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閉じたセカイで獣は吠える 

連載していた「閉じたセカイで獣は吠える」を大幅に加筆、改稿したものです。

今後はこちらで連載します。


 妊娠線や腐敗し膨らんだクジラの死体をイメージしてほしい。

 これを切り裂きたい、そんな生理レベルの感情。


 壊すことは快楽である。それがどんな結果を呼ぼうとも。膨らんだ肉がはちきれる前の生傷を例にだすなら、一本の生傷は女性器のようであると。それを抉りたくなる本能的欲求。


 胸の奥の、さらに奥で感じる熱。


 お約束に従い、ヘッセを引用するならば。


「卵は世界だ。生まれようと欲するものはひとつのセカイを破壊しなければならない」



《極彩の夜、限りなく満月むしょくに近い少女》



 時折、極彩の空に酷くイライラすることがある。500年前突如日本と外国の間を断ち切ったこのオーロラが嫌いだ。現実と自分の間に薄い膜を感じるぼくがリアリティを持って憎めるのはこのうっとりするほど美しい檻だけだ。


 別にフランスやアメリカに憧れを持っている訳ではない。「この国から出られない」ということそのものに僕は言いようのない怒りを覚えていた。


 本当はただの八つ当たりなのかもしれない。僕が学校という逃げ場のない社会でいじめられていることや、舶来物(アウターオブジェクト)の痛み止めを飲まないと頭が割れそうな痛みに襲われるこの風土病のことや、一五歳というあまりにも無力で、なにも変える力の無い自分への苛立ちを、オーロラにぶつけているだけなのかもしれない。


「おーい。おーい。そこの心優しそうな少年。ボクに食べ物を持って来い。ついでに君の家に泊めたまえ」


 空から目を落とし、横を見ると絹のような黒髪と白い肌、薄い身体つきの美しい少女が血塗れで倒れていた。


 華族。一目でわかる。東京湾に浮かぶ「モノ」と「電波」だけ海外とやりとりできる唯一の島、「出島」から輸入される舶来物(アウターオブジェクト)を独占する特権階級。

 貴族特有の傲岸さが彼女の全身からにじみ出ていた。

 なのに、どうしてだろう。

 この子はまるで迷子の猫。

 ずっと家の中で飼われていたけれど、残酷な外の世界に放りだされたあまりに無力で可憐な仔猫。違う、お前達は「そう」じゃないだろう。


 いや、そうじゃなくて。「お前達」は、とかじゃなくて。


 ただ、このくそったれの夜をあっけなく吹き飛ばすほど美しい少女が、「迷子の仔猫」程度の獣であってはならないと感じただけだ。


「華族が食べ物に困るの?」

「初めての返答が嫌味とは、君はなかなか性格がねじ曲がっていると見えるね。見てくれよこの姿を。血塗れだぜ?訳アリだぜ?」

「それ、自分の血?」

「もちろん!ボクは完璧に100%、どこに出しても恥ずかしくない被害者さ」


 華族は嫌いだ。けれどぼくは気づいたら彼女を孤児寮の自室に運び、宅配ピザを彼女の為に注文している。

 紙の箱を開けると油とチーズの匂いが広がり、少女の目が光り輝いた。


「なんだこの食べ物は!パンにこんなにたっぷりのチーズと肉を乗せて焼くだと……栄養管理のことなどハナから考えていない罪深き食物……しかしその罪にボクは酷く惹かれている!」

「いいから早く食べろよ。ピザは時間が経つほどまずくなるんだぜ」


 そういうと彼女はピザに手を伸ばす。具が零れないように細心の注意を払っているのが、彼女の育ちをうかがわせる。


「怪我は大丈夫なの?」

「ああ、もうふさがった」


舶来物(アウターオブジェクト)か。五百年で技術が飛躍的に進歩した海外の超科学技術。


「なんで倒れてたの?言いたくないなら別にいいけどさ」

「ボクは一宮家に対する人質なのだよ。小さいときからずっと練馬家の座敷牢に囚われ、つまらない仕事をやらされていた。隙を見て逃げ出したのだが追手に銃撃されてね。それでも必死に走ってようやく奴らを振り切り、へたりこんだのが君と出会ったあの路地だったというわけさ」


 行儀よく食事を飲み込んでから一気に答える。華族同士で利害が対立したとき、身内の者を人質として差し出し牽制しあうという話は聞いたことがある。


「本家に帰るわけにはいかんし、しばらくこの狭い部屋でお世話になることになるね。名乗り忘れていたが私は一宮夕姫という。君は?」


 なし崩し的に居座ろうとする彼女に内心溜息をつきながら、ぼくは応える。


「……狗藤真琴」


 そう言って、僕は立ち上がり窓のカーテンを閉める。今日に限って満月より明るく輝くこの虹色を視界から消す。

 殺気だった視線を見てとったのか、


「オーロラが嫌いと見えるね。今日は特に鮮やかに見える」

「ぶっ壊してやりたい」

「ボクもさ。オーロラだけじゃない。この世界は理不尽な檻と鎖にあふれている。血筋のしがらみ。階級社会。ボクはボクを閉じ込めて支配するそのすべてを壊してしまいたい」

「わかるよ。ぼくは華族じゃないから事情は違うけど、ぶっ壊してやりたい物が沢山ある。いつか壊してやる」

「いつかっていつだい?」


 ぼくは応えなかった。

 それが二人きりの革命前夜であることを、ぼくは知らない。


《ありふれた復讐劇》


「うえーい!自分の鞄で殴られる気分はどうだ」

「なんだそれ」

「ぎゃは」


 美少女と同棲をはじめようと、ぼくの日常は変わらない。

 橋川にパンツ一丁で羽交い絞めにされ、床にぶちまけた教科書の代わりに水の入ったペットボトルを詰めた鞄で頭を何度も殴られていた。

 制服は生ごみのゴミ箱に突っ込まれている。

 鼻から血が出て、口の中を切ったあたりで解放された。

 孤児でありながら勉強が出来たから富裕層の集まる進学校に進学したのが間違いだった。浮きに浮きまくり即、いじめのターゲットになっていた。


「ど、どうしたんだねマコト!追手か?ここを嗅ぎ付けられたのか?」

「いや、これは君とは関係ないよ」

「ではどうした」

「……」

「マコト?ボクは気になることがあるととことん追求したくなる性分でね」


 夕姫が意地悪そうな顔を浮かべる。


 こんな可愛い娘にいじめられていることを告白するのはキツかったが、簡単にことの次第を話した。


「殺せよ。戦え。壊せ」


 ぼくの話を聞くやいなや、夕姫は真顔でそう言った。


「簡単に言うなよ。相手は大勢だぜ?スポーツやってて身体もでかいんだぜ?」


 夕姫は不機嫌そうな顔になって黙る。不機嫌なのは橋川たちに怒っているのではなく、不甲斐ないぼくに失望しているからなのがわかり、ぼくはしんでしまいたい気分になった。


 数刻沈黙。


「ようしわかった」


 夕姫はひとさし指にはめられた指輪を親指でなぞると、空中に現れたホログラムを操作する。


「練馬家から逃げる時、いくつか使えそうなものを失敬してね」


 手の上に小瓶と錠剤を落とした。


 確か物質を情報に変換して記録し、その情報をまた物質に変換する鞄代わりの舶来物(アウターオブジェクト)だ。「セーブリング」とか言ったか。街中で華族が使っていたのを見たことがある。


「この瓶はサイケボム。空気に触れると気化し、吸った物は酷いバッドトリップを起こす幻覚剤兵器だ。こっちの薬はそのアンタゴニスト――サイケボムが効かなくなる薬だ。もうわかるね?君」


