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6.咎人は刃と共に

 ここは、貴族達にとって刺激的な娯楽場。

 凄惨な光景を求め、視線が集められるのは中心に設置された闘技場。

 

 舞台の中心に立っているのは、傷塗れの男。借金のかたに、人買いに売られてしまった者だ。

 相対するは、鋭い爪を持つ熊の魔物。先端から滴る血痕が、彼の肉を抉っている事を示している。

 

「ひっ……」


 鈍らの剣を振るだけの勇気はもう、男に残されていない。

 既に戦意を喪失しているが、彼に情けを掛ける者はこの場に居合わせていなかった。

 

 甚振られる様を酒の肴にする、腐った貴族達。

 魔術大国ミスリアの裏側で、夜な夜な繰り返される行為。

 かつての第一王子アルマが否定しようとした、醜い世界。


 時を重ね、醜く歪んでしまった世界。

 それらを断つべく、日の目の届かないところで戦おうとする者達が居た。


 薄暗い部屋へ、亀裂と同時に火花が走る。

 醜い世界を曝け出すには、そんな小さな光で充分だ。

 

「……炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガー、頼んだ」


 少年が呟くと同時に、刻まれた亀裂から次々に爆発が起きる。

 高みの見物と洒落込んでいた貴族達から発せられる、阿鼻叫喚の声。


「なぜだ! なぜ、ここがっ!?」

「知るかよ! いいから逃げろ!」


 状況を把握するよりも先に、揃って逃げの一手を選択する。

 後ろめたい事をしていると自ら宣言しているようなものだった

 

 狂騒と共に足音を響かせていく貴族達。

 爆発の影響がない道を大勢が押し寄せていく。


 この場に居た事自体が、彼らの性根を現わしていた。

 我こそ先にと、身勝手から生まれた人の波は次第に疎らとなっていく。


 先頭を走る貴族の男が出口へと差し掛かる。男は自然と口角が上がっている。

 今、この瞬間さえ逃げ切られれば、後はどうとでもなる。

 そんな安心から漏れ出た笑みだった。

 

 しかし、安堵も束の間。

 魔力によって生み出された影の帯が、男へと巻き付いていく。

 帯は彼のみに留まらず、逃走を図る貴族を一人残らず捕縛する事に成功した。


「なっ、なんだ!?」

「残念だったね。影縫(シャドウシャックル)から逃げられない」

 

 驚嘆の声を上げる貴族達の前に、コツコツと貴族的な足音が鳴り響く。

 闇夜の中現れたのは、義手となった右腕を携えた魔術師の男。テラン・エステレラ。


 法導暦0518年。

 ミスリアへと帰った彼は、こうして夜な夜な悪事を働く貴族を取り締まっていた。

 アルマやリシュアンと言った、世界再生の民(リヴェルト)の仲間と共に。


 ……*


「魔物の討伐は完了しました。戦わされていた男の命に別状はありません」

「そうか、よかった……」


 先ほど治癒魔術も唱えたと、リシュアンが説明をする。

 彼の報告を受けて、アルマは胸を撫でおろしていた。

 

「けれど、リシュアン。敬語はやめてくれないか。

 もう僕に王位継承権はない。ただのアルマなんだ、遠慮は無用だ」

「いえ、一度は主君と心に誓った方です。

 せめてこれぐらいは、許してください」


 王子ではない。ただの子供として扱って欲しいと告げるアルマ。

 しかし、リシュアンは譲らない。せめてもの、アルマへの敬意の現れでもあった。


 分家という立場からの嫉妬心で、ビルフレストの甘言に乗ってしまった自分とは違う。

 彼もビルフレストの口車に乗せられたとはいえ、醜い世界を失くしたいという気持ちは本物だった。

 例え王位継承権を失っていようとも、それを成し遂げようとするアルマに仕えたい。


「そうか。なんだか、照れくさいけれど……。

 君の気持ちを否定するのも変だな。僕も、尊重させてもらうよ」


 照れを隠すように首を触るアルマ。

 時を同じくして、闇夜の向こうからテランが姿を見せる。

 大量の、黒い帯に囚われた貴族達を連れながら。


「ここの支配人は、色々と手広くやっているみたいですね。

 人買い、薬物、通貨の偽造。王都から隠れて、やりたい放題です」

「大した悪党ぶりだな」


 既に尋問は終えているらしく、テランは呆れるように肩を竦めて見せた。

 掘ればまだまだ出てくるだろうと、リシュアンもため息を漏らす。

 

