4-14 亡国の椿王子は竜を堕とす
天空の浮島イーファス王国の第二王子シェイは、イーファスが滅ぼした椿の国の姫と現国王の間の息子だった。敗戦国の姫とその息子として屈辱を受けながらも懸命に暮らしていたがある事件をきっかけにシェイの母は狂う。それをきっかけにシェイは国を壊す事を決意。計画の一歩として腹違いの兄と自身の婚約者を暗殺したが、数週間後に殺したはずの婚約者が自力で生還してきて…。復讐に燃えるシェイとと失われた種族の在り方を取り戻そうする者たちが協力して国を壊す話。彼らの関係性とけじめの最終地点はどうなるのか?
天空の強大な浮島、竜の血をひき水を操る闘争心に富んだ民族が支配するイーファス王国。地続きの陸と違い、外部からの攻撃をあまり想定されていない城の構造は陽の光をこれでもかと内に通している。
貴族たちは表面上の談笑の最中にも、ある人物に目を幾度なく向けている。会の主役ながら一切関わろうとせず席から皆を見下ろすだけの王子、シェイ・イーファは後ろは肩まで、前髪は目元まで伸びた黒髪をこの国では珍しいと自覚しながらも惜しみなく晒している。
(第一王子は消した。第三王子はまだ読めないが証拠が無い以上、王の性格的に俺の王位継承権は取り消さない…。腹が立つ…)
ふとシェイが横に目を向けるとにこりと人が良さそうな笑みを第三王子、セーヴァが返す。王族特有の青みが強く金属光沢を感じるブルーアッシュの髪をシェイより装飾が控えめな椅子に座ってふわりと揺らしている。シェイにとって酷く不気味に見えるそれを向けられるのは初めてのことではない。
シェイはイーファス王国の現国王が滅ぼし、側室として娶った椿の国の姫の息子。緑や青系統の髪や瞳が多いの民の中で黒髪のシェイと側室はどこでも浮いた存在だった。
それが第一王子とシェイの婚約者が死亡してから変わった。成人の儀での事故により第一王子が、それに巻き込まれてシェイの婚約者が死んだ。シェイの王位継承順位は上がり、公爵家の娘ではなく他国の娘、本来は第一王子の婚約者との婚姻話も持ち上がる可能性がある。
そうシェイの立てた筋書きが上手くいったはずだった。
扉の近くからざわめきが起こり、徐々に広がっていくにつれシェイは顔を上げた。
「何事です?」
セーヴァがシェイを庇うように立ち上がって前にでる。
「そ、それが…」
貴族たちの顔に浮かぶのは恐怖、ではなく困惑。それに釣られてシェイが思わず身を乗り出そうとした瞬間、水の柱が広間に突き立てられる。
「このような形での参上になりましたこと深くお詫び申し上げます。ソームヌス家が長女、アリメラ・ソームヌス。戻りました事をここにご報告申し上げます」
「は?」
地底に繋がる滝に突き落としたはずのシェイの婚約者、アリメラが戻ってきた。水柱を引き連れ、その中から登場した彼女は最後に見たドレス姿ではなくエメラルドの鱗を纏った鎧のような服装。膝をつき首を垂れる姿は令嬢より戦士に近い。
「その姿、水を操るだけでなく生み出すその力。覚醒したと判断しても良いのかな?」
王が声を発したのに意識を戻された貴族たちが即座にアリメラと王が会話しやすいように
身を引いた。
「はっ、地の底に落ちましたが至らぬ身のままで終わることができず、はしたなくも足搔き続け、再びこの場に辿り着くことができました。このような格好でお目通りしたこと、改めて深くお詫び申し上げます」
「良い、良い。覚醒者が出るのは本当に久しいこと。喜びことすれ、恥じる事など何もない。寧ろ、褒美を取らせねば、今何かあれば申してみよ」
あっという間に落ち着いてしまった場で淡々と交わされる応酬にシェイだけがついていけてなかった。
(有り得ない、ありない。俺が、俺が殺したはずだ…)
未だに目の前に立っているセーヴァの表情は見えないが、今はそれが有難く感じるほどには焦っていた。
「でしたら…」
(この場で俺を告発する気か?いや、王が取り合う筈がない)
「もし、まだ間に合うのであれば…第二王子、いえ第一王子であらせられるシェイ様の婚約者の立場を、今一度与えていただきとうございます」
