないと判断していたのか、双頭竜にクリーンヒット。

 

「今ッ」


 一瞬の隙を見逃さず、彼女は腰に佩いた長刀を引き抜く。

 大業物『レティアエンド・ブレイビア』。

 その効果は『氷属性 +5』という現在最強格の氷属性武器。


 彼女が振り回すたびに、長刀から冷気がふりまかれる。空間ごと凍り付かせるような威圧感が、竜を撫でる。

 一閃、二閃、三閃。竜の動きを制限するかのように、口、足、腕を凍てつかせる。見るからに傷は浅いが、浅いだけだ。その真髄は凍傷。

 暫くの間動きすら封じ込めるほどの冷気、それを布石にして彼女は大きく剣を構える。


 続く剣筋の狙い先は、その首2本。

 

 ふり絞った、一閃。

 

 見事と言いたくなるほどの詰め筋であった。


 しかし、切れたのは一本まで。もう一本は、竜の歯で噛み受け止められていた。


「まずは、一本っ」


 ここで二本とも切れなかったことを悔やまないのが彼女らしさだ。結果から、ひたすらにこれからを編み上げる。

 眩しいほどの姿勢に、目すら焼かれそうにもなるけれど、それでもまだ書き続けなければいけない。

 その光を信仰するのであれば尚更。僕はまだ筆を走らせる。走らせなくてはならない。


 片方の頭を失った竜だが、動きを止める様子はなかった。

 それどころか、かえって身軽になったかのように体を宙に躍らせる。

 妙だ。妙すぎる。一つの器官を失ってなおこれほどまでに身軽に動けるものだろうか? 

 その動きは、むしろ、今までハンデを背負っていたかのような――

 

 ふと、地に落ちた竜の頭を見る。紫の、しなしなの塊。

 切り落とされたにしても干からびるのが早すぎる。

 それより何より、紫に変色していく姿がひとつの生き物の特徴を示していた。


 まちがいない。

 

 ――寄生首種 『アタマモドキ』だ。

 はたから見ていれば間違いない。あの竜は双頭種などではなく、単頭種だったのだろう。

 血を吸い、養分を喰らう『アタマモドキ』が住み着いていただけの、単なる単頭種。

 

 『アタマモドキ』本体は弱い。

 むしろ高レベル探索者の中ではデバフとして使うことあるくらいには、便利なモンスターだ。

 けれど、アイツが抜けてしまった後の傷跡はまずい。

 なにせ、アイツが引き抜かれる際には紫に変色して大量の毒素を分泌し……

 

「――GUOOOOOOOO!!」

「狂乱かっ」

 

 狂乱状態に陥ってしまうからだ。 


 彼女の焦りが一段と深化する。

 レベル5相当の冒険者、それも普段から連携を確認しているパーティであっても、撤退を第一に提案する出来事だ。

 なにせ、こうなった竜は行動が読めない。

 それに、通常時の数倍は早いッ!!


 恐竜種の空中からのダイブを身をよじって躱すも、彼女はその爆風に押し流される。

 

「がッ」


 彼女が強打されて吹き飛ばされていく。

 迷宮の壁へと背中を打ち付けられ、肺から空気の抜けるような痛烈な息の音がした。

 ただ、まだ意識は失っていないようで、床へと素早く転がり、対象へ接近。そこから超近距離斬撃を浴びせる。


 が。


 ――凍らない。


 先ほど切った首は氷漬けになっていたのに対して、今回の首は全く以て凍り付かない。

 慌てて先ほどの胴の傷を観察するも、氷は付着していなかった。溶けたにしてもあまりに早すぎる。

 合理的な見解は……氷属性耐性持ちの恐竜種。

 先ほどまではアタマモドキのデバフで氷が通っていただけだろう、とするのがまともな見方。

 

 ただ、問題も一つある。

 第5層に現れる竜の中に氷耐性持ちの竜などいないはずだ。

 可能性があるとすれば、新種か、あるいは。


「まさか、第6層出身?」


 彼女の言葉の通り、第6層のモンスターが上層に現れているという可能性は否定しきれない。


 GYAAAAAAA!! という叫び声に、思考がリセットされる。

 あくまでここは命のやり取りの現場。

 僕のように戦場の仕事がただ「書く」だけのジョブでもそれは同じ。手を止めてはならない。息を止めてはならない。

 循環し続ける液体でなければならない。彼女が動き続けられるように。

 

「……私のスタイルじゃないんだけどさ」


 彼女はそういうと、武器を捨てた。

 大業物『レティアエンド・ブレイビア』は、その高価さに見合うような高い音が鳴り響かせ、床に放置される。

 音に警戒したのか、恐竜は間合いを測り直す。

 も、間をおかずに再度突撃。

 

 彼女は、肉弾戦の構えにも似たポーズをとり、今度は左手首に触れて唱える。


再投影(リキャスト)『強奪《ロビング》』」


 途端、僕の腕から腕輪が消える。第6層級の魔物用に用意した安全装置の一つ。

 まだ第5層にいながら切ってしまっていいほどの切り札ではないと止めたい気持ちもあるが、口にはしない。口にはできない。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAA‼」


 咆哮と合わせて、その巨体が彼女めがけて突き進む。

 咆哮は咆哮返し(ハウル・リジェクト)で蹴散らして受けているが、その巨体を受けきれるだけの防具も、筋力も彼女にはない。


 迫る巨体に彼女の構えは変わらない。

 右腕を高く掲げたまま、動かない。攻撃をよけるつもりもないような。

 構えた右腕は、そのまま頭の振り下ろしに重なる位置。


 あるのは、たった一つの勝ち筋だけ。


 ーー耳が壊れるような音がした。

  

 あまりに強い衝撃の音。巨大な筋肉の塊が、華奢な少女にぶつけられるような音。

 その音に目をそむけたくもなるが。

 視覚が伝えてきたのは、打ち上げられる単頭種の体だった。

 ひび割れている鱗に、滴った血が輝いている。

 

 その光景は、僕の腕から奪い取った「流転の腕輪」の『カウンター +1』が発動して、巨体を打ち上げたに違いなく。


 その工程すら置き去りにして、彼女は置いた刀を拾い上げ、流れるように構え直す。

 氷属性が効かないことはわかっている。そうだとしても、純粋な斬撃として断ち切ろうという心算。

 

 左足の『風走り』すら起動して踏み込み、飛び上がる。


 綺麗な。堂々とした宙空姿勢。

 裂帛の気合を込めた、溜めの間。

 力を込めに込めた、剛の間合い。

 

 そこから放たれるは、彼女の十八番。横凪の一閃。


 影すら置き去りにするような素早さに、ザン、という音さえ聞こえるような、剛腕と爆速の斬撃。


 とん、と音が聞こえて、初めて彼女が着地したのだとわかる。

 それから、彼女の着地から数秒遅れてどさりどさりと二つの音。

 ふたつにわかたれた竜の体の残骸を背景に、彼女は静かに次を問う。


「あと、何字?」

 それに静かに僕も答える。

「次の書籍成呪まで、6000字」

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