ex.ビルフレスト・エステレラという男
とある日の事である。
シン・キーランドは魔術大国へと訪れていた。
初めは知人に挨拶をして、家族と共に観光でもしよう。
きっと幼い娘にはいい刺激になるだろう。
……などと、考えていたのだが。
「ちょっと、ダンナ借りるぞ」
突如、引かれる腕。
困惑するフェリーをよそに、シンは家族から引きはがされる事となった。
……*
「……で、どうしたんだ?」
「そう怖い顔すんなって」
「怒らせるのは当然だと思いますけど……」
昔を彷彿とさせる仏頂面のシンへ次々と言葉が並べられる。
尤も、人によって声色は様々だ。
「すみません。シンさん」
「すまない、シン・キーランド」
家族団欒に水を差してしまい、申し訳なさそうに頭を下げるアメリア。
眉間に皺を寄せ、苦笑いを浮かべているテランなんかはまだいい。
「いやぁ、悪いな」
「久しぶりに会ったんだ、少し時間をくれ」
「うむ!」
あっけらかんと豪快な笑みを浮かべているヴァレリアとイルシオン。
彼女に追従をし、腕を組んで大きく頷くライラス。
この三人は言葉とは裏腹に悪いと思っている様子は一切見受けられない。
何を隠そう。シンの身柄を確保した顔ぶれは、ミスリアの五大貴族だった。
だからこそシンやフェリーも強い抵抗は示さなかった。いや、示せなかった。
五人が揃って呼び出すなんてそうは起きない。
何か重大な事件でも起きたのではないかと、可能性を探ってしまうからだ。
けれど、この様子では何も起きていないだろう。
多少強引でも振りほどくべきだったかと、シンはほんの僅かだが後悔をした。
「フェリーさんとアンちゃんのことでしたら、オリヴィアが傍についていますので……」
恐らくアメリアは、心配無用だと伝えたいのだろう。
けれど、少しズレていると思わざるを得ない。
本来ならオリヴィアの場所に自分が立っていて、家族で楽しんでいたはずなのだから。
言っても気を遣わせるだけなので口を噤んだが。
「呼び出したのは他でもない。ビルフレストのことだ」
「……どういう意味だ?」
ヴァレリアの言葉に、シンの声が一段階低くなる。
ビルフレスト・エステレラがどうしたというのか。
仮に残党が活動を始めたとでも言うのであれば、放ってはおけない。
「あ、いえ。シンさんが心配しているようなことではないんです」
脳内で様々な可能性を巡らせるシンを落ち着かせるように、アメリアが告げた。
ならばどうしてビルフレストの名が出るのかと、シンは訝しむ。
「君から見て、ビルフレスト・エステレラはどういう男だったのかを訊きたいんだ」
「付き合いはそっちの方が長いだろう? なんでまた」
シンからすれば当然の疑問だった。
自分がビルフレスト・エステレラと邂逅したのは全て戦場だ。
接した時間はそう多くない。自分を取り囲む五人の方がよほど言葉を交わしただろうに。
「その付き合いで本心のひとつでも話していれば、訊いたりしてないよ」
「ヴァレリア嬢の言う通りだ」
中でも付き合いの長いヴァレリアとライラスが、大きく息を吐いた。
かつて部下だったテランへ視線を動かすが、彼もまた首を左右に振る。
「ヤツは悪意を以て、この世界を破壊しようとした。それは揺るがない事実だ。
オレたちが知りたいのは、どうして今を選んだのかということなんだ」
質問の意図をイルシオンがかみ砕く。
約500年前。世界を震撼させた魔王の末裔であるビルフレスト・エステレラ。
その母であるファニルの姿が若々しかったという一点が、そもそもの疑問の始まりだという。
「勿論、世代を重ねるごとに魔族の血は薄れていたでしょう。
それにより寿命は私たち人間とそう変わらないかもしれません。
けれど、そうでないなら。どうしてビルフレストさんは、今に行動を起こしたのでしょうか」
仮に人間としての血が濃くなりすぎたというのであれば、何ら不思議ではない。
ビルフレストもファニルも、もうこの世にはいない。寿命なんて判り様がないのだから。
けれど、あのビルフレスト・エステレラがそんな理由で行動を開始するだろうか。
その意見だけは、五人の中で一致していた。
「例えばアルマ様が王になってからでも、遅くはなかっただろう。
それなのにアイツはそれを選ばなかった。何を考えてるのか、よく解らないんだよ」
頬杖を突きながら、ヴァレリアが毒づく。
なんでもいいから納得させてくれという圧がそこはかとなく感じられた。
「シン・キーランド。お前は唯一、ビルフレストの真意を引き出した。
だからこそ、オレたちとは違って結論が出せるんじゃないかと思ってるんだ」
イルシオンが指している、空白の島での出来事だろう。
あの男は、確かにあの場で自らの正体を明かした。
アルマを切り捨て、もう隠すような状況でもないとも受け取れるのだが、五大貴族はそう思ってはいない。
何者でもないはずの存在。シン・キーランドを特別視していたと考えていた。
そうとまで言われれば、流石に知らぬ存ぜぬで終わらせるのも気が引ける。
可愛い妻と娘はきっとミスリア観光を楽しんでいるだろう。
追いつけそうにないのであれば、できる限り彼らの希望に寄り添おうとシンは決めた。
「……あくまで、俺の想像だが」
そう前置きをした上でシンが語り始めると、一斉に耳が傾けられる。
