表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を アフターストーリー  作者: 晴海翼
魔術大国交響曲

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/28

26.再会は不穏をはらんで

 法導歴0518年。

 ミスリア第二王女、イレーネ・ヴェネレ・ミスリアは朝から上機嫌だった。


 理由は至極明瞭で、彼女にとっては何事にも代えがたいもの。

 戦いを終え、愛すべき妹(フローラ)がこのミスリアへついに凱旋を果たすからだ。


「イレーネ様。今日は大切な日ですから、うんと綺麗にしましょうね」

「ええ! ぜひ、お願いします!」


 張り切る侍女(メイド)へ、満面の笑みを返すイレーネ。

 鏡越しに映る彼女が本当に幸せそうで侍女(メイド)のタリアはくすりとほほ笑んだ。


 王宮に勤める者は皆が知っている。

 彼女がフローラをどれほどまでに溺愛しているかを。


 フローラが生まれたのは、イレーネが八歳の時だった。

 正室であるフィロメナとの間に生まれた待望の第一子。

 当然ながら、国中は大いに沸きだっていた。


 その盛り上がりに負けず劣らず、イレーネの心も喜びに満ちていた。

 異母姉妹といえ、ついに自分も「お姉さん」となるのだ。

 フィロメナにお願いをして、妹の顔をたくさん見せてもらおう。たくさんお話をしよう。

 

 自身の母(ヒルダ)だって、フィロメナと和解するいい機会だ。

 彼女は正室でありながら子を成していないと、異母姉の母(バルバラ)と共に酷い事を言っていた。

 申し訳なさそうな表情をするフィロメナの様子は、今でも目に焼き付いている。

 彼女は分け隔てなく優しく接してくれるのに、どうして意地悪をするのだろうと子供ながらに心を痛めていた。


 これは神様がくれた好機だ。

 きちんと謝れば、心優しいフィロメナはきっと許してくれるに違いない。

 そうすればきっと、みんながもっと優しくなれるはず。

 イレーネにとって異母妹(フローラ)の誕生は、大きな意味を持っていた。


 しかし、イレーネの望みは叶わなかった。

 様々な要因から、彼女とフローラの距離が縮まる事はなかったからだ。

 正確には()()()()()()()()というべきだろうか。

 異母姉の母(バルバラ)につられ自身の母(ヒルダ)も、決して頭を下げる事がなかったからだ。


 正室の子であるフローラは二人の姉を飛び越え、王位継承権の第一位となった。

 二人の側室。特に第一王女の母であるバルバラは、酷く荒れていた。

 今になってみれば異母妹(フローラ)が無事に生まれてきてくれて、本当に良かったと思えるほどに。

 

 バルバラの憎悪にも近い嫉妬は自身の母(ヒルダ)をも巻き込んでいく。

 それほどまでに強い感情だったのだから、子供が影響を受けるのは半ば必然でもあった。


 フローラが生まれる前から、異母姉(フリガ)はいつもイレーネを振り回してばかりいた。

 母に救いを求めても、彼女はバルバラを見ただけで蛇に睨まれた蛙のようになってしまっている。

 けれど、イレーネはそんな母に文句を言う資格はなかった。

 自分だって、はっきり「嫌だ」と言えなかったのだから。


 結局、バルバラとフリガが再び勢いを取り戻したのはアルマ。つまり、イレーネにとって異母弟が生まれてからだ。

 王位継承権一位の座を取り戻したと笑みを浮かべるバルバラの顔に、若干の恐怖を抱いた事を覚えている。


 しかし、バルバラが優越感を抱いているのであれば異母妹(フローラ)と仲良くできるのではないか。

 彼女の思いも空しく、既に可愛い妹と接触する機会は最小限に留められていた。


 こうしてイレーネは、異母妹(フローラ)への未練とその母(フィロメナ)への申し訳なさを胸に秘めたまま大人へと育っていく。

 ミスリアを中心に世界の危機が訪れたのは、そんな時の出来事だった。

 

