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4-11 天使どもの存在証明

 数百年前、突如として人間の世界に「悪魔」が現れた。昔に人間が作った石像のような見た目をしているそれは、人間に干渉し、廃人状態にする。人間は逃げ惑うことしかできず、ただ悪魔がいなくなることを待つのみだった。

 そんな悪魔に対抗するためなのか人間の中から「天使」が生まれた。特有の羽を持ち、著しい身体能力を秘めている天使は、悪魔に対抗する唯一の手段だった。最初は皆、天使たちを崇めた。悪魔を倒してくれるなんて本物の天使みたいだ。そう言う人間もいた。けれど、助けてくれることが当たり前になった。天使と人間を違うものだと思った。天使と人間との違いに恐怖を抱いた。その波紋が広がるのに時間はかからなかった。

 そうして人間はいつしか天使を兵器として扱うようになり、天使たちを閉じ込め、兵器だと刷り込んでいくようになる。人間も天使もきっと変わらないはずなのに。

 これはそんな世界で生きる天使たちの物語。

 人は、俺らを軽率に天使と呼ぶけれど、天使っていうのは、あいつみたいに白くて、綺麗で、美しいやつのことを言うのだと思う。



 「悪魔発生、悪魔発生。直ちに避難してください。繰り返します――」

 警報音で五月蠅い街を歩く。ビル群が大量の人間を吐き出し、道路は逃げ惑う人々で溢れかえっている。不快感を煽るような音に僅かに顔をしかめ、俺は首にかけていたヘッドホンで耳を塞いだ。

 人の流れに逆らい、騒ぎの中心部へ向かう。目的地に近づくほど、悪魔の唸り声が鋭く耳を刺す。苦しげなその声に誰かがすでに戦っているようだと当たりを付け、俺は足を速めた。到着する前に倒されては無駄足になってしまう。

 音を辿っていくつかの細い路地を抜けていく。一段と大きく響いた悪魔の声に、もうそろそろだと手のアサルトライフルを強く握りしめた。

 そこからいくつかの角を曲がった先に悪魔はいた。視線の先では同い年くらいの少年が二対の藤色の羽をはためかせている。どうやら応戦していたのはこの少年のようで、手には日本刀が握られていた。

 少年が刀を握りなおし、高速で悪魔に近づいていく。学生服が翻って、刀が素早く振られた。悪魔が唸り声をあげ、少年を鋭い視線で追う。少年は勢いのまま悪魔の後ろへと飛んでいき、そのままくるりと方向を変えた。空中に描き出された曲線は、整えられたように美しかった。

 再び悪魔に急接近した少年が腕にぐっと力を込める。瞬間、ふっとその藤色にも見える黒髪が揺れて、悪魔の胴体が深く切り裂かれていた。悪魔もまた剣筋を認識することすらできず、唸るばかりだ。悪魔には血という概念がないらしく、血のような液体が噴き出ることはない。ただ、ぱっくりと割れた跡があるだけだ。

 さらに攻撃を続けようと少年が刀を振り上げた時、悪魔の金切り声が耳をつんざいた。体が強張るが、それも一瞬のことで直ぐに硬直はとける。一時的に金縛りのような状態になるのだろう。少年も体が動かなくなったのか落下していく。しかし少年が直ぐに動き始めることはなく、どうやら距離によって効力が違うらしい。

 最後の力を振り絞るように、悪魔は額の前にエネルギーを集め始めた。エネルギーが上昇していくにつれて皮膚の表面がざわつく。少年は悪魔の様子を目にして諦めたような表情を浮かべていた。拭えない喉の奥の不快感が強くなって、ゆっくりと銃を持ち上げる。照準を悪魔の額に合わせて、安全装置を外した。

 エネルギーが破裂するその直前。俺は、引き金を引いた。

 ぱん。と乾いた音が鳴って、銃弾が悪魔の額を穿つ。エネルギーが霧散し、悪魔の体が崩れ落ちていった。やはり特別製の銃弾は悪魔によく効くようだ。悪魔の体は粒子となって空気に溶けていき、跡形もなく消え去る。少年は漸く体が動くようになったのか、地面に衝突する寸前で羽を動かし高く飛び上がった。ゆっくりと下降していき、とんっと地面に着地する。

 少年は刀を鞘に納めると、視線をこちらに向け、駆け寄ってきた。

「その、ありがとうございます」

「……べつに」

 そんな俺の態度に、少年は曖昧に笑った。その笑い方も、皴一つなく綺麗に着られた制服も、いかにも優等生といった感じだ。少年が口をつぐんで、沈黙が流れる。居心地が悪くなって、俺は少年から視線を外して、背を向けて歩きだした。

「あの! 助けてもらった手前、とても言いにくいのですが許可のない武器使用は――」

「許可はもらってる」

 振り返った俺は、少年がこれ以上口を開く気配がないのをいいことに再び歩き始める。流れる景色は悪魔がいたことを感じさせないほど普通で、ビルも道路も傷一つなかった。

 悪魔がものに干渉する力がなくてよかった、と大人たちは言っていた。それよりも人に干渉できない方が良かったのでは、などと余計なことは言わない。痛いことは嫌いだし、余計なことを言っていてはあそこでは生き残れないから。

 避難指示解除にあたり人々が戻ってきたのか、いきなり悪魔がきて怖かった。悪魔がいなくなって良かった。そんな声が後ろから聞こえる。俺はそれらから隠れるように道を進んだ。

 「悪魔」と人々が呼んでいるのを聞いて、ずっと頭の片隅にある違和感が大きくなる。多くの人間がこの存在を天使に敵対するから悪魔と呼んでいるけれど、本当にそうだろうか。

