28.英雄に相応しいお相手は
「はぁ……」
深く肩を落とし、深く溜め息を漏らすひとりの美女。
物憂げな様子すらも絵になると言ったら、彼女はどう反応するだろうかと考えてしまう。
好奇心に抗う事は出来ず、ヴァレリア・エトワールはそっと忍び寄りその肩を叩いた。
「アメリア、何を黄昏てるんだ?」
「ヴァ、ヴァレリアさんっ!?」
件の美女、アメリア・フォスターの身が飛び上がる。
いたずら心がなかったといえば嘘になるが、思いもよらない良い反応にヴァレリアが逆に驚いてしまう。
「わ、悪いな……」
「い、いえ。私の方こそ、お恥ずかしいところを……」
アメリアは口元を手で覆い、表情を悟られぬように顔を逸らす。
普段はあまりお目にかかれない照れた様子は可愛らしい。
もしも今の彼女をミスリアの男連中が見ればイチコロだろうなと、ヴァレリアはぼんやりと思い浮かべていた。
そうでなくとも、アメリア・フォスターという人間は非常に人気者だ。
凛とした佇まいはもちろんの事、柔誰とでも分け隔てなく接するらかな物腰。
おまけに魔術の扱いも剣の扱いも超一流と来た。
ミスリアを邪神の危機から救った英雄を問えば、真っ先に彼女の名が挙がるだろう。
皆が彼女に羨望の眼差しを送っている。それはヴァレリアとて例外ではなかった。
アメリアの事は幼少期から知っている。生まれ持った才能に胡坐をかくことなく、日々研鑽を積んでいた。
きっと、それもひとつの才能なのだろうと言える程に。
そんな彼女が溜め息を吐いていたのだ。心配にもなる。
好奇心が大きな比重を締めているのは否定しないが、このまま放っても置けない。
意を決して、ヴァレリアは訊いた。
「で、何をそんなに落ち込んでいたんだ?」
ヴァレリアはそっと、アメリアの横に腰を下ろす。
まだ頭ひとつ分自分の方が高いが、話しやすくなっただろう。
視線を交わすと、なんでも来いと言わんばかりに大きく頷いて見せた。
「ええと、落ち込んでいたわけでは……」
「違うのか?」
アメリアは相変わらず眉を下げている。
落ち込んでいると思っていたのだが、どちらかというと困惑に近いのかもしれない。
「……ん?」
ヴァレリアが訊き方を間違えただろうか。などと考えていると、アメリアが自分の顔をじっと見つめている事に気が付いた。
碧い瞳はまるで硝子細工のように美しく、引き込まれてしまう。
尤も、アメリアにそのような意図がないのは明白だった。
視線が交差するのではなく、どこか顔色を窺っているような様子が見て取れたからだ。
もしくは、話すに値するのか品定めをしているのかもしれない。
「アメリア。アタシは別に誰かに言ったりはしないぞ」
これでも口は堅い方だと、己の胸を叩くヴァレリア。
決して短い付き合いではない。信じてくれるだろうという自信も持っていた。
「はい。その点は全く疑っていないのですが」
「あ、そうだったのか」
当然のように頷くアメリアに、ヴァレリアは拍子抜けしてしまう。
ならば、何を戸惑っているのかわからない。
首を傾げるヴァレリアを見つつ、アメリアは逡巡しながら口を開いた。
「あのですね。フローラ様が縁談の話をいくつも断っていまして――」
「なるほどな」
そこで漸く、アメリアの躊躇いに合点がいった。
実家から同じように縁談の話を持ち掛けられ続けている自分に気を遣っていたのだ。
本音を言うと大きなお世話なのだが、母の気持ちを考えると無碍にも出来ないジレンマを抱えている。
「お前が心配するのは解るが、フローラ様だって今はその気になれないんだろう。
まだ若いんだし、気長に待ってやればいいんじゃないのか?」
あまり焦らさせては可哀想だと、ヴァレリアは助け舟を出す。
勿論、ミスリアの今後を考えると早いに越したことはない。
年齢的な話で言えば、第二王女であるイレーネもまだ未婚だ。
彼女や自分の方が重圧は凄いんだぞと、ヴァレリアは半ば自嘲気味に言ってのけた。
「い、いえ。そうではなくて……」
「ん?」
だが、アメリアの表情は浮かない。
恐る恐る挙げられた手とは対照的に、彼女の顔は俯いていく。
「フローラ様が断っているのはご自身のだけではなく、私の縁談なんです……」
「……は?」
顔を真っ赤にしながら、アメリアは消え入りそうな声でそう言った。
