13.特産品を探そう!
法導暦0518年。
悪意の化身たる邪神との戦いを経て、世界は大きく変わった。
それは同時に、自分達も変わらなくてはならない事を意味している。
適応が求められているのだ。これから先の世界で、暮らしていく為に。
アルフヘイムの森。妖精族の里に存在する居住特区。
様々な種族が共存するこの地には、解決するべき課題が山積みだった。
執務室の机。その四方を囲むようにして、座るのは四つの種族。
妖精族。魔獣族。小人族。そして、人間。
彼女達は今日も、互いを尊重した世界を目指すべく会議を行なっている。
「皆。毎度のことだが、集まってくれたことに感謝する」
机の上に乗せられた両の肘は、柔らかな体毛に覆われている。
指の腹ではなく肉球を合わせる女性の名は、ルナール。
魔獣族の王レイバーンの腹心とも呼ばれる、狐の獣人。
「魔獣族だけの問題ではないのですから、当然のことですよ」
慣れた手付きでペンを走らせるのは、尖った耳を緑色の髪で覆った女性。名はレチェリ・リーサイド。
人間と妖精族の間に生まれた彼女が妖精族の代表としてこの場に立つ。
同胞を裏切った事への贖罪。それでも尚、自分を見棄てなかった女王に報いる為。
彼女もまた、世界同様に変わり続けていた。
「その通りだ。儂ら全員で向き合う必要があるんだ、遠慮はいらねえさ」
顎に蓄えられた白い髭を撫でながら、小柄ながら筋骨隆々な男が豪快に笑う。
ガドハンドは小人族の代表として、王であるギルレッグからの使命を果たすべく気合十分だ。
先の戦いで多くの事を経験した王の足跡を少しでも追いたいという気持ちが、彼の背中を押している。
「えーと、わたしも入っていいのかしら?」
そして、最後の一人は恐縮する様子を見せながら頬を掻く。
まるで絹糸のように美しい銀色の髪を靡かせるのは、不老の女性であるイリシャ・リントリィ。
種族を問わず、子供達の世話を一同に見ている彼女は言わば『皆のお母さん』だ。
ある意味では妖精族の里で最も信頼を集めている者かもしれない。
「マレット博士はこういう会議を面倒だと感じるでしょう。
どう考えても、適任者は貴女です」
「リーサイドの言う通りです。リントリィが居なければ始まらない」
「うーん……。役に立てるといいのだけれど……」
レチェリとルナールは背中を押してくれるが、イリシャ自身は不安を抱いていた。
無理もない。何せ、このような政とは無縁だったのだ。
それでも、イリシャの脳内に断るという選択肢はなかった。
皆で作った世界をより良い者にしたい。何より、頼られる事を嬉しいと思う自分が居た。
「難しいことは、儂らだけで決める必要はねぇんだ。
儂らはあくまで提案をすればいいのさ」
「ふふ、そうかもしれないわね」
いざとなれば王へ相談をすればいいと豪快に笑い飛ばすガドハンド。
彼に釣られ、三人の女性も笑みを溢す。
こうして和やかな雰囲気の中、会議は始まった。
……*
「戦いは終わった。だからこそ、これからはミスリアとの交流がより重要になるはずだ」
ルナールの凛した声からは、真剣さが伝わる。
実際問題、彼女の主張は正しい。
確かに邪神に対抗するべく、魔術大国ミスリアと同盟を結んでいた。
しかし、戦いが終わったからと言って解消をするのは吝かではない。
王女であるフローラ。五大貴族出身のアメリアやオリヴィアは妖精族の里をとても気に入ってくれている。
妖精族の族長を務めていたストルも、今はミスリアの住人だ。
両者の間には既に、利害を超えた絆が生まれていた。
「それを言うなら、マギアもだな。向こうの王サマがウチの大将を気に入ってくれている。
こっちにはマレットも居るし、何よりあのボウズと嬢ちゃんの故郷でもあるんだ」
ガドハンドは魔導大国マギアとの関係も重要だと声を上げる。
マギアの若き王ロインが、ギルレッグを慕っている事が関係しているのは間違いない。
「そうね。シンとフェリーちゃんが居るなら、きっとマギアとの交流も大丈夫だと思うわ」
何より、シンとフェリーの存在が大きかった。
自分達を取り巻く多くの絆は、彼らを介して紡がれている。