 ぼくはその武器を受け取った。


「殺せよ。戦え。壊せ。君が頭を踏みつけられて、そいつをぶちのめしたいのなら、ぜひそうすべきだ」



 体操着があるはずの場所にそれはなく、「野球部部室」と書かれた手紙だけが入っていた。

 殺せよ。戦え。壊せ。

 戦闘開始。




「早かったじゃあん真琴きゅん」

「なに、そんなに俺らと遊びたかった?」

 体操着は袋から出され炭酸飲料がかけられていた。

「ねえ、お前の体操着にジュース零したんだけど。ベンショーしろやベンショー」


 ぼくはポケットの小瓶を確認する。そしてぼくの弱さを自覚する。いじめとは相手が抵抗できないことで成立する。ぼくは本当に抵抗できなかったか?教室には椅子がある。ここには金属バットがある。どちらもその気になれば一人くらいは頭をかち割れるし、仲間の頭をかち割った人間はもういじめられないだろう。舶来物(アウターオブジェクト)なんてものを持ち出す必要は本来無い。結局ぼくが恐れていたのは学校という社会だ。十代の学び舎という小さなセカイだ。当然人の頭をかち割れば警察沙汰だが、学校側は穏便にすませようとするだろうし、ぼくがいじめられているのは皆知っているから退学にはならないだろう。しかしぼくは学校というセカイの秩序を破壊することを恐れていた。


 殺せよ。戦え。壊せ。


「黙ってんじゃねえよ泣かすぞコラ」


 ぼくはポケットの小瓶を床に叩きつけた。

 熱した鉄板に油を注いだような蒸発音が響く。


「おい!なんかやったぞこいつ!」

「換気だ換――」


 換気でどうこう出来る兵器とは思えないが、三輪が窓に辿りつく前に僕以外の全員がへたりこんだ。全身から汗を噴き出し、痙攣して、橋川は嘔吐した。


「こっちに来るな!頼む、来ないで、おねがいおねがいやめろやめろやめろおおおおおお」

「おれが、おれがこの世界?神、いやだ、そんなに寂しいのはいやだ!だれかだしてよおお」

「落ちる!落ちる!落ちる!落ちる!ああああああ止まらない止まらない止まらないああああああ」


 ぼくはその様子をお嬢様の命令通り撮影していく。通話を繋げた夕姫は大爆笑だ。


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ」

「ユウキも性格悪いよね……」


 ぼくは地獄にトリップしている連中が目を覚ましたら見える場所に、「違法薬物使用の証拠 あり」とだけ書いてその場をあとにした。


「いやあ、マコトはやれば出来る男だと信じていたよ。今日はピザパーティだな!」

「ユウキがピザ食べたいだけだろ」

「ピーザ!ピーザ!ピーザ!」

「はいはい」


 この世には沢山の理不尽な檻と鎖があって、鎖国状態のこの国でもそれは変わらない。今日、ぼくは一つの(セカイ)を壊したがはっきり言って最高だ。



――こんな楽しいこと、やめられません。


《少女ってなにで出来てるの? ふしぎとゆらぎ、すてきなもので出来てるの》


 窓の外が白む。

 一晩中ソファの上でベストポジションを探しているだけの不毛な時間がそろそろ終わることに安堵する。

 脳幹から響く鐘の様な頭痛のせいで満足に寝られないのだ。


「最近眠れていないようだが」

「ああ、薬が買えなくて」

「どこか悪いのかい?大事にしなくてはいけないよ。まずエンゲル係数を見直して薬を優先させるべきだ」

「エンゲル係数って、主に君のピザのせいなんだけどね……舶来物(アウターオブジェクト)を第三類特例医薬品として練馬家から買わなきゃ……あ、ごめん」

「別にいいさ。それより舶来物(アウターオブジェクト)に頼らなくてはならない病気の方が心配だ」

「ここらじゃ珍しいもんじゃないよ。頭痛。関東エリアの風土病だよ」

「風土病?」

「うん。関東エリアの成人の95%が発症する原因不明の頭痛。たまに他のエリアでも発症するから厳密には風土病とは言えないけど」

「成人のみが発症するのかい?君は?」

「この前小学三年生の女の子が発症したってニュースになってたな。でも成人の病気。少なくとも普通高校生からしかかからない病気だよ」

「大人だけがかかる病気」

「このピザ、上手く切れてないね。包丁とってくるよ」

「もう手遅れだが、あまり包丁に触らない方がいい」

「え?」

「恐らくその少女は小さい頃から家事をやっていたのだろう。そして君は一人暮らしだ。君、大人は日常的に扱うが子供は触ることを許されない物といったら、何を思い浮かべる?」


 大人なら当たり前に使う物。子供は触れない、触ったら危ない物。


「包丁」

「関東エリアのキッチン用品メーカーはhorseが95%のシェアを持っている。練馬家の企業だ。奴らは包丁の取っ手にでもウイルスを塗布し頭痛を起こさせ、自身が独占している舶来物(アウターオブジェクト)の痛み止めを売りさばいているのだろうよ。薬の鎖と言ったところか。練馬家の考えそうなことだ」

「……凄いね。警察も原因がわかってないのに、僕の話を聞いただけで感染源を当てるなんて」

「警察は気づいているだろう。圧力だな──なにせ私の中にはシャーロック・ホームズが『混じって』いるからね。君はどうやらボクを穀潰しの鼻持ちならない貴族だと思っている節があるがこの程度で驚いて貰っては困る。よし、君の飲んでいる痛み止めを貸したまえ」


 ぼくは残っていた痛み止めを一錠彼女に手渡した。


「レキセット。クオリア遮断系か、フン、こんなもの」


 そういって夕姫は紙に何かを書き始めた。


「これ、ドラッグストアに行ってこれに書かれた物を買って来い」



 紙には咳止め、目薬、漢方、アレルギー薬、洗剤漂白剤エトセトラの銘柄が並んでいた。

 規則性は全く見いだせない。

 言われた通りに品物を持ってくると夕姫はセーブリングからビーカーなどの実験器具を取り出し、僕の買ってきた医薬品やら洗剤やら消臭剤やらを溶かしたり混ぜたりし始めた。


 フラスコやビーカーの中の液体をレンジでチンしたりミキサーにかけたり、鍋で茹でているところは実験をしているような料理にも、料理をしているような実験にも見える奇妙な光景だった。

 最終的に濾過して乾かした粉を小瓶に詰め、メジャースプーンですくってぼくの口に運ぶ。


「君、あーんだ」

「ユウキ、流石に無理だよ」

「無理というから無理なのだ」


 夕姫はぼくの鼻をつまむ。耐えきれず口を開けるとスプーンをねじこまれた。飲み込んだ瞬間、脳の最深部から響く痛みがすぅっと消えていく。


「これ、舶来物(アウターオブジェクト)の……」

「即効性のある改良型だ。さっきついでに包丁も調べたんだがあちらは舶来物(アウターオブジェクト)の理論で舶来物(アウターオブジェクト)の原料から舶来物(アウターオブジェクト)の道具を使って作られたウイルスだった。一般家庭では治療出来ない。残念だよ」


 なんだ、この少女は。

 舶来物(アウターオブジェクト)をドラッグストアにある物で再現するなんて聞いたことが無い。シャーロック・ホームズが混じってる?意味がわからないがとてもそんなものではない。

 シャーロック・ホームズは500年後の技術をランチでも作るかのように再現出来るか?


