49話目
アナエルの眼前の敵に放たれる光の矢、否。光線。アスモダイは至近距離から光線を受ける。光が悪魔の姿をかき消す。
「ぐわっ、そんな! 最下級天使の力ごときがこれほどまでの光を・・・・・・」
アスモダイの姿は光線の中に消え去った。
強者が強きあり方を示すのは当然。しかし弱者が意志を示す為にはより強大な決意が必要となる。その決意、意志の光にアスモダイは敗れ去ったのだ。
強烈な閃光が消え去った。
「そ、そんな。アスモダイ? どこに行った? 私のしもべであるお前が負ける事はないよな? お前は選ばれたのだと言ったのは嘘だったのか!」
アナエルが冥堂寺の眼前に立った。
「冥堂寺空耶★ 最終審判の時は来た。汝、とにかく悪い事をした。すなわち罪あり。ギルティ!」
アナエルが冥堂寺を指差す。冥堂寺は激しい稲妻に打たれたかのようになった。
「おんぎゃあああああああ!」
冥堂寺は絶叫を上げて失神する。彼はぱたりと倒れて動かなくなった。
アナエルは冥堂寺が落とした魔術書を拾った。
「これが魔術書の原典・・・・・・はじめて見たよ★ よし、シール☆」
アナエルがシールと叫ぶと、光の輪が魔術書にぐるぐる巻きになった。
「アナエル、やったのか?」
光太郎がアナエルに駆け寄る。
「うん。初めてのお勤めが終わったよ☆」
「やったな、アナエル!」
ぱちんと光太郎とアナエルはハイタッチした。
「そんなことより手を貸してくださらない?」
どこからか聞こえてくる声。ゆえが資材に埋もれたザフキエルを救い出そうと資材をどけていた最中だった。
二人も駆け寄ってザフキエルを救い出す。資材の下からぼろぼろになった姿のザフキエルが救い出された。
「ひどい目にあいました。アスモダイはどうなったのでしょう?」
「アナエルさんが倒してくれたわ」
ゆえがザフキエルに手を貸して立たせる。
「これはこれは。久方ぶりの大金星ではありませんか!」
「下級の天使が大活躍するなんて事あるんですか?」
光太郎はとても信じられない様子で尋ねる。
「ありますとも。かのミカエルが反逆者ルシファーを退治した時には、ミカエルはただの大天使だったのですから。これはそれ以来の快挙ですよ!」
ザフキエルも驚いているようだった。
「初めて魔術書の封印も行いました☆ てへっ☆」
アナエルは嬉しそうだった。魔術書の封印は天使の務め。それを初めて果たせたのが嬉しいのだ。
「もう、これであなたも一人前ですね。特例で実地研修は免除されて、天界へ帰ることも夢ではありませんよ」
ザフキエルの言葉に、アナエルはあまり嬉しそうではなかった。
「そんな。私はもうしばらく地上にいますよ。心配な人もいますからね☆」
「・・・・・・なるほど。その勤めを果たすのも天使の使命。大事な事ですね」
ザフキエルはにっこりほほ笑んだ。
ゆえが倒れた冥堂寺をみる。
「これでこの街を騒がせていた魔術書は全て封印できました。人々の運命も落ち着いていくことでしょう。さぁ、行きましょうか」
光太郎達はその場を後にした。
いつもの放課後。光太郎はゆえに屋上に呼ばれていた。アナエルは取り巻き女子との談笑で離れることが出来そうになかった為、光太郎一人が屋上へと向かう。
「あら、光太郎君一人なの」
ゆえが出迎える。ザフキエルの姿はなかった。
「ザフキエルは霊体化してるのかな?」
ゆえは光太郎の言葉に首を横に振った。
「彼なら今日は家に居るわ。今日は光太郎君にお話があってね」
ゆえが一呼吸おいた。
「改まって話って何さ? また魔術書を使う人が現れたとか?」
「それはないわ。ザフキエルの未来視ではこの街の人間の運命は安定している。魔術書を悪用するような輩は当分でないでしょうね」
「なんだ。それなら安心だよ」
光太郎がほっとした。またあんな危険なやり取りをするのは願い下げだった。
「そう、安心したわ。これで心残りもないという感じに」
「心残り?」
「親の都合で引っ越す事になっていたの。魔術書を悪用する者を置いて引っ越す事に抵抗があったけれど、あなたの協力で無事問題なくなったわ。ありがとう」
ゆえが光太郎に頭を下げる。
