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その魔女に祝福を アフターストーリー  作者: 晴海翼
魔術大国交響曲

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23.交錯する想い(中編)

「よう、イルシオン。朝帰りか?」

 

 自室へと向かう中、眠気で重たくなった頭の中に声が響き渡る。

 イルシオンは暑苦しいまでの元気の良さと筋骨隆々の身体から、顔を見るまでもなく誰のものか理解した。


「ライラス。おはよう」


 止まりかけている思考を巡らせ、挨拶の言葉を絞り出す。

 最早、眼はきちんとライラスの姿を捉えてはいない。

 ただ、段々と視界を覆う面積が広がる事から彼が近付いているのは理解できた。


「なんだ。随分と辛そうだな」


 イルシオンの眼は、半分閉じていると言っても過言ではない。

 このまま無事に部屋へ戻れるのだろうかと心配したライラスは、彼の顔を覗き込んだ。


「ああ、ちょっと任務が長引いてな。

 さっき、イディナやヴァレリア姉と話すところまでは何ともなかったんだがな」

「ほほう」

 

 頭をふらつかせるイルシオンの言葉を受けて、ライラスが含み笑いを浮かべる。

 イルシオンが疑問を浮かべるより先に、彼の両肩には大きな手が乗せられていた。

 肉厚の手と、鋼鉄の手。あの戦いの痛みが、ここにも残っている。


「イルシオン。それはここが、お前の帰る所だからだろう」

「当たり前だろう。何を言っているんだ」

 

 暑苦しいぐらいの笑顔で大きく頷くライラスを前に、イルシオンは難色を示す。

 しかし、彼がそれを落ち込む様子はない。むしろ、なんだか嬉しそうなぐらいだ。


「まあ、いい。兎に角、今日はゆっくり休むといい」

「……ああ、そうさせてもらう」


 結局、ライラスの笑顔の意味が解らない。

 腑に落ちない気持ち悪さは残るが眠気には勝てないと、イルシオンは頷いた。

 別れ際にひとつだけ、思い出した事を伝えながら。


「ライラス、もうすぐ子供が産まれるそうだな。おめでとう!」

「ああ! ありがとう!」


 ライラスはあれから、砂漠の国(デゼーレ)の第二皇女であるサフィーヤと結婚をした。

 二人の子がもうすぐ誕生する事を祝福すると、彼は満面の笑みを浮かべていた。


 ……*


 自分の部屋へと戻ったイルシオンは、ベッドへ飛び込んだ。

 沈んでいく身体と同調するように、意識が溶けていく。


(ライラス。本当に幸せそうだったな)


 薄れていく意識の中で思い浮かべたのは、先刻の幸せそうなライラスの姿。

 あれだけ嬉しそうなのは、砂漠の国(デゼーレ)の皇女と結婚したからではない。

 きっと、互いを尊重し合える相手と巡り合えた事が幸せなのだろう。


 他の五大貴族はどうだろうか。

 フォスター家では、オリヴィアも妖精族(エルフ)の族長であるストルと結婚をした。

 羨む程に仲がいいのだと、アメリアが言っていた。


 エステレラ本家の養子となったテランには、まだ縁談が来ていない。

 というよりも、家族の絆を深めている最中なのだろう。

 テラン自身、以前よりもとっつきやすくなったと思う。


(ヴァレリア姉は……)


 ふと、ヴァレリア。ひいては、エトワール家の事を考えてしまう。

 グロリアとクレシア。先の戦いで、彼女は二人の妹を喪った。

 

 特にクレシアは、自分を庇って命を落としている。

 その事実は、今もイルシオンの心に強く根付いている。


 彼女の事を忘れた日はない。毎日のように、悔やんでいる。

 自分が彼女を連れまわしたりしなければ、今も生きているのではないか。

 そう思わずには居られない。


 クレシア・エトワールには才能があった。

 魔術の知識も、巧みな魔力の制御も唯一無二のものだ。

 自信家のオリヴィアでさえも認めているのだから、間違いない。

 戦場に出ずとも、研究の分野で開花しただろう。

 