「……ありがとう。これでピザを食べられる日が増えるね」


 ぼくは努めて冷静に礼を言った。


「おどろいたかい?」

「おどろいたおどろいた」

「尊敬したかい?」

「尊敬した尊敬した」

「穀潰しの鼻持ちならない貴族ではなかったろう」

「最初からそんなこと思ってないよ」


 いじめと頭痛。この少女は僕が壊せなかった物を軽々と壊していく。そんな少女が壊せない檻とはなんだろう。それはいかなる悪意か。どんな人間の腐った欲望か。

 ──それは、ぼくが壊せるものだろうか。

 もう行くね、と僕は立ち上がる。時刻は昼過ぎ。着くころには学校は昼休みだろう。遅刻を通り越した遅刻である。


「ボクも学校行こうかなあ」

「つまらないよ」

「授業には興味無いが、同年代の少年少女が一つに集められた環境には興味がある」

「来るなよ?絶対来るなよ」



《ソード・デート・オフライン》



 登校して鞄を確認したら入れたはずの弁当がなかった。

 だれがなぜこんなことを。答えはわかりきっている。


「キャー可愛い」「ねね、その指輪どこで買ったの?」「髪サラサラ……産まれたてみたい」「女優とかアイドルやってた?」「マコトはどこにいるのか知りたいのだが……」「真琴君ね、マコトくーん」


 何がマコトくーんだなれなれしい。いじめられてた時シカトこいてたの忘れねえからな。

 ユウキが弁当を持って歩いて来る。


「ありがとうございますユ、一宮さん」

「なんだね?よそよそしくて嫌味な態度だな。思春期の少年は学校に家族が来ると照れ隠しに強い態度をとる傾向があると論文で読んだが、それと似たようなものかい?」


 どんな論文だ。


「か、家族!?」


どういうこと一緒に住んでるの狗藤くん孤児だったよね兄妹とか義理の?同棲禁断の愛めくるめくあばんちゅーる云々ごちゃごちゃごちゃごちゃ――

 ぼくは逃げ出した。


「マコトー!」

「ユウキ、君も来い」



 ぼくは最寄り駅の数駅前で下車した。

 家に帰ってもすることがないので秋葉原で時間を潰そうと思ったのだ。

 これはマジで言ってるんだが、アキバで学生服を着ていて職質されたとき、「コスプレです」と言ったらお巡りさんが爆笑して去っていったことがある。


「マコト!これ楽しそうだ」


 入ったゲーセンでユウキが興味を示したのはヘッドマウントディスプレイを使った剣戟シミュレーションだ。ぼくはゲームがそこまで得意ではないのだがこのゲームで負けたことがない。


「け、結構本格的だな」

「メインストーリーは6話が区切りがいいから、そこまでやろう。ぼくが守るから」

「そうか、守ってくれたまえよ、君」


 剣を握ると、にわかに景色が現実味を覚える。

 計算しなくても、ぼくが狼のモンスターを刺し殺したあと後ろに剣を振ると斧を持った小人の攻撃が届く前に斬り殺すことが出来るのがわかる。

 ボス。ぼくは相手の剣を受け止めながらユウキにヒールをかけ、ついでに威力アップのバフをかけてのけぞった相手にラッシュを浴びせる。最高にハイのまま相手の範囲攻撃を予測する。ギリギリ夕姫も巻き込むので足のアナログスティックを何度も激しく動かし彼女を範囲外に押し出す。

 ステージ端の足場を利用し飛び上がり、スキルで真上からとどめをさした。


「へっへっへ」


 HMDを外したユウキは楽しそうに、汗で髪の毛を頬にくっつけて本当に楽しそうに笑う。

 可愛いな、と思った。

 可愛い、と思う。


「友達とゲームセンターに行ける日がくるなんて思いもしなかった。ああ!外は楽しいなあ」


 そんな風に大声で笑う彼女をとても愛おしいと思う。


「しかし、君は強かったな。練馬家の剣の稽古を見たことがあるが、君の方がずっと強いぞ」

「ゲームだよ」

「いや、あのゲームは侮ってはいけない。3ステージ以降は明らかに剣に覚えのある人間が作ったと見えるよ」


 そういえば、開発者インタビューでそんなこと言ってたな。


「君、また来よう。もっと先に連れて行ってくれ」

「ああ、またこよう」


《カイナラサレル》


「はい、はい記憶洗浄は今日中に」「パピヨンは拘束中です。一宮さまは無抵抗です」


 いわく、ずっと監視されていたと。なんとかとかいう力を持ったユウキに抵抗されないよう、「人質」としてぼくは、ぼくとユウキの絆は育てられていたと。



 家の前で組み伏せられるぼく。常人ではありえないほどの力で熊にでも押し倒されているようだ。隠し持っていたナイフが刺さった左肩から最早血は流れていない。虚ろな目でスーツ姿の男はぼくの腕を片手で極めてナイフを引き抜いた。一瞬血が飛び散るがすぐに傷口が再生されていく。ぼくは吠えて噛みつく。歯が欠ける。


「PEDを摂取した人間に勝てるわけないだろう。下民が」


 そう言ってぼくの肩を外そうとする。激痛が走る。


「やめて!マコトにはなにもするな……言う通りにするから、言う通りにするから」


 ぼくは口の端から泡を吹きながらこの世全てに唸る。


「マコト、君にあの日、声をかけてよかったよ。温かいピザを見たとき、ボク本当は泣きそうだったんだ。ぼくが人の為に頭脳を使うなんてないんだよ?ゲームセンターも楽しかった。君と一緒で楽しかったよ」



 ぼくとユウキは同時に記憶洗浄の注射を打たれた。


《Re》


妊娠線や腐敗し膨らんだクジラの死体をイメージしてほしい。

これを切り裂きたい、そんな生理レベルの感情。

壊すことは快楽である。それがどんな結果を呼ぼうとも。はちきれる前の生傷を例にだすなら、一本の生傷は女性器のようであると。それを抉りたくなる本能的欲求。

胸の奥の、さらに奥で感じる熱。

その熱に焼き殺される恐怖は破壊願望の沪にくべられる。

断っておくがこれは自由の話ではない。自由にとって破壊とは手段でしかない。

完全な自由とは孤独である。

人になにかして、なにかを相手が感じる、反応をする。そのすべてが鎖なのだから。

それを絆なんて言葉で、煙に巻いてみたり。

 

《首輪を離さないで》


 ぼくの日常はズレている。橋川や三輪に苛められなくなったのが一番の変化だが、やたらと宅配ピザを頼む。注文したことを報告したい誰かがいる気がする。ゲームセンターに入り浸るようになった。黄色い粉の詰められた小瓶は得体がしれないのに、なぜか捨てる気にならないでいつも持っている。

 ぼくの人生ってこんなもんだったろう。

 それは正論なのだが、何かが足りない。

 こんなのは思春期の、「愛と暴力」が答えのありふれた感覚なのだと思う気がするのだが、ぼくは隣に誰かがいないのが、寂しくて仕様がない。


 登下校中、馬車を見た。わざわざ交通ルールを追加してまで華族の威厳を誇示するために再生産された旧式の乗り物。

 ぼくは舌打ちをする寸前で目から膜が剥がれる感触に襲われる。

そう、この長く、何よりも輝く黒い髪。色白で、病的な細身の、ちいさな、ちいさな、女の子。

 ぼくの瞳に一宮夕姫が映る。手錠を布で隠された一宮夕姫が映る。

 視線を感じて振り向いた、その宝石には例えられない煌めき。黒く美しく生きる瞳がぼくを映す。群衆をかきわけ狗藤真琴をゆっくりと映していく。


 記憶の空白が戻る直前、閃光のような情動がぼくの全存在に命令する。


あの少女を、救え。生命の共犯者の鎖を一つ残らず引きちぎれ。


 止められていた自動車の強化ガラスを石で叩き割り、鍵穴にナイフを強引にねじ込んでエンジンをかける。まさか自分たちに関係のある事件だと思わなかったのだろう。ユウキの周りの黒服の一瞬の虚をついて馬車を跳ね飛ばす。


「乗れ!」


 少女は楽しそうに、それはそれは楽しそうに助手席に飛び乗る。


「記憶洗浄が私を見た瞬間に解けるなんて、マコトはボクのことが大好きだな」

「大好きだよ」


 さて、どこまで逃げる?ひとまずどこまで逃げれば安全か知りたい。


「大好きだ」



「自動車販売店にむかおう。囚われの身でも自動車一台キャッシュで買える程度の小遣いはギリギリ、本当にギリギリたまっていてね」

「車ならこれでいいだろ。なんで必要なんだ?」

「同じ車種の車を買い、ナンバープレートを付け替えて自動操縦プログラムをハッキングする。検問が敷かれるだろうからそのポイントを無人の自動操縦車で強行突破すれば我々が検問の網の外に出たと思い、捜査をかくら――」


