Chapter 1 第一章「それぞれの日常」
「今から約400年程前、“フォー・ブラック・ゼロショック”、通称“F・B・Zショック”、と言うものがありました」
「・・・」
「突如として現れた白黒のブラックホールらしき物体から現れた4本の長い角らしき物体から放たれた赤い火の玉が、この惑星の何十倍もの大きさを誇っていた太陽を破壊しました」
「・・・」
「大地に降り注いだ太陽の一部は3度目の大戦で傷付いた大地に降り注ぎ、自然を焼き尽くしました」
「・・・」
「人類と世界が絶望と暗闇に染まる中、私達の遠い祖先は諦める事なく、国籍や人種、宗教等の枠を超え、互いに手を取り合い、約100年掛けて人工太陽の“ゾンネ・フェルシュング”を作り出し、それを納める人工太陽塔の“ゾンネ・フォルテ”を建設し、それを中心に国が建て直されました」
「・・・」
「それから300年経った現在、ゾンネ・フォルテの恩恵を受けた土地は息を吹き返し、嘗ての様な美しい自然を蘇らせ、歴史の書にしか記されてなかった街並みを再現するにまで至りました」
授業の終わりを知らせるチャイムが教室に鳴り響くと、教壇に立っていた教師は教材を閉じて児童達の方を向いた。
「さて、今日は此処までだよ」
「えええー〜」
「まだ続きが聴きたいヨォ〜」
「ハッハッハッ。勉強熱心は良いがもう下校する時間だ。大丈夫、君達が学び続ける限り、歴史は逃げないよ」
「よーし。んじゃサッカーしようゼェ〜」
「俺野球が良い」
「ハッハッハッ。運動も大切だが、ちゃんと宿題もやるんだぞぉ〜。元気にまた明日会おう」
「はい!」
「起立ッ!」
日直の号令で全児童が立ち上がり、椅子を机の中に仕舞うと、号令で礼をしたのち、元気な声で、
「ありがとうございました。さようなら!」
「うん、気を付けて帰れよ」
こうして小学生達の“決まった日常”が終わり、其々違う“日常”を過ごすべく荷物を纏め、教室から出て行った。
※
真っ暗闇な大地。冷えた地面の上に立ちながら、口から白い息を吐き、“万能双眼鏡(外征隊向けカスタムモデル)”を覗き込みながら周りを偵察する1人の男は眉を僅かに挙げた。
その瞬間、男と地面を照らす様に、後方に灯された光が真っ暗闇な大地を昼間の様な明るさに変えた。
「・・・?」
双眼鏡への魔力を供給を止めたのち、後ろを振り向きながら双眼鏡をベストのポーチにしまったルーカスは自分の元へ駆け寄る班長のキョウカと目を合わせた。
「ルーカス、撤収よ」
「撤収?。この後調査班本隊と合流する筈では?」
「事情が変わったわ」
「?」
「転属早々だけど、医官の力が必要な自体になりそうなの。特に、貴方みたいなB型のね」
通常の“A型医官”とは違い、高度で特殊な治癒魔法を使える“B型医官”のルーカスの転属先であった“戦闘部傘下外征隊所属第08調査班”での初任務は“第ニ区駐屯地の太陽の書を交換したのち調査班本隊と合流し、大規模合同調査に参加せよ”と言う内容だった。
だが今の状況は前者を終わらせただけ。
此処で撤収すると言う事は“調査班としては1番重要とも言える後者を行わずに国に帰る”と言う事である。
「理由を聞いても良いですか?」
「怪物の群が南下してる。かなりの数よ。進路から見て私達の国を目指してると見て間違い無いわ」
そう言ったのちキョウカはルーカスに背を向けると自分の馬に向かって歩き始めた。
「“堅物さん”は、納得いかねぇって感じだなだな」