「そ、そんな。お礼を言われるような事なんて、僕はしていないよ!」
光太郎が慌てて手を振った。
「光太郎君のおかげよ。天使が力を発揮できるのも。やくざの事務所で助けてくれた事も」
「あれもアナエルがやったことで、僕は付き添いでいただけと言うかなんと言うか。大した事はできちゃいないよ」
光太郎は自信がなさそうにうつむいた。結局大事な事はアナエルがやっているからだ。
「言ったでしょ。天使が力を発揮できるのも、預言書を手にした者の精神力のおかげだって。光太郎君ももっと自信を持って」
「そんな、僕なんていてもいなくても変わらないんじゃないのさ・・・・・・。結局僕なんかにできる事なんて何もないし・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
一瞬だけ重なる光太郎とゆえの影。
「なっ!」
光太郎は声もなく驚いている。
「とりあえず、これはこの間のお礼。じゃ、またね」
そういうとゆえは走り去って行った。好きとかそういう感情ではなく、男を鼓舞する為に行われた行為。ゆえと言う少女が将来どういう女になるのかは全く想像が出来ない。
光太郎は黙ってゆえの背中を見続けるばかりだった。惚けて立ち尽くす光太郎。
しかし、その光景を目撃していた人影が一つ。
「光太郎よぉ。お前、学校のマドンナとそんな関係になっていたのかよ?」
光太郎の幸せのひとときに水を差す声。
「あっ、為五郎君・・・・・・」
「俺はてめえらのおかげで仲間にはコケにされてハブにされるわで、散々な目に遭ってばかりだって言うのによ。いらつくぜぇ!」
為五郎が仲間の前で失禁して人権を失った話に光太郎は関係がなかった。ようは八つ当たりだ。そして先ほど見た光景の嫉妬も混じっている。
「為五郎君の問題に僕らは関係ないんじゃ・・・・・・」
「俺が関係あるっつったらあるんだよ! この野郎!」
為五郎が光太郎に殴りかかる! しかし、光太郎は落ち着いてバックステップしてそれを避けた。
「やめてよ!」
「避けるなよ!」
為五郎が更に光太郎に殴りかかる! 光太郎は避けなかったがきっちり拳を受け止めた。
光太郎が今まで殴る蹴るとやられ放題だったのは、殴られそうになると目を瞑っていたからだ。しかし、おかしな話ではあるが化け物との戦いを見て場馴れしてしまったのだ。
「僕は、君みたいなやつなんかには屈しない!」
光太郎が相手の拳を受け止めたまま、真っ直ぐ相手を睨み返す。
「く、くそっ、光太郎の癖に!」
光太郎が今まで苛められていたのは、普段から相手にびくびくしていたからだ。しかし、やくざの事務所にカチコミするようになった高校生には、同級生の不良程度は怖くもなんともなくなっていた。
「人に向かって○○の癖にとかいう君が、なんぼのもんだっていうんだ!」
光太郎は彼のこの台詞が何より嫌いだった。光太郎は不良の拳を押し返した。相手を突き飛ばす光太郎。
「や、やりやがったな!」
「僕は君のような人間みたいにはならない。空耶さん見たいな人間にもならない。僕は僕のままに、自分のあり方を貫き通す!」
光太郎の決意を秘めた目。覚悟の決まった人間だった。その視線に為五郎は気圧された。
「な、なんだその目は! 気にくわねぇ、気にくわねぇ! 何もかもが気にくわねぇ!」
為五郎は破れかぶれになっていたのだ。今ではクラス内ですらあざけりの笑いを受けている。このままではクラスのカーストで最下位に落ちてしまう。そんな恐怖と戦っていた。だから、自分が一番格下だと思う光太郎に対し、自分が上だとポジショニングしようとしていたのだ。
「いつだって相手になってやる。それでも僕はお前なんかには負けない!」
光太郎がびしっと相手を指差して宣戦布告した。
「ち、ちきしょう!」
相手が屈しないと見るや、為五郎は逃げ出していった。
屋上に一人残される光太郎。彼の胸中には言ってやったという充実感が溢れていた。
吹き抜ける風が光太郎の頬を撫でる。
光太郎は空を見上げた。どこまでも青い空と入道雲、そしてそれらを突っ切る真っ直ぐな飛行機雲が一本、どこまでも伸びていた。
了