 轟音が響き、車が爆発炎上する。折れる肋骨、鎖骨、裂けるいくつかの太い血管、砕ける四肢の骨、潰れる左の肺――即死しなかったことに感謝してしまうほど体中を爆発にぐちゃぐちゃにされながら運転席から放りだされる。対戦車グレネードを一般車両に撃ったのか。いかれている。



 脳内麻薬の過剰分泌、ほとんどニアデスハピネスに近い意識のなか、満身創痍のユウキが口から血を吐きながらセーブリングをよどみなく操作するのが見える。喚び出したのは一本の自動注射器だった。赤い、朱い、紅い液体が中に詰まったシリンダー。


「こんなにもボクに綺麗で温かいものを見せてくれたんだ」

「バケモノになっても、ずっとボクの隣に居てもらうよ」


 ぼくの首にそれを流し込む。


 身体が再生――いや、造り替えられているのだ。イメージは牙、忠誠、唸り声と遠吠え、闘争本能、強い仲間意識。


 狗だ。

 ぼくの中に犬が『混じっている』。

 PEDとかいったか。肉体を強化されているらしい黒服は車に跳ねられたくらいでは態勢を崩さず、二発目のRPGをぼくにむかって撃ちだす。

 その弾頭をぼくは掴み、回転して投げ返した。

 爆音と共に馬車付近の黒服が吹っ飛ぶ。

 ぼくは両手をついて走りだし、残った黒服の首筋に噛みつく。強化されているはずの肉体をいとも簡単に食いちぎり、ほかの奴らも頭を電柱に叩きつけ、数十メートル蹴り飛ばし、顔を指と爪で引き裂く。

 奴らの銃弾なんて意味がなかった。殺意を感じてから容易に避けられる。


 全員血祭りにあげると、あまりにも遅い警察官がやってくる。ユウキはぼくのところに駆けよる。


「説明の前に、警察を振り切った方がいいと考えるがね」

「うん。あとでぼくになにをしたのかじっくり聞かせてもらうよ」


 ぼくは全速力で走り、車道の車よりずっと速いスピードで走っているのにユウキはそれについてくる。つまりそういうことだろう。



「君や――察しがついているだろうが私の『これ』は舶来物(アウターオブジェクト)ではない」

「鎖国以前から一宮家が秘儀としてきた、「獣の王」と呼ばれる薬なのだよ。BFDと一般的には呼ばれている。原理の解明はされていない。とにかく使用者の肉体を不可逆に変えるのさ。異常に強く、異常に再生し、獣の特徴を持った体にね。マコト、犬歯が伸びていることに気づいているかい?」


 舌で歯をなぞる。確かに伸びていた。


「君には狗が混ざったんだ」

「ユウキはなにが混ざったの?」

「天才」

「天才?」

「製造過程で動物の遺伝子情報を持つ肉片や血などを使うのだが、『同種の動物であれば個体差があってもいくらでも混ぜられる』ことに気づいたのが祖父だ。私の祖父は非積極的開国主義者、『形あるものはいずれ壊れる。鎖国の檻もいずれは壊れる』という思想のもと、「開国後」の世界で日本が戦い抜くための人材――いや、兵器として私を創った。胎児である私にアインシュタイン、オイラー、シャーロックホームズ、ノイマン、ガウス、ニコラ・テスラ――ありとあらゆる「天才の人間」を混ぜたBFDを投与したんだ」

「祖父は外道だが、聡きものとしての徳は最低限備えていた。彼は私に二つだけ武器をくれたのだよ。そのうちの一つが私のセーブリングの奥の奥、何重ものセキュリティで隠されたアドレスにあった君に使った狗のBFDというわけさ」


 もうひとつがなんなのかは聞くまでもないだろう。舶来物(アウターオブジェクト)をゼロから再現するその脳髄。


「父はどうやら祖父から外道と聡明の内、聡明だけを金玉袋の中に置いてきたのか、主流派である鎖国派の恩恵だけを享受すべく婚約という形で私を売り、BFDも金や権利、有力華族への媚びに変えようと売っぱらった。全く愚かとしか言いようがない。練馬家は当然私にいくつかの舶来物(アウターオブジェクト)の原理を解明させ、独占し強力な力を得た。ばら撒かれたBFDが勢力図を変えるのはまだ良いシナリオで、BFDの製法を解明されたら一宮の僅かな優位は消し飛ぶ。私もずいぶん安く見積もられたものだよ。『私が素材のBFD』を創れば私の頭脳が量産できるということにも気づいてないんだからなあ、あの俗物は」


 ぼくの鼻に嫌な匂いが届く。


「ユウキ、追手だ」

「犬の特性か。便利だな」

「策はある?」

「……ない。私たちは華族が街中で使える規模の軍勢なら蹴散らせるが、また次の追手がくるだろう。消耗戦になったら終わりだ……終わりだが、策を練る時間が欲しい」

「じゃあ、戦おうか。君が先を見据えられるまで」

「ああ。守ってくれたまえよ、君。私に先を見せてくれ」


《少年少女前に征け》


 打ち捨てられた工事現場のマンションから飛び降りて、あえて相手の軍勢の方に突っ込む。銃弾を警戒しているのだ。殺気は遠ざかるほど感知しにくくなる。後ろから撃たれるより銃口を視認したほうが回避しやすい。

 それこそ銃弾のように突っ込んでくる二匹の獣に、金ボタンの軍服を着た男達がアサルトライフルを掃射する。それを避けながら気づいたのだが、ぼくが野生の勘に頼っているのに対し、ユウキはトリガーの指、マズルフラッシュ、銃弾そのものを認識することだけで銃弾を回避しているため、刹那のレベルで僕より反射が遅い。ぼくはユウキに対する殺気にも気を配らなくてはならない。


 ぼくは死ぬ気でユウキより先に軍勢に辿りつき、嵐のように暴れ回る。車を投げ飛ばし、肉を嚙みちぎり、爪で引き裂き、殴りつけ蹴り飛ばし叫ぶ、吠える。もっと、もっと力を。秩序に対する野生を。理不尽への理不尽を。無限のハウリングを咆哮を。


 ユウキは宙を舞いながらスローナイフを数本放る。それは僕等から見れば「どこ狙ってるんだ」と言いたくなる場所に突き刺さるが、最初に投げたスローナイフが爆発すると、まるで見えない導火線がしいてあるかのように漏れたエンジンオイルといった可燃物や別のスローナイフ、ガソリンタンクに引火、誘爆を起こし彼らの足、兼武器庫の車両を無力化していった。


 軍勢を退け、退け続けるたびに相手がレベルアップして襲ってくる。軍服の次は防弾装備、防弾装備の次は明らかに対人用では無いマシンガンをくくりつけた攻駆装(パワード・スーツ)。力任せに捩じり、地面に叩きつけ、足で壁に吹き飛ばすとスーツの隙間からとろとろと血が流れる。


「このまま進めば反鎖国派の武家の領地に入る!私の解明した舶来物(アウターオブジェクト)の理論を交渉のダシにして匿わせる!」

「それ、話だけ聞いて売られない!?」

「ポーカーのようなものだよ。相手は私の手札を知らない。あることないこと匂わせて少しづつ知識を切り売りし家賃代わりにする!」


 戦車が出てきた当たりで限界が見えてきた。酸欠で頭痛がする。視界が定まらない。くらった銃弾だって十発や二十発では無い。へし折った電柱で最後の戦車を叩き潰すと、運よくガソリンタンクに引火し爆発炎上して中の兵士が出てくる恐れが無くなった。