ルーカスの事を変なあだ名で呼んだのち右肩を軽く手を添えながらそう言ったのは08調査班の中で1番の大男であるゼルトナーだった。ゼルトナーはルーカスと目を合わせると「俺もおんなじさぁ〜」と軽く呟いたのちルーカスの肩から手を離すと自分の馬に向かって歩いた。
「想定外が、当たり前ですよ....」
諦めた様な表情でそう呟いたルーカスはゼルトナーの後を追う様に自分の馬に戻った。
「(“想定外”、それが調査班の“日常”さ)」
※
「野球やる奴この指トーマレッ」
「サッカーする奴は鉄棒の周りに集合なぁ〜」
「体育館が解放されたぞ!バスケやりたい奴は俺について来い!」
「バイバイ。また明日ぁ〜」
「お前宿題忘れるなよ〜。今度はもう見せてやらないからなぁ〜」
「わかってるよ!。じゃあーな!」
「おうおう、小学生達は今下校か」
「体力も大事だが、宿題やってから遊べって思うけどな」
「お前は硬いなぁ〜。小学生は元気が1番なんだよ」
「遊びはご褒美だろ?」
「そこは少し違う気もするが....あっ、そう言えば今の小学生、昔とは違って今でも紙のノートと紙の教科書、鉛筆を使ってる。まぁ俺らもそうだったがな」
“戦闘部傘下防衛隊所属巡回班”の一員として州内の巡回警備を行って居たワイミーとブラックバーンはそんな会話をしながら家に帰らず校庭で遊ぶ元気な小学生や校門から歩道に出る小学生達を暫く見守ったのち後ろを向いた。
「幼き頃にアナログを身に付けておけば、....デジタルって言う便利な物を失った際の反動を最小限に出来るはずだ。実際、ルーカス達がそうだ」
「確かにな。祖先様は太陽が消滅した時に学んだんだろうな」
「“ゾンネ・フォルテ”か....相変わらず眩しいねぇ〜」
「本物の太陽は、もっと暖かくて眩しいって話だ。・・・季節、なんてのもあったらしい」
「国の中は一定の適応温度。たが、光の外に出れば....」
「怪物どもの住処で水すら凍る極寒。しかも真っ暗....」
「ああそれで思い出した。彼奴、大丈夫かね?」
「ルーカスの事か?。そう言えば、彼奴は今配置転換後の初任務中だったな」
「・・・まぁなんだ。此処も必ずしも安全じゃない。なんせゾンネ・フォルテの中にある人工太陽“ゾンネ・フェルシュング”はブラックボックスの塊。いつ機能が不安定になるか」
「毎日12時間掛けてメンテナンスしてるとは言え、確かにな。だが、もっと危険な事が身近にある」
ブラックバーンがそう言った瞬間、州内全域に警報が鳴り響いた。それを聞いたワイミーとブラックバーンはスリングで吊るしてたアサルトライフルを素早く掴むとチャージングレバーを引き、薬室にエネルギーを送り込むとすぐさま走り出した。
『北東ゲートに接近する怪物の群を確認!。守備隊各員は配置に付け!』
自分らの班の班長であるローガンが守備隊に招集を掛けたのを聞いた2人は方向転換すると怪物の群が大軍である事を悟った。
「人の日常を壊しに来ました、っか?」
「奴らにとっては、人を襲うのが日常さ」
※
分厚いゲートが開門すると同時に招集を掛けられた守備隊員達が外に飛び出し、迎撃態勢を整えた。
ゲートから外に出れば、ゾンネ・フォルテが放つ光は徐々に弱くなり600m程先は光が一切ない真っ暗な世界が広がっていた。
つまり、守備隊が絶対防衛圏内はゲートと暗闇の間の600m。その600mの間に全ての怪物を仕留めなければ、怪物は柵を越えるかゲートを潜るかで国の中に侵入する。
「・・・」
何度も防衛に成功してるとは言え、余裕を見せる者は居なかった。
「ッ」
「!」