その糸をより太く、丈夫にする為。シン達には力を貸して欲しいと考えるのは自然な流れだった。
離れ離れになっても、永久の別れではない。
そう信じられる事がどれだけ幸せか。今なら、よく解る。
「後は、具体的にはどのような交流をするかにつきますね」
「そうね。妖精族の里では現状、お金を必要としていないから……。
やっぱり、どうしてもはじめは物々交換になるかしら」
人間の国と交流するにあたって、最大の問題が通貨だった。
妖精族の里をはじめとした、ドナ山脈の北側ではお金のやり取りを必要としていない。
ただ、これから先はそうも言ってられないだろう。向こうへ赴く際に、間違いなく必要となるのだから。
と言っても、妖精族の里で浸透をしていないのなら意味はない。
金を得ても使い道がなければ、一方的に損をしたと感じる恐れがある。
「そうですね。徐々にお金の使い方を覚えてもらうところから始めましょう」
「できるか……?」
「そこはリントリィに一任しましょう」
「頑張ってみるわ……」
無意識のうちに覚えたものだから、どう説明をすればいいのかとイリシャは頭を悩ませる。
重大な役目を与えられただけに、緊張感はひとしおだった。
「ただ、お金を得るには対価が必要だから……。
後は妖精族の里から、何を差し出せるかによるわよね」
無論、マレットの魔導具は貴重な収入源となるだろう。
ただ、それだけでは彼女におんぶに抱っこだ。
他の特産品を用意する必要があるのではないかと、イリシャは三人へと振る。
「妖精族は――。そうですね、愛と豊穣の神様へ捧げている果実酒を輸出する方針です。
実際、フローラ殿下やオリヴィア様も気に入っていましたから。人間にも需要はあるかと」
いの一番に声を上げたのは、レチェリだった。
果実酒を気に入ったオリヴィアやフローラからの要望もあり、リタも前向きに検討しているという。
尤も、リタ本人にはこれで愛と豊穣の神への信仰が高まればという狙いもあるようだが。
「確かに、妖精族のお酒は美味しいものね」
イリシャも果実酒を輸出するという意見には賛成だった。
前提として、ドナ山脈の北側は物騒だという固定観念がある。
その印象から脱却する為にも、嗜好品から興味を持ってもらうのは悪くない。
「小人族は、魔硬金属を流通させるのはどうだろうか。
金の価値は判らんから、魔術金属やマギアの魔石と交換でも構わねぇんだがよ」
小人族も、先の戦いで素材としての魔硬金属の価値を証明している。
魔硬金属の需要は決して低くないという考えを、ガドハンドは持っていた。
「素材なら、儂らだけじゃなくてマレットも必要だろうしな」
一方でマレットやギルレッグの製作する魔導具は、魔硬金属だけでは成り立たない。
あくまで魔術金属や魔石と交換を行い、素材を魔導具や工芸品の製作に充てたいというのが希望らしい。
「小人族のみんなやベルちゃんには、素材も大切だものね」
特にマレットがいつ、どんな素材を必要とするかは本人にしか解らない。
そう言った意味でも、魔術金属や魔石の確保は必須だ。
小人族だけではなく、マレットも金に無頓着だ。
高額で取引をして、魔導具自体が高級品になるぐらいなら素材は物々交換で確保するという方針は悪くない。
妖精族も小人族も、自分の強みを生かしている。
手を取り合って生きて行くのは、決して不可能ではない。
淡い期待をイリシャが抱く中。ただひとり、頭を抱えている者が居た。
「魔獣族は、どうすればよいだろうか……」
魔獣族の代表として、この場を取り仕切るルナール。
そう。彼女が人間の国と交流をするにあたって、自分達に出来る事が分からないままでいた。
ルナールもかつて、人間の国に住んでいたからこそ解る。
妖精族の造る果実酒や、魔術の知識は大勢の人間が興味を持つだろう。
小人族の造る武具や工芸品は、大勢の人間を魅了するだろう。
では、自分達はどうだろうか。
そう考えた時、魔獣である自分達は足手纏いにならないだろうか。
鋭い爪と牙を持つ存在として、恐れられないだろうか。
自分は兎も角、敬愛するレイバーンが誤解されるのは忍びない。