 静寂が落ちる。

 一瞬の気のゆるみで、ぼくは膝をつきうつ伏せに倒れた。

 瞬間全身に激痛が走る。


「があああああああああっ!」


 怪我をしていない場所どころか身体の表面から内臓、頭の奥深くまでとんでもない痛みが叫びだした。


「マ、こ、ト」


 ほとんどの銃撃はぼくがかばったが、殺気を感じられないほど遠くから対物ライフルで右肩を撃ち抜かれたユウキが口から血を出しながらぼくに歩みよる。


「なんだあ?バケモノが内戦みてえな包囲網ぶち抜きながらこっちに向かってるっていうから来たら、一宮の家紋じゃねえか」


 蒼い髪の少年。右手に光る指輪は華族のものと見紛うが、その腰に差さっている日本刀で違うことがはっきりわかる。

 この数時間、目に映るものは全て敵だった。ぼくは本物のバケモノに堕ちかけていた。

 いつのまにか形を変え、硬くすることが出来るようになった爪でぼくは少年に襲いかかった。

 刀で受けられ、足を払われる。


「ぎゃあああ!」

「お、おい、そんなに強く蹴ってないだろ」


 ぼくは痛みから正気を守るのに必死だった。荒い、細かい呼吸を意識的に続けることが唯一の綱だった。


「――ああ、ああはいはいなるほどね。俺のなった奴か」

「武家の者と、お見受けするが、わかるのか?彼は、どうなっている?」

「こいつ、BFD接種してから一日、いや半日もたってないだろ。BFDが造り替えた身体が耐えられる以上に獣の力を引き出したんだよ。俺もガキの頃馬鹿やってなったなあ」

「どうすれば」

「どうすればも、どうしようもねえよ。いや、どうする必要もないっていうのが正しいかな。意思の力で引き出された獣の力に身体が耐えられるよう、BFDが体内で暴れてる」

「そうか。力自体はすぐに使えるが、身体が追いついていない。浸透圧と血流を考えると、半日か。つまりあと2、3時間」

「お嬢さん、頭良いの?まあいいや。とにかくどうしようもねえし、じきに収まる。クオリア遮断系の強力な痛み止めでも飲ませば楽になるだろうよ」


 ユウキはぼくの服を漁り、黄色い粉の入った瓶を取り出すと一瞬愛おしそうに眺め、すぐにぼくに飲ませた。

 痛みが引いていく。薄い膜の外でとんでもない痛みが暴れているが、膜に守られているイメージ。


 少年は僕の肩を支える。


「よっこらせっと。お嬢さんも能力者だろ?自分で歩け」


 ぼくは言う。


「歩けって……どこに」

「おれんちだよ」

「ちょっと待て。ボクたちは東京にほとんどまっすぐ戦場の線を引いた人間だぞ」

「ニュースで見たよ。自動検閲越しだけどな」

「なんで、ぼく達を匿う」


 蒼い髪の少年は笑う。


「なんでって、お前ら怪我してるだろうが」

 ユウキがポカンと口を開ける

「君、頭が悪いのか?」


 少年は片方の口角を上げ、ニヒルに言う。


「そう。俺は『稀代のただの大うつけ』、織田信長ってんだ。よろしくな」


《二匹の獣と第六天魔》


「上様、即刻練馬家に引き渡すべきです」

舶来物(アウターオブジェクト)を制するものが日本を制す。500年間外国が一切の技術提供を拒否している現状、舶来物(アウターオブジェクト)の技術の解明、500年分文明を進められる可能性がある唯一の存在、一宮の夕姫さまは核爆弾です。練馬家は本気になって我らと敵対するでしょう」

「逆に考えろ。その核爆弾は今織田にある。犬のBFD能力者一人のおまけつきだ。こいつらが俺らに手を貸すなら少なく見積もっても織田の軍事力は倍、いや3倍になる。織田の目的はなんだ」

「開国派として主権を握り、檻の解明、破壊に全精力を注ぎ、日本を自由にすることです」

「そーだ。お嬢さん達と目的は一致してる。間違いなく人類史上最高の頭脳。戦略、開発、経営、馬鹿な俺らが苦手で遅れをとってたのが一宮夕姫ただ一人でひっくり返る。――はっきり言うが」


 信長の目が妖しく細められる。


「俺はこの拾い物をしたときに本格的に戦争を始めることを決めた」


 周囲がざわめく。


「軍事で華族を制圧するのは、第二類舶来物(アウターオブジェクト)までしか所有できない武家には現実的ではありません」

「問題は結局PED、BFDを再現しようとした失敗作。一時的に身体能力と再生能力を向上させるあの薬だろう。お嬢さん、再現できるか」

「適切な設備があれば可能だよ」


 今度は歓声に似たどよめきがあがる。


「あの力が我らの手に」

「傷痍軍人もまた戦える」


 流れが確実にぼく達に有利な方向に変わっていった。


「化学班に案内しよう。」


 そこはぼくの学校に理科室に置いてある設備とはずいぶん様相が違った。

 フラスコや試験管などと別に、流線形のフォルムの筒や時計のような半透明の針が埋め込まれた台のようなもの、一目見ただけでは――いや、説明されてもわからないだろう機材が並んでいた。

 夕姫は並べられた薬品を眺めながら、


「これならPEDの生産は容易だ」


 とつぶやいた。

 薬品を取り出し、機械に流し込み、その機械が粉を吐き出すとそれをまた別の機材の中に入れ、PCを操作する。30分後、2Lほどの青い液体と数百粒の錠剤が出来上がった。


「注射用と経口投与用だ」


 すぐに松葉杖をついて、仲間に肩を貸してもらって歩く男が現れた。

 夕姫は注射器で液体を吸い上げ、とんとん、と指で叩くとその男の腕に注射した。

 男の瞳孔がかっと開き、ゆっくりと収縮していく。


「足が――動く!」 

 歓声が上がる。

「戦える!我らは戦える!」

「我々はここに置いてもらえるということでいいのかね?疲れた。休みたいのだが」


 ぼくらは広い和室に通された。家具は洋式のものが一式揃えてあり、デスクトップまで用意されていた。ぼくはふたり分の布団を敷いたあと、窓際の座椅子に腰かける。


「戦争って、どうなるんだろう」


 布団に寝転がった夕姫が仰向けで応える。


「最初は必然、練馬家ということになるだろう。関東エリアでも有数の有力貴族だ。この国ではこれから小さい紛争が頻発するだろうね。時代の歯車が回る音がすると、私の頭脳が言っているよ」

「普通の人は、大丈夫かな」

「守りながら壊す、私たちはとんでもなく不利だ」

「どうする?」

「戦場をどこにするか、コントロールすればいいのだよ。例えばこの屋敷は周囲数キロにわたって織田家の流れをくむ侍しか住んでいない。奪還対象の私がここから動かなければ戦場は民間人のいないここに限定される」

「というよりすでにいつ攻めてきてもおかしくないのだよ。遅すぎるくらいだ。練馬家は織田家が私たちを抱きこんだと判断したのだろう。本気の装備で大規模な軍隊を編成して攻めてくるはずだ」

「勝算は?」

「数千人分のPEDを用意した。武家として武器はたんまりあるだろう――そうだ、いいものあげよう」


 夕姫はリングからセーブリングを喚び出した。


「リングにリングを入れられるの?」

「中に入ったリングの内容物が多いほどストレージを圧迫するがね」


 夕姫はぼくの指にリングをはめる。


「こりゃ便利だ。ありがとう」

「バカ、中身だ」


 ぼくは夕姫の真似をしてリングを親指でなぞる。

 表示されたホログラムには、「牙」とだけ書かれていた。タップする。

 手のひらサイズの棒。これは──


「刀の柄?」


 ――能力値クリア。精神構造──「月の従者」。攻撃衝動──測定不能。暫定的に「対世界用衝動」と分類。「牙」の所有者として最適な人間です。所有者として設定。以降、✕✕✕✕以外の存在は私を扱えません。


「っ!なんか頭に鳴ったんだけど」

「「牙」は最初に「牙」が選んだ持ち主以外に扱えない。君には剣に天性の才があるから選ばれるだろうさ。それは「意思」という情報を刃に変換する。「斬る」という意思に応じて刃が生成される。意思がある限りどこまでも長く、意思が強いほど硬く鋭く。祖父がセーブリングの理論のさわりのさわりだけを解明し、開発した刀だ。私がもらった二つ目の武器だよ」