 光輪を背負ったその姿は俺らよりも余程神々しくて、それはまるで神のようだった。



 廊下の窓から差し込む夕日が眩しい。

 コンクリートで作られた校舎は殺風景で、人間の通う学校とは大違いだ。ここにいるだけで閉塞感が体を蝕んでいくような気がした。

 国立天使学園。安直につけられた名前はわかりやすいが、ここは学園なんて甘いものじゃない。天使を兵器として育てる場所。一度足を踏み入れたら二度と出られず、家族にも会えない。

 学園への入学は、六歳児の健診の時に天使因子が基準値以上だった子供に義務付けられている。天使因子が基準値以上の人間は「天使」と呼ばれ、特有の羽を持ち、著しい身体能力を秘めているからだ。そんなものがあるから俺らは崇められ、蔑まれ、利用される。

 数百年前、俺らの世界に突如としてやってきた「悪魔」。人々は皆、「天使」を「悪魔」に対抗できる唯一の手段としてしか見ない。だからこそ政府は「天使」を学園に閉じ込めて、自らが兵器なのだと刷り込んでいく。


「天使はね、兵器なんかじゃないよ。みんな、みんな、人間だよ」


 懐かしい声が耳鳴りのように響く。頭の中でぐわんと反響して、目の奥が熱くなる。俺は強く目を閉じて、高速で再生されそうになる記憶を断ち切った。忘れたくない音。それでもそれは俺を弱くするから。追い出すようにかぶりを振って、目の前の職員室のドアに手をかけた。

 職員室の中は淡いオレンジ色を纏っているのに、どこか厳かな雰囲気が漂っていた。ドアを開けた俺を見て、生真面目そうな大人がこちらにやってくる。俺が入るクラスの担任だと名乗った大人は、新入生に配られるものだとその手に持っていた書類を俺に手渡した。ちらりと顔を窺うが何の表情も浮かべられておらず、なんとなく融通が利かなそうだと思う。その大人はふいと視線をずらして辺りを見回し、一人の男子生徒を見つけると口を開いた。

「トウカ、ユズリハに学園を案内しろ」

 偉そうな口調に、溜息が出そうになるのを寸前でこらえた。トウカと呼ばれた男子生徒がこちらを振り返ると、貼り付けられた笑顔が驚いたような顔に変化していく。それを俺は目を見開いてただ見詰めていた。特徴的な藤色の羽がしまわれていたからわからなかったが、振り返ったその顔は確かに今朝見た顔だった。

「わかりました」

 トウカは一つ深呼吸をして、努めて平坦にそう返す。大人の視線が自分に向くのを感じて、俺は慌てて表情を取り繕った。その視界の端でトウカが隙のない笑顔を浮かべながらこちらに歩いてくるのが見える。

「ユズリハ? くん。案内役になりましたトウカです。よろしくお願いします」

 トウカは俺の前でぴたりと止まり、綺麗なお辞儀を披露した。それにぎこちなく頭を下げると、にこりと笑い早速案内するからと職員室を出るように促される。職員室を出るときにトウカが礼をするのを見て、俺はまた一つぎこちなく礼をした。

 そこからは時折場所を紹介されるのみで、俺らの間の空気の九割を沈黙が占めていた。気まずさを感じるものの、話題があるわけでもなくどうしようもない。ただトウカに案内されるまま足を動かす。いつしか紹介すらなくなり、足音がやけに響いて聞こえた。広い校舎の廊下を右に曲がって左に曲がってまた右に曲がって……。なかなか止まらないトウカに、流石に重い口を開いた。

「どこに向かってるんだ?」

「今って放課後なんですよ」

「……そうだな」

「僕、部活に入ってるんです」

「はあ」

「つまり、僕は君の案内役になったことで部活の時間を削られてしまったわけです」

「それで?」

「だからその腹いせに、君を部活に勧誘することにしました」

 漸くトウカが止まったのは校舎の奥にある、一つの薄汚れた扉の前だった。トウカは口角を上げて、にやりと笑う。優等生然としていたトウカからは想像できない表情で、俺はそれを呆然と見ていた。

 トウカが後ろ手にドアを開ける。漏れ聞こえていた部屋の中の騒めきが消え、八つの目が一斉にこちらを見た。トウカは突き刺すように俺を見詰める。

「僕らの名前はQ。天使の存在を証明するための組織です」

 声変わりを終えた、けれど少し高めの硬質な声が響いた。強い意志を秘めた瞳は折れそうなほど真っ直ぐで、だからこそ少し怖い。

「天使は兵器ではない。僕達は僕達であって、物ではない。それを証明するために僕らは今ここにいます」

 部屋の奥の窓から見える夕焼けが酷く綺麗で、俺はその場から一歩も動けないでいた。



 その日も酷く夕焼けがきれいだった。

 人体実験で後天的に天使になった子供は寿命が短い分、強力だからと俺らは幼い頃から戦場に駆り出されていた。さよならは数えきれないほどあったし、そのすべてを覚えていることもできなかった。そんな俺らが「死なずに」いられたのは、仲間がいたからだった。

 その悪魔の光輪がやけに輝いていたのを覚えている。ぬぐい切れなかった違和感をもっと大切にすればよかったのだと何度後悔したことか。連続で光線は発射できないはずなのにその額がもう一度光った時には、もう手遅れだった。目を見開くことしかできない俺の体をカナメが押した。悪魔のエネルギーがカナメを穿って、その体が余りにも脆いことを知った。

 俺の視界は諦めたような、困ったようなカナメの笑顔が映ったのを最後に暗転した。

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