 悪意によって生み出された戦いの中で、イレーネは(ネストル)異母姉(フリガ)を失う。

 病気で先立ったバルバラ同様、確かにフリガの事は苦手だった。けれど、死んでほしいとまでは思っていなかった。

 いつか和解する日が来て欲しいという願いは、哀しみと共に散っていく。


 一方で、イレーネの胸中にある感情が生まれつつあった。

 こんな状況だからこそ、自分も勇気を振り絞らなくてはならないと。


 結果、彼女の勇気は最高の結果を齎す事となる。

 自分とフローラだけではなく、(ヒルダ)とフィロメナの関係も徐々に良化していった。

 今では皆が可愛い異母妹(いもうと)の凱旋を心待ちにしている。

 

(フローラ。これからは姉妹水入らず、今までの時間を取り戻しましょう。

 至らぬ姉だとは思いますが、これでも研鑽を重ねてきたつもりです)


 髪を結われながら、イレーネは過去の失敗を振り返る。

 以前に開かれたお茶会では、興奮のあまり寝不足に陥った。

 更には絶対に成功をさせたいという緊張が相まって、倒れてしまった。


 しかし、可愛い異母妹(いもうと)はそんな姿に失望をしなかった。

 それどころか、自分に寄り添ってくれていた。


 次に訪れた機会は、青空の下だった。

 フローラが無事に帰還果たし、安堵しながら行われたのは大勢が参加する賑やかな茶会。

 幾分か気持ちは楽だったが、ビルフレストと結婚させられるところだったと聞かされた際には、卒倒しそうだった。

 

 嬉しさと情けなさ。そして幾分かの困惑が同居する中で、イレーネは自然と己の心に誓う事となる。

 今度こそは、フローラにも楽しい時間を過ごしてもらうのだと。他の誰でもない、自分自身の力で。


 睡眠はばっちりと取った。

 紅茶を淹れるのだって、上達するべくタリアに師事を仰いだ。

 

 何より、邪神の脅威はとうに去ったのだ。

 心置きなく主催者として、異母妹(いもうと)をもてなせば良い。


 気の入りようを示すかの如く、両の拳を握りなおす。

 そんなイレーネの姿が鏡に映りこむのを見て、愛らしいとタリアが口角を上げた瞬間。

 

 事件は起きた。


「イ、イレーネ様!」

「王女様の部屋ですよ。そんなに慌てて、どうしたというのですか?」

 

 息を荒くした侍女(メイド)が、イレーネの部屋へと飛び込んでくる。

 タリアが嗜めるものの、彼女も尋常ではない空気を感じ取っていた。

 

「まさか――」


 無論、ただならぬ空気を前にイレーネも鋭い反応を示す。

 彼女が今日というこの日を自分がどれだけ待ち望んでいたかは、皆が知っている。

 その高揚する気持ちに水を掛けるような出来事など、心当たりはひとつしかないのだから。

 

「フローラの身に何か!?」


 勢いよく振り返ったイレーネの表情には、強い不安が込められていた。

 自分の想像力が許す範囲で、最悪の事態が脳裏を駆け巡っていく。


 まさか、凱旋の途中に負傷をした?

 あり得ないとまではいかなくとも、可能性は極めて低い。

 何故なら、アメリアやオリヴィアがついているではないか。

 あの二人に敵う相手など、早々いるはずがない。

 

 そもそも、転移魔術を使えば妖精族(エルフ)の里からミスリアまでひとっ飛びだ。

 危険な目に遭うなんて万が一にもあり得ない。


「まさか……。病気ですかっ!?」


 だとすれば、考えられるのは病気に罹った可能性だ。

 病気の前では、流石にアメリアやオリヴィアも為す術がない。

 