 ぼくは本棚から古い本をとりだし、放り投げる。

 「牙」を振るうと本はかすかな手ごたえだけで綺麗に真っぷたつになる。「牙」からは鈍く、強い煌めきを放つ銀色の刀身が生えていた。


「祖父はいつか選んだ従者に渡せと」


 夕姫はにやりと笑う。


「守ってくれたまえよ、君。私を先に連れて行ってくれ」


《優しさと真面目さと悪意と強さと》


 手に馴染んでしょうがなかった、あの木刀を眺める。


「一本!」


 織田家の剣術修練に反則はない。木刀に気を取られている信人の足をはらい、頭に木刀を雑に叩き込む。

 信人には才能が無い訳では無かった。俺の天性の戦闘センスと、織田家のルールががっちりはまり、俺は18716回信人を斬り殺していた。

 剣が大好きだった信人は、毎日修練の時間が終わっても道場で素振りをずうっと続けていた。「型通り」の信人の剣筋は一つ一つをとってみれば芸術の域に達していた。

 圧倒的にセンスが無かった。あるいは悪意と言い換えてもいい。他人を叩きのめす方法を産む悪意のなさが、刹那、刹那の戦略の拙さに繋がっていた。

 剣道なら信人の右に出るものはそういないだろう。ただ喧嘩の才能は皆無だった。

 優しすぎ、真面目すぎる。俺はそんな信人を愛していた。

 織田家は実力のあるものに投資を優先する。奇跡で流れ着いたBFDを誰に投与するか決める際、うつけの俺たちは親族同士で防具をつけずに木刀で殴り合い最後に立っていたものに投与すると一族の会議で決めた。

 血と汗が飛び散った剣道場で、立っているのは俺と信人の二人きり。

 俺は奇声を張り上げる。興奮したふりをして大振りで基本の技を繰り出す。

 上段からの攻撃を受けるため防御の構えをとった信人。

 俺はスライディングして足の骨を木刀で殴り、片手と足で飛び上がって後ろから信人を斬り伏せた。

 BFDが投与された翌日、信人は「強くなりたい」と書き残して姿をくらませた。


 優しい信人。真面目な信人。馬鹿な信人。


《狂った王 犭の王》


「信長」

「……真琴か」

「いらっしゃったよ。攻駆装(パワードスーツ)、機械化兵士、改造動物、なんでもござれだ」

「特殊兵降下ポッドでBFD能力者にお前をぶつける。俺は地理的に弱い部分に降下する」

「わかった。――あのさあ」

「なんだ」

「なんでこんなことすんの」

「多分、お前と同じだよ」

「あ、わかる?頭の奥が熱くてしょうがないんだ。ぶっ壊せってうるさいんだ。でも」

「それじゃただの馬鹿だ。おなじ馬鹿共を守りたい――いや、違うか」

「ぼくは、ユウキと一緒にどこまでも行きたい。邪魔するものはなにもかも薙ぎ払って」

「そう、俺はあの織田家(バカども)と見たことの無い景色を見たい。手当たり次第壊すのはただのきちがいだが、あいつらと一緒なら俺は――」

「大うつけの獣になれる」

「その通り」


 俺は立ち上がる。


「それじゃあ行くか。一宮の飼い犬。手始めに、戦場ごとぶち壊そう」


 俺たちは狂った獣の王だ。本能の命じるままどこまでも駆けることしか知らないひとでなしの獣だ。


《第一次革命戦争》


「勘違いだったら謝るけど、これは人間ミサイルとどう違うの」

「人間ミサイルだな。600年前の回天という自爆兵器を思い出す」


 ぼくのポッドに一緒に入っているドローンからユウキの声が聞こえる。

 ドローンは戦場に無数に飛行しており、墜落すればまた新たに出撃される。

 ユウキはドローンの全てを統括しており、送られてくるテラでは表せない膨大なデータを処理しながら戦場というチェス盤を支配している。


「着陸機能がついてるだけありがたいと思え。雑魚どもを薙ぎ払わず目的地まで行けるんだから。ユウキ、能力者は何人だ?」

「一人だ。まったく、囚われの姫を助ける王子様きどりか?王子というより姫だろう奴は」

「?」

「了解。そっちは任せる。俺はやばそうな場所に飛ばしてくれ」

「ラジャー!いっくぜ~!3、2、1、0!」


 身体にとんでもないGがかかる。

 特殊兵専用のポッドは快適性をあまり考慮していないらしい。

 外が見えない。

 目隠しで常識外れのジェットコースターに乗っているような感覚だ。

 ふっと嘔吐感を伴う浮遊感に包まれ、ポッドは着陸した。

 即座に目の前のハッチが高速で開き、血と硝煙の匂いが鼻に突っ込んできた。

 そこは趣味の悪い見世物小屋のサーカスのようだった。

 左腕が命を狩ることに特化し改造された機械化兵士が十徳ナイフのように様々な機能で銃と刀を備えた侍たちを圧倒し、三つの頭を持つ大蛇が口から吐く液は地面を溶かし大穴を空け続けている。

 しかし、この異様で奇怪な戦場には女王がいた。

 白く長い髪を振り乱し、晴れ渡る笑顔で跳ねまわり、ネズミ花火のように侍の軍勢を屠っている。


「あれえ、君、もしかして俺のお姫様をさらった横恋慕さん?」


 その少女はぼくを見て笑う。


「お、俺?」

「君のお姫様になった覚えはないよ。彼は私のナイトで王子様さ。練馬天音」

「もしかして、婚約者って」

「俺の事だよ。俺は世界一可愛いから、かわいい物は片っ端から集めるんだ。女の子の服も、夕姫も、BFDもね」


 その跳躍力と恐ろしい速度の足、そして『可愛い』BFD。


「兎?」

「お、よく分かったね。君のその牙、まさか夕姫がBFDを隠し持っていたとは。なんの動物だい?」

「さあね」

「まあいいや。夕姫を取り戻すには君を殺さなきゃって思ってたから、こんなに早く会えて嬉しいよ」

「ぼくも本物の男の娘を見るのは初めてだ。会えて光栄だよ。」

「と、いう訳で、あれがボクを縛る鎖のひとつだ。マコト、ぶっ壊せ」

「わかった」

「やってみな。狗藤真琴」


 天音は指に挟んだ8本のナイフをぼくに放る。

 金切り声を上げて飛んでくるナイフを、僕は一本一本認識して「牙」で弾く。いかに能力者の投擲といえど、対物ライフルより速い訳じゃない。

 そうたかをくくっていたら、弾いたナイフ達が不自然な軌道を描きもう一度僕に襲いかかる。僕はうしろに跳躍し、「牙」を伸ばしてなんとか7本弾く、弾いたナイフが最後の一本の軌道を変え、僕の頬を掠めた。


「面白い武器だね。如意棒みたいだ」

「ワイヤーでナイフを操ってるんだね」


 天音の両手には左に4個、右に5個指輪がついている。形が違うセーブリング以外の8個は、それぞれワイヤーでナイフと繋がっていた。

 天音は器用に指を高速で動かし、右手にナイフを集め、左手のナイフ達でまた僕を狙った。


 ワイヤーの射程範囲外(アウトレンジ)から牙を伸ばせばいい――

 そう考えてバックステップを繰り返す。


「俺がなんの動物か忘れたか?」


 僕が数回跳んだ距離を一瞬で詰め、右手のナイフを振るう。右手の「牙」は間にあわない。僕は左手を犠牲にすることを刹那で判断する。ナイフは何とか骨で止まり、天音は、


「へえ」


 二の腕の一部が噛み千切られ、血が流れている。


「犬か」

「正解」

「俺ってばお坊ちゃんだからよ。安全な場所で雑魚狩りばっかやってたから能力者と戦うの実は初めてなんだ」


 天音はペロリと唇をなめる。


「すっごい楽しい。クセになりそう」


 ぼくはなにも言わなかったが、心臓が高鳴り、恋のように胸が焦げて脳汁が止まらなかった。


「もっとやろう。こんなに楽しいなら、もっと早く獣の王と戦うんだったよ」


 ぼく達は共に前に跳躍し、戦場に高らかな金属音を響かせた。


《恋と戦争 獣の咆哮》


 この戦場は中央より少し東に流れる水路によって二分されており、夕姫は東側に信長、西側に真琴を配置した。 


 金切り声と爆発のような金属音が絶え間無く続く、たった二匹の人外の戦闘範囲は西側のほとんどに及んでおり、彼らが「ついで」で敵兵を殺し「ついで」で仲間を守りながら西側エリアを縦横無尽に駆け回るその様は八本のナイフと一本の刀で産み出される竜巻、戦場の災害だった。