そんな想いから、ルナールは一縷の望みを賭けて声を上げていた。
「魔獣族は、そうねぇ……」
ルナールは悲観的に考えているが、魔獣族も十分に需要はある。
その事実に気付いているイリシャだが、口に出さない。
理由は、迂闊な賛同を得ると取り返しがつかないからだ。
魔獣族はその特性から、狩りを得意とする。
一角ウサギの角が薬の材料となるように、周囲の魔物から得られるものは少なくない。
しかし、その生活が成り立っているのは自分達の周囲だけで完結をしているからだ。
今までとは比較にならない程の数を相手にした場合、乱獲が行われるだろう。
結果として、生態系を壊す可能性がある。ひょっとすると、密猟者だって現れるかもしれない。
手順を謝れば、折角結んだ同盟が一転して火種に変わる。
そんな事は誰も望んでいない。だから、イリシャは口に出す事を躊躇った。
(他に、魔獣族の強みがあれば――)
ただ、魔獣族も歩み寄ろうとする姿勢そのものは好感が持てる。
力になってあげたいと思うイリシャの気持ちとは裏腹に、案は出ない。
流れる沈黙。ルナールの視線が、段々と下がっていく。
レチェリは目頭を押さえ俯いたまま、一切の言葉を発しない。
ガドハンドに至っては、重い空気に耐えかねたのか全員の顔色を窺ったままだった。
「……こうなったら、あの子の力を借りましょう」
無情にも過ぎていく時の中で。
イリシャはある人物に協力を要請する事を決めた。
……*
「なんつー無茶振りを……」
自分達とは全く違う理でこの世界に生まれ落ちた少年。
ピースは呼び出されると早々に、頭を抱えた。
「ピースくんなら、なんとかなると思って。お願い」
「うっ……」
両手を合わせ、イリシャは小首を傾げて見せる。
普段は母性を発揮している彼女とのギャップに、ピースは思わずたじろいでしまう。
「どうか、頼む」
「少年の力が必要なんだ」
「この通りだ」
イリシャのおねだりが効果的と見るや否や、ルナール達も同様に追従をする。
狐の獣人に、半妖精。そして、筋骨隆々の小人族が愛嬌を振りまいていく。
「おっさんはやらんでいい」
尤も、ピースにとって最後の一人は完全に余計だった。
一刻も早く記憶を消し去るべく頭を抱えながら、彼は自分に出せるアイデアを絞り出していく。
……*
「その付き合いって、何か物を出す必要があるんですか?」
暫く考えた後に、ピースが尋ねる。
妖精族や小人族に追従するあまり、輸出に拘っていないか。
そんな懸念を抱いたからだ。
「その必要はない。しかし、他に方法があるのか?」
「うーん。腕っぷしの強さを見込んで、護衛とか用心棒とか……」
「わたしは賛成しないわ。魔獣族が粗暴という印象が持たれるじゃない。
それに、同胞同士で敵対したらどうするの? お金のための命のやり取りなんて、して欲しくないわ」
「仰る通りで……」
真っ先に思いついた案は、イリシャによって却下されてしまう。
彼女の言う通りだ。ピース自身だって、これまでの戦いで捨て駒にされた人間を見て来た。
見知った顔がそんな扱いをされるかもしれないのは、とても推奨できない。
「だったら、他に何か――」
魔獣族にしか出せない、特別な『何か』。
とてつもない難題を出されたピースは、先刻のイリシャ達同様に頭を悩ませる。
「爪。牙。毛皮。腕っぷし。身体が大きい……。
って、これはレイバーンさんだけか……」
魔獣族の特徴を思いつく限り並べていくピース。
結果的に、この単語の羅列は解決案を思いつく切っ掛けとなった。
「ん? 大きい……。城……」
鬼族との血が混じった、レイバーンの身体的特徴。
そして、彼は自らの居城から通っている。3メートルを優に超すにも関わらず、平気で過ごせる巨大な城だ。
ピースはそこに、可能性を見出した。
「テーマ……。パーク……。小人体験……」
「お前は何を言っているのだ?」
ぽつりと呟くピースを前にして、ルナールが訝しむ。
他の者も、聞いた事のない単語にどういう反応を採るべきか困っている。
「テーマパークっていうのは、ええと……。そう、観光地!
