4-09 俺、なぜか女子高生の「見守り」パパ活相手に任命されたんだが!?
サラリーマンの杉浦陽介は、同僚の頼みでパパ活女子との顔合わせに代打参加することに。
そこで出会ったのは、真面目すぎる黒髪美少女・羽田朱里。話すうちに彼女の孤独さと優しさに触れる。
ただの一度きりのつもりだったはずが——まさかの実父から「娘を見守ってほしい」と正式に依頼されてしまい——。戸惑いながらも始まる、健全で奇妙なパパと娘の関係。年の差×見守り×疑似家族!?
予測不能なパパ活ラブコメ、はじまります。
「終わった」
俺は目の前のスーツ姿の中年男性を見つめながら、そう心の中で呟いた。
「あなたは、杉浦陽介さんですね。私は羽田朱里の父、和明と申します」
まずい。非常にまずい。
つまり、この中年男性は——俺がパパ活という名目で知り合った女子高生の父親ということになる。
いわゆる親バレというやつか。これから警察に通報される流れになるのだろう。
……俺は終わったのだ。
まるで走馬灯のように、今日の出来事が頭を駆け巡った。
——話は二時間ほど前、仕事を終えた時刻に遡る。
——————
桜の季節が終わり、ゴールデンウィークの足音が聞こえる頃。
夕方のオフィスで定時を迎えた俺に、声をかけてくる者がいた。
「なあ陽介、定時上がりだろ? 悪いんだけど、今日の子、俺ダブルブッキングしちゃってさ。代わりに会ってきてくんない?」
そう言ってきたのは、会社の同僚・三井。普段からチャラくて、いろいろと噂の多い男だ。
時々、パパ活女子に出会っていることを俺は知っている。
悪い奴ではないけれど、陽キャのようなノリが正直苦手だ。
「は? 代わりにパパ活女子と会えって?」
「話が早いな。顔合わせだけでいいから! メッセのやり取りは済ませてあるから、あとは笑って相づち打って終わりよ!」
「どんな人なの?」
「まあ楽しみにしておいてよ」
面倒だなと思いつつ、断りきれなかった。彼には仕事を手伝ってもらったばかりで、さすがにこのタイミングで首を横に振ることはできない。
そんな俺の性格まで見越しての依頼だろう。
「分かったよ」
俺は、ため息交じりにそう答えた。
これが大きな過ちだと気づくのに、さほど時間はかからなかったのだが。
————
会社を出て、しばらく歩き指定されたカフェに着く。
夕方、午後七時。この時間帯は結構空いていて、客もまばらだ。
「いらっしゃいませ」
店内に入ると、女性店員が笑顔で迎えてくれる。
「あの、待ち合わせなんですけど、杉浦といいます」
「お連れ様はもういらしてますよ。奥のお席です」
促されるままに奥の席へ向かうと、そこには学校指定であろう制服を着た女の子がいた。
年の頃は、15〜17歳といったところか。
制服をきちんと着こなし、品行方正に見える。
ん? 制服? 学校?
待ち合わせの相手って、女子高生なの?
てっきり大学生や社会人を想像していた俺は、言葉を失う。
気づくと店員は去っており、女子高生は品定めするようにじっと俺を見つめていた。
「あなたが陽介さんですか?」
いきなり名前を呼ばれて動揺する。
すでに逃げ場がないような感覚に陥った。
「はい」
「あの、座らないんですか?」
「あ、ああ、座るよ」
促されるままに彼女の向かいに座ると、店員が水を運んでくる。
「すみません、アイスカフェオレをひとつ」
注文を取りに来た時、好きなドリンクを選ぶ余裕さえなかった。
店員が去ると、目の前の女の子が俺を真っ直ぐに見つめて口を開く。
「私は羽田朱里といいます。私立N高校に通う高校一年生です」
「あ、やっぱり高校生なんだ。コスプレとかじゃなくて」
「えっ? ふふっ、コスプレって……。そんなわけないじゃないですか」
俺のしょうもないボケに、朱里さんは笑っている。
無邪気で可愛らしい笑顔に、少しだけ安堵した。
よく見ると、端正な顔立ちに長い黒髪。そして、凛とした雰囲気。
品行方正、清廉潔白な女子高生のイメージそのものだ。
だからこそ俺は違和感を覚える。パパ活という言葉と目の前の少女とのギャップに、軽いめまいを覚える。
「あ、あのさ」
言葉を探しながら、とりあえず口を開いた。
でも、どこまで踏み込んでいいのか正直わからない。
俺は何をしてるんだ、という罪悪感と何かしらフォローしてあげないと、という謎の使命感の板挟みになっていた。
「その、朱里さんは、こういうの、慣れてるの?」
言った瞬間、自分の口調が妙にぎこちなくて、バカみたいだと思う。
「慣れている……ですか?」
朱里さんはきょとんとした顔をした。しばらく考え込んだあと、首を小さく振る。
「いえ。今日が初めてなんです、こういうの」
その言葉に、俺の緊張も少しだけ和らぐ。
俺と同じじゃないか。お互い初回で様子見。少しだけ親近感が湧いた。
