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その魔女に祝福を アフターストーリー  作者: 晴海翼
新たに宿る生命へ

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22/28

ex.みんななかよし

「あかちゃん」


 幼女は己の細く小さな指を目一杯に伸ばす。

 クリッとした瞳を存分に輝かせながら、二人の「あかちゃん」をその眼に焼き付けていた。


「アンってば。自分も赤ちゃんみたいなものなのに」


 彼女の母(フェリー)は、そんな娘の様子に頬を綻ばせていた。

 きっと自分より幼い子供を前に、お姉さんぶっているのだろう。

 自身にも覚えがあるからこそ、どこか懐かしさを感じていた。


「アンちゃん。この子はね、ルナって言うの。

 私と、レイバーンの赤ちゃんなんだよ」

「るなちゃん」


 幼い頃から何度か会っているからだろう。アンは、リタの言葉をすんなりと受け入れた。

 彼女が抱きかかえる赤子と視線を交わしながら、言われるがままに名前を反芻した。


 褐色の肌を持つ魔妖精族(ダークエルフ)の赤子は、リタと同じ銀色の髪を持っていた。

 母の腕の中で何度も頭を動かしながら、見慣れぬ来訪者の顔をまじまじと見つめていた。


「アンはね、アンだよ」


 目一杯に身体を伸ばしながら、アンが自己紹介をする。

 元気いっぱいの声に反応したのか、ルナの視線はいつしかアンに釘付けとなっていた。

 

「アンちゃん、アンちゃん」

「う?」

 

 小さな手のひらを広げ、ルナの頭を撫でている最中。

 アンは自分の名前が呼ばれた事により振り返る。

 

 彼女の眼が映し出したのは、赤子を膝に乗せる一人の女性。

 リタによく似た雰囲気を持っているからか、アンは二人の顔を交互に見つめては小首を傾げていた。


「私はね、リタとこの子のママなのよ」

「リタちゃんとあかちゃんのママ」


 与えられた情報を、アンはそのまま口にする。

 一生懸命自分の中へと落とし込もうとする姿が、なんとも愛くるしい。

 

「それで、この子はノアってお名前なの」

「のあちゃん」

 

 柔らかな笑みを浮かべながら、エリアナは膝に乗せていた我が子を立ち上がらせる。

 ルナと同じ銀色の髪を持つ色白の幼児は、身体を左右へ振りながらたどたどしくもアンの元へと寄っていく。

 

 そのままアンの元へと辿り着くと思われたものの。

 覚束ない足取りで大きく振られた身体を支えきるには至らず、アンの目前で尻餅をついてしまう。

 

「ぅ……」

 

 視線が急に低くなり、きょとんとするノア。

 母に助けを求めようとしたところで、自分に向かってひとつの手が差し出されている事に気が付いた。


「う!」


 ノアが顔を上げた先で、金色の髪が揺れる。

 父親譲りの黒い眼を開かせながら、アンが小さな手を目一杯に広げている。


 導かれるかのように、ノアが彼女の手を取る。

 起き上がろうと力を込めたまでは良かったが、己の身体を支えきれないアンが反対に尻餅をついてしまう結果となった。


「アンちゃん! ノアも! 大丈夫!?」

「う!」


 (ルナ)を抱きかかえたまま、リタが二人の元へと駆け寄る。

 尻餅をついた直後こそきょとんとしてたアンとノアだったが、その様子が面白おかしかったのだろう。

 互いの顔を見合わせて浮かべている様子を受けて、釣られるようにして笑みが零れた。


「アン。ルナちゃんも、ノアちゃんもかわいいね」

「う!」


 フェリーが尋ねると、アンは大きく手を挙げる。


「じゃあ、ルナちゃんとノアちゃん。二人とおともだちになりたいひとー?」

「はぁーい!」


 もうひとつ。フェリーはアンへと尋ねる。

 すると、徐に立ち上がったアンは先ほどよりも高く腕を上げ、大きな返事をしてみせた。


「よかったね、ルナ。お友達ができたよ」

「るなちゃん、おともだち」


 (リタ)の腕に抱かれながら、ルナはぱちぱちと瞬きをする。

 娘が初めて出来た友達に頭を撫でられ喜ぶ様を受けて、リタはこの上無い幸福を感じていた。


「ノアも、こんなに可愛いお友達が出来て良かったわね」


 同じく(エリアナ)に促され、ノアはよちよち歩きでアンの元へと向かう。

 勿論アンが受け入れないはずもなく、ルナ同様に彼の頭も小さな手のひらで撫でていた。

 