土嚢を積み上げる事で作り上げた障害物の裏に滑り込んだブラックバーンとワイミーはアサルトライフルの安全装置を外すとその場にしゃがみながらアサルトライフルを構えた。
「二足歩行の人型、“アルファ型”なら固定機銃の“アイアン”が1番頼もしいな」
「ゴブリンタイプやヒューマンタイプならな。ジャイアントタイプや四足歩行の“ブラボー型”とかなら班長とかが使ってる“リベリオン”だろ」
「リベリオンは大型携行兵器で機動性悪いからなぁ〜。やっぱりアサルトライフルか?」
「俺みたいなカービンタイプなら、確かに色んな状況に対応出来るな」
「ッ!、来たぞ!」
「相変わらずの大軍だな。ゴブリンタイプだけで80以上は居るぞ」
『総員!攻撃開始!』
防衛隊指揮官の号令を聞いた瞬間、2人はアルファ型のゴブリンタイプの頭部に照準を合わせると引き金を引いた。
※
荷馬車を中心に陣形を組みながら6頭の馬は人を乗せた状態で荷馬車から発せられる光に照らされる地面を蹴った。
荷馬車の荷台で光を放っていたのは“未来を見た旧人類の産物”(別名“擬似の残物”)の1つである“太陽の巻物”。人工太陽の効力を封じ込めた巻物で魔力を送り込む事で荷馬車の周囲を明るく照らせる程の光を発するこの巻物は真っ暗な大地を移動する調査班にとっては非常に有難い存在であった。
「“ガイア”も私達同様に引き返してたらしいわ」
伝達魔法で受け取った内容をキョウカはメンバーにすぐに共有した。すると班の軍略担当のルークは“ガイア”がルーカスの古巣である“第04調査班”の事を指してる事を理解した。
「彼らが向かったのは第二よりも国に近い第三駐屯地。風操作魔法使いが居る可能性を踏まえると、僕達よりも速く着く可能性が高そうだね」
「“軍略さん”は読みが鋭いなぁ〜。けど、彼処の班長は生真面目の塊の様な男だ。うちの班長さんみたく、戦闘を避けるって事はしないからなぁ〜あ」
「となると、逆に国の近くでわざと交戦して侵攻する戦力を少しでも減らそうとするかもしれませんね」
“未来を見た旧人類の残物”の1つである精霊笛“エスピリトゥピト”を使える08調査班唯一の未成年の女班員であるデュースはルークとは違った見方で先の事を分析した。
するとルーカスはデュースから視線を逸らすと再びベストポーチから双眼鏡を取り出すと魔力を注入し、視界を確保すると辺りを偵察した。
「!」
「?、どうかしましたか?」
「10時の方向!。ブラボー型2体!」
「え⁈」
ルークは素早く双眼鏡を展開するとルーカスがスポットした方にレンズを向けた。
「・・・此方にはまだ気が付いて無いね」
ルークはそう言いながら双眼鏡を降ろした。するとルーカスは双眼鏡を覗き込んだままキョウカに指示を求めた。
「仕掛けるに決まってるだろ。なあ班長さん!」
「・・・いいえ。此方に気が付いてないなら、帰還を優先します。あの四足歩行型が、国に向かっているとは限りません」
そう言ったのち双眼鏡を降ろしたキョウカは双眼鏡への魔力注入を止めるとポーチにしまったのち前を向いた。
「....」
「ゼルトナーさん。今は」
「シャル〜。・・・分かってるよ」
荷馬車担当兼班長補佐のシャルロッテの言葉を遮る様に返事を返したゼルトナーはシャルロッテの露出した胸の谷間から視線を前に戻すと僅かに表情を歪ませた。
「・・・」
「ルーカスさん?」
「....確かに、今は帰投を優先すべき、か....」
そう呟いたルーカスは双眼鏡をポーチにしまうとルーカスは前を向いた。
「(不必要な戦闘は避ける。確かに、調査班のあるべき日常の1つかも、な)」