「そっか。なんか慣れてる感じに見えたから」
「ほんとですか? ……実はめちゃくちゃ緊張してます。今日、カフェに入るのに15分かかりました」
「それは、さすがに緊張しすぎじゃないか?」
「しかも、入り口のメニューをじーっと見ながら『高い、高い……』ってずっと呟いてて」
「それもう完全に怪しい人だよ」
思わず笑ってしまった。朱里さんもそれにつられて、ふっと微笑む。
さっきまで張りつめていた空気が、少しだけ和らいだ気がした。
「でも安心しました。陽介さん、優しそうで」
「え? あ、いや、そんなことないと思うけど」
「でも、怖い人が来たらどうしようって思ってたんです。初回からホテルに連れて行かれたとか、お金だけ取られて逃げられたとか、そういう話も聞くので……」
笑ってはいたけど、その言葉の端々に、不安や覚悟のようなものが滲んでいた。
「それで、やってみようって思ったの? パパ活」
俺の問いに朱里さんは少し考えたあと、まっすぐこちらを見た。
「……なんというか、誰か知らない人と話してみたかったんです。友達にも言えないし、家でも、あんまり会話がなくて」
「そっか」
何かを抱えている子なんだろうな、とは思う。でも、踏み込むには早すぎる。
「あ! ごめんなさい」
突然声をあげる朱里さんに、思考が中断された。
「え? なに?」
「その、陽介さんのお時間とかもらっちゃってるのに……ごめんなさい」
「いやいや、朱里さんの話を聞くのは楽しいよ。可愛らしくて」
「えっ……そ、そうですか? そんなこと……ないと思います」
急に照れたような表情で、朱里さんは俯く。素直な様子に、やはり可愛らしいと感じてしまう。
「ほら、そういうところ」
「も、もう……」
少し口を尖らせながらそう言う彼女に、つい好感を抱きそうになったがぐっと抑え込む。
朱里さんは女子高生。一方の俺は社会人……周囲からどう見られるか、考えるだけで胃が痛い。
それでも他愛ない話を続け、ふと時計を見ると一時間ほど経っていた。
そろそろ頃合いだろう。義理は果たしたし、会話も悪くなかった。
「朱里さん、そろそろ帰ろうか?」
「そうですね。初めてですし」
「うん」
サッと伝票をつまみ、会計を済ませる。
こういう場合、お小遣い的なものを渡すのが「ルール」なのかもしれない。でも、それがすごく悪いことのように感じてしまう。
きっと、朱里さんの純粋さがそう感じさせる原因だろう。
そんなことを考えながら店を出ると、朱里さんが口を開いた。
「すみません、ええと、いくらでしたか?」
そう言って財布を取り出す朱里さん。いや、これパパ活だよな? 割り勘じゃない気がするんだけど。
「いいよ、これくらいは出させて」
「あ……ありがとうございます。今日はありがとうございました。楽しかったです」
「うん」
「じゃあ、また連絡しますね」
そう言って、朱里さんは駅のほうへ駆けていった。
あっさりとしたものだったが、これでよかったのかもしれない。
迂闊に未成年に手を出せば、通報されて逮捕だってありえる。今日は楽しかったし、良い経験をしたと思うことにしよう。
朱里さんは「また連絡する」と言っていた。でも、リスクを考えると、もう会うこともないだろう。
「ふう」
俺は一息つき、家に帰ろうとする。
その時だった。
「……安心しました」
背後から、静かで落ち着いた男の声がした。
え?
振り返ると、そこにはスーツ姿の中年男性が立っていた。
五十歳前後だろうか。シンプルなネクタイに、眼鏡越しの鋭い視線。どこからどう見ても、父親そのものだった。
「私は羽田朱里の父、和明と申します」
名刺を差し出しながら男性は深々と頭を下げた。
その瞬間、思考が真っ白になる。
「終わった」
俺は目の前のスーツ姿の中年男性を見つめながら心の中で呟いた。
どんなことを言われるのだろうか。めちゃくちゃ怒られるのか。何もしていないのに、朱里さんに抱く数々の罪悪感が俺を焦らせる。
しかし——。
「先ほどの会話を聞いて、あなたなら信頼できると感じました。どうか、朱里を見守ってやってください」
ん? なんか、変なことを言ってないか? この人。
「見守るって……いや、あの、俺、ただのサラリーマンでして……」
「だからこそ、です」
彼は柔らかく、しかし重みのある声でそう言った。
こんな展開、誰が予想できただろう。
ただ同僚の尻ぬぐいで顔合わせに行っただけなのに——。
「どうか、よろしくお願いします。娘のためにも」
再び深々と頭を下げる中年男性。
どうしてこうなった?
どうして俺が女子高生のパパに、パパ活の相手を正式指名されてるんだ?
——そして、再び心の中で呟く。
「終わった」
本当に、俺の平穏な日常は今日で終わったのかもしれない。





