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健康に良いとされる苦い汁

作者: BBB

 健康は大事だ。古来より長生きすることは素晴らしいこととされている。六十迎えて還暦、八十迎えて傘寿、めでたいことだから長生きには特別な名前がついていたりもするのだ。

 ただ長生きするだけではダメだ。足腰がバリバリに砕けていたり、関節がカスカスに摩耗していたり、脳みそが錆びついて思考もろくに回らないようでは、生きていたって楽しくないからだ。健康であるというのはそういった問題がないということなので、健康であることは何よりも重要であるという合意が市井の民にはあるのだ。


 健康一番!


 株式会社デュラブル・ライフが開発した『超健康ドリンク』は飲むとマジで健康になるすごいドリンクだが、その代わりに超苦い。

『超健康ドリンク』を飲むとマジに健康になるというのはよく知られていたことだったので、海の向こうから日本に渡って発売開始から数週間。瞬く間にヘルスケア・健康食品業界を制圧した。ペリーもびっくりの黒船来航だった。

 僕が勤めていた会社はDHCだとかグルコサミンだとかのサプリメントを製造する小さなヘルスケア商材メーカーだったが、このドリンクさえあれば他は何も要らないので需要もなくなりすぐに潰れた。それは当然の流れと言えた。

 デュラブル・ライフのおかげで世界全体の健康寿命は爆発的に伸びた。アフリカの発展途上国では乳幼児の死亡率が激減したし、日本や韓国の少子高齢化はとうとう歯止めの効かない感じになった。

 戦争もたくさん起こった。みんな健康になりたかったからだ。

『超健康ドリンク』の製造資源であるモンテネグロダンゴムシはとにかく乱獲されまくり、原産地であるバルカン半島はマジで荒れた。バルカン半島から再び世界大戦が起こったのは歴史の皮肉と呼ばれたが、まさかその原因がダンゴムシの争奪戦にあるとは歴史学者も予想できなかっただろう。結局、世界大戦勃発から一年後にモンテネグロダンゴムシの超爆速大量繁殖方法が確立されて戦争は終結した。繁殖法を確立した生物学者は終戦後マジ即行でノーベル平和賞を受賞した。

 こんな感じで賛否両論巻き起こり、物理的な争いもあったし口先だけの争いも生まれたが、結局のところ『超健康ドリンク』の功績は大きかった。だって健康になるんだから、そりゃ良いことだろう。それは誰もが認めるところだった。


 健康一番!


 ところで先ほども述べたように『超健康ドリンク』は超苦い。マジで洒落にならないレベルの苦さであり、健康になるのはわかるけど苦すぎて飲みたくないという派閥まで生まれるほどだった。

 さて、ここで問題だ。人は苦い飲み物を口に含むとどうなるだろう? これを飲むとどんな反応をするか、わかるだろうか?

 タイミングの良いことに、僕の手元には先ほどコンビニで購入した『超健康ドリンク』がある。これを今から飲んでみせよう。

 新品のボトルを握り締め、キャップを強くひねる。パキッと軽快な音が空気を割り、『超健康ドリンク』の独特なにおいが周囲を漂い始めた。

 とりあえず一口飲んでみよう。ごくっ。

「ヴォエエエエエエッ」

 ありえないレベルの苦味が口内を刺激し、味覚という味覚にデス・インパクトを放つのがわかった。これ以上飲むのは危険だ。味覚がイカれ、晩御飯を美味しく食べることも出来なくなるだろう。

 ……という心配は無用だ。晩御飯を食べるという文化は、実はもう消滅したからだ。

『超健康ドリンク』は本当に苦いので、今の日本人の間では、舌にある『味』を感じとるための器官『味蕾(みらい)』を切除する手術が流行っている。流行っているというか、流行っていた。それはもう五年くらい前の話で、今では食事が美味いとか不味いとかそういった話題を口にする人はほとんどいない。え、僕? 僕はまだ切除できていない。お金がないから手術費を払えなかったし、味蕾切除手術ローンを組むための社会的信用スコアも低かったからだ。しかしついに来月、手術が決定した。凄まじく今更感はあったけど、これでもう『超健康ドリンク』の苦さとお別れできるんだからありがたい限りだ。

 こうして、マジありえないほど苦いという『超健康ドリンク』の弱点は克服され、飲むと凄まじく健康になれるという薬効だけが残ったのだ。それは世界の救済とも言えた。


 健康一番!


 さて、超健康ドリンクの発売から五百年ほどが経っただろうか。僕はいまだに健康だった。周りの奴らもみんな健康だった。子供が産まれて大きくなり、その子供が産まれて大きくなり……をもう数えてられないくらい何度も繰り返した。隣の家に住む奴が何百歳歳上なのか歳下なのかも把握してないが、歳上を敬うという文化は当たり前に消滅したのでそんなものを気にする人は誰もいなかった。

 人間の遺伝子改良は進み、最近の子供は産まれたときから既に味を感じとる能力を失っていた。人類の肉体は『超健康ドリンク』に最適化されていた。天皇ももう何代も代替わりしたが、上皇もいるし上々皇もいるし上々々皇も上々々々皇もいる感じになったし、気を抜けばすぐに代替わりしてるのでいつしか誰も国主の顔を覚えなくなった。

 アメリカ大統領も四年に一度交代するわけだが、人気のある政治家というのは本当に熱心に応援されるもので、現在の大統領はトータル三十七回目だか四十五回目だかの再選だった。熱心なマニア以外は誰も政治に興味を持たなくなった。

 驚くことに、争いが消えた。全世界レベルでモンテネグロダンゴムシが養殖され、一秒間に千万本のペースで『超健康ドリンク』は製造された。デュラブル・ライフは世界最大のグローバル企業となったし、そういえば今の日本の首相はデュラブル・ライフ日本支社の社長を百二十年勤めあげた鉄の男だった。

 とにかく人々は健康に生きた。健康に生きることは素晴らしいことだと世界保健機構WHOも言っていたし、お母さんもお父さんもお爺ちゃんもお婆ちゃんもみんなそう言ってたから誰も健康であることに対して疑念を抱かなかった。

 世界はこうして平和になり、これから先も幸せであり続けることだろう。


 健康一番!

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