「のあちゃんも、おともだち」

「うー」


 ノアはくすぐったそうに。でも、嬉しそうに顔をくしゃくしゃにする。

 微笑ましい光景を前に、母親達も互いに顔を見合わせては頬を緩めていた。


 ……*


「イリシャは混ざらなくてもいいのか?」

「そこまで無粋じゃないわよ」


 一歩離れた位置から妻と娘の様子を見守りながら、シンが問う。

 イリシャは母と子が談笑している中、割って入るような野暮は真似をするつもりはないと肩を竦める。


「レイバーンも、結婚する時は大変だったみたいだな」


 シンとフェリーにとっては、久しぶりに訪れた妖精族(エルフ)の里。

 ひと悶着あった事と聞いて心配はしていたが、自分が世話になっていた時と何も雰囲気は変わっていない。

 いい意味で裏切られた形でもあった。

 

「余より、リタの方が難しい立場だった。

 リタの父上と母上。それと、ノアには頭が上がらぬ」

 

 ダスクとの諍いから先、エリアナとウィレスは妖精族(エルフ)の里へ留まり続けている。

 勿論、お産と育児が主な理由だろう。けれど、同時にダスクを初めとする高位妖精族(ハイエルフ)の信奉者を宥めてくれているのではないか。

 時折森の奥から聞こえてくる話し声から、レイバーンはそう推測をしていた。


「だけど、君のお陰でリタはあれほどまでに幸せそうにしている。

 エリアナだってそうだ。ノアやルナが産まれ、こうして新たな出逢いにも恵まれた。

 感謝しているのは、私たちの方だ」

「お父上よ、それは余の使命でもある。

 余の命ある限り、リタもルナも幸せにしてみせるぞ!」

「ああ。よろしく頼むよ」


 レイバーンは力強く胸を叩く、義父へ堂々と宣言をしてみせる。

 出逢った時から何も変わらない友人の姿に、シンは懐かしさと安心を覚えていた。


「リタのご両親と、レイバーンの仲はとても良好よ。安心した?」


 シンの気持ちを汲み取ろうとしたイリシャが、笑みを浮かべる。

 しかし、彼女の思惑とは裏腹にシンは首を横へ振る。


「レイバーンに限って、そんな心配はするだけ無駄だろ」


 はっきりとした強い口調ではなく、自然と出た言葉。

 だからこそ、本気で言っているのだと伝わった。


 初めて逢った時からそうだ。

 大きな身体に相応しい、大きな器がレイバーンには備わっていた。

 それは同時に、彼の親しみやすさの証明ともなる。

 必ず上手く行っているだろうという確信が、シンにはあった。

 

「シンにそう言われると、嬉しくなってくるな」

「なんでだよ」


 大きな口から白い歯を見せるレイバーンに釣られ、シンも笑みを溢す。

 そこから火が点いたかのように、彼らもまた昔話に花を咲かせていた。


 ……*


「フェリーさん」

「はい?」


 楽しそうにしているシンの姿を眺めていたフェリーへ、エリアナが声を掛ける。

 リタにも遺伝されている銀色の髪は、真っ直ぐに地面へと下りている。

 奥に覗かせる顔立ちは当然ながら(リタ)よりも大人びていた。


 人間よりも遥かに長寿である妖精族(エルフ)は、見た目から年齢を判別するのは難しい。

 ただひとつ、間違いなく言える事があるとすれば。

 視界に映る高位妖精族(ハイエルフ)の姿は、思わず見惚れてしまう程に美しいものだった。

 

「ありがとう。貴女に逢えたら、そう言おうと決めていたの」

「え? ええ?」


 そんな美人の高位妖精族(ハイエルフ)が不意に自分を抱きしめるものだから、フェリーは驚く外無かった。

 何度も瞬きをしながらも、やがては強く抱きしめるエリアナを受け入れた。


「貴女たちが居なければ、リタもレイバーンさんもこうして居られなかったと思うわ。

 本当に、感謝してもしきれません」


 土の精霊(ノーム)光の精霊(フォトン)から報せを受けたのは、全てが片付いた後の事だった。

 リタの運命を狂わせないで居てくれた友人達には、心から感謝をしている。

 

