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その魔女に祝福を アフターストーリー  作者: 晴海翼
雫は泉へと混ざりゆく
6/27

ex.呑めない二人

「えと、その……。お酒、飲まない?」


 フェリーはもじもじと遠慮がちに、グラスへ果実酒を注いでいく。

 波打つ紅玉(ルビー)のように紅い液体を見下ろしながら、シンは口を噤んでいた。


 時刻は夜。フェリーは、シンの部屋を訪れていた。

 妖精族(エルフ)謹製の、果実酒のボトルを抱えて。


 二人きりで、酒を手にする。

 今まで一度も無かったシチュエーションに、フェリーも息を呑む。


(みんな、ゴーインすぎるよ……)


 シンもフェリーも、普段は一切酒を口にしない。

 にも関わらず、どうしてこの状況が生まれてしまったのか。

 理由を説明する為には、少し時間を遡らなくてはならない。


 ……*


「この度は、本当に! たいっへん! お世話になりました!」


 すっかりと片付き広々とした屋敷で、オリヴィアは深々と頭を下げる。

 逸れかけていた恋路の軌道修正が完了した事を感謝し、皆に感謝の意を示していた。

 

 と言っても、今回集められたのは女性陣のみ。

 要は帰郷が迫る中、女子会を開いて騒ぎたいというのが本心でもあった。

 今回の件に直接関わっていないイリシャ達まで呼んでいる事からも、その節が窺える。


「私はただ、オリヴィアには幸せになって欲しいだけですよ」

「ええ。アメリアの言う通りよ。改めて感謝するほどのことではないわ」


 アメリアとフローラは、肩を竦めて見せた。

 普段と同じ。いや、それ以上に楽しそうなオリヴィアを見て自然と頬が緩む。


「いやいや。お姉さまとフローラさまには、いつも助けて頂いています」


 オリヴィアはペコペコとへりくだるようにしながら、グラスへ果実酒を注いでいく。

 所作とは裏腹に、笑顔が絶えないのは彼女が幸せである証拠なのだろう。


「ほら、サーニャもどうぞどうぞ。

 ベルさんやリタさんから聞いてますよ。サーニャが、ストルにお願いしてくれたことは」

「オリヴィアお嬢様には、借りがありますから」


 サーニャは躊躇いながらも、促されるままにグラスを差し出す。

 普段とは逆の立場となってしまい、なんだかむず痒い。


「サーニャも。ミスリアへ戻ることがあったら、教えてくださいね。

 お仕事を探すのなら、フォスター家に仕えてくれてもいいですよ」

「それは……」


 いくら何でも甘えすぎだと、サーニャはたじろぐ。

 何より裏切った身としては、フォスター家に顔を出しづらい。

 アメリアやオリヴィアを慕う者達から恨まれても仕方のない事をしているのだから。


「オリヴィアの言う通りです。皆さんには、もう心配要らないと伝えておきますから。

 私たちは、サーニャと疎遠になる方が余程辛いですよ」

「アメリアお嬢様……」


 己の目頭が熱くなり、サーニャは思わず顔を伏せる。

 この姉妹はどうしてここまで、甘いのだろう。

 だけどそんな彼女達だからこそ、自分はフォスター家での暮らしと良いものだと感じていたのだと思い出していた。


「まあ、これから大変だろうけど頑張れよ」


 ケタケタと笑いながら、マレットはオリヴィアのグラスへ果実酒を注いでいく。

 解決しないといけない問題は山積みだが、ストルもオリヴィアも根性がある。

 心配無用だと、彼女も信じていた。


「はい! わたしだけの問題じゃないって、みなさんに教えてもらいましたから!