 風邪程度で帰国が遅れるのであれば、まだいい。

 もしも大病を患ってしまったのであれば、気が気でない。

 ミスリアこそすぐに医療団を結成し、妖精族(エルフ)の里へ赴くべきではないか。


「い、いえ、お身体の方は特に……」

 

 しかし、イレーネの心配をよそに侍女(メイド)は首を横に振る。

 心なしか、呆気に取られているようにも見える。恐らくは、見当違いな心配をしてしまったのだろう。


「そ、そうですか。フローラが無事ならば、良いのです」


 安堵のため息を漏らす一方で、イレーネは腑に落ちない。

 フローラの身が無事であるのなら、どうして彼女はここまで慌てているのだろうか。

 得体のしれない気持ち悪さは、依然として纏わりついていた。


「と、とにかく王妃様がお呼びです! イレーネ様もお越しください!」

「フィロメナ様が?」


 益々状況が掴めないと、イレーネは首を傾げる。

 ただ、そこに疑問の答えが在るのは疑いようもない。

 固唾を吞み込みながら、彼女は王妃(フィロメナ)が待つ玉座の間へと足を動かした。


 ……*


 玉座の間に入るなり、イレーネは美しいストロベリーブロンドの髪を視界に捉えた。

 それが愛してやまない異母妹(フローラ)のものである事は疑いようもなく、彼女は思わずその名を呼ぶ。


「フローラ!」

「イレーネ姉様――」


 自身の名を呼ばれ振り返った女性は、紛れもなくフローラそのものだった。

 イレーネは久方振りの再会を喜ぶ一方、どこか浮かない彼女の様子に違和感を覚える。

 その身に何が起きているのか把握すべく、彼女は目線をくまなく動かす。


 フローラの傍にはアメリアやオリヴィアが立っている。

 報告通り二人の身に何かあったという訳でもなさそうだが、彼女達も困った顔をしながら自分へ会釈をしていた。

 侍女(メイド)の焦りと同じ理由である事は疑いようもないが、まだ答えが見つけられない。


(もう少し、もう少しヒントが……)


 思考に纏わりつく靄を払拭すべく部屋中をくまなく見渡すと、イレーネの眼は一人の男を映し出す。

 銀色の髪を一本、後ろに束ねた男。彼の事は知っている。妖精族(エルフ)の里で族長を務めていた男、ストルだ。


(まっ、まさか!)


 刹那、イレーネの脳裏にひとつの可能性がよぎる。

 ストルはオリヴィア達と共に転移魔術の開発に関わった、偉大な魔術師でもある。

 戦いの場では前線に赴いて、ミスリアを護るべく戦い抜いてくれた。


 否、それだけではない。

 妖精族(エルフ)の里の族長ともなれば、女王たるリタの側近だ。

 ミスリアの王女であるフローラと接する機会は、他の者よりはるかに多かったのではないだろうか。


(フローラは、ストル殿に恋を……!?)

 

 そう。恋に落ちる機会は、いくらでも存在していた。

 可愛い妹はきっと、彼と添い遂げたいという願いを伝えたのだろう。

 それがあまりにも突然だからこそ、王妃(フィロメナ)も困惑しているに違いない。

 

(なら、アメリアやオリヴィアが困った顔を見せるのも納得ですね)


 イレーネの思考は留まる事なく動き続ける。彼女の脳内でだけ、新たな物語が形成されていく。

 きっとフローラはミスリアへ戻る選択ではなく、妖精族(エルフ)の里へ嫁ぐ方を選んだのだ。

 

 アメリア達は本来ならば早々に伝えるべき情報を伝えなかった。

 その事を申し訳なく思っているに違いない。これもきっと、フローラが止めたのだから気に病む必要はないというのに。


(貴女の決意と覚悟、しかと受け取りました。

 私は姉として、貴女の想いを尊重しましょう……)