レイバーンさんの城を、観光地にするのはどうだ!?」
「ええ……」
予想だにしなかった提案を前にして、全員が困惑の表情を浮かべる。
自分と周囲の温度差を感じつつも、ピースは懸命に説明を行った。
「城を拠点として、魔獣族が周囲の案内人になるんだよ。
レイバーンさんですら過ごせるぐらいに大きな城なんだ。きっと泊まるだけで、楽しめると思うんだ。
それに、戦車に乗せて周囲の案内をするってのも手だ。
アルフヘイムの森のことも解るし、妖精族や小人族と触れ合う機会だって作れる」
魔獣族が傍に居れば、変な気を起こす輩も居ないだろう。
妖精族の里の治安維持をしている延長線上で考えられないだろうかと訴えるピース。
「なるほどな。儂らも武具や工芸品の希望を直接聞く機会が作れそうだな」
「それいただき! 一品物は憧れるだろうし、需要はありそうだよな」
職人として顧客に満足をしてもらいたいと考えるガドハンドが、真っ先に賛同をする。
「その案を活かすのなら、酒場があると良さそうですね」
「いいねいいね。城の地下とかにあると、オシャレだと思う」
続けてレチェリが、観光地開発に興味を示す。
妖精族と小人族が好意的に捉える中。
魔獣族の代表であるルナールだけが、渋い顔を見せていた。
「しかしだな。あの城はレイバーン様がお住まいになっておられる。
代わる代わる他人を泊めるなど、受け入れてもらえるだろうか……」
「まあ、そこがネックではあるけど……」
ルナールの言う通り。話が盛り上がりを見せたものの、城主はあくまでレイバーンだ。
彼の許可を取れなければ、この話は先へと進まない。
「だったら、訊いてみるしかないわよね」
「……そう、だな」
ならば本人に確かめてみるべきだと、イリシャが両手を合わせる。
この話を受けて、レイバーンは何を想うだろうか。
期待と不安が入り混じる中。ルナールは主の待つ居城へと向かう。
……*
「おお! それは随分と楽しそうだな!」
屈託のない笑みとは、こういうものだろう。
そう言い切れる程、気持ちのいい笑顔でレイバーンはピースの提案を受け入れた。
「よろしいのですか!?」
「うむ。こうして余たちの文化に触れることが、お互いの理解に繋がるのであれば喜ぶべきだろう。
余の方こそ、人間の民から色んなことを学べるかもしれぬ。きっと良い交流になると思うのだ。
何より、初めてのことばかりで楽しそうではないか!」
「レイバーン様……」
魔獣族の王は厳つい風貌とは裏腹にとても心根の優しさと、巨躯に違わぬ大きな器を見せる。
彼が快く了承してくれたおかげで、魔獣族の王が住む城の一部は観光地として開放される事となる。
お互いを正しく知れば、ちゃんと手が取り合える。
そう信じる魔獣族の王の眼は、誰よりも輝いていた。
やがて、魔獣族の王が住まう城は大勢の人間で賑わう事となる。
そこに魔獣族の姿を恐れる者は、ただの一人さえもいなかった。