 これからひとつずつ、不安を取り除いていきますよ!」


 その信頼に応えるかの如く、オリヴィアは満面の笑みを浮かべる。

 注がれた果実酒を飲み干すと、周囲から拍手が舞い上がった。


 ……*


 そこから先は、オリヴィアの独壇場だった。

 いつものように酔いが回った彼女は、ふらふらと頭を揺らす。

 そんな中でも笑顔を絶やさず、ただひたすらに惚気ている。


「ミスリアについらられすね、案内するろこもきめれるんですよ。

 わらしの研究所でそ。あと、錬金術師のろこにれすね~……」


 短時間で何度も何度も、頭の中で綿密に予定を計画していく。

 まずは人間の。完結していない魔術を沢山見てもらおう。

 その後は、高純度の魔術金属(ミスリル)の製造過程だ。

 ミスリア独自の錬金術を扱うからこそ、彼もきっと喜んでくれるに違いない。


「それ、殆ど研究所(いま)とやってること変わんないじゃねえか」


 やや呆れながらも、魔術金属(ミスリル)の製造にはマレットも興味を示していた。

 いつかギルレッグを連れて、遊びに行こうと心に誓う。


「オリヴィアは本当に魔術が好きですからね」

「はい、らいすきですよー!」


 隣でアメリアが、くすくすと笑みを溢す。

 高々と手を掲げるオリヴィアの姿は、まるで子供のようだった。

 

「魔術の研鑽も結構ですけど、ちゃんと恋人らしいこともするのよ。

 そうじゃないと、今までと何も変わらないって不安に思うかもしれないわ」

「ふっふっふ。らいじょーぶれす!」


 ただ、それはそれとして。ミスリアまで来てくれるのだから、気持ちを蔑ろにしてはいけない。

 そう窘めるフローラだったが、オリヴィアは得意げだ。


「もうちゅーは済ませれますから!」


 その瞬間。部屋中に衝撃が走る。


「え、ええ!?」「本当ですか!?」

「ほう」「案外、やりますねぇ」

「あらあら」

 

 周囲の反応は様々だ。

 盛り上がって顔を覆い隠す者。感心したように頷く者。過去を思い出し、羨ましそうにする者。

 そして、状況を事細かく問い質そうとする者が二人。


「オ、オリヴィアちゃん! いくらなんでも、早くない!?」

「勢いで、しちゃいました! 人間の一生は、短いれすから!」


 妖精族(エルフ)の女王。リタ・レナータ・アルヴィオラはその一人だ。

 彼女はまだいい。問いの内容から、まだ探られる段階では無かったのだから。


 問題はもう一人の少女。フェリー・ハートニア。

 彼女の繰り出す質問がこの女子会の流れを左右する事になるとは、まだ誰も想像していなかった。

 

「ね、ね。どんな感じなの?」


 後学の為にと、興味津々で身を乗り出すフェリー。

 彼女の高いテンションとは裏腹に、周囲の空気は静まり返っていた。


「え……」


 舞い上がっていたオリヴィアでさえも、言葉を失う。

 あまりの衝撃に、酔いが醒めてしまう程だ。

 

 戦いが終わって、フェリーは不老不死ではなくなった。

 つまり、シンとの仲を進展させるにあたって障害はない。

 

 いくら妖精族(エルフ)の里で身支度を整えていようとも、時間はいくらでもあったはず。

 なのに、進んでいない。その事実が、突き付けられていた。


「あの、それって……」

「やめとけ、オリヴィア。シンに、そんな甲斐性はない。

 アイツのことだ。大方、カランコエに帰るまではとか考えてそうだ」

「考えてそうねえ……」


 吐き出そうとした言葉を、マレットが制止する。

 シンとは腐れ縁だ。悩んでる時も、自分がよく話を聞いていた。

 だからこそ知っている。あの唐変木は無駄に真面目だという事を。


 そして、イリシャもまたマレットに同意をしていた。

 シンはフェリーが大切すぎるからこそ、何も進展していないだろうと。


「あんな、人前で! あっつい抱擁をしてたのにですか!?」

「やっ、ちょっ、ちょっと! 改めて言われると恥ずかしいから!」


 三日月島で、過去から帰還したシンは戻るなりフェリーを抱きしめていた。

 だからこそ障害がなくなった今、進展しているものだと思い込んでいた。

 あれは、彼にしては珍しくフェリーへの愛情が抑えきれなくなっていたのだろう。

 

