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4-12 探偵メイドはお縄を頂戴します

その探偵は、現場の屋敷の中にいたにも関わらず、殺人事件の起きた当時のことを何も知り得なかった。

なぜなら…………秘密の緊縛プレイの最中だったからである。


嵐の別荘で起こる凄惨な殺人事件。

消える生首、奏者のいないチェロの音、残されたトカゲの紋様、警部の渋面、そして完全無欠の密室。

お慕いするお嬢様を守るため、そしてご褒美のお縄を頂くため、メイドは探偵となってこの事件を解決してみせます!


新時代の安楽椅子探偵、ここに縛誕!

「整理しましょう。あの晩、この屋敷には誰も入れなかったし、誰も屋敷からは出ることが出来なかった。これが、まず一つ目の大事なことです」

 お嬢様はコツコツとヒールの音を立てて、皆様の間を巡るように歩きます。

「嵐による倒木で唯一の道路は塞がれ、徒歩で下山するには四時間は真っ暗な山林を激しい雨風の中歩かねばなりません。ひるがえって、現場となった部屋の床に雨水の染みのひとつも無いことはこちらの黒部警部が確認しています」

 お嬢様が黒部警部の前を過ぎるとき、警部はセンブリ茶をどんぶりでたっぷり一杯飲んだような渋い顔で黙っていました。「なぜ貴女が仕切っているのです」という言葉はぎりぎり喉の奥に留められているようです。お嬢様はまったく気になさらずに、人さし指を振り振り語り続けます。

「加えて」

 部屋の端に辿り着いたお嬢様がくるりと反転し、振り向いて皆様のお顔を順繰じゅんぐりに見つめます。

 可憐に揺れたスカートのフリルが大人しくなるまでたっぷり間を取って後、「あの部屋は、いわゆる密室だったのです」と、まるで王家の財宝の秘密を打ち明けるように厳かに勿体ぶった口調で仰いました。

「それが、この事件において最も大事なことです」


 事件は、お嬢様の主催する「トカゲモドキを愛でる会」の合宿中に起きました。

 渡江州家の持つ別荘のひとつ、南アルプスの山奥にある「御黛荘ごたいそう」にて会員の皆様をお迎えし、二泊三日の泊まり込みでトカゲモドキへの愛を語り合う、という趣味人の集まる会合です。

 元メジャーリーガーの緑川選手、有名医大の青山教授、弁護士の灰原先生、世界的チェロ奏者の白石様など、各界の一流人物たちが実に七人もお越しになるつどいとあって、メイドの私も気合が入ります。渡江州どえす家専属メイドとして、腕によりをかけて皆様をおもてなしさせて頂いておりました。

 ああそう、県警から黒部警部もお嬢様のファンクラブ筆頭会員、もとい「トカゲモドキを愛でる会」の一員としていらしていたのでした。後から思えば、事件が起こった場所に警部がいらっしゃったことは一つの僥倖かもしれません。

 そんな中、初日の晩にひとつ目の事件は起こります。

 時は夕食を終え、お客様の何人かが談話室に集まってアルコールを片手に語らいあっているときでした。私は皆様のお世話を、同じく使用人の川瀬さんにお任せし、お嬢様と自室へ戻っておりました。

 そして、屋敷に悲鳴が突如響き渡ります。

 何ごとかと慌てた皆さまは、悲鳴の聞こえた場所を求めて、三階の客室の一つ、チェロ奏者の白石様の部屋へ集います。この時点で、談話室の皆様と別に食堂でお話をされていたという緑川選手と灰原先生も合流しております。

 お嬢様と私は、ええと、その、まあ諸事情により外の音が一切耳に入らない状況におりましたので、ええ、二人で私室に引きこもったままでした。

 こほん。

 とにかく、鍵の掛かったその部屋の内側から声がしたことは明らかでしたので、川瀬さんの所持していた鍵で開錠しましたが、それでも扉は開きません。内側から何かが扉を押さえているのです。