 いつ「奴等」が現れるか。織田家も練馬家も目の前の敵よりその災害を恐れている異常な状況。


 それでも織田家が優勢だったのはこの戦場を支配せんとするもう一匹の人外のおかげだった。夕姫は冷静に彼らの戦闘状況からこの竜巻の進路を予測し、その上で織田家各員に比較的安全かつ戦略として最適な配置に向かうよう指示を出していた。


 念力で動かしているようにしか思えない八本のナイフを真琴は「牙」を伸ばし、縮め、振るい弾き、ナイフの間隙から如意棒のように刃を射出し反撃していた。


 誰がこんな武器を選ぶのか、使用者の正気を疑う武器で戦う練馬天音は思う。


(荒削りだけど最早神秘的なまでの剣の才能だな。能力者にならなければこの才能はせいぜい竹刀の打ち合いで金メダルを首にかけるだけに終わっていたかと思うと恐ろしいよ)


「君はこの世界が嫌いみたいだけどさ、知ってる?この世界が意外と公平だって」

 ピアノ奏者のように指を瀟洒に振るいながら天音は問う。

「華族制度は血縁で全てが決まる訳じゃないんだよ。日本経済を飛躍的に向上させた実業家や政治家は華族の爵位を与えられる。舶来物(アウターオブジェクト)の理論をひとつでも解明出来たら学者だって華族になれる。練馬家も曾々々々々おじいさん──あれ、曾々々々おじいさんだっけ?が実業家で、華族になったんだ。強くて正しい奴は相応の権利を得る。これって公平でステキだと思わない?」


 だからぼくは、そういう「強くて正しい奴」が手前勝手に世界を区切るのがどうしても、どうしようもなく腹が立って頭が沸騰するほどムカついて全部ぶっ壊したいんだよ。


「ああ、なるほどね。正義のヒーローになりたい訳じゃないんだ。それじゃ本当に動物だよ。つっまんねえ。『こんなの』に惚れた一宮夕姫もつまんねえ!」


 ミリ単位の高速移動――それによる複雑を極める攻撃を、天音はしゃがみこんだ体勢で()()()

 次の瞬間、胸から背中まで貫通するほどの強い衝撃がぼくを襲い、肺から無理矢理空気を残さず吐き出させられた。

 兎の跳躍。その音速に迫る速度を乗せた()()()()はぼくの身体を戦場の外まで弾き出し、ぼくは木々をなぎ倒しながら吹っ飛んだ。


 呼吸が出来ない。呼吸で制御していた戦闘のリズムが操れない。


「よっ、こらっ、せいっ、おりゃ、もう一丁!」


 兎の脚によるミドルレンジからくりだされる飛び蹴りで、僕の右腕を、右足を、左腕を左足を内臓をぐちゃぐちゃにしていく。

 ようやく身体が木にぶつかって止まると、せり上がる物が抑えられず信じられない量の喀血をした。


「ほんとはさ?こいつを殺してからゆうっくり口説いて愛しあいたかったんだぜ?俺は。人類史上最高の頭脳をオトすとかアツいだろ?」


 勝利を確信した天音が悠然と歩いている。その瞳は最早ぼくを見ておらず、セーブリングのホログラムを操作していた。


「でもこんなのを選ぶような女、つまんねえよ。しかたねえ、顔は超ウルトラS級だし、結婚しねえと親父がうるさいから、俺のものにしてやる」


 戦場を無数に飛行するドローンの内一体が、僕と天音の上を飛んでいた。


「マコト……」


 天音は右手に鎖がモチーフの装飾がなされた、奇怪なマイクを持っていた。

 ガンッと顔を足で踏まれる。ぼくの頭は後ろにある樹に挟まれミシミシと音をたてる。


「聞こえる?こいつ殺すから」

「ま、待て」

「殺すよ?」

「やめろ」

「ものの頼み方がなってねえなあ」


 天音は樹ごとぼくを踏み倒し、地面に向かって足に力をこめる。ぱき。

 感じたことのない種類の激痛。遂に頭蓋にヒビが入ったことがわかった。


「やめろ、やめて、やめて、ください」

「じゃあ言うこと聞けるよな」


 天音は奇怪なマイクをドローンに向ける。


「誓約用マイク。ここに向かって喋った言葉は、それが嘘でも本心になり、自分の言葉に逆らえなくなる。『私は練馬天音を愛しています』、はい複唱」


 そんな、(もの)で、また彼女を縛るのか。

 健康に悪いピザも、ゲームセンターもない大きな(おり)に彼女を永遠に閉じ込めておくのか。


「わ、たしは……」


 飼い犬、と信長は言った。

 ああ、確かにぼくはユウキの飼い犬だ。

 ナイトで、王子様だと、ユウキは言ってくれた。

 どれも嬉しい。嬉しいけれど違うんだ。

 僕と彼女は魂の番だ。絶対に裏切れない、絶対にちぎれない、絶対に離れない。

 彼女は僕のたったひとりの本能の共犯者だ。


「―――――――――――!!!!!」


 もはや生き物のものとは思えない吠声が戦場に響く。

 彼女の為なら僕は吠える。何度でも。

 彼女に埋め込まれた力が躰中を暴れ回る。

 全身の細胞が本能(めいれい)に従い荒れ狂う。

 全身ズタボロのはずなのに、信じられない力で天音の頭に爪を立てた掌底を打ち込んだ。いや、掌底なんてもんじゃない。獣の癇癪で爪を振り抜いただけだ。


 天音が何十本もの木々をなぎ倒して吹っ飛んだ。口から折れた歯をプッと吐いて口をぬぐい、天音が言った。


獣昇現象(オーバー・ビースト)——?!ふざけろ、投与されてまだ一日だぞ!!」


 セーブリングに一度「牙」を戻し、再召喚して右手に戻した。

 足元に転がっている誓約用マイクを踏み潰し、獣は輝く闇の様な瞳で敵を睨む。


痛い、痛い、いだいいたいIdaい痛いいたいいだい痛いいだいいたいいたいいたいいだいいだいいだいIdAいいtaいいたい痛い


 怪我のせいでは無い。身体が更にもう一段階、別の何かに上昇しようとしている。


「う゛ぎ、ゆ、う、きゆうきゆうきゆうきゆうきユウキユウキユウキ、ユウキ、いちのみや、ユウキ」


 前回の比にならないほどの、死の更に先にある苦痛。僕は地獄で彼女の名を歌う。

 最早身体は再生しきっていた。それどころか。

 ぼくの身体は半透明の黒い煙に包まれていた。


《醜悪下劣なヒトの王》


 戦場の東側、信長が降下した方では侍達が練馬家相手に善戦していた。

 これは本来異常事態である。PEDを摂取しているとはいえそれは練馬家側も同じこと。


 彼等はその上にアウターオブジェクトによる武装、あるいは機械化改造を施された肉体を持ち、遺伝子操作と中枢神経を支配する電極で操作される改造動物にまでPEDを摂取させているのだ。

 ただの人間である織田家の侍がPEDを摂取したところで同じ土俵に立てるだけ。

 同じ土俵で異形の化物と人間が勝負することになるだけだ。


 しかし、織田家の「うつけの血」が数百年の時を経てこの戦場で実を結んだ。

 「武家」である織田家がガンシップ、戦車、爆撃機といった一般的な兵器を持つことは問題ないが、第一類舶来物(アウターオブジェクト)を大量に保有する華族には太刀打ちできない為、精々下層階級のレジスタンスや――新皇歴始まって以来片手で数えられるほどしか起きていないが――他の武家が紛争をふっかけてきたときくらいしか使い道がない。