ヴァレリアは何が何だか分からないと、ただただ首を傾げるだけだった。
……*
「フローラさま。お姉さまから聞きましたよ。
自分に持ち掛けられる縁談と一緒に、お姉さまの縁談も吟味しているんですって?」
ソーサーにティーカップを乗せ、オリヴィアが口を開く。
ストロベリーブロンドの髪を靡かせながら、フローラはにこやかな笑みを浮かべた。
「ええ。私だけでなく、アメリアにもたくさん縁談の話が来ているんですもの。
私が責任をもって選別しているの!」
「それって、王女さまがするような代物でしたっけ」
半ば呆れながら、オリヴィアは茶菓子のクッキーをひと齧りする。
程よいバターの風味が紅茶によく合い、何枚でも欲しくなってしまう。
(まあ、それを言ってしまえばお茶菓子もそうですかね)
そう。何を隠そう、このクッキーもフローラの手作りであった。
妖精族の里でイリシャに料理を教わって以来、彼女はすっかりお菓子作りに目覚めてしまっている。
お茶会はもちろん、家臣や侍女達にも振舞っては日々精進を続けていた。
「前に言ったでしょう。私はアメリアには幸せになってほしいの。
その為なら、全力を尽くすわよ」
フローラはぐっと両の拳を握りしめ、強く頷く。
どう見ても気合の入り方は忠臣のそれなのだが、オリヴィアは突っ込まない。
そこまで思ってくれるフローラの事が好きだからだ。
「いやあ、もちろんわたしも全面的に同意なんですけどね」
敬愛する姉アメリアの初恋は、残念ながら成就しなかった。
初恋の相手。シン・キーランドには意中の相手がいたからだ。
そしてその相手。フェリー・ハートニアも、ずっとシンの事を想っていた。
悲しい出来事とすれ違いにより、二人の距離が縮まりきらなかっただけ。
きっと時期が前後するだけで、二人はきっといつか今の関係に収まっていただろう。
何より、アメリア自身も二人がそうなった事を喜んでいる節がある。
納得した。吹っ切れたというのは、その通りだろう。
けれどそれ以上に、他者の幸せを真から願えるアメリアの優しさはオリヴィアとフローラにとっての誇りだ。
だからこそ、フローラの持つ熱量は理解できる。
理解はできるのだが、持ち掛けられた縁談を全て断っているというではないか。
これは詳しく訊かなくてはならないと、現在のお茶会に至るのであった。
「それにしても、条件を厳しくしすぎじゃないですか?
現状、お姉さまが気に入るかどうか以前の問題じゃないですか」
「心外ね。私だって自分の好みをアメリアに押し付けるつもりはないわ。
私が提示している条件はたったひとつよ。それすら叶わないのだから、仕方ないじゃない」
あくまでアメリアが幸せになる事が大切だと、フローラは力説をする。
ならば「一人も引っかからないのはおかしいのでは?」と、オリヴィアは首を傾げていた。
「ちなみにお伺いしますけど、そのたったひとつの条件とは?」
オリヴィアが尋ねると、フローラは自信満々に胸を張って答える。
「勇敢でいて、アメリアを護れるぐらい強いことよ!」
次の瞬間。オリヴィアは口に含んだ紅茶を思わず吹き出してしまっていた。
侍女から差し出されたハンカチで口元を拭いつつ、フローラへと問う。
「それ、世界に何人いると思ってるんですか!?」
今やアメリア・フォスターの名は世界中でその名を轟かせている。
ミスリア五大貴族の次期当主にして、神器のひとつ蒼龍王の神剣の継承者。
先の世界再生の民との戦いでは七体存在する邪神の分体の内、四体の撃破に関与している。
何者でもない。『ただの人間』である事を選んだ彼らと違って、れっきとした英雄そのものだ。
むしろその背景があるからこそ、アメリアへ向けられる羨望の眼差しは強まっている節もある。
「オリヴィアも言いたいことはわかるけど。ほら、アメリアもあれで可愛いところあるから。
実際、そういうことがあったから惚れた部分も強いでしょう?」
「確かにそうですけど……」
フローラの言いたいことは理解できる。
本当に理解できるのだが、あまりにも条件が厳しすぎる。
「これは……。長引きそうですね」
ぽつりと呟きながら、オリヴィアはバターの香るクッキーをもう一枚頬張るのであった。