 小馬鹿にするような態度と、自分達を捉えた顔ぶれ。双方が気に入らなかったのだろう。

 貴族の一人が、怒り任せに声を張り上げる。


「アンタらが言えた義理かよ!? ビルフレストと一緒に、世界をぶっ壊そうとした癖によ!

 そっちの方が、よっぽど重罪じゃねぇか!」


 男の言葉は真実で、三人は返す言葉を持たない。

 それを好機と見たか、せめてもの憂さ晴らしをするべく続けようとした瞬間。


「そこまでにしときな」

 

 僅かに風を纏った刃の切っ先が、男の喉元へと突き付けられた。

 神が創り出した神剣、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)

 その継承者であるヴァレリア・エトワールが、姿を現していた。

 

「ここにいる連中は皆、自分がやったことを自覚している。

 その上で、罪を償おうとしているんだ。アンタこそ、他人に言えた義理じゃないね」

「くっ……」

「観念しな。アンタたちは、ここまでだ」


 ミスリアの騎士団を束ねる女傑の言葉を前にして、男は何も言い返せない。

 これまで甘い汁を啜ってきたツケを払う時が来たと悟ったのか、がっくりと項垂れた。


 ……*


 非人道的な行いをする貴族達は、憲兵へと引き渡された。

 今後、彼らには地位や権利の剥奪が待ち受けているだろう。

 

 それを知る事で、溜飲が下がる者も居るだろう。けれど、癒える事の無い傷を負った者もいるはずだ。

 ただひとつ言える事は、悍ましく歪んだ世界がひとつ減った。これだけは、確かだった。

 

「ヴァレリア、先ほどはすまない。それと、ありがとう」

「事実を述べたまでですよ」

「それでもだ。君の言葉に、僕たちは救われている」

 

 喧騒の時間が去り、アルマはヴァレリアへ礼を述べる。

 貴族から向けられた敵意に何も言い返せなかった。罵倒を受けるだけの行いをしたと自覚している。

 相手が誰であろうとも、受け止めなくてはいけない。アルマはそう、己に言い聞かせていた。


 そんな彼と仲間の心を、ヴァレリアは救ってくれた。

 祖国を護る為ただひたすらに邁進し続けた騎士団長の言葉は、なんと頼もしい事か。

 

「お互い様です。恥ずかしい話、アルマ様たちの情報がなければ今もアイツらの行いが明るみに出ることは無かったでしょうから」

「そうだね。ビルフレストが僕に見せなければ、これから先も見つけられなかったかもしれない」

「アルマ様……」


 ヴァレリアは遠くを見るように、目尻を下げる。

 ミスリアを、世界に混乱を招いた男。ビルフレスト・エステレラ。

 彼は悪意を糧に創り出した人造の神、邪神の力を以て世界を破壊しようとした。


 その金が御旗として選んだのが、ミスリア第一王子であるアルマだった。

 指導係だったビルフレストは、ミスリアの裏側で行われている醜い世界を幼いアルマへと見せつけた。


 この醜い貴族達は、彼がアルマへ見せつけた醜い世界の一端。

 世界再生の民(リヴェルト)とは無関係の、ミスリアが生みだしていた歪みそのものだった。

 

 父の作った国は間違っていたのか。純粋だった少年の心に亀裂が入る。

 ビルフレストはその隙間から潜り込み、自らの悪意を掏り込む事でアルマを意のままに操ろうとした。

 

(ビルフレストの奴は、知っていて放置していたってわけだ)


