Chapter 1 第七章「北へ」
「遅くなりました」
「大丈夫。時間通りよ」
集合時間の7分前に入室したルーカスは既に装備を整えたキョウカ・ルーク・シャルロッテ・フレッチャを見渡した。
「5分前行動。余裕よ」
「にしても、色々噂になってるね。長期且つ厄介な任務だって」
「全員揃ってから話すけど、間違っては無いわ」
「他の班は負傷者だらけ....まともに動ける班は半数も居ない....そんな中で長期任務....」
「不安がってもしょうがないよ。それに上層部も、僕達なら出来ると思って任せてる筈だし」
「その通りよ。だから大丈夫よ」
ルーカスは頷きながら不安気な表情を浮かべるフレッチャの方を向いた。
「同期の生き残りは皆んな優秀な人間揃いだ。ブラックバーンとワイミーの実力はフレッチャも良く分かってるだろ?」
フレッチャはルーカスと目を合わせると静かに頷いて返した。
丁度その頃、
「すみません!お待たせしました」
「大丈夫よ」
「(5分30秒前、ギリギリか)」
「残るは....」
「あの人は5分前に来た試しが無いわね....」
「やっと来ましたね」
「遅刻だよ」
「はぁ⁉︎。まだ2分あんだろ」
「5分前行動が当たり前よ」
「へいへいそうですかッ。....んでぇ、今回はどんな任務ですか?」
キョウカは溜息を吐きながら多目的ボードに書かれた内容を全員に伝達魔法で転送した。
「調査の目的は、第一駐屯地の目の前にある巨大な森を抜けた先にある地下施設が稼働可能かを確認すると同時に設備や規模の調査に行く事よ」
「地下施設?」
「....成る程。中継地点の調査か」
「どう言う事だ?」
ルークは作業台中央に埋め込まれたパネルを操作すると目標地点にピンを刺したのち画面をズームアウトさせると巨大なクレーターを写し出させた。
「此処にクレーターを調査しに行くには、どうしても駐屯地よりも大型且つ護りに適した中継地点が必要」
「成るほっど。つまり、候補地の調査って訳だな」
「その通りよ」
キョウカがそう答えた中、ルーカスは鋭い目付きで画面に映し出された巨大なクレーターをじっと見つめた。
クレーターの正体は“太陽の一部が落下したとされている場所”だった。
ブラックボックスの塊とも言える人工太陽“ゾンネ・フェルシュング"も落下した太陽の一部と融合した魔石を動力に動いてると言われている。
つまり、クレーターを調べる事が出来れば“ゾンネ・フェルシュング"含めた様々なブラックボックスの解析は勿論、太陽消滅の真実が分かるのでは無いか。
と、されて居るが調査開始から約200年経った現在、クレーターに辿り着いた者は居ない。
「・・・」
「確かに場所的にも地形的にも、少数で行くべきだね」
「と、なると....1番安全なルートは岳を超えて第一駐屯地を目指し....そっから山を越えるルート....」
「私もそのルートで行くべき思ってたわ。だから荷馬車の荷台の中には第一駐屯地への補給物資も含まれるわ」
ルーカスとルーク、デュースがキョウカが指定したルートに賛成する中、ゼルトナーはイマイチ納得がいかない表情だった。
「ゼルトナーさん?」
「・・・確かに1番安全なルートだが遠周りし過ぎじゃないか?。岳を避けて第二駐屯地を通って警戒エリアを突破。その後第一駐屯地に向かうってルートの方が速いし荷馬車への負荷も少ないと思うが?」
「此処は、安全第一で行くべきです」
暫く黙り込んでいたシャルロッテがゼルトナーにそう言うとゼルトナーは半分諦めた様な表情を浮かべた。
「・・・まぁ、荷馬車担当がそれで良いって言うなら、何にも言う事はねぇな」
「じゃあ、決まりね」
「思ってた以上に長期になりそうですね」
「安全第一だよ。時間が掛かるのは仕方ない」
「ルート指定は特にされて無いですしね....」
「あの面倒臭がり放任主義が、んな事やる訳無いだろ」
いつもの感じに戻ったゼルトナーはリードへの悪口を混ぜた様な感じにそう言うとルーカスは半分呆れた。
※
“未来を見た旧人類の産物"の1つである“鞄の書”に必要な物を書き込み、読み込ませた一行は馬場へ向かうと自分の馬に荷物を乗せた。
「それは、弓かい?」
ルーカスが載せた荷物に興味を持ったルークはルーカスに一歩近付きながらそう聞くとルーカスは笑みを浮かべながら答えた。
「はい。ただ此奴はバックアップだけでなく、狩猟にも使えますから」
「ふぇ〜。出来るのか?」
「こう見えて一応、ハーマル州出身ですから」
ゼルトナーの問いにそう答えるルーカス。
巨大な湖が残った自然豊かな“ハーマル州”。
山岳の綺麗な自然と温泉が有名な“ユクモ州”。