 芸術の分野でも活躍をしただろう。

 彼女の彫る彫金を、イルシオンは気に入っていた。

 力強さと優しさを兼ね備えたようなデザインは、持つ者に勇気を与えてくれただろう。

 

 魔術付与(エンチャント)だってお手のものだ。

 多くの人間を、きっと彼女は救ったに違いない。

 

 ――自分のように。


(クレシア……)


 三日月島でも。最後の戦いでも。

 クレシアが遺してくれた魔術付与(エンチャント)が無ければ、自分は命を落としていた。

 彼女は自らの意志を貫き、全てを成し遂げたのだ。


 そんな彼女の命を、喪わせてしまった。

 もっと。もっともっと、たくさんの人を救えたはずなのに。


 イルシオンにとって、クレシアこそが真の英雄だった。

 今、自分が剣を振るっているのは彼女が護ってくれたからだ。

 彼女の分まで。一人でも多く、傷付いている人を救わなくてはならない。

 そうしなくては、彼女に合わせる顔がない。


 だから、考えてはいけない感情(もの)もある。

 自分にはその資格がない。


 己の奥底に眠る自責の念を再確認しながら、イルシオン・ステラリードは深い眠りに落ちていく。

 それが自分への戒めだと、言い聞かせるように。


 ……*


「寝すぎたな……」

 

 イルシオンの硬く閉ざされた瞼が再び持ち上げられたのは、夕暮れ刻だった。

 普段ならもう少し早く目が覚めるのだが、疲労が溜まっていたのかもしれない。

 

 とりあえず何か腹に入れようと、部屋を出た瞬間。

 封筒がひとつ、足元へと舞う。


 落ち方からして、封筒は扉に挟まれたものだ。

 けれど。誰が、何のために。その答えが、導き出せない。

 

「なんだこれ?」


 まだ眠気の残っている目を細めながら、封筒を手に取る。

 差出人の名はない。益々意味が解らないと、イルシオンは封を開けた。

 中身は一枚の便箋。内容は非常に、簡単なものだった。


 ――今夜。貴殿に訓練場にて決闘を申し込む。


「……なんだ、これ?」


 イルシオンは頭を掻きながら、より深い縦皺を眉間へと刻み込んだ。

 察するにこれは果たし状だ。だけど、差出人に心当たりがない。


 とはいえ、手あたり次第とは思えない。

 字の荒々しさから、激情に身を任せたものだというのがよく伝わる。

 つまりは、自分に強い感情を向けているのだ。それこそ、決闘を申し込む程の。


「誰がこんなマネをしているんだ?」


 記憶を辿るイルシオンだったが、心当たりが思い浮かばない。

 尤も、あくまで自分と勝負になる人間でという範疇だが。


 アメリアやイディナはそもそも、決闘という手段を択ばないだろう。

 ヴァレリアやライラスはもしかすると申し込むかもしれないが、こんな回りくどい真似をしない。

 テランやオリヴィアの線も考えたが、やはりイメージとは違ってくる。


 心当たりが無ければ、そもそも「行く必要があるのか?」という疑問が浮かぶ。

 無礼を働いているのは向こうなのだから、こちらが相手の思惑に乗る必要性が見当たらない。

 

 それでも、イルシオンは訓練場へ歩みを進める。

 決して気の迷いから起きた行動ではない。差出人の意図を知りたい。

 そうしなければいけないような力強さが、乱暴な文字から感じ取れたから。


 ……*


 果たし状に正確な時間は書かれていなかった。

 いつまで待つ事になるのだろうかと考えていたイルシオンだったが、心配は杞憂に終わる。

 差出人は既に。或いは、ずっと彼を待ち続けていたのだから。

 

「お前が、この手紙を?」


 訓練場の中心に立つのは、一人の魔術師。

 かつてテランに師事していた男。ディダだった。


「その通りです」


 口を尖らせながら、ディダは睨みを利かせる。

 不機嫌なのは見て明らかなのだが、イルシオンにはその理由が判らない。


 強いて挙げるとすれば、彼が見習いだった頃だろうか。

 訓練で手合わせをして、未熟さを突きつけたぐらいだろうか。

 ただ、リベンジを申し込むにしても聊か遅すぎる気はするが。

 

「なあ、どうして怒っているんだ?