 黒部警部と緑川選手の突進タックルによって扉を破り、部屋の中へ雪崩れ込んだ皆様がご覧になったのは、ベッドの上で血を流し倒れる白石様のお姿でした。

   教授の診察により死亡と判断された白石様は、胸と背中に複数の刺し傷があり、失血が直接の死因と診断されました。

 死亡推定時刻は、すぐその直前。つまり、悲鳴のあったときに、ああ、口にするのもおぞましいことですが、白石様は何者かによって部屋の中で殺されたのです。


 私は当時のあらゆる情報を知り得ません。なぜなら、そのとき私はお嬢様と二人きりで密室(こちらは内側から鍵をかけているだけです)におり、その……えっと……『秘密の遊び』に耽っておりまして、つまり、その……ああもう、いいでしょう。

 私とお嬢様は地下のプレイルームでSMプレイの真っ最中だったのです。

 なんなら、犯行時刻の前後一時間ほどは、丁度お嬢様のお縄で後ろ手に縛っていただいており、部屋の梁に吊られてうっとりと至福の恍惚の中におりましたので、部屋の外で何があったかなど到底知りようもなく。

 ああ、あの甘美な蜜月たる時間。お嬢様の指が私の身体を這い回り、悪戯にお与え下さったり、お奪われになり、焦らされ、嘲られ、笑われ、叱責を頂きました。勿体なき至福のご褒美を頂きました。

 それはまさに、ああ天にも昇る、いえ、実際にわたくしは何度もあの頂きへと昇りつめ……こほん。なんでもありません。


 ともかく。

 私は、夕食を全員でお摂りになったあとは、食堂からまっすぐにお嬢様と引っ込みましたので、一連の皆様の動きや当時の状況を何も知ることが出来ませんでした。

 そんな中、お嬢様はといえば、ええ、冒頭のウッキウキの所作からもお分かりになるでしょう、興奮しきりにお張り切りになられてしまっているのです。

 趣深き趣味人であられるお嬢様は、トカゲモドキを愛でることのみならず、様々なご趣味をお持ちです。そのうちの一つに、ミステリーマニア、というのがございます。

 ああ、”ミステリ”と呼ばねばいけないのでしたね。お嬢様はその点に大変お拘りになられているので、怒られてしまいます。ん、もしかしてこれを上手く利用すれば、お嬢様にお叱りいただくことが……いえ、なんでもありません。


 しかして。

 謎大好き、謎解き大好き、そして不謹慎上等なお嬢様がこのような事件を目の当たりにしてどのような行動をお取りになるか。

 皆様が険しいお顔を並べて神妙と緊張が屋敷内に蔓延する中、爛々と目を輝かせて犯人さがしの捜査と推理を始めるではありませんか。

 私は頭が痛くてなりません。昔っから、危険なことには首を突っ込むなとあれほど提言差し上げておりましたというのに。お嬢様といったら好奇心の塊が令嬢のお姿になったようなお方ですから聞く耳なんて持たないのです。

 黒部警部から捜査の邪魔だと困った顔で見られようとも、犯人と思しき者に危うく三階のテラスからつき落とされそうになろうとも、止まらないのです。

 お願いですからその好奇心と探求心はベッドの上やプレイルームの中だけにしてほし……失礼、なんでもありません。


 なんとならば。

 そう。私は、全て後から知りえる情報のみで、どうにかこの事件を解決に導かねばならないようなのです。

 大切なお嬢様をこのような危険に晒し続けている訳にはいきません。

 これからはじまるのは、渡江州家専属メイドの不肖わたくしが、お嬢様に降りかかる万難を排しながら、お嬢様からのお縄、いえ、ご褒美を頂戴すべく、事件の解決へと向けて奮闘するお話です。

 被害者の生首が切り落されて持ち去られたり、誰もいないはずの夜の食堂からチェロの演奏が聞こえたという証言者が現れたり、事件に関係する何かを象徴するようにあちらこちらから黒いトカゲの紋章のようなものが発見されたりと、二転三転しながら展開していくこの事件を、事件発生時の状況をさえ知らない私が、果たして解決する事など出来るのでしょうか?

 それでは、その顛末を巡る物語を、不肖わたくしの語りにて始めさせて頂きます。

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