Chapter 1 第六章「いつも通りの準備」
「ルーカス、おはよう」
「カサドルさん。おはようございます」
「08調査班には長期的で危険な任務が降ったらしい。気を付けていけよ」
「了解です」
カサドルに頭を下げたルーカスは宿舎の廊下再び歩き始めた。
「おはよっ」
「おはようッ」
「おはよう御座いやす」
「おはよう御座います」
「んあぁ、おはよ〜」
「おはよッ」
行き交う同僚に挨拶を返し、
「おはよう御座います」
「おはよう」
先輩に自分から挨拶をしたりしながら宿舎を出たルーカスは食堂へと辿り着いた。
「おはよッ」
「おはよう」
後ろに並んだクーパーに挨拶を返したルーカスはプレートを手に取ると配膳員に盛り付けて貰いながら先へと進んだ。
「今まともに動ける調査班は04・06・08の3班だけらしいぜ」
「調査班は人員の消耗激しいのに予備人員が居ないからなぁ〜」
「08は、こき使われそうだな」
「どうもそうらしいな。招集命令が降ったよ。長期任務らしい」
「はぁ〜ん。まぁ頑張れよ」
「ありがとう」
配膳の列から出たルーカスはカウンターの1番右端に座ると朝食に手を付け始めた。
「・・・」
「何だよこのスパゲッティ....こんな色のスパゲッティなんてあるのか?」
「スパゲッティじゃない。これはケチャップヌードルだよ」
「文句言うなよ」
「そんな事は言ったてよ、フェデラツィオーネ出身者がこんなをスパゲッティって呼んだらバチが当たるぜ」
「フェデラツィオーネに料理研修に行った調理師や配膳員が来月には戻る。それまで我慢しろよ」
「だったらこんな中途半端な物作るなよ」
「文句言うなら俺が食うよ」
「取るな!食ってんだろうがぁ!」
「辞めろよ鬱陶しい!」
「・・・」
朝から色々と騒がしい食堂。煩いのが苦手なルーカスにとっては調査中に食う飯の方が遥かに心地良く味わえた。
「シャルロッテさんの料理って、どんな感じなんだ?」
「かなりいけるぜ」
「?、ゼルトナーさん」
ゼルトナーは笑みを返したのちルーカスの3倍の量が盛られたプレートを両手で持ちながらソファに座るとそれを食べ始めた。
「朝からあれだけ食えるって凄いな....」
※
朝食を終えたルーカスは武器庫に向かう前に馬場に向かった。
「やあルーカス。馬なら、準備は出来てるよ」
「ありがとう御座います。確認しても良いですか?」
「勿論」
外征隊の馬の管理と飼育、馬具の点検や改修・管理を担当する人間の1人であるイグニスはルーカスの後を追う様に馬場を進んだ。
「よぉ〜。少しは休めたかぁ〜」
丁度餌を食べ終えた馬はルーカスを見るや否や歓迎する様に鳴き声を出した。ルーカスは首元を優しく撫でたのちイグニスの監視下のもと、馬具を点検し始めた。
“鞍にひび割れやコーティングの剥がれが無いか。握っても問題無いか”・“鞍の下に轢かれてるゼッケンはまだ使えるか”・“鐙にひび割れは無いか”・“腹帯は緩んで無いか”・“ブーツ等の保護具に問題は無いか”、など全てを自分の目で調べた。
「異常は、無し....だな。流石はイグニスさんだ」
「それはよかった」
イグニスの様な管理者に任せれば別に点検する必要など本来は無い。精々が腹帯の緩むを治すぐらいだ。
だがルーカスは自分の目で見る
何故なら、
「君の馬は、どうも私と君以外に触られるのが嫌いな様でね....」
「何でなんですかね?」
「相性、の問題かもな」
ルーカスの愛馬は他の外征隊員達の馬よりも比較的体格が大きく、脚が太く長いタイプだった。
その為か、ルーカスのバックアップウェポンを全て背負い込んでも他の馬に遅れを取らない程のスタミナとスピードを持つ。
が、そう言う馬だからかこそかイグニスとルーカス以外に身体を触られるのを嫌う為、イグニスが専属して飼育等を行い、ルーカスのみが扱い熟せる馬となっていた。
だからこそルーカスは自分の目を確かめる。
教官の教えの影響もある。が、
「さて....」
ゆっくりと立ち上がったルーカスは馬の左後ろにある武器庫を開けた。
中に入っているのは、“刃先が黄緑色にコーティングされた中途半端な長さの剣”が2本。“複合弓に似た小型のコンパウンドボウ”と20本の矢が治った矢筒だった。