「ベルさん。これはもしや、由々しき事態なのでは?」

「まあ、心配はしてねえけど。ただ、揶揄うのはアリだと思ってる」

「ほう……。ベルさんもワルですねぇ」


 オリヴィアは身を屈め、マレットへコソコソと話を始める。

 マレットは彼女ほど心配していないものの、二人に対して誰よりもじれったいと感じているのは事実だった。


「それで、オリヴィアちゃん――」

「フェリーさん! それは、ご自身で確かめた方がよろしいかと!」

「え、ええ!?」


 おずおずと答えを求めるフェリー。

 しかし、オリヴィアは説明を拒否する。


 習うより慣れろ。

 この瞬間から、シンとフェリーを進展させる為の策が開始されようとしていた。


 ……*


 元々多くはない私物が、日に日に減っていく。

 故郷へ戻る前に、寄らなくては行けない場所がある。

 そう荷物は多くできないなと、シンが分別をしていたその時だった。


 大量の足音が床を軋ませる。

 次の瞬間には、乱雑に開けられた扉から一人の少女が部屋の中へと放り込まれていた。

 

「フェリー?」

「え、えと。こんばんは……」


 金色の髪を揺らしながら、はにかむ少女。

 言うまでもなく、放り込まれた少女はフェリーだった。

 その腕には、果実酒のボトルが抱きしめられている。

 

「シン! オリヴィアが呑み過ぎて吐いちまってな!

 後片付けが大変なんだ! とりあえず、フェリーを預かっといてくれ!」

「ごめんね、シンくん! 果実酒、もう栓開けちゃったから!

 フェリーちゃんと二人で飲んでて!」

「あ、おい」


 用意された台詞のように、妙に早口で状況を説明していくマレット。

 その下からリタが顔を覗かせながら、求めていない情報を補足していく。

 詳しい状況を訊かせて欲しいと願う彼をよそに、扉は勢いよく閉じられてしまった。


「シン……」

 

 部屋の中に取り残されたフェリーが、困った顔をしながら見上げる。

 彼女は果実酒のボトルを見せながら、こう言った。

 

「えと、その……。お酒、飲まない?」


 ……*


(なんなんだ……)


 注がれていく果実酒を前にして、シンは困惑をしていた。

 状況が理解できないままに、果実酒の豊満な香りが鼻腔を擽る。


(こんなのでうまくいくのかなぁ)


 一方、フェリーもマレットとオリヴィアの主導で作られたこの状況に困惑をしていた。

 確かに端から見れば、自分はまだシンとの仲を進展させていない。

 だが、気持ち的にはこれ以上ないほど進展していると自負している。

 ただちょっと、それ以外の事。自分の知らない事を訪ねただけで、この有様だった。


 マレットとオリヴィアが企てた作戦はこうだ。

 一緒に酒を呑む。フェリーがいい感じに酔う。そのままいい感じに甘えて、唇を重ねる。

 大雑把にも程がある。にも関わらず、この策が通ったのは自分の行いが影響している。


 以前、妖精族(エルフ)の里で酒を呑んだ際に気持ちよくなって、シンに甘えてしまった過去。

 まだ彼への気持ちに蓋をしていたにも関わらず、溢れ出てしまったあの瞬間をしっかりリタが覚えていた。

 恥ずかしい過去を持ち出された時は、少しだけリタを恨んだりもした。

 

 それでも。

 完全に拒否をしなかったのは、やはり自分の中で憧れがあったのだろう。

 20年弱も想いを寄せていたのだから無理もない。そう考えると今日は、千載一遇の好機なのかもしれない。


「たまにはちょっとだけ……。飲も?」


 囃し立てられているからか、自らの願いからか。

 フェリーは上目遣いで、シンの顔を見上げていた。


「いや、俺は――」

「ダメ?」

 