「エリアナさん……」


 先刻の「ありがとう」には彼女の『母』としての言葉が凝縮されていたのだと、フェリーは悟った。

 顔を上げると、リタが若干恥ずかしそうにしているのが視界に入った。

 照れくさそうにする彼女の姿を受け、フェリーはここに居る皆が幸せなのだと再確認をする。


「あたしたちもリタちゃんとレイバーンさんが居てくれたから、こうして居られてるんだと思います。

 お礼を言うなら、あたしとシンからも。本当に、ありがとうございます」


 友人として。仲間として。巡り合えた奇跡と、切っ掛けを与えてくれた全てに。

 エリアナとは違った想いが込められた「ありがとう」を、フェリーは述べた。

 

「フェリーさん……。なんていい娘なのっ!」

「ぐえ。ち、力が強すぎです……」


 彼女の言葉にいたく感動をしたのか。エリアナは一層、抱擁する力を強める。

 胸が潰れ、呼吸が苦しくなっていく中。フェリーは、自分の足へとしがみつくものの存在を感じ取っていた。


「あら?」


 同じタイミングで、エリアナがその存在に気付く。

 身体全体でフェリーの足にしがみつく者の正体は、小さな子供。

 フェリーの娘である、アン・キーランドだった。


「アン、どうかした?」


 自分が苦しそうな声を出したから、心配をしてくれているのだろうか。

 だとすれば「だいじょぶだよ」と教えてあげようとしたのだが、アンの顔はフェリーを向いていない。

 彼女の目線は、その母(フェリー)を抱きしめるエリアナへと向いていた。


「のあちゃんのママも、ママちゅき?」

「え?」


 予想外の質問に、呆気にとられたフェリーが目をぱちくりとさせる。

 けれど、アンは満面の笑みでエリアナへと尋ねている。いたって真面目なのだと、表情からよく判った。


「アンもね、ママちゅきだからぎゅーってするの!

 ママもね、アンのことぎゅーってしてくれるの!」


 どうやらアンは、愛情表現(ハグ)をしているのだと読み取ったらしい。

 笑顔と愛情の絶えない家庭というのが、よく伝わってくる。


「そうね。初めて逢ったけど、フェリーさんのことは大好きになっちゃったわ」

「えへへ」


 母を好きだと言ってもらえた嬉しさから、アンの頬が綻ぶ。

 愛くるしい姿を前にして、エリアナはアンの頭を優しく撫でた。


「あのね、アンとママはパパもちゅきなんだよ。

 アンとママがパパをぎゅーってしたら、パパもぎゅーってしてくれるんだよ」

「あらあら。パパとも仲良しなのね」

「うん!」

「ア、アンってば!」


 嬉しくなったアンは手をいっぱいに広げ、父親(シン)とも仲良しなのだと説明をする。

 羞恥心に駆られたフェリーがアンを抱き上げるが、彼女は目線が高くなった事に喜ぶばかりだった。


「私も、ノアとノアのパパをぎゅーってするわよ。

 勿論、ルナちゃんのママも。よくルナちゃんとレイバーンさんをぎゅーってしてるのよ」

「ちょっ! お母さん!」


 負けじとエリアナも、家族仲が円満である事をアンへ伝える。

 まさか自分に振られるとは思ってもおらず、リタがルナを抱き抱えたまま声を上げていた。



 

「皆が皆、夫婦円満で何よりね」

「うむ! 喜ばしいことだな」

「ええ。これも愛と豊穣の(レフライア)神様の導きのお陰です」

 

 離れた位置では、イリシャが悪戯っぽい笑みを浮かべている。

 腕を組みながら強く頷くレイバーン。愛と豊穣の(レフライア)神を信仰しているからか、誇らしげなウィレス。

 ただひとり。シンだけが照れくさそうに、そっぽを向いていた。

 


 

「みんな、なかよし!」

「本当ね。皆が仲良しなのは、いいことよね」

「う!」


 照れくささから同様する者と、誇らしげにする者が分かれる中。

 事の引鉄を引いたアンは誰よりも嬉しそうに、屈託のない笑みで目一杯に腕を上げていた。

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