30.まだ見ぬ運命の相手を求めて
雲ひとつない青空。生垣の隙間からは心地よい風が流れてくる。
こんな日は芝生の絨毯に腰を下ろして、紅茶を嗜むのも趣きがあって良いものだ。
そんなフローラの提案に賛成したオリヴィアは、彼女と共に方を並べていた。
普段の茶会とも違う、のんびりとした雰囲気が漂う。
一方で二人にとっては特段新鮮という訳でもない。少し前までは、何度も機会があったのだから。
アルフヘイムの森で自然に囲まれながら、老若男女どころか身分や種族も問わずに過ごした日々。
ミスリアから離れた負い目は多少なりともあったが、とても良い経験ができたと思う。
笑顔の絶えない空間は、フローラにとって理想する国のひとつと言って差し支えない。
「貴女たちも、一緒にいかがですか?」
フローラは肌が焼けないようにと日傘を差してくれる侍女へ、労う様に声をかける。
まずは身近なところから、少し垣根を下げようという想いの現れでもあった。
「いっ、いえ! そんな滅相もございません!」
「そうですか……」
しかし、侍女達は条件反射気味に断りを入れてしまう。
少し寂しく思ってしまうが、仕方がない。彼女達は彼女達で、今まで学んだもの。経験したものがあるのだ。
もしかすると他の臣下に見られた時の事を考えたのかもしれない。
妖精族の里のようにメリハリの利いた関係を作るのには、もう少し時間が必要かもしれない。
これから少しずつ。その敷居を低くすべく頑張っていこう。
そう奮起するフローラだったが、彼女は気付いていなかった。
敷居が高い状態なのは、身近な者でも変わりがないという事に。
「アメリアの件はどうするべきかしらね」
眉間に皺を寄せながら、ぽつりと呟く。
連日、持ち掛けられた縁談の書類に目を通してきたが、自分の御眼鏡に適う男性は見当たらなかった。
条件は「守れる」ではなく、「守れそう」だというのにそれでもさっぱりだ。
「私はアメリアを幸せにしたいだけなのに」
フローラの気持ちは純粋なる厚意から来るものだった。
時には姉のように。またある時には自分の剣でもあり、盾でもあった。
今、ここで紅茶を楽しんでいるのも彼女のおかげだ。
世界中の誰よりも彼女の幸せを願っているという自負があった。
だからこそ、自分は一生懸命に動いてた。間違っていないと思っていた。
「わたしもちょっと考えたんですけど」
しかし、同じく姉妹のように育ったオリヴィアの言葉によって状況は一変する。
「仮にフローラさまの御眼鏡に適う殿方がいたとして。
その人をお姉さまに紹介するんですよね?」
「ええ、もちろんよ」
どうしてそんな事を訊いているのかと、フローラは首を傾げる。
自分が吟味をしているのは、「この方ならば、きっとアメリアを幸せにしてくれる」という人間なのだ。
これだと思った人物が見つかれば、彼女に紹介をするのは当然だ。
「うーん……」
フローラの返答を経て、オリヴィアはどうしたものかと眉を下げる。
その様子がますます理解できず、フローラも困ってしまう。
「オリヴィア、どうかしたの? 貴女もアメリアの幸せを望んでいるでしょう?」
「ええ、それはもちろんです」
間髪入れずに、オリヴィアは頷く。
ここまで微妙な反応を見せていた彼女だったが、この一点に関しては迷いがない。
「だったら、どうして――」
だからこそ、フローラは悩む彼女の様子がますます理解の及ばない状況に陥っていた。
はっきりと理由を訊かなくてはいけないと、口を開いた瞬間。
失礼だと思いつつも、オリヴィアは主君の言葉を遮った。
「フローラさまがそこまで吟味して紹介した殿方に、お姉さまはノーを突き付けられますかね?」
少し申し訳なさそうにしているオリヴィアと、よく分からないと頭を悩ませるフローラ。
二人の間に沈黙が訪れた。
「……どういうこと?」
先に沈黙を破ったのはフローラだった。
自分からすれば、アメリアを幸せにできる人物を見つけたという証左ではないかと困惑する。
