8話目
「却下します」
そこも取り付く島も無く。
「ひどいよ! ラノベの主人公なら何かご都合的なチート能力を与えられて、気分爽快なザマァ展開で大逆転。後はハーレム展開でひゃっほいっていうのが主流じゃないのかよ! こんなストーリーじゃ読者も楽しめないだろう!」
光太郎はこの世界の根幹に関わる話をしている。それは核心に迫るものだった。
「作者は文芸を気取って書くつもりなんだ。ストーリーラインがそうなるわけがないだろう。だから、ちゃんと乗り越えるべき壁を乗り越えてもらわないと困るなぁ。知っているかい。物語の主人公はいつだって困難を与えられるんだよ。主人公に何の課題も問題もなくのほほんと過ごしていられても、読者はカタルシスを得られないんだ。神様もそんな気分のはずさ★」
「課題も問題もない物語って、日常系があるじゃないか」
「君の悲惨な日常をダイジェストにお送りしても、それこそ読者が楽しめないってやつさ★ それに君はあくまで人間の枠で行動しなきゃダメなんだ。さぁ、己が人間である事を証明してくるんだ。大丈夫。この物語では誰も死なないから安心して。死ぬはずだった通行人も、プロット上で死なない世界線に変えたから」
「メタいねぇ。そんな事できるなら、僕が苦労しない世界線に変えてよ!」
「そんな世界は存在しません★」
「そんな馬鹿な!? なぜに!?」
光太郎が驚愕している。
「苦労の無い人間など存在しない。奴隷には奴隷の、王には王の苦労がある。何時だってどこだって人は苦労を重ねる。ゆえに」
なぜに、と問われればゆえに、と返す。
「高尚そうな話はラノベではNGだって言うじゃないか! もっとエンタメしようよ!」
と、光太郎が言ったその時であった。
「おい、光太郎じゃないか」
ふと聞こえてくる男の声。光太郎が振り返ると、そこにいたのは光太郎を率先していじめている不良の為五郎だった。
「げぇーっ!? 何で見つかった!」
光太郎が主人公にあるまじき声を発する。その声に釣られて他の不良たちも集まる。
「なんだかうるさい奴がいると思ったらおまえかよ。金は持ってきたんだろうな?」
不良はのうのうと金の催促をする。
「・・・・・・ありません」
光太郎がうつむいてぽつりと言った。
「あぁーん? なんだって?」
光太郎の言葉を聞き取れなかったようだ。あるいは聞こえていたが、思っていた答えと違っていたからなのか、不良が尋ね返す。
「お金、無いです」
「俺はあるところから持って来いといったよな?」
人から盗んでまでして持って来いと言う外道。
「そこまでしたくはないです」
光太郎の声はうわずって震えていた。全身がガタガタ震えている。
「お前の考えなんざ聞いちゃいねーよ、オラァ!」
不良のパンチが光太郎の顔面を捉える。光太郎は吹き飛び、ずざざざと地面を転がる。
その時であった。黙ってみていたアナエルの双眸が輝く。
「ご主人様に暴力が振るわれたのを確認。危機的状況により、人間に危害を加えてはならないのルールの限定解除を確認。目標を排除するぞ★」
不良が光太郎のそばにいたアナエルに気が付いた。
「あん、なんだお前?」
「悪党に名乗る名などありませんが、あえて名乗りましょう。愛と平和を標語に掲げ日夜悪と戦うお仕置き役。天界の使者、アナエル☆」
アナエルは台詞にあわせてびしっとポーズを決めた。このような時のために練習していたであろう事は明確なほどにスムーズな動作だった。
「なんでぇ、ただのコスプレした変態かよ。翼なんぞ背中に付けやがって」
不良はアナエルを無視する事に決めたようだ。
アナエルは天に手をかざす。
「人に悪事を強要するような外道は抹殺すべし☆ 今必殺のルミナス・アロー☆」
アナエルは瞬間的に光り輝く弓を持った。
「な、なんだ。この光は!?」
「シュート☆」
アナエルが光の矢を不良へと放つ!
バチィッ! 激しい衝突音がして、矢を受けた不良は弾き飛ばされてゴロゴロと転がってゆく。それをみた不良が色めき立つ。
「あっ、為五郎が! てめぇ、何しやがる!」
他の不良達がアナエルに襲いかかろうとする!
「シュート★ シュート☆ シュートー★」
アナエルが光の矢を連続して放つ。
バチッ、バチッ、バチイッ! 連続して起こる衝突音。不良達が射抜かれてゴロゴロと転がってゆく。
不良達は呻き声を上げている。
「いってえよぉ・・・・・・」
「大義は我らにあり。正義は勝つ。賊は打つべし、撃つべし、討つべし★」
アナエルが光弓を持って仁王立ちしている。
「なんだこのやべえやつは! お前ら、逃げるぞ!」
不良達は無様に逃げ出した。それを満足そうに見ているアナエル。
「これでもう大丈夫☆」
そのアナエルの後ろでは光太郎がようやく立ち上がった。
「えっ、これって僕の殴られ損!?」
「光太郎、痛みを知る事でまた一歩強くなったね・・・・・・★」
「むしろ僕の人生って苦痛ばかりなんだけど」
「今まではそんな苦痛を享受するだけだったが、君は己の意思を示した。ここから運命は変わってゆくのさ☆」
アナエルがウインクする。
「そんな取ってつけたようなストーリー、要るかな?」
「身も蓋も無い事を★ さァ、帰ろう。まだお夕飯には間に合うよ」
アナエルが光太郎の手を引いて帰路に着く。
その夜。光太郎の家ではアナエルの歓迎パーティが開かれた。母親はもちろん、父親も特に反対もしなかった。それもこれもアナエルの能力のせいである。
こうしてアナエルは光太郎の家に居候する事となった。