ルーカスは剣を鞘から引き抜くと“コーティングや強度に異常は無いか”・“刃毀れや妙なガタ付きは無いか”・“グリップはしっかり握れるか”、などバックアップウェポンの点検にしては妙に念入りに点検していた。
鞘に剣を納めたのちコンパウンドボウを取り出すと“滑車は正常に動くか”・“弦は切れかけてないか”、などを調べた。
最後に矢筒を取り出し、“矢筒にひび割れは無いか。スリングに異常は無いか”・“矢尻にガタ付きは無いか。コーティングは剥がれてないか”など矢や矢筒に関しても念入りに点検した。
「・・・異常無し」
点検を終えてそう言ったルーカスは馬具の荷物入れにそれを納めると武器庫を閉めた。
「ありがとうございます」
「当然の事をしたまでさ。....にしても、」
「?」
「バックアップの武器を念入りに点検するのは、ソーズマン教官の教えかい?」
ルーカスは「それもありますが....」と言いながら通路に戻るとイグニスと目を合わせた。
「剣は静かに怪物を殺せますし、弓は狩猟にも使えて再利用も出来ますから」
太陽が消滅し、真っ暗闇な世界にも生物は居る。怪物以外にも、変異を起こしたり進化したりで太陽光無しでも繁殖と活動を可能とした植物や動物が。
それらは時に駐屯守備班員や調査班員達にとって、貴重な食料となり得る。
「成る程。確かにその中途半端な長さなら狭い洞窟でも触れるし、使い方次第ではブラボー型にも対応出来なくはないな」
「あと、」
「俺達調査班は、負けられないんです」
「そうだな」
「“点検すれば勝てる”、とは限りません。しかし、“点検を疎かにしたから負けた”は阻止出来ます」
「成る程。ブラックバーンも同じ事を言っていましたよ」
「奴は、ゴブリンタイプには容赦無い人間ですからね....ゴブリンタイプに負ける可能性を、減らしたいんでしょう」
「誰だって負けたくは無いからな。・・・頑張れよ。生きて戻って来い」
「はい!」
※
馬場を出たルーカスは施設内に戻り自動ドアを開くと銃声や機械音、教官の怒鳴り声が鳴り響く場所へやって来た。
そう、外征隊の装備を扱う“武器庫”だ。
「やあようこそルーカス。装備品を取りに来たのかい?」
教官の怒鳴り声は武器庫の管理責任者のティガの声を掻き消す様に響き渡った。
ルーカスは訓練生の居る射場の方を向いたのち「嘘だろ」と呟いたのちカウンターに歩み寄った。
「はい。準備の方は?」
「勿論出来てるさぁ〜。が、まずは」
ルーカスは頷いたのち右肩に背負っていた護身用のライフルを下ろすとマガジンを抜き、チャージングレバーを2回引き、3回目で薬室をティガに見せた。ルーカスはティガが頷いたのを確認したのち銃口を自分の方に向けた状態でカウンターの上に置いた。
「問題無いな。規定通り、預からせてもらう」
そう言ったのちライフルとマガジンを手に取ったティガはガンロッカーの方に歩きながらマガジンを差し込むとルーカスのガンロッカーを開け、ライフルを仕舞うとガンケースを取り出したのちガンケースを作業台の上に置いたのちガンロッカーの中から4つのケースを取り出すとガンロッカーを閉めた。
「「(全く、訓練生は射撃の基本がなって無いな)」」
ルーカスと同じ事を思いながらケースをカウンターに置いたティガはルーカスと目を合わせた。
「まず、1番大事な物だ。治療キットと血液パックは欠かせなかい」
そう言いながらティガは赤いケースをルーカスに差し出した。ルーカスはすぐさま中身を開けると手に取って確認してからベルトの前側ポーチに納めていった。
「魔法が使えたとしても医療キットは必要だ。いつでも魔法が使えるわけでは無いし、魔力も無限にある訳じゃないからなぁ」
解毒剤、ビタミン剤、入ったプラスチック容器を次々とポーチに入れたルーカス。が、包帯パックを入れたところでルーカスは手を止めた。
「造血剤....此奴を使わずに済めば良いんですがね....」
「B型魔法は自身の血を消耗させるからな。パックの中だけじゃ足りない事もある」
苦手の表情でそれが入ったプラスチック容器をポーチに納めたルーカスは再び手を止めた。
「此奴は、魔法より凄いと思いますよ」
そう言いながらルーカスは1本のスプレー缶を持ち上げたのちポーチの中に納めた。
「元々外征隊員の戦闘服には傷口の止血と自然縫合する繊維が縫い込まれてるからなぁあ」