 そもそも、決闘を申し込まれるようなことをした覚えもないんだが」


 理由を訊かなくては、落としどころすら見つからない。

 ディダとの温度差に困惑をしながらも、イルシオンは彼へと尋ねる。


 イルシオンとしては状況の把握を務めようとしただけなのだが、その行動すら彼の癪に障ったらしい。

 見るからに苛立ちを募らせた様子で、口が開かれる。


()()()()()()()は、イディナのことどう思ってんスか?」


 ステラリード卿。

 明らかに普段とは違う呼び方。含みを持たせた内容で、ディダはイディナへの想いを問う。

 

「どうって……。大切な仲間だ」


 それがどう決闘と繋がるのだと考えながらも、イルシオンは返答をする。

 僅かに動いた眉間と、数舜の間がディダの欲しがっていた答えとは露知らずに。


「それ、本気で言ってんスか?」

「当たり前だろう」


 ディダの追撃も、イルシオンは首肯する。

 ただ、言われたまま頷くという形で。


「そうスか……」

 

 強く拳を握り締めながら、ディダをイルシオンの言葉を受け止める。

 この状況で、この質問。どうして態々、『ステラリード卿』と言ったのか。

 自分を納得させる簡単な方法として、先に伝えてあげたというのにそれを使おうとはしない。

 意図を察していない可能性を考慮しても、腹立たしくて仕方が無かった。


 答えは考えるまでもない。イルシオン・ステラリードは()()()()()()のだ。

 ならば。こちらから言ってやろうではないかと、ディダは微かに声を震わせながらも宣言する。

 

「ジブンは、イディナのことを一人の女として好きですけどね」


 広い訓練場が、静まり返った。

 それでも、ディダは逃げようとはしない。はっきりと、イルシオンの眼を睨みつけている。


「は……?」


 対するイルシオンは、脳が情報を処理しきれないでいた。

 自分は確か、決闘を受けに来たはず。

 それなのに、どうしてイディナへの想いを告白されているのだろうか。

 ディダの思考はどうなっているのかと、ただただ混乱している。


 そんなイルシオンの事情もお構いなしに、ディダは続ける。

 続けなくては意味がないと言わんばかりに。

 

「ジブンがアンタに勝ったら、イディナに気持ちを伝えます。

 それが嫌なら、アンタがジブンに勝てばいい!」

「ちょ、ちょっと待て! 話が見えてこない!」


 ディダは両手に魔力をかき集め、魔術を構築していく。

 まさかこんな流れで決闘が始まるとは思っておらず、イルシオンが待ったをかけるが止まる様子はなかった。


「ダメなら、アンタが勝てばいい! アンタが敗けても、言いふらしたりしませんよ!」

「いいとかダメとか、オレに決める権利はないだろう!」


 ディダから放たれた岩石針(ロックニードル)を、イルシオンは払い除ける。

 反射的な行動とは裏腹に、イルシオンは未だ自分の意思を口にはしない。


「じゃあ、アンタがどうしたいかを示してくれればいいスよ!

 日和るなんて、らしくないでしょ!」


 ちぐはぐな言葉と行動は、彼の心の内そのものだ。

 イルシオンがどちらに傾くのか、ディダは見極めたかった。


 そうでなければ、きっと自分の抱いている気持ちが解消される事はない。

 互いの。延いては好きな女性の為を思いながら、ディダは新たな魔術を生成を始める。

 この決闘に、勝つために。

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