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4-10 鳴らそうよ、星屑の歌を。

「歌いましょう、先輩。私たちはこんなに小さいんですから」


神奈川県軽音楽インターハイ。一年に一度のお祭りを目指し、オリジナル曲「スターダイバー」の練習を続けていた音楽部の三人。

ある日、三人の学校に転校生がやってくる。周りから「魔女」と呼ばれる転校生は、学校を追われ転校するたびに病気の原因になっているらしい。


星の夢症候群。


神奈川県の女子高校生だけが罹患すると言われる病気であり、一度かかると眠りから覚めなくなる。

そして罹患者はとある夜に跡形もなく消えてしまう。そんな病気。


「一緒に音楽やろうよ。魔女さん、音楽好きでしょ」

病気の原因と言われている魔女を、部長の佳緒理は音楽部へ引き込もうとする。


不治の病が蔓延する世界で、彼女たちは向き合う。


私の宇宙と、あなたの宇宙。

音楽は私たちの鼓動。だから伝わるよ。


大切なものを見つけて抱きしめる。

夏が終わるまでの短い時間。

 夏休みが終わった次の日、うちのクラスに転校生がやってきた。

 黒板に書かれた名前。自己紹介さえせずに教壇からこちらを見下ろす姿は。何だろう、冷たいというか、仲良くなろうとする気持ちが微塵もないように見える。


「この名前――魔女じゃない?」

 黒板の名前を見てざわつきはじめた教室に構う素振りもない転校生。その視線は教室の一点を見つめていた。

 その視線の先には隣の席のかおりんがいて。何故か真剣な表情で転校生を見つめている。

 二人が交わしている、好意的ではないように見える視線。


「知り合いなの?」

 呟いた私にかおりんは、ふふっ、って笑った。「私は――」




 魔女。

 ざわめきが波打つ教室の中で、昨日のことを思い返していた。




 かおりんのドラム、やっぱり好きだなぁ。

 夏休み最後の日、私はピアノを弾いていた。

 鍵盤に指を滑らせる。少しだけ無造作に指先を沈ませる。少し軽い音。かおりんは笑ってくれる。生きてるって感じがする。一人でピアノを弾いているときとは違う。クラッシュシンバルと重なる三連符。花火みたいにきら、きら、きら、一瞬の輝き。だけどその光は残響みたいに私の中でいつまでも明るい。