 と、いうよりそもそも名家に歯向かおうとする中・下層階級に対する抑止力、革命へのストッパーの役割こそが「武家」という上流階級の下層階級に与えられた役割であり、その為に一般的な兵装と第二類までの舶来物(アウターオブジェクト)の保有を許されている。

 市民を鎮圧出来るに足る以上の兵器の保有は、単にその家の財政を圧迫するだけなのだ。


 しかし我らが織田家は阿呆である。「お前はこの新皇歴の御時世にどんな戦争をするつもりなんだ?」と問わずにはいられない異常な量の兵器をミリタリーマニアと同じ心理で保有していた。

 そして我らが織田家はうつけである。第一類に分類される再生医療技術を持たないにも関わらず、玉鋼をベースに外来技術の合金で創られた現代刀、殺意の殺意による殺意の為の真剣で斬りあうことを祭りなどハレの日に余興で行うのが子供の頃からの常識だった。

 外来技術に心酔しきっている華族は、織田家が蓄えてきた異常な軍事力をもっと危険視するべきだったのだ。

 銃を持った兵士が5人いても、金属バットを持った命知らずの戦士が15人特攻してきたら結構いい勝負をするのではないか。


 簡単に言えばそれと似たようなことが練馬家と織田家の戦争では起きていた。

 そして嫌々背負っていたアサルトライフルでの戦いを鬱陶しがり、PEDが最大血中濃度に達すると返り血を求めて接近戦に持ち込もうとする武士(もののふ)と戦うことなど異形の兵士達は想定していなかった。馬鹿の大好物であるマグナム弾装填の大口径拳銃による超近距離射撃は遮蔽物に隠れれば安全な遠距離からのアサルトライフルよりも脅威であり、そして何より現代刀による血と汗で極限まで練り上げられた一太刀は、PEDを投与されたことにより同じPED投与者の機械化兵、改造動物にとって致命的な脅威であった。

 なんのことはない。異形の化物と人間の戦いと思われた戦争は、その実化物同士の戦争だったのだ。


 狂戦士の王、若き当主織田信長は機嫌がよかった。生まれてからずっと、家督を継いでからはもっと、どれだけ不必要で無駄だと言われてもただひたすらに研ぎ澄ました刃。それがついに鞘から放たれ華族(アウターオブジェクト)と張り合っている。PEDのおかげだけではない。俺の織田家でなければこの戦争は全く違う物になっていた。

 信長は十本の指から糸を放つ。指を高速で操る様は天音と似ているが、この糸は刃物など必要としない。


 ダーウィンズ・バーグ・スパイダー。


 ケプラーの十倍の強度、世界で最も頑丈な糸を吐く蜘蛛を混ぜられた信長は、BFDによる『モデル』の能力の底上げと彼自身の鍛錬によって、触れるだけで鉄板をなます切りに出来る強度の糸を自在に操れるようになっていた。


 一宮夕姫から絶えず送られる指令(コマンド)にしたがい、一匹の蜘蛛が戦場全体を(かりば)に変える。

 飛び散る血しぶき、断末魔の叫び、噴き出す臓物、細切れの舶来物(アウターオブジェクト)

 能力者のことをこう呼ぶ者達がいる。

『意思を持つ5番目の大量殺戮兵器』


『――だめだ。やり合わせたくなかったがお前以外では無理だ。――チクショウ、クソ野郎共――すまない』

「?」


 拡張現実に新たな座標が表示される。糸を使った立体機動で3分足らずで座標に到着する。


「イッポン‼イッポン!!!!いpppっぽんんんんんんんん」

『兄ちゃん、もう一本!』

「――っ!」


 それは一目見ただけでは、改造動物か人間か判別できなかった。

 脳の下垂体を化学的に操作することで過剰に成長ホルモンを分泌させ、人為的に巨人症を発症させた巨大な肉体。おそらくホルモン以外にも、べクターで思いつく限りの遺伝子操作をされたのであろう。変形した顎から涎がたれ、地面を溶かしている。高性能義眼を中心に、脳を含む顔の右半分ほどが機械化され、もう片方の瞳は悪性腫瘍になり溶けている。両腕は戦闘以外の用途を全て剥奪され、、右手には大型バイクほどの大きさがある日本刀に似た形の超振動チェーンソーを、もう片方は同じサイズの刃物を射出するライフルとショットガンに改造されていた。その重みに耐えられないのであろう。下半身は八本の巨大な脚に機械化改造されていた。


「ア、んんんんnにいいいいちゃああああんnん。にいちゃああああああんん!!!!!!」


 織田信人だった。

 織田信人『だった』。

 俺の、愛する弟『だった』ものが、俺の家族を殺しまくっていた。


「ミテ!!!!強くなった!!!ツヨクナッタ。ツヨクナッタンダヨおおおおおおおお!!!!なんでもキレる!剣をををトバセル!兄ちゃんとお揃いの蜘蛛の脚(八本脚)!」

「ねえええええりいいいいいいまああああああああ!!!」


 信長の身体から青いオーラが噴出する。激情が、感情という情報が質量保存を捻じ曲げてエネルギーに変わる。



《高度に発達した魔術は科学と見分けがつかない》


 500年。日本が世界から隔離されてそれだけの月日が経った。

 400年前、東京湾に突如『出島』が現れた。

 そのころ、海外の先進国で最も才能と野心と金がつぎ込まれていたのは素粒子物理学でもネットワーク技術でもなく、「魔術」だった。


 きっかけは、発見されたとある未開部族の儀式だった。明らかに質量保存の法則を無視した現象。研究室で再現されたことで幻覚剤による錯覚でないことが判明した。


『ある特定の無意味に思える手順を踏むと、情報が物質に、物質が情報に変わる』


 先進国によって世界中の魔術儀式の中から「本物の魔術」が抽出され簒奪された。

 海外は日本に対し何とか直径百メートルの人工島を浮上させ、魔術を研究したい海外に対し日本は機密情報に指定されていた民俗学の知識や嘘八百の都市伝説を輸出し、舶来物(アウターオブジェクト)を輸入する体制が確立された。


 獣昇現象(オーバービースト)。感情という情報が世界を壊しうる力に変わる現象。

 当たり前のように上流階級が嵌めるセーブリング、その技術を使った「牙」、そしてBFD──「獣の王」は魔術だった。


獣昇現象(オーバービースト)


 予想外の獣昇現象(オーバービースト)だったが、天音は反射で、と、いうより恐怖にかられセーブリングから「アゴニスト」と呼ばれる薬品を召喚した。


 アゴニスト──原義では脳内の受容体に働いて神経伝達物質と同じ働きをする、精神病の治療などに使われる化学物質全般を指す。これは乱暴な言い方をすれば人工的に感情を

作りだせることを意味する。

獣昇現象(オーバービースト)の発動条件は発狂と呼んでいいレベルの感情の爆発――神経シナプスの発火――である。


『ならば薬物(アゴニスト)で感情を「作れば」いいではないか』


 そうして産まれたのが「アゴニスト」。人工の発狂。端的に言えば「人間が壊れる(くるう)ほど強力な麻薬」である。


 練馬天音は躊躇なく首に自動注射器を刺してスイッチを押した。脳味噌が漂白洗浄されたような覚醒感に瞳孔は脳の命令に踊らさられ開ききり、この世全ての不幸を抱きしめられる程の多幸感に身体中が痙攣する。


 白い煙――オーラが天音を包む。アゴニストの死より辛い離脱症状よりも今は目の前の死を天音は恐れた。

 この、


「―――――オオオオオオウウウガああウゥ―————gアアアアアアアァアアアアア!?!!!!」


 黒いオーラが巨大な狗のカタチをとった、このヒトのモノであるとはとても信じられない狗藤真琴の狂気を。


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