誠心誠意アメリアの幸せを願って、それを叶えようとしている。
ひとつの見方によれば、彼女は間違っていないのだろう。
けれど、オリヴィアの出した結論は違うものだった。
「勿論、お姉さまがそのまま気に入る可能性はあると思いますよ。
けれど、それより先にフローラさまが時間を削ってまで見つけた相手という事実の方が大切です。
お姉さまがフローラさまの気持ちを無碍にできる性格をしていると思いますか?」
オリヴィアは「何より、主君ですし」と続けかけたが、流石に口を噤んだ。
これは王女としてではなく、一個人として幸せを願ってくれていると知っているから。
ただ、姉自身はというと別だ。彼女は間違いなく、そこまで配慮するに違いない。
対するフローラは、オリヴィアの言葉にハッとする。
彼女の言う通り、アメリアは優しい。
人の厚意を無碍にできる性格ではない。むしろ気遣いが過ぎる。
自分が見つけた相手を押し付ける形になったとしても、気取らせてくれないだろう。
「私はなんということを……」
がっくりと肩を落とし、項垂れる。
危うく取り返しのつかない事をするところだったと、胸が締め付けられる。
「で、でも! 私はアメリアには幸せになって欲しくて!」
けれど、フローラがアメリアへ向けた想いは本物だった。
自分の手段が間違っていたとしても、彼女を幸せにする事を諦めたくはない。
「それはわたしも同じですよ。ですから、イチから考え直しましょう。
お姉さまが、自分の幸せを見つけられる状況を作る方法を」
「オリヴィア……」
にこやかな笑みを浮かべ、オリヴィアは手を差し出す。
フローラはゆっくりとその手を取り、空を見上げる。
視界に映る空はアメリアの髪や瞳と同じく、透き通った青が広がっていた。
(とはいったものの、どうしましょうかね)
主君が元気を取り戻していながら、オリヴィアは一人思考を張り巡らせる。
とりあえず、姉に断れない縁談が発生する状況は起きなくなった。これで変な気を遣う事もないだろう。
ただし、この件が解決した訳ではない。
(二人とも、根っこの部分は一緒ですからねえ……)
確認をするまでもなく、オリヴィアは確信している。
フローラがアメリアの幸せを願っているように、アメリアもフローラの幸せを願っているに違いないと。
その前提で自然に。というか、露骨ではない方法を提示する必要がある。
もっと言えば、二人ともこの国を非常に大切にしている。ミスリアの為になれば尚良い。
一石二鳥どころか、四鳥を狙わなくてはならないのだ。
(いや、ホントにどうしましょうか……)
結構な無理難題なのではないだろうかと、オリヴィアは頭を悩ませる。
自分は幸いにも、良き出会いがあった。
けれどそれは、アメリアやフローラがいてくれたからだ。
その恩に報いる必要があると、彼女は考えていた。
(世話の焼けるお姉さまたちですね)
クスリと笑みを浮かべ、ティーカップに口をつける。
彼女は気付いていなかった。自分もまた、根っこの部分で二人の姉と同じだという事に。
「オリヴィア! 妙案が浮かんだのですか!?」
「慌てないでくださいって。今、考えていますから」
彼女の笑みを視界に捉えたフローラが、食い気味に問い詰める。
その様子もどこか愛くるしくて、オリヴィアはもう一度笑みを浮かべた。
……*
数日後。
アメリア・フォスターは王宮に呼び出されていた。
呼び出し人はもちろん、ミスリア第三王女 フローラだ。
呼び出された心当たりがないと言えば嘘になる。
フローラが血眼になって探してくれていた縁談の話だ。
どちらかと言えば主君に自分の縁談を探させていたという事実に気が引けるのだが。
尤も。申し訳なさが勝るというだけで、縁談自体もあまり気乗りしない。
とはいえ、主君の厚意を無碍にできないというジレンマに陥っていた。
オリヴィアが懸念していた状況そのものである。
一方で、相当気を遣わせているという自覚もあった。