「縫合されてるのに痛みが無いってのが不思議ですよ」
「そのスプレーの成分のお陰だ。戦闘服の繊維機能の活性化と修復、簡易麻酔の成分が含まれてる。振り掛けてから専用の包帯を巻けば、戦闘服の機能は低下しないし、ほぼ痛み無しで傷の止血と縫合をやってくれる。確かに見方によっては魔法よりスゲ〜な」
「俺だって、高度治癒魔法はあまり使いたくないですからね。装備品で何とかなるのはありがたい」
「調査班で治癒魔法を使える奴も減って来てるからなぁ。となると、装備でカバーするしかないんだよな」
ルーカスは頷きながらポーチを閉めると血液パックの中身が自分の血液である事を確認するとベストの専用ポーチの中に納めた。
ティガは次に3つの黒いケースをルーカスに差し出すとルーカスは中身を開けた。
「外征隊向けカスタムの万能双眼鏡だ。勿論メンテ済みだ」
ルーカスは頷きながらそれを手に取ると“レンズ感度”・“ズームイン・アウト”・“距離計・風速計”に異常が無いか。“レンズは魔力に対応するか”などを自分の目で再度点検するとベストの専用ケースにそれを納めたのち2つ目の黒いケースを開けた。
「折り畳み式の万能充電器だ。双眼鏡、照準器、弾倉、タクティカルライト、フラッシュライトの充電に役立つだろう。双眼鏡も照準器も、魔法だけで動いてる訳じゃないからな」
「魔法と科学の融合には、いつも驚かされてますよ。次は何を考え付くんでしょうかね?」
「そこは俺にも解らんな」
ルーカスは僅かに笑みを浮かべながら万能充電器をベストのポーチに仕舞うと3つ目の黒いケースを開けた。
中に入って居たのは“任意支給品”の“アーミーツール”・“六角レンチ”・“ドライバーツール”が収まっていた。
「お前さんは本当に変わってるな。班長補佐でも無いのに任意支給品を全部持ち歩くなんて」
ルーカスは「あると便利ですから」と言いながらベルトの専用ホルスターにそれを納めた。
「六角レンチって必要なのか?俺ですら疑問に思うよ」
「物は使い様です」
「さてと、こっからがお楽しみだ」
そう言いながら作業台に置かれた2つのガンケースをカウンターに置いたティガは1つ目を開けるとルーカスに差し出した。
「お前さんが好きな“ゴツくて性格”な奴だ」
ルーカスは無言でコンパクトアサルトライフルの“ネモ・コマンドー”をケースから取り出すとマガジンを抜き、“マガジン内部のコンデンサーの電力はMAXか”・“マガジンに亀裂は無いか”を確認したのち銃本体に手を付けると“薬室は綺麗か”・“セレクター・トリガー等に違和感は無いか”・“照準器は正常に稼働するか”・“残弾表示等は正常に表示されるか”などの点検を済ませた。
「まぁただ、1x-6スコープは載せられないから、ご要望通り2.5倍固定倍率のT字レティクル照準器にしてあるよ」
「ありがとうございます」
ティガに礼を言ったのちネモ・コマンドーをスリングで斜め掛けに吊るしたルーカスはもう片方のガンケースを開けた。
「“デカくて大胆な奴”だ。残念ながらショットガンじゃなくて半自動狙撃銃だがな」
ルーカスは“フューリー”を手に取ると同じ様に点検を済ませるとスリングで背中に背負った。
「“食後の甘味”は?」
ティガは「言うと思ったよ」と言いながらカウンター下から小さな箱を取り出すと中身を取り出し、ルーカスに手渡した。
「“フォールディング式戦闘用ナイフ”だ。ちゃんと研いである」
ルーカスは実際にブレイドを展開したのち頷きながらフォールディングし直すとベルト右側の専用ケースに納めた。
「うむ....」
「?」
「・・・念の為だ。予備の弾倉も持って行け。内部のコンデンサーもしくはマガジン本体が故障した時もしくはマガジンの充電をしてる暇が無い時に備えてな」
ルーカスは礼を言いながら予備弾倉をベストの専用ポーチに納めると長めに息を吐いたのちティガと目を合わせた。
「これで渡す物は全てだ。おっと、そろそろ時間だ。射場で試し撃ちを済ませたらブリーフィングルームに行くと良い」
「了解です。いつもいつもありがとうございます」
「気にするな。これが仕事だ」
“いつもの準備”を済ませたルーカスはブリーフィングルームへと向かった。
その先に待ち受ける、“困難”を知らずに....