(…逆に俺を殺す気か)
「アリメラ嬢の言葉通り、シェイは今は第一王子になった。正妃は約束できぬぞ?」
「構いません」
「そうであるなら。本日よりソームヌス家が長女、アリメラ嬢はわが息子シェイの側室候補とする!」
杖で床を叩き、その場にいる貴族に宣言する。それが許されるくらい、国の創設者である始祖に近い覚醒者とは貴重な存在だ。
イーファス王国は人の言葉をも解する竜が暮らす地だった。知を得て、魔法を知り、人の姿を覚えた竜は交流のためその姿を保つ時間を増やした結果、一頭また一頭と竜の姿を忘れていき、今では誰も覚えていない。
「シェイ様、今一度、よろしくお願いいたします」
「あぁ」
唯一忘れなかったのは既に在る水を操る術と眷属である水竜の言葉、そして竜であった頃を思わせる類まれな身体能力。それに加えて水を生み出し、鱗を鎧という形で顕現させる力を発現した者を覚醒者と呼ぶ。
水竜を嗾けて己を底に突き落としたシェイにアリメラは深く頭を下げた。
「積もる話もあるだろう。シェイ、アリメラ嬢と共に席を外すことを許す」
(ちっ)
「失礼いたします」
コツコツと無言で二人の靴音だけが響く廊下は長いが、やがて開けた庭に出た。シェイはようやっと振り返り、アリメラの顔を見る。
黒い羽織るだけの外套を腕に絡みつかせたまま、腕組みをして睨みつける。
「俺を殺しにきたか?」
口調をも取り繕うのを止め、あの時同様、本性を少しだけ覗かせる。
「いえ、私はシェイ様に手を伸ばしに来たのです」
「はぁ?」
「貴方様に地の底に突き落とされた、そこで私は己がいかに愚かで小さい存在だったのかを知りました。後は王の御前で申し上げた通り、このままでは終われぬと這い上がって参りました」
(地底で暮らしている間に狂ったか?)
そう本格的に思い始めたシェイの思考を遮る声が響く。
「なるほど、貴方も兄様に魅せられたのですね!」
「セーヴァ…」
自分よりも余程王子らしいセーヴァは光が綺麗に反射する素材でできた緑の肩マントに陸の国の白い軍服に近い服装だ。裏が無さそうな顔によく似合うが、発言がどうにもおかしい。
「僕と同じ、アリメラ嬢は兄様に魅せられてるのですよ!」
「二回言わずとも分かる。それが意味分からないと言っている」
言いながら、外套で隠した手元で魔法を編む。イーファス王国が竜の力で富んだように、シェイの亡き祖国は魔法で発展した。目にしたことも無い祖国の力を教えたのはシェイの母、力で敵わずとも魔法でならと機を伺い始める。
「セーヴァ殿下の仰る通りです。私は、シェイ様が望むのなら」
一瞬で歩を詰められ、思わずシェイがのけぞる。
「覚醒させていただき手に入れたこの力、この身全てをシェイ様に捧げます」
高嶺の花と謳われた令嬢がターコイズブルーの髪が地につくことも厭わず王の前でよりも深く頭を頭を下げ、両膝をついている。
数週間前の姿からは想像できないその姿にシェイは言葉を失った。
「お前に、お前たちに何があった…」
シェイが二人のそれを演技とは思えなかったのは、騙すために膝をつくなんて真似をできる人物ではないという認識からだった。アリメラは彼に対して初対面の時から無関心で両家から求められない限り、会話らしい会話をしたことがなかった。
セーヴァに至っては、十年前のあれを目撃した時からシェイに異様に懐くようになっている。騒動を起こして以来、他の人は避けたいというのにだ。本ばかり読んでいたセーヴァが実践的な訓練に励むようになったのもあれ以来だったと現実逃避しかけたシェイに近づくセーヴァ。
「ダメですよアリメラ嬢。兄様の御足を汚しては」
そっとシェイの足に口付けようとしたアリメラを引き離す。
「兄様はこの国を乗っ取りたいんでしょう?兄様の故郷を壊し、兄様のお母様を壊したこの国を」
全て察せられている、その事実よりも気味の悪い二頭の竜がシェイの元ににじりよってくる。
「兄様の計画にご協力します。だから、僕たちの話を聞いていただけませんか?」