 愛しの妹との日々が訪れなかったという事実は辛い。けれど、姉ならば妹の幸せを祝福すべきだ。

 自らが作り上げた物語で全てを悟ったイレーネは、己を落ち着けるべく深く息を吐く。

 再び肺に空気を取り込んだ時。彼女の瞳は再びストルの姿を捉えていた。


「ストル。第二王女様が入られたんですから、挨拶はしておくべきですよ」


 イレーネの考えなど露知らず。オリヴィアはそっとストルへ耳打ちをする。

 これからの先の話に彼女も必要なのだから、まずは挨拶をしておくべきだと促す。

 

「ああ、その通りだ。すまない」

「いえいえ」


 配慮が足りなかったと詫び、ストルはイレーネと向き合う。

 ストルが挨拶をしようとした瞬間だった。


「イレーネ様、お久しぶりです。

 私は妖精族(エルフ)の里から――」

「フローラのこと、よろしくお願いしますっ!!」

「――はい?」

 

 ストルの視界に広がったのは、イレーネの後頭部だった。

 状況が把握できないストルは中途半端に頭を下げたまま、硬直してしまう。


「あ、あら……?」


 ストルの反応は何かおかしいと、顔を上げるイレーネ。

 すると間の抜けた声をともに、部屋中が沈黙に包まれていた。

 

「イレーネ姉様、なにを……?」


 肝心のフローラも目をぱちくりとさせている。

 益々混乱に陥ったイレーネは、自分の中で出ていた結論を口にした。


「だ、だって! フローラはストル殿と妖精族(エルフ)の里で添い遂げるのでは!?

 だから、こんな神妙な空気になっているのではなくて!?」


 慌てふためくイレーネと対照的に、目を点にするのはフローラとアメリア。

 一方で、オリヴィアの視線はじっとストルへ送られていた。

 

「へーえ、そうなんですか。ストル? わたし、初耳なんですけど?」

「ご、誤解だオリヴィア!」


 詰め寄るオリヴィアと必死に弁明するストルだが、修羅場という雰囲気はない。

 顔を隠すようにして笑っているフローラの様相から、じゃれあっているようにも見えた。


「あ、あれ……? 私、まさか……勘違いを……?」


 だが、こうなるとばつが悪いのはイレーネだった。

 自分は重大な勘違いをしていたのではないだろうか。

 そう考えると、彼女の顔は一瞬にして真っ赤に染まっていた。


「ふふ、イレーネ姉様ったら。私とストル殿が恋仲だと思ったのですか?」


 零れ出た涙を拭いながら、フローラは笑い続けている。

 イレーネはその姿を見て少しだけ安心をした。自分の知っている、可愛い妹の笑顔そのものだったから。


「だ、だって! 大変な状況だと窺ったものですから……!」


 必死に弁明をするが、全ては自分の脳内で構築されたものだ。

 説明すればするほど逞しい妄想が明るみに出るだけなので恥ずかしさは増していく。

 尤も。言葉を紡ぐ度にフローラから笑顔が零れるのだから悪い気はしなかった。


「違いますよ、イレーネ姉様。

 私がお母様にお伝えしていたのは、決して意中の殿方が現れたという話ではありません」

 

 ひとしきり笑った後、フローラは柔らかな笑みを浮かべる。

 けれど、そこには彼女なりの覚悟が現れているような気がした。

 

「で、では。どうして?」


 改めてイレーネは問う。

 皆の神妙な顔と、どこかすっきりした表情の妹。その誤差を自分の中で埋めるべく。


「私はミスリアの王位相続権を辞退すると、お母様にお伝えしたところなのですよ」

「ああ、そういうことでしたか」

 

 フローラの笑顔に釣られるがまま、イレーネも笑顔を返す。

 言葉の意味を理解したのは、ワンテンポ遅れてからの事だった。

 

「――って、どうしてですか!?」


 イレーネの悲鳴交じりの声が王宮中に轟いた時。

 彼女の顔は、今度は血の気が引いて真っ青となっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