ハーマル州とユクモ州は太陽消滅時の様々な災害に耐え、人が住む場所の中では唯一オリジナルの自然を残した街だった。そんな街で暮らしていれば、自然と狩猟など身に付く者が多い。
だが境目の街で育ち、ハーマル州一の弓の名手であった父の教えを受けたルーカスは“狩猟”だけでなく“戦闘”にも通用するだけの弓の腕を持っていた。
「ふふっ。なら今回の野営食、腕にヨリを掛けますね」
「おっ、其奴は楽しみだなぁ〜」
「北は行った事ないんで、どんな動物が居るか分かりませんが....」
「そっか。元04だから、東が中心か....」
「はい」
東部方面ばかり行って居たルーカスにとって北部の方面の“本格的な”調査任務は今回が初めてだった。
「かなり居るわよ」
「そうなんですか?」
「はい。....あっそっか。班長は知らなくて当たり前ね」
「今回で出撃2回目ですからね。・・・一瞬班長が卒業したばかりの新人って事を、僕は忘れていたよ」
「それだけ私達の班長は優秀って事よ」
「・・・」
「ただ、狩猟出来る人間が誰も居なくて、ね。....皆んな、オーバーキルしちゃうか、取り逃すかだから」
ルーカスはとんでもない事実を聞いた様な表情を浮かべながら無言で固まった。
「(私、やっぱりとんでもない班を任されたかも)」
そう思いながら馬を引いて馬場を出たキョウカはふと、真上を見上げた。
「今回で2回目....周りは大丈夫って言ってるけど....」
「おいおいぃ〜」
「?」
同じく馬を引いて来たゼルトナーは呆れた表情でキョウカの肩にそっと手を置くと、真剣な表情に僅かな笑みを混ぜながらキョウカと目を合わせた。
「班長さんがそんなガッタガタでどうする〜。可愛い微笑みはどうしたぁ〜あ?」
「....」
「何とかなるさぁ〜。“10年に1人の逸材”と呼ばれて首席卒業したアンタなら、な」
そう言ったのちキョウカの肩を優しく叩いたゼルトナーは馬を引きながら前に出た。
※
乗馬した一行は調査班所属の援護チームに囲まれながら街道を北部ゲートに向かって進んでいた。
「あれが班長が別嬪だなぁ〜」
「荷馬車の女、中々良い服着てるなぁ〜」
「調査班に転属願い出そうかな....」
「魔力が足りねぇ」
調査班の最後尾に居るルーカスとデュースは見物人や巡回班の言葉に耳を傾けながら目の前に立ちはだかるゲートを見上げた。
「慣れませんね....」
「俺もだ。だが、恐怖は消えた」
「それは、羨ましいです」
「どうだろうな。....恐怖は時に武器になるからな」
「そうなんですか?」
ルーカスは返事を返すと前が止まったのを確認し、自分の馬を止めた。音を立てながらゆっくりと開くゲート。勿論、警戒は厳だった。
「気をつけてなッ」
「ッ、ワイミーか。了解だ」
「ゴブリンタイプには気を付けろ」
「其方もな。後ろは任せた」
同期のワイミーとブラックバーンから顔を逸らしたルーカスはゲートが開き切ったのを確認した。
「前進!」
キョウカの声に反応した様に馬が鳴き声を挙げたのち地面を蹴り出すと、一行はゲートを潜り抜けた。
ゲートを潜った途端、ゾンネ・フェルシュングが放つ光が徐々に弱くなって行く中、援護班は一斉にフューリーを構えた。
調査班の出撃を援護する援護班はゲートから600メートル程離れたところで水平に並び、援護体勢を整えた。
「生きて帰って来いよ!」
「無理はするなよ!」
「防衛は任せなぁ!」
そう叫んだのち援護班はフューリーを構え直した。
ゲート外600メートル、そこから先、フューリーの絶対有効射程800メートル。
つまりゲートから1400メートル離れれば、彼らは真っ暗闇な世界の中で孤立無縁となる。
そんな彼らを照らす様に荷馬車の荷台にある“未来を見た旧人類の産物”の1つである“太陽の巻物”が光を放ち、荷馬車の周囲を真っ昼間の様に照らした。
※
「総員、Mフォーメーション!」
馬の速度を落としながら通常移動の基本ともなる“Mフォーメーション”に隊列整えながら一行は更に速度を落とし、フォーメーションが出来上がる頃には、馬の速度は“歩く”になって居た。平地は成る可く早く抜けるのは基本だが、岳が待ち構えている以上、無闇に馬の体力を消耗させる訳にはいかなかった。
「怪物は、無しか....」
レンズに魔力を宿した万能双眼鏡を覗き込み、索敵をするルーカス。
暗闇の中でこれだけ強く光らせれば、怪物からも丸見え。彼らに油断は許されない。....が、
「ルーカス1人でやる必要はないよ。平地では僕の索敵スキルの方が強い。今は僕に任せて」
「了解だ。んじゃ頼みます」
「索敵は大事だけど、魔力の使い過ぎには注意して」
「了解」
ルーカスは双眼鏡を仕舞うと息を吐きながら上を見上げだ。
北への旅路は、まだ始まったばっかりだと言うのに、ルーカスは既に遠くまで来た様な気分になって居た。