 シンが断ろうとすると、フェリーが眉を下げる。

 しばらく悩み抜いた後に、彼はグラスを手に取った。


「少しだけ、だぞ」

「うん!」


 あまり気乗りしないながらも、二人はグラスへ口をつけていく。

 

 ……*


(……酔えない)


 ちびちびと果実酒を口へ含みながら、フェリーは困っていた。

 前はもっと早くに酒が回っていたはずだが、緊張のせいかまるで酔えない。

 以前酔った時のように甘えるなんて、素面では出来そうにない。

 シンはどうだろうかと顔を上げると、彼は彼のペースで酒を喉の奥へと流し込んでいた。


「結構、美味しいんだな」

「う、うん。そうだよね!」

 

 感心するように空になったグラスを眺めるシンに、フェリーは勢いよく首肯した。

 酔えはしないが、自分も同じ感想を抱いていた。気持ちが重なったようで、嬉しく思う。


(そっか。初めてシンとお酒を呑むんだもん。

 それだけで、十分楽しいよね)


 同時に、フェリーはこの状況を楽しむ事にした。

 自分達には自分達のペースがある。焦る必要はないのだと。


「まだまだあるから、一緒に呑もうね!」

「あ、ああ」


 フェリーは空になったグラスへ、果実酒を注ぐ。

 シンは少し逡巡しながらも、ゆっくりと波打つグラスに口をつけていく。


(あ、なんかふわふわしてきたかも……)

 

 三十分ぐらい経った頃。

 緊張の解けたフェリーに酔いが回り始めた頃に、事は起きた。


「う?」


 シンの肩へ頭を乗せようとした瞬間。

 反対に、シンの身体がフェリーへと覆い被さる。

 突然の事に支えきれず、二人はそのまま床へと崩れ込んだ。


「シ、シン……?」


 彼の体重全てが圧し掛かり、密着する身体。心臓の鼓動が早くなる。


(も、もしかして……)


 あの大雑把な作戦が、上手く行ってしまうのだろうか。

 でも、そうでもなければシンが自分を押し倒すような状況など考えられない。


(どどど、どうしよ!? こ、心の準備が!)


 あまりの出来事に、酔いが一瞬にして醒めてしまう。

 焦りを感じると同時に、心臓の鼓動が早まっていく。

 嫌ではない。決して嫌ではない。けれど、やっぱり勇気は必要だ。

 

 でも、やっぱり大切だから。

 フェリーは意を決して、顔をシンの方へと向ける。


「…………あれ?」


 しかし、彼女の瞳に映し出されたのは両目を閉じたシンの姿。

 耳を澄ませば、規則正しい寝息が聞こえてくる。


「寝ちゃって、る?」


 フェリーは知らなかった。シンが酒に弱い事を。

 そして、酒が入ると寝てしまう事を。

 マレット達の企みは、元々成功する見込みが無かったのだ。


「むぅ……」


 残念だと思う反面、フェリーの心は妙に落ち着いていた。

 今回の策はムードもへったくれもない。シンだって、覚えていないかもしれない。

 それはなんだか悲しい。


 だから、その日が来るのを気長に待つ事にした。

 大丈夫。いくらでも機会はある。

 これからずっと、二人で同じ時間を過ごしていくのだから。


 一方で、自分の想いだけは示しておきたい欲求に駆られる。

 もしかすると、まだ酔っているのかもしれない。

 それならそれで、構わない。こんな機会が早々訪れないのも、事実なのだから。


「シン、ありがと」


 精一杯の感謝と愛情を込めて、シンの頬へ軽く唇を触れさせる。

 変わらず寝息を立てる彼の姿に、フェリーは愛おしく感じていた。

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