 彼の情報網に感服すると同時に、歯痒くも思う。

 きっとビルフレストは、腐った貴族達を知っていて放置していた。

 或いは、得意の甘言で協力をしていたかもしれない。ずっと、ずっと昔から。

 

 それでも、彼がこの悪意に満ちた存在を世界再生の民(リヴェルト)へ取り込もうとはしなかった。

 理由はいくつか考えられる。

 

 アルマにとって判り易い敵を映し出す為。

 私腹を肥やす事しか考えない、浅慮な人間では情報が漏れ出るかもしれない。

 特に後者は、邪神が露見する切っ掛けとなったマーカスの行動を鑑みれば明らかだろう。

 もしも彼らが行動を起こすまで隠し通せていたら。そう考えると、気が気でない。


「ヴァレリア?」

「え? あ、ああ。すみません、考えごとを」


 眉間に皺を寄せたまま微動だにしないヴァレリアを、アルマが訝しむ。

 彼の言葉で我に返ったヴァレリアは、苦笑いを浮かべた。

 

 護るべき主君である国王。そして、大切な二人の妹。

 世界再生の民(リヴェルト)との戦いで、ヴァレリアも大切なものをたくさん失った。


 今でも、救えたのではないか考える事がある。

 だからこそ彼女は、悪意を生み出す者が許せなかった。

 

 一人でも多く。悪意に晒されようとする者から護れるように。

 祈りを捧げながら、彼女は今日も守護の神剣を振るっている。


「それより、アルマ様はその魔剣を使い続けているのですね」

「……ああ」

 

 ヴァレリアが黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を振るうように。

 アルマもまた、世界再生の民(リヴェルト)との戦いで手に入れた剣を振るい続けていた。

 

 連鎖するように爆発を引き起こす魔剣。炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガー

 『強欲』の適合者であるアルジェントから奪取し、そのままアルマの力となった剣。


「この剣は、アルジェントのものだから。譲り受けたわけではないけれど、持っておきたいんだ」


 炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガーを握り締め、アルマは沈痛な面持ちを見せる。

 厳密に言えば、この魔剣はアルジェントが持っていた物とは言い難い。

 

 彼との戦いで刀身は完全に砕けてしまい、魔硬金属(オリハルコン)の刃へと入れ替わっている。

 そこへ小人族(ドワーフ)の王であるギルレッグの手により、炸裂の魔剣エクスプロード・ブリンガーの魔石が移植された。

 

 職人の技術によって生み出された、真作と呼ぶに相応しい魔剣。

 それでもやはり、アルマにとってはアルジェントを思い起こされる鍵である事に間違いは無かった。


 最後は敵として向かい合い、アルマ自身が彼の命を奪った。

 それでも。アルマにとっては初めて出来た友人だった。

 だから、友の為に何かをしてあげたい。アルマは自然と、そう考えるようになっていた。

 

「アルジェントは望んではいないだろうけど。

 奪ってばかりだった彼が、この魔剣を通して少しでも人を救えたら。

 僕だけなく彼の『罪』も償えるんじゃないか。僕はそう、思っている」

「……立派ですよ、アルマ様」


 ヴァレリアは見守るような優しい眼差しを送る。

 心なしか、アルマの表情が大人びたものに見えた。

 今後、彼には険しい運命が待ち受けているだろう。

 それでも、きっと彼はもう道を間違えたりはしない。確かにそう、感じていた。


(父上。アルジェント……)

 

 父親と、友人。彼に後悔を齎した、ふたつの命。

 アルマは彼らの事を、そして抱いた感情を決して忘れたりはしないだろう。

 自分という存在を確立させる、最も大きな感情として。

 

(サーニャ。僕は僕なりに出来ることをやっているよ)

 

 そして、その感情を教えてくれた愛すべき女性(ひと)

 サーニャ・カーマインと、再会する日を夢見ている。

 

 これは、アルマにとっての誓い。

 『罪』を償い、奪った命と堂々と向き合う為に。

 愛する者と、胸を張って生きられるように。


 醜い世界を断ち、少しでも美しい世界を求めて。

 少年は今日も贖罪の刃を振り続けている。

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