自分の恋心を応援してくれていたというのも、嬉しかった。
だから適当にはぐらかすという選択は取れない。性格上、選ぶ事もないのだが。
「失礼します」
アメリアは意を決して、フローラの待つ部屋へと入る。
扉の向こうにいた主君は凛とした佇まいで、自分を待ちかねていた様子だった。
「おはよう、アメリア」
「おはようございます。フローラ様」
簡単に挨拶を交わすと、席に着くよう促される。
いつものように紅茶が注がれる気配はない。真面目な話なのだと察するには、十分すぎる情報だった。
「今日、貴女を呼んだのは他でもないわ」
「……はい」
真っすぐ向けられた視線を受け止める。
彼女の真面目さが伝わる所作にいつもの安心感を覚えながら、フローラは口を開いた。
「オリヴィアには、私の護衛を外れてもらいました。
今後の護衛任務は、しばらくアメリア一人にお願いしたいの」
「……はい?」
思ってもなかった言葉に、アメリアが眉を顰める。
「あの、オリヴィアが何か……?」
恐る恐る尋ねるアメリアだが、今朝も妹とは会ったばかりだ。
ストルと仲睦まじい様子は幸せそうだった。
護衛の任を外されて落ち込んでいる様子は微塵も感じさせていない。
フローラはというと、アメリアの反応は想定内だったのだろう。
安心させるように、彼女の問いに答える。
「心配しないで。これもミスリアのためなの。
妖精族の里に居るマレット様と共同で研究をしていくでしょう?
指揮をオリヴィアに取ってもらうから、そのための人事よ」
「研究はストル様にも協力をしてもらえる手筈となっているの」とフローラは続けた。
その言葉を受けて、アメリアはホッと胸を撫でおろす。
「なるほど。そういうことでしたら、喜んでお受けいたします」
「ええ、お願いね」
転移魔術を生み出した実績からも、これまでの繋がりからも彼女達以上の適任者はいない。
オリヴィア自身、妖精族の里で研究をしている間はここその底から楽しんでいた。
その日々が再び訪れるというのであれば、応援をしたい。
「……ここからは護衛が絡む話なのだけれど。
先の戦いで、私たちは多くの国家と協力関係を結んだわ。
人間だけではなく、他の種族とも」
「はい」
フローラの言う通り。世界再生の民はミスリアで生み出された悪意が伝播したものだ。
結果として、多くの国を危険に晒した。その悪意を祓う為にまた、多くの国が力を貸してくれた。
彼らには感謝をしてもしきれない。
「だから、私達は彼らに誠意を見せる必要があると思う。
自分達の足で訪問して、友好関係をより強固にしていく。
そのために私は世界中を回るつもり」
フローラの言わんとしている事を、アメリアは理解した。
護衛として、自分と一緒に世界中を回って欲しい。彼女はそう伝えたいのだろう。
「私はどこまでも、お供しますよ」
転移魔術が生み出されたとはいえ、場所は限られている。
思ったよりも多くの苦難が待ち構えているだろう。
それでも、彼女は自分を選んでくれたのだ。光栄以外の言葉が、アメリアには思い浮かばなかった。
「ありがとう、アメリア」
快く答えてくれるアメリアに、フローラは感謝の言葉を返す。
もうひとつの意図を悟られていない事には、内心安堵していた。
これがオリヴィアの考えた、二人が幸せを見つける為の案でもある。
姉の初恋。シン・キーランドとの出会いは偶然だった。
王宮で同じ日々を繰り返していたのでは偶然なんて早々起きない。
ならば、少しでも多く機会を増やそう。そしていつか、再び自然に恋が芽生えるのを待とう。
オリヴィアはフローラへ、そう提案をしたのだ。彼女も、快く賛同をした。
けれど、フローラは知らない。
その機会はアメリアだけではなく、フローラにも向けられている事を。
これはオリヴィアなりの優しさでもあった。
二人の姉が、幸せを見つける為の。
アメリアとフローラの恋路は、これから始まる。
その先にある答えは、まだ誰も知らなかった。