皆が皆、続く言葉を待っているようだ。
「きっとビルフレスト・エステレラは焦っていたんだと思う」
続く言葉は、五大貴族にとっては意外なものだった。
やはり寿命に帰結する話なのかとアメリアが問うものの、シンは首を横に振る。
「自分以外の色んな要素に対してだ。
成長したアルマが我に返るかもしれない。真っ当な手段を採るかも知れない。
そうすると、世界を破壊したいアイツの望まない方向に進んでいただろう」
「まあ、確かに……」
アルマがまだ子供の内ならば、自分の裁量で動かしやすい。
彼はミスリアに蔓延る闇を解消したい。その為に一度破壊するように促していたのだ。
大人になり、別の手段を選ぶというのなら否定するにも骨が折れるだろう。
「だが、ビルフレストもここまで早く動く予定ははなかったはずだ。
色んな不確定要素が起きた結果、このタイミングになっただけだと思う」
「と、言いますと?」
だが、シンの見解はそれだけではなかった。
子供であるうちが最適解だとしても、時期尚早だと彼は告げる。
「そのうちのひとつは、皆の存在だと思う。
例えばアメリアやオリヴィアが第三王女派から第一王子派に鞍替えすることはありえないだろう」
「ええ、それはもちろん」
「だったら、蒼龍王の神剣の存在は脅威だろう。
オリヴィアだって、様々な魔術を開発していたかもしれない」
続けてシンはイルシオンへと視線を向ける。
「イルシオンだってそうだ。第一王子派だとしても、ビルフレストの思想とは合わなかっただろう。
それなら、同じように紅龍王の神剣を使いこなす前に決着をつけたいと思うはずだ」
そして彼には、クレシアが傍についている。
彼女の卓越した魔力操作を活用していた事を鑑みるに、かなり警戒をしていたに違いない。
「いずれ敵対する勢力の成長速度が読み切れなかった。だから勝負を急いだ。
まあ、ピアリーの一件で計画を前倒しにせざるを得なかったんだろう」
「それは……」
アメリアが思わず声を漏らす。
彼女だけではなく、シンやフェリーにとっても忘れられない事件。
小さな村で起きた一件により、ビルフレストの計画に存在しなかったシンとフェリーがこの戦いに関わりを持った。
そして彼が脅威を感じていたかもしれない一人。アメリア・フォスターが邪神の存在を認識したのだから。
あの一件がなければ、邪神はもっと完成度を高めていたかもしれない。
純白の子供も悪意に染まり、シンと邂逅する運命から逸れていたかもしれない。
「だから、アイツもギリギリだったかもしれない」
弱音を吐けない立場だったからこそ、強固な姿勢を崩す訳にもいかない。
改めて考えると、自分に似ている部分もある事を認識したシンが、苦虫を嚙み潰したような顔を浮かべた。
「じゃあなんだ?
アイツはアメリアやイルにビビってた上に、マーカスがやらかしたから焦ってたってことか?」
「……まあ、端的に言えば」
ヴァレリアの聊か乱暴すぎる要約に、シンは怪訝な顔を浮かべながらも肯定する。
「こりゃいい、傑作だ!」
刹那、ヴァレリアの大笑いする声が周囲に響き渡る。
追従するように、他の四人も笑みを浮かべていた。
今更、ビルフレストの本心は誰にも分らない。
けれど、五大貴族にとっては満足する答えだったようだ。
「いやあ、そういう答えになるとは思わなかった。
話を聞けてよかったよかった!」
よほど気に入る回答だったのだろう。
ヴァレリアは大笑いをしたまま、シンの背中を何度も叩く。
その瞬間だった。
勢いよく扉が開かれ、小さな少女が部屋へと駆け込んできたのは。
「パパ! たのしいおはなししてるの?」
少女は一目散へシンの元へと駆け寄り、目の前でぴょんぴょんと跳ねて見せる。
皆が笑っている様子につられたのか、彼女も目いっぱいの笑顔を浮かべている。
「アン。帰ってきたのか」
「う!」
シンが娘の頭を撫でると、アンは手をピンと伸ばして答える。
特段ぐずっている様子もなかったので、十分楽しんできたのだろう。
「あのね。アンね、おうまさんににんじんさんとりんごさんあげたんだよ!
そしたらね、おうまさんがパクってたべたんだよ! おうまさんね、おいしいってゆってたよ!」
「そっか。楽しかったか?」
「う!」
何があったのかを身振り手振りで教えてくれる娘の姿が愛おしく、シンは何度も頭を撫でる。
「ふふ。アンね、お馬さんにも乗せてもらったんだよね」
「う! オリヴィアちゃんにね、いっしょにのせてもらったの!」
「そっか。オリヴィア、ありがとう」
馬との触れ合いがよほど楽しかったのだろう。
追いついた母に促されると、アンはまた身振り手振りで何をしたか教えてくれる。
「いえいえ、これぐらいお安い御用ですよ。
アンちゃんは物怖じしないし、いい子でしたしね」
「う! アンね、いい子にしてた!」
アンが再び手をピンと伸ばす。
可愛らしい仕草に、皆の頬が自然と緩んでいた。
「こんどはパパもおうまさんにのろうね!」
「ああ、そうだな。今度はパパも一緒に行こうな」
「う!」
大好きなパパとの約束に、アンは満面の笑みを浮かべる。
その向こう側でばつが悪そうな顔を浮かべている五人の姿には気付いていない。
一方でただ二人。
少女との時間を楽しんだフェリーとオリヴィアだけが、その様子をくすくすと笑って眺めていた。