 自由なんだ。かおりんのドラムは。BPM180でも揺らがない。

 正確で、音の粒が輝いて、重力から解き放たれて笑っている。そんなドラムを叩く人だ。

 だから私も自由だ。音の渦が上昇気流を描いて、手をつないだ私たちは空を泳いでいるみたい。

 バスドラムが私の心臓を鳴らす。スネアが私の体温を上げる。だから私はここに生きている。

 最後の音符がぴったりと重なって、ちょっとだけ呼吸が速くなってるかおりんに何か言おうと口を開いて、


「ずるいですよ二人とも!」

 廊下から聞こえた声があまりにも大きくて思わず口を閉じてしまう。


「惜しかったね鈴村さん、あなたの脚がもう少し早かったら最後だけでも歌を合わせられたのに」

 突然の大声に、かおりんは驚きもせずに笑いかける。

「これでも中学の時はバスケ部だったんですよ! 50メートル7秒ジャスト、これ以上早かったら陸上部に行ってますよ私は」

 真夏の空を背景に、鈴村さんがかおりん以上に荒い息をついていた。


「鈴村さんに気付いてたの?」って聞くと、

「アウトロを叩きながら聞こえてたよ。物凄い勢いで走ってくる足音」

「さすがかおりん先輩、足音だけで私に気づくって愛情です――それに比べて雨音先輩は何なんですか、後輩への愛情が足りません」

 鈴村さんは身長が低いから。この上目遣い、睨んでいるのか単純に見上げているだけなのか分からないよ。なんて言ったらもっと怒られそう。


「だけどさ、鈴村さん。補習やってたんじゃないの? まだ30分しか経ってないけど」

 だから代わりに気になったことを聞く。

 絶対すぐ帰ってくるから待っててくださいよ! って教室に走っていったけれど、こんなに早いなんて。

「授業とか補習をサボるなんて、女子高生の間にしかできない特権だからね」

 そう言ってかおりんは笑う。

「サボってないですよ酷いなぁ。なんか、みんなバタバタしてて補習が無くなったんです」


 なんじゃそりゃ。

「鈴村さんの他にもバタバタしてる人がいたの? 本当に?」

「違うよ雨音、鈴村さんが一人で十人分くらい騒いで収集がつかなくなったんだよ」


 口々に言う私たちに鈴村さんは頬を膨らませて、

「部長と副部長が、なんで可愛い後輩のこと信じられないんですか! こんなのパワハラですよ! もう許さない! ケーキをおごってもらうまで許さない!」

 鈴村さんは大股で音楽室の中に入ってくる。乱暴に足を踏み鳴らしてるけれど、上履きのぱきゅっぱきゅっという音が軽い。多分身長のせいだ。


「スターダイバーを合わせましょうよ、もう歌わないと気がおさまらない」

 音楽室のステージのいちばん前。鈴村さんが立って、私たちはちょうど正三角形みたいに並ぶ。

「ケーキはいいの?」って笑うかおりんに、

「今は忘れといてあげます。歌に私情は持ち込まない主義なんで」鈴村さんがふぅと息をつく。

 私たちがここに並んだとき、もう言葉はいらない。

 私と鈴村さんはかおりんのほうを向く。かおりんの呼吸に手を伸ばす。そして――


「ちょっと待って。あなたたち、もう今日は帰りなさい」


 ぱちん。鳴らされた手にびっくりする。いつの間にか顧問の田澤先生が立っていた。なんか今日は訪問者に驚かされる日だ。

「先生ちょっと待って、一回だけでいいから! すぐ終わるから!」

「言ったよね鈴村さん。補習はもういいからすぐ帰りなさいって」

「こっそりやりますから! 『帰れとは言ったが、演奏の素晴らしさに心臓がうるさくて何も聞こえないなぁ』とか泣いて頂いて」

「演奏聞こえてるよねそれ」

 かおりんが笑う。こう言われた以上、帰る以外の選択肢は無いのだ。

「あなたの声って響くから、全然こっそりにならないよ……夏休み最後だしやらせてあげたいけど、今日はごめんなさい、帰って」


「何かあったんですか? まだお昼にもなってないのに」

 かおりんの言葉に、先生はふぅと息をつく。

「体調不良者が出たの。今日はこれから、ずっと会議」

 先生はそれ以上、私たちに何も言わせてくれなかった。



「せっかく夏休みの最終日なんだから。いいじゃんよー。ひどすぎるよー!」

 鈴村さんの目の前には三つのケーキが置かれている。『これはかおりん先輩の分! これは雨音先輩の分! そしてこれは、この私の怒りだーっ』とか何とか。

「11月まで、あと3か月も無いんだよ! スターダイバーを練習しなきゃだし歌詞も決まってないし、ケーキ食べてる場合じゃないよー」

 言いながらチーズケーキを口に運ぶ。甘くておいしい、って顔をほころばせながら。

「歌詞が決まってないのは鈴村さんのせいだよ……家で頑張ってよ」


 神奈川県軽音楽インターハイ。うちの高校では伝統的に音楽部が出ることになっているから、私たちはそこに向けてオリジナル曲『スターダイバー』を作って頑張っていた。

 自由なドラムで包みこんでくれるかおりん、意外に歌が上手くて何より声量が凄い鈴村さん、幼稚園の頃からピアノをやってる私。三人ならきっと良いところまで行けるはず……なのだけど、鈴村さんが書く歌詞だけがいつまでも決まらなかった。


「歌詞って難しいんだよー! 私の苦労を少しはねぎらってよ!」

「どうしてもって言うなら、私が書いてもいいよ。その代わり、色々とハードなアレになるけど」

「ハードなアレって何ですか、かおりん先輩! 私のイメージだけは崩さないでくださいよ」

「キャラなんて演じてもしょうがないのよ。素直に行こうよ」

 話しながら、赤い眼鏡を外して埃を拭いているかおりん。その手を眺める。白くてもちもちした、触ったら気持ちいい手。この手が力強いドラムフレーズを生んでいるとは俄かに信じがたい。


「でも本当に、急にどうしたんだろう? 病気が出たってだけで部活も補習も中止になるものなのかな」

 言ってからロールケーキを口に運ぶ。ここのケーキはスポンジもクリームもとろけるみたいに甘くて好き。

「何だか、やばい伝染病だったりするんじゃない?」

「やばい伝染病って何だろ、結核とか黒死病とか」

「雨音、あなた一体どの時代を生きてるのさ……」


「星の夢症候群」

 キャラメルムースを口に運びながら呟いた鈴村さんに、

「最近の流行りで言うとそれだよねー」

 かおりんがため息をつきながら答える。

「補習のとき、職員室から聞こえてきたんですよ。『起きなくなった』って」

「あー……そりゃまずいね」

 大して興味も無さそうにかおりんは紅茶に口を付ける。

「ほんと、これで部活が出来なくなったら泣いちゃいますよ。歌詞くらい書かせてよって」

「いやだから私がハードなアレを」

 二人の会話をぼーっと眺めている。全然知らない話で着いていけない。


「……星の夢症候群?」

 思わず口に出した私に、

「雨音先輩、まさか知らないんですか?」

「なんでそんなドン引きしましたみたいな作り笑いするの……」

「いや雨音、あんなにテレビでもニュースになってるのに」

 かおりんも若干引いてるように見えるのは何故。

「別にテレビ見ないし」

「SNSでも散々言われてますよー!」

 鈴村さんもなんで半笑いなんだ。

「SNS、面倒でやってないんだよね」


「でもほら、クラスでもけっこう色々な人が――」

「友達なんてほとんどいないし」

「うん、やっぱやめようかこの話」

 かおりんは苦笑しながら私の言葉を遮ろうとするけれど、なんか少し遅くないか。


「結局、星の夢症候群って何なの」

「そうだね、話せば長くなるんだけど、」


 かおりんが口を開こうとした瞬間、鈴村さんが大きな声を上げる。


「苦っ! おじさん、今日のコーヒー、いつにも増して一段と苦いよ!」

 店の奥にいるマスターにクレームをつけている。

「いや、鈴村さん、ここのコーヒーは毎日苦いよ……」

「雨音先輩だってコーヒー飲んでるじゃないですか!」

「私は……ロールケーキに合うから、別に苦ければ何でも」

「雨音先輩とは違って私の舌は敏感なんです! もっと、ケーキに合うクオリティをですね」


 気づいたら鈴村さんのペース。

「二人とも元気だねー。でもほんと、練習したいなぁ」

 紅茶を飲みながらかおりんは笑っていた。


 ――だからさ。“魔女“にだけは気を付けてね。




 そうだ。かおりんはそう言ってたんだ。

 魔女って何だろう?

 教壇に立つ転校生のつやつやした黒髪を見ながら、私はその言葉の意味